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第6話 ストーカーと呼ばないで

「ふわぁ……そろそろ起きるか……」


 日曜日の朝は起きるのが遅い。公共施設の管理者としての立場上お役所絡みの仕事が多い為、役所が休みの日曜は基本的に公休になる。


 休日と言っても恋人がいるわけでも無く、友達も少ない俺には誰かと一緒に過ごすという休みの使い方があまり無い。だから、やる事といえば洗濯して買い物して小説読んで、アニメやドラマを観て時間を過ごすという休日を毎回過ごしている。


「会社にタブレット忘れてきた……」


 朝食を済ませ放映中のアニメをアニメチャンネルで観ようとしたところ、職場にタブレット端末を忘れてきた事を思い出す。


「冷蔵庫に何も入ってないし、買い物ついでにタブレットも取ってくるか」


 他にもキッチンの棚を漁ってみたが、即席麺やレトルト食品のストックが全て無くなっていた。

 俺は即席麺を作るくらいしか出来ない。だから家での食事は弁当かレトルト食品か冷食になる。だからストックが尽きると死活問題なのだ。


「面倒臭いけど行くか……」


 エコバックをカバンに入れ財布とスマホを持ち家を出る。

 歩いて五分のところにスーパーがあるのだが、今日は足を伸ばして会社の近くにあるスーパーで買い物する事にした。





「ふう……ちょっと食い過ぎたかな」


 職場近くの駅前の牛丼チェーン店で食事を終え、目的のスーパーに向かって歩いている。

 自宅から職場までは徒歩四十分とそれほど遠くはない。だから今日は歩いて散歩がてら職場近くのスーパーに行く事にした。


 夏菜に会いたくて橋の上を通りたいからでは無い。決して彼女に会えるかもしれないと考えてる訳では無い。あくまで忘れ物を取りに会社へ行くからだ。


 職場の近くの駅から歩いていつもの橋に差し掛かりベンチを横目に通り過ぎる。


 ――日曜日にいる訳ないよな。学校は休みだろうし。


 そんな事をボンヤリと考えながら歩いているうちに目的のスーパーに到着した。スーパー巡りというものが結構好きで、休日は色々なスーパーを歩いて回る事がある。


「のり弁199円⁉︎ 安いなこれは夕飯にするか」


 リーズナブルなお弁当を発見した俺はとりあえず買い物かごにのり弁を入れる。


「四元豚のカツ丼298円! これも安いな……唐揚げ4個で98円! ううむ……これだけ安いと色々買ってしまいそうだな」


 スーパーにより惣菜の味も値段もバラバラだが、ここのスーパーの惣菜は激安だ。


 惣菜コーナーの前で悩んでいると不意に後ろから声を掛けられた。


「おにーさん、お惣菜コーナーの前でなに悩んでるんですか?」


 おにーさんと呼ぶその聞き覚えのある声。振り向かなくても誰だか分かる。


「ん、今日の夕飯をどれにするか悩んでるんだ」


 夏菜に会えた事が嬉しくてニヤついた顔を見られないよう、努めて平静を装い前を向いたまま返答する。


「おにーさん、どうしてこんな所にいるんですか?」


「そりゃ買い物しに来たに決まってる」


「おにーさん、この辺に住んでるんでしたっけ?」


「い、いや……自宅から歩いて五十分くらい……かな」


「へぇ……おにーさん……もしかして私に会えると思って、わざわざ遠くのスーパーまで来たんですかぁ?」


「…………」


 会えるかも、と少しは思っていて図星だった俺は何も言えなかった。


「あれれ? 黙っちゃって。もしかして……おにーさん私のストーカーさん? こんな可愛い女の子なんだから追い掛けたくなりますよねぇ」


 ここでまで振り向かずに話していたが、このまま顔を合わさず会話をするのが辛くなってきたので振り返る。そこには悪戯っ子のようにニヤニヤしている私服姿の夏菜がいた。


「いや、決してストーカーをしていた訳では無く、会社に忘れ物を取りに来たついでに近くのスーパーで買い物して帰ろうかなと思った次第です」


 うん、決して間違ってはいないはずだ。


「ふーん……それだけ?」


 夏菜から正直に言えと無言の圧力を感じる。


「夏菜に会えるかなって思ったからこっちに来ました……」


「へーそうなんだ。やっぱり私のストーカーさんなんだぁ。おにーさんキモいですよぅ」


 辛辣な言葉とは裏腹に夏菜はパアっと表情を明るくした。


「い、いや……会社の帰りにこの辺で夏菜に会った事を思い出して、少しだけ会えるかなぁって思っただけで……その……決して夏菜の事ばかり考えてる訳では……」


 むしろ夏菜の事ばかり考えてるような言い訳になってしまい、穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。


