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突然の引退

 突然だが、騎士を引退したのだ。しかも23歳という若さで。


 男爵の位を授けられて今は王都貴族街にある屋敷で暮らしている。

 一代貴族用の屋敷なので随分長い間放置されていたらしい。俺の希望で鍛冶用の工房や温室を増設してある。


「暇だな。薬草の様子でも見に行こうか」


 朝支度を済ませて温室に向かう。


 念願なほどじゃないけど合意の上での引退だ。だがやはり暇を持て余してしまう。

 使用人を雇っていないので家事も植物の世話もすべて俺一人で済ませる。そのせいでこの屋敷は使っている部分だけ手を入れている。

 生活に困らない金を貰ってはいるけどもっと有意義な使い方にしたい。


「積み本の前にそのセリフ言えないかもしれないが」


 戦闘以外何かをやると決めたからとりあえずいろんな分野の専門書を買って、鍛冶の工房も温室も用意した。時間を潰してればいずれ新しい趣味を見つけたのだろう。


 そもそもなぜ引退したかというと、それは数週間前――


 魔王討伐隊と共に帰還し、凱旋パレードと式典に参加したのだ。


 魔王とは、各地に点在する魔境に発生する魔界と繋ぐゲートから現れる侵略者。彼らは強大な魔族と魔物を従え、この地の資源を奪おうとする。

 と言ってもこちら側も魔界で珍しい資源を断りなく開発するからやっていることは国同士の戦争と大差はない。しかも向こうにも大国小国の格差があり魔王軍と言っても規模の差がある。


 結成された討伐隊も軍規模相当で、敵大将や総司令である魔王に対抗するスピアヘッド【太陽の剣】が存在するのだ。

 そのスピアヘッドは10人ほどで、ジルバルド・ソラリス王子、下位貴族の令息令嬢、騎士に魔導士、それと最高位冒険者で構成された。最も危険な役割だが強者揃いであった。


 ソラリス王国は実力主義で武闘派の国。これ以上ない功績を得られるチャンスだ。王子は次期国王の器を見せるため、貴族は昇格のため、平民は出世のため。それぞれの思いで討伐隊に参加したのである。


 俺は指名されたのだけだが……


「ジルバルド、魔王二人が結託する前例のない出来事に、よくぞ対処してくれた。その指揮の手腕は見事である」

「はい、父上。粉骨砕身のつもりで国と民に尽くします」

「心意気が良い」


 厳つい顔で覇気を放つ国王陛下は満足げに微笑む。どうやらもう次期国王は決まったようだ。だがそれだけじゃない。


「クリスティーナ嬢、ジルバルドと共に魔王らにトドメを刺したと聞いておる。これからもその類稀なる魔法の才能でジルバルドを支えてほしい」

「はい、陛下。これからも精進いたします」


 国王陛下からお言葉をいただいたのは二人のみ。つまりそういうことだ。民の反応も良かったし順調に行ったと言っていい。


 クリスティーナは天才魔導士でジルバルドと両想い。王家としては是非迎え入れたいそうだが、彼女は子爵の娘で少々難航だった。

 貴族のパワーバランスってよくわからないけど快く思わない上位貴族がいるらしい。膠着しているところで厄災が舞い降りて、王家がそれを好機と見なして彼女に功績を残すチャンスを与えた。


 結果は上々。民からジルバルドとクリスティーナへの支持が絶大だ。


「魔導士ソフィア、宮廷魔導士に任命し――」


 宰相から次々と褒賞を発表した。貴族は家格の昇格、平民は爵位や王宮に仕える職位。大まかは希望通りの褒賞だ。


「騎士ヴィルヘルム、男爵の位を与え、王都に屋敷一軒を贈与する。また、騎士団の辞任を認める。退職金につきましては今まで騎士団での実績と此度の遠征を鑑みて大金貨25000枚を授ける」


