デコレーション
風鈴が鳴った。
暑い部屋では、下着姿の少年と少女が拳銃を向けあっていた。
「どううした?」
汗をながしながら、連戸は言った。
「あんたこそ、どうしたの?」
風華は微笑みをたたえて言った。
「きりがないな」
「そうよね」
「でていけ」
「いわれなくとも」
風華は拳銃を下げると服を着た。そして、デコレーションモードをオンして、姿を変えた。
玄関からでると、隣の部屋に住んでいる中年男性にぶつかりかけた。
中年男性は、おもわず、相手を見つめた。理想の容姿をしていたのだ。風華は一瞥もせずに、二階の階段から、道路に下りていった。
連戸は叫んだ。テレビ台を思い切り蹴る。木製のそれに、穴があいた。
「派手だな」
言ったのは、いつのまにか居間に入ってきていた、巨大な熊のぬいぐるみだった。
「ああ、黒兎か」
連戸は不機嫌そうに言った。黒兎について彼に知っているのは、いつも落ち着いているということだけだった。本名も性別も年齢も知らない。ウサギなのに、熊の理由もしらない。
「悔しいときは、仕事をしよう」
熊は言った。
「ここらにあるか、目当てのやつが」
連戸は服を着た。そして、デコレーションシステムを立ち上げる。青いモヒカンでトリの頭になり、身体は筋張り、タンクトップにハーフパンツという姿だった。いつものデコレートだ。
いや、ここから一時間ほどだが。北南病院のそばのマンションだ。デコレートしまくりだから、システムに食い込めば、かなり揺すれるぞ」
「なるほど。じゃ、今夜いくか」
「ああ」
言って連戸はテレビをつけた。
新型のデコレーションツールの特集をしていた。相手の。好みに印象づける介入型の人間デコレートツールだった。
そういえば、風華もていたと、連戸はおもいだした。
しばらく、二人は部屋でお茶をのんでいた。熊も鳥も、自然にコップに口を付けていた。
携帯が鳴った。甘いメロディーだった。連戸のだ。
着信をみると、風華からだった。
「もしもし?」
「おねがい・・・助けて・・・」
か細い声だった。
「どうした?どこにいる?」
「家」
「わかった」
連戸は立ち上がった。
「そろそろ。時間だぞ」
黒兎は言った。
「なに、すぐだ」
黒兎は連戸の後についていった。
ハイドロを積んだ車に乗り、国道を走った。
二十分ほどで、マンションについた。
風華の部屋は明かりがついていなかった。インターホンを押す。
だが、反応はない。
連戸はスペアキーでドアをあけた。
「おいっ!」
すぐに照明をつける。どこの部屋にも、彼女の姿はなかった。
「どこだ?」
いって、風呂場をみると、そこに彼女は俯いて座っていた。左腕を入れたバスタブの湯は赤く染まっていた。
「風華っ!?」
「ああ、連戸・・・」
「待ってろ、救急車を呼ぶ」
「・・・それより、ここにいて」
風華は言った。
「だめだね。連戸はこれから、仕事だ」
「どこで・・・?」
「北南ハイツだ」
「知ってるわ・・・有名なデコレーションシステムをもっている人ね。有名だわ」
顔色の悪い風華はぼそぼそと声をだしていた。
「そんなことより、病院だ」
サイレンの音がする。
それは家にくる少しまえに消え、救急車が到着した。
「北南病院に」
連戸は言った。今夜中に寄れるとおもったからだった。
「もっていけ」
彼は声を潜ませると、机に入れてあった拳銃をわたした。
風華をのせた救急車はサイレンをならして、走っていった。
「さて、いくぞ」
黒兎は言った。
「おう」
自動車はスピードを上げて、街道を走っていった。百キロを超えて走ると、不安定なタイヤがスリップをおこした。そのまま、街灯に突っ込んだ。車のボンネットは完全に凹み、ガラスが割れた。
「くそ・・・」
連戸はドアを蹴破ると、道路にでた。重みに似たひどい疲労がする。頭痛もする。
「やっちまったな・・・」
黒兎がはい出して来て言った。
「あと、どれぐらいだ?」
「ああ、ここまでくれば、あとは十分程度だよ」
「警察が来ないうちに、退散しよう」
連戸は言った。
彼らは裏道にはいった。
「車の分も奪ってやるか」
連戸は言った。
「ここだ」
黒兎が言った。
三十階建てのマンションだった。
オートロックの前で、パネルの番号を適当に押す。
「伊切通運のものです。お届け物をもってきました」
「はい、どうぞ」
扉はあけられた。
めざすは、最上階だった。
エレベーターに乗り一気に昇る。
到着すると、ドアのまえで、インターホンを押す。
反応がない。
ドアの鍵は、開いていた。
ふたりとも、迷いもなく突入する。
「なんだ、これ・・・」
そこにあったのは、大量の機械類だった。
「ようこそ」
声がした。強制介入を喰らった。何者であるか、走査される。
黒兎が悲鳴をあげた。もがく姿のデコレートは、モザイク状になり、熊の姿が消えた。そして、黒兎も消えた。
「どうしたっ!?」
連戸も凄まじい介入に抵抗していた。
記憶がよみがえる。ぶつかった車の助手席に十代の少女がダッシュボードで頭を割っていた。彼女は、もういなかったのだ。
ひどい頭痛がする。頭から血がながれてきた。肋骨に激痛がはしる。
「くそっ!」
連戸は部屋からでた。デコレーションはかき消えて、本体が、さらされていた。
彼は外までくると、疲労感で階段に座り込んだ。
「連戸」
声がした。風華だった。デコレーション機能をつかった姿は、美しかった。
連戸が黙っていると、彼女はその後ろにすわり、腕を首に巻いてきた。
「まってたわ」
風華は連戸のこめかみに拳銃を突きつけた。
「一緒に暮らしましょ、連戸」
撃鉄が起こされた。
おわり