「う、うん……分かった……そういう事にしといてあげるから」


 夏菜は恥ずかしそうに俯き頬を染めている。


「そ、それにしてもインスタント食品とレトルト食品ばかりだね」


 夏菜が買い物カゴを覗き込みながら急に話題を変えてきた。本音を言うと話題が変わりホッとしている。


「俺は自炊とかできなからしょうがないだろ」


「そんなんじゃ身体に良くないよ。今日の夕飯のメニュー考えてあげるから自炊くらいしようよ」


 メニュー考えるだけじゃなくて作りに来てくれないかな? と少し思ったがそれは内緒だ。


「と言ってもなぁ……うちには片手鍋しかないから煮る事しかできないよ?」


「フライパンは?」


「無い」


「うわあ……本当にダメな独身男性って感じですね」


 夏菜は憐れむような眼差しを向けてくる。


「そう言うなよ。仕事に疲れてると何もしたく無いんだよ」


「まあ、分からないでは無いですけど、出来合いでもバランスの良い食事を心掛けて下さいね。お惣菜、肉ばっかりじゃないですか」


 買い物カゴに入っているカツ丼と唐揚げの事だろう。


「それじゃあ、サラダも買っていくかな」


「サラダは私が選んであげますね」


 その後、二人で店内を歩き回りながら料理に関する蘊蓄うんちくを嬉しそうに語る夏菜を横目に俺は聞き役に徹した。

 母子家庭で食事を交代で作るから夏菜は料理が得意なんだそうだ。


「昼間働いてから学校に行って、ご飯も作ってるなんて偉いな。俺も面倒とか言ってないで夏菜を見習って自炊くらいしないとダメだな」


 夏菜の家庭事情を考えると俺は甘えていると言わざるを得ない。せめて休日くらい自炊した方がいいのかもしれない。


「それじゃあ料理スキルゼロのおにーさんに今度、私が料理教えてあげます」


「そ、それって俺の部屋に来て教えてくれるとか……?」


「あー、おにーさん私を部屋に連れ込むつもりですか?」


「い、いや教えてくれるっていうから……」


「あれれ? 何か他の事も期待しちゃってます?」


 ――ああ、これは完全に揶揄からかわれてるな。


「えーと……それは……」


 ニヤニヤしながら夏菜は俺の反応を楽しんでいる。


「あはは、おにーさん動揺しちゃってカワイイですね。まあ、私が直々に教えてあげてもいいんですけど、片手鍋だけじゃどうしようもないのでまずは調理器具を揃えないとですね」


 夏菜は本当に料理が好きなようで俺の事を揶揄いながらも自炊できるように考えてくれていた。

 



「それじゃあ、おにーさんここでお別れですね」


 会計を済ませた俺たちはスーパーの出たところで立ち止まる。


「おう、気を付けて帰れよ」


「今度、ご飯作ってあげますね」


 本気なのか、はたまた冗談なのか分からないが本当に期待してしまいそうで心臓に悪い。変に慌てても恥ずかしいので努めて冷静に対応する。


「その前に調理用具買わないとな」


「次の休み一緒に買いに行きますか? 選んであげますよ」


「そうだな、俺だけだと何買っていいか分からないしな」


 夏菜の本音は分からないが取りあえず話を合わせる。


「じゃあ、いつもの橋の上で会った時に計画を立てようね」


「ああ、分かった。いつもの時間にいつもの場所でな」


「うん、待ってるからね」


 帰る方向が逆の俺たちはそのままお別れをした。


 ――待ってるから。


 その夏菜のひと言は俺に大きな活力を与えてくれた。


 明日から始まる仕事も彼女のお陰で乗り越えられそうだ。

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