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貴族令嬢のお忍びグルメ  作者: 正岡千之
9/13

秘密の〇〇

 ――うん。厄介な事になった。


 私はこの日面倒臭い家の行事をすっぽかしていた。

 勿論代役をクレアールにお願いしているため、手痛い出費がかかるのだが、本日の来客には私の苦手な従妹が来るからだ。

 

 その従妹はレイン・フォルタナド。

 フォルタナド家の娘であり、私より年下なのだが非常に生意気な娘だ。

 

 何かに付けて私に張り合って来る上に、遊びに負ければ泣き喚く。

 負けてやろうと手を抜けば、目聡くその事に気付き怒り出し、ならばと圧勝してみればそれも手を抜けと怒り出す。


 子供の頃は可愛らしい顔立ちをしており、成長してみれば美しく綺麗になったのだが、レイン本人は私の一部分を敵対視している節も感じ取れていた。


「何でこんな所に一人でいるのよ……」


 場所は街道から外れた森の中。

 私はクレアールに代役をして貰っている間に、ストレスなく悠々と冒険者活動をしてお忍び財布を重くしようと思っていた。

 幸いこの辺りの森は凶悪な魔物はおらず、私としてはピクニック気分で依頼をこなしつつ害獣退治でもしてお小遣いを稼ごうと思っていたのだが、迷子にでもなったのかオドオドとした様子で闇雲に歩いているレインを見つけたのだ。


「どうしよう……」


 私に取れば勝手知ったる地元の森でも、あの子からすれば何も分からない森なんか恐怖でしかないわよね。

 私は木の枝に腰を掛けながら、レインの行く末を見守る事に決めた――。


◇◇◇


 ――何よ、何よ、何よ!

 何処にもないじゃないっ!?

 

 私は脳内の怒りとは裏腹に恐る恐る森の中を進んで行く。

 お姉様が好む甘味がこの森にあると聞いたからだ。


「だ、大体本当にお姉様は喜んでくれるのかしら……」

 

 お姉様は美しく、麗しく、御淑やかで、時折見せる憂いな表情は見る者の言葉を奪ってしまう。

 そんなお姉様がこの森にある甘味が好きという話を聞いた時、私はお姉様を喜ばせるために思わず従者も付けずに城を飛び出してしまった。

 

 お姉様を前にすると、憧れや愛情が入り混じった興奮で、私は思ってもない行動を取りがちだ。

 時には泣き、時には怒り、時には行動を起こしてしまう。

 今回の件もそれだった。

 お姉様とお話をしている際に、好物の話になった時、幼い頃に森で食べた甘味が忘れられないという話だった。

 それを聞いた私は、お姉様の前で、


「ふんっ! 私はお姉様と違ってそんな簡単な物はいつでも食べれるわ!」


 と、強がりながら城を飛び出してしまったのだ。


 それがどんな物なのかを聞く前にだ。

 お姉様の話では、とても甘く、そのままでも美味しく、食べれば疲れも癒されるというのだ。

 そんな魔法みたいな食材を私は口にした事がないが、森にあるのであれば果実だろうと、木々や草むらを見回してもどこにもそんな物は存在していない。


「まさかお姉様が私に嘘を……」


 私はぶんぶんと首を振り、幻影のお姉様を振り払う。

 お姉様が私を騙す訳がない。

 私はヘトヘトに疲れ果て、もう帰ろうと思った矢先に衝撃の事実を突きつけられた。


「あれ? 私、どっちから歩いて来たのかしら……」


 怖くなった私は闇雲に走り出した。

 頬を伝う水滴は、汗か涙か、最早分からない。

 無我夢中で走り、草むらを手で掻き分けた所で、ギチギチと口を動かす魔物に出会い、私の腰は抜けてしまった――。


◇◇◇


「――キャアアァー!」


「あのアホ娘は何で闇雲に走るかなぁ!」


 私はレインの前に姿を現す可能性を示唆し、胸を無理くり隠し、帽子を深く被ってから、喉を二、三回鳴らしてから、レインの前に降り立った。


「大丈夫かい?」


 腰を抜かすレインの周りが濡れている事は、彼女の尊厳のために無視しよう。

 私は風魔法を薄っすらと口の周りに張り、声色をなるべく低くしながら話しかけた。

 その声は普段の声とは違い、しぶい男の声にしか聞こえない。


「たす、助けて……」


 ギチギチと牙を鳴らすのは、シザーