アレスの憂鬱
使用したお題
「ギリシャ神話」
「火星」
「殺伐」
「タイムマシーン」
「最低でも色を3色出す」
「よーし、そこだ! 押せ! 押すんだ!」
戦争の神アレスはゼウスとヘラの息子にして、火星のシンボルとしてその生を受けた絶世の美男子である。
「そこだ! もう一息! 弓兵には気をつけろ! 槍使いは体で押さえつけろ! 死んでも倒せ!!」
その逆巻く金髪は雄々しさを表し、稚気と闘志を兼ね備えたその鋭い眼差しは数多の女神たちの心を掴み、好んで常日頃着こなす赤い鎧は彼の存在感をいや増しにしている。
「よーし門扉が破壊できたな! よくやった! あとは攻め入るのみ! やれ! 一人残らず始末するんだ! アハハハハハハ!!!」
とまあ美辞麗句に事欠かないイケメン神様の一人であるアレス様だが、ぶっちゃけただの戦闘狂である。地上に戦あれば喜んで降臨して場を引っ搔き回し、オリンポスに喧騒ありと聞けば喜々狂乱と騒いでいる。
他の男神からは怖や怖やと疎んじられており、彼に好意を抱く女神たちもあの性格さえなければと嘆いていた。
そんなアレス様、本日の人間たちの戦争観覧を存分に楽しんで実にご満悦であった。
返り血さえ浴びていなければ見る者すべてを魅了しかねないほどの麗しい満面の笑みを浮かべていたのだが、ふいにその表情が曇った。
「ふぅ、やはり人間の戦争は面白いものだ。だが、最近平和になってきたからか、戦事が減ってきている。困ったものだ」
彼の父ゼウスがバリバリ現役だった頃は地上は毎日どこかで戦争戦争だったそうだが、神々の地が平穏になっていくのに連れて、人間の世界も和平を結ぶ国々が少しずつ増えてきていた。
喜ぶ者はとても多くいたし、アレスにとっても喜ばしい変化だったが、しかしほんのわずかな不満を常日頃から彼は抱いていた。
先ほどまで血で血を洗っていた激戦区に背を向けつつ、アレス様は一人腕組みしてぶつぶつ愚痴を呟きながら帰途についていた。
「まあ、いろいろな武装や兵器が増えて面白い戦いが見れるようになったのは喜ばしいことだけれども、こう、いざ戦争が起こりそうになると話し合いで解決しようだとか、妥協点で条約締結なんて見せられるとすこぶる興が覚める。甚だ面白くない。どうにかできないものか……」
「アレス様、アレス様、ごきげんようでございやす」
ふと声が聞こえたので後ろを振り向くと、そこには不細工な小男が一人いた。揉み手をしながら気持ち悪い顔を精いっぱいにこやかにしている。
見覚えのある顔だったので、アレス様は軽く片手をあげて返事をした。
「よぉ、誰かと思ったら父上のお気に入りの職工じゃないか。ゴブリンのお前がこんなところで何の用事だ? まさかさっきの戦にでも参加してたのか?」
「いえいえ、滅相もございません。あっしらは物作りがちょいと得意なだけの、しがない小物でさぁ」
「まあそうだろうな。ならなぜこんなところに? 私に用でもあるのか?」
ここでゴブリン、さらに笑みを深くした。
「実はその通りでさぁ。アレス様が最近、何か悩みを持っていらっしゃるんじゃぁねぇかってゼウス様にご相談いただきまして。ついぞ私がそのお悩みを解決するよう手助けしに参ったわけでさぁ」
「ほぉ、お前が私の悩みを、か」
普通の男にこんなこと言われたら疑ってかかるところだが、アレスは違った。
ゴブリンたちは物作りの天才である。魔法としか言いようのない道具を当たり前のように作り出す力を持っており、醜い見た目とは裏腹にその力をアレスだけでなく神々の誰もが高く評価していた。
なので、アレスは素直に悩みを打ち明けた。平和自体は嫌いではないのだが、私の好きな戦が減って困るということを。
するとゴブリンは少し首をかしげてから、手をポンと打ち鳴らした。
「確かに、今オリンポスは平和になっていますから、そりゃぁ戦の神としては望まんことでしょう。いい道具があります。ちょっと倉庫から持ってくるので待っててもらえねぇですかい?」
「本当か!」
あっさり悩みを解決してくれそうなゴブリンに驚きつつ、アレスはわくわくしながらゴブリンが戻ってくるのを待った。
数刻の後、ゴブリンは小さな宝珠を持って帰ってきた。
「アレス様。こちらの道具は時間と場所を自由に行き来することのできる道具でさぁ」
「なんと、未来や過去にも行けるというのか!?」
「はい、左様で。こちらを使えば、過去、未来、ありとあらゆる場所で起きた戦場を直接ご覧になることができるのではないでしょうか?」
「おお、確かにその通りだ。これは素晴らしい。感謝するぞ!!」
「へへぇ、もったいなきお言葉」
こうして頭を下げるゴブリンに盛大にお礼を言い、アレスは自室へ帰るとこの宝珠をどう使おうか悩みだした。
「ふむ、これは素晴らしいものだ。だからこそ普段見れない戦を優先して見てみたいな。例えば東方の最果ての地とか。過去の戦の話は父上や他の神からも聞ける。未来の戦を優先すべきであろうな」
宝珠を見ながら大喜びでニヤニヤ笑いが止まらないアレスは、早速使ってみることにした。
こうして、オリュンポス十二神の一柱、戦の神アレスのタイムトラベルが始まったのだった!
「ぎゃはははははは! なんだこやつらわ! ハゲばかりじゃないか! っていうか、ハゲてるだけならまだしも、あの一本だけ逆立ってる毛はなんなんだ!? 一人や二人じゃなくてほぼ全員があの中途半端ハゲだとは!! 笑われるためにわざとやってるとしか思えないぞ!! あほか、あほなのかこの民族は! あははははははは!!」
「うお、意外といい戦いをするなこのハゲ民族……あいつらが使ってるあの剣の切れ味、ブレードソードなんか比じゃないぞ。間抜けな出で立ちとはいえやはり未来の人間か、あの刃ぜひコレクションに欲しいところだ……」
「え、ちょ、え? なんでこいつ自分の腹切ってんの? え、なんで? 斬首刑とかは山ほど見たことあるけど、自害? 自害なの? え、なんで? 責任? え、責任感で自害までするの? 義務感強すぎじゃね? どういうことなの? ってかこの腹切り、見てるだけでこっちの横っ腹が痛くなってくるだけど……」
「……なんだかんだでずっと眺めてるけど、この民族、なんでさっきから自分より巨大な国とばかり戦起こしてんの? バカじゃないのか? いや、おかしいでしょ無理でしょ負けるでしょ。そんな戦いにこんな本気になって、どういうメンタルの強さだよ……」
「……で、なんで勝つんだよ。意味不明だよ。勝てない戦に連戦連勝すんなよ。っていうかハゲじゃなくなってからの強さ尋常じゃなくね? なにあの整然とした同時行動と精密射撃。あんなん勝てねぇよ……」
「いやいやいやいやいややめろやめろやめろそれはむりそれはむりダメダメああああああやべぇって何してんのこいつら!? 死ぬこと覚悟して空飛ぶ戦車ごと敵の船に突貫してる! バカなの? 頭おかしいの? 命って大切にしないとダメなんだよ? 戦術的に効果が高いのは認めるけど普通やらないってこんなこと!! 意味不明すぎる!! こいつら怖い! こわいこわいこわいこわい……」
「……えええ。なんでこうなったの? ちょっと前まで戦争に負けて最貧国だったのに、いま世界の中心国家の一つになっちゃうとか、どういうミラクル起こしてるの? 未来にはこんな国が本当にあるってのかよ。怖すぎるこの国。マジで無理……」
数日後、某所にて。
「おや、アレス様。ごきげんよ……? どうかなさいましたか? お顔が真っ青ですが……」
「あ、いや、気にしないでくれ。大丈夫だ……あ、これ返すよ、ありがとう」
「おや、もう良いのですか? お気に召しませんでしたか?」
「いや、気に入ったは気に入ったんだけど……」
「お使いになられたのですよね? 申し訳ございません。なにかご不便でもおかけしましたでしょうか?」
「いや、そんなことはないぞ。素晴らしい出来だった、出来だったけど……」
「……もしかして、なにか新しいお悩みでもできてしまいましたか?」
「……ハゲ怖い」
その後、アレスの戦争好きは鳴りを潜めたという。