 まわりがざわめいた。普通は他の騎士みたいに近衛騎士になる流れだったが俺は退職を望んだ。まあ、普通は名誉など欲しがるものだが、俺は穏やかな生活がほしい。


「あのウェポンマスターが引退に……?」

「灰色の七変化が!?」


 あちこち小声で驚きを漏らす民衆。

 平民だった者がどこまで登れるか期待されたからか。彼らは驚愕と困惑を感じた。

 それに対して、お偉い貴族の方は安堵なため息を漏らした。


 その日の夜は祝宴だった。中核となるスピアヘッドのメンバーは貴族と一緒王宮での夜会に、討伐隊他の方は騎士団の敷地に。


「はぁ……帰還中の方が休めた」

「まったくだ。ヴィル」


 ワインを呷って愚痴をこぼすとジルバルドがやってきた。


「ジルバルド様」

「いつも通りジルでいい」

「わかった、ジル。そういえば、クリスティーナは?」


 いつも一緒にいるクリスティーナがいないことに気づいた。


「あそこで令嬢たちに囲まれている」

「うわ、大変そう」


 すごい人溜まりだ。


「家の格は上がったからね。仕方がない」


 ジルバルドは一刻も離れたくないご様子でちょっと不満そうだ。

 クリスティーナの家が子爵から侯爵になったもんな。現金なお嬢様たちだと言いたいが貴族社会って大変だ。


「お二人のことは順調?」

「そうだな。侯爵の娘で実績持ちの天才魔導士だから、もう文句は言わせん」

「それならよかった」


 もしクリスティーナの家が伯爵になっただけなら、もうちょっと時間がかかるらしい。


「だから、功績を譲ってくれたこと。恩に着る」


 ジルバルドは頭を下げて一礼をした。


「いやいや、そのことはもう大丈夫だって。ジルもわかっただろう。それぞれの事情を」


 実は戦の最後、魔王を俺が牽制して、ジルバルドとクリスティーナが息ぴったりな連携で繰り出した合体技で滅ぼした。

 そこを狙ったかのように二人目の魔王が奇襲をかけてきてチームが壊滅、俺以外全員戦闘不能になった。その後何起きたかうろ覚えしかないが、負傷したみんなを守るために必死に戦って勝ち抜いた。だから二人目の魔王は俺一人で討伐した。


 この真実を知っているのは当事者の俺、まだ意識残っていたジルバルドとクリスティーナ、そして相談に乗ってくださった国王と王妃。

 相談と言ってもそう時間かからなかった。親王家派閥の勢力が一気に増えると裏での反発も大きくなる。


 俺は辺境の孤児で平民上がり、王都で後ろ盾を持っていないし嫌味に対処しきれる自信がない。一代貴族になって無害アピールするのはちょうどいい。

 それに対してクリスティーナは魔導士として期待されたし家は有力な親王家派と親しい。もうちょっと褒賞を引き上げても納得する人が多い。


 まあ、細かなバランスを考慮した結果俺は叙爵されて引退することになった。また功績重ねると今度は民に納得させないといけなくなるので。


「頭で理解していても、心のどこかで師匠のことをみんなに認めてほしかった」

「その心だけで十分だよ。ジル。良き王としては止む得ない選択をしても、その心を捨てないことだ」

「ヴィル……」


 師匠と呼ばれて思わずそう振舞ってしまったけど実はもうジルバルドに教えることはない。


「おや?男同士親睦を深めているところで悪いですが、ただいま戻りました」

「戻ったか、クリス」

「大変だったね。侯爵令嬢クリスティーナ様」


 ようやくあの人溜まりから抜け出したようだ。彼女が戻ってくるとジルバルドの機嫌がよくなったのは目に見える。


「ふふ、からかわないでください。ヴィルヘルム様。で、何を話しましたの?」

「ヴィルが功績を譲ったことだ。更なる爵位はもちろん、あの戦いぶり、新たな称号を貰ってもよかった」


 意識を残っていたエドワードとクリスティーナによると、俺は軍神のごとき冷静に、的確に、無駄のないように戦っていた。

 間合いを開いていれば槍を敵に投げて弓を出して牽制し、矢を放ちながら距離を詰めば弓を捨てて双剣で戦う。その変幻自在のスタイルで次第に魔王は圧倒されて倒されたと。


 多分武器を召喚して戦っていたのだろう。人の霊体を拡張して物を収納する空間魔法なのだが、収納量に応じて魔力の常時消耗が増えるから便利のようで万能ではない。

 ちなみに今は王宮に入る前に武器を全部出して預けている。


「あらまあ。あの時のヴィル様はすごかったですわね。ついつい見とれてしまいました」

「おい!クリスティーナ、冗談でも――」

「よし。ヴィル、決闘だ。負けた方は勝った方の願いを一つ聞く」

「だから無闇に競争心を刺激しないでほしかった……」


 というか、二人は何を企んでいるに違いない。まあ、この際は乗って差し上げましょう。

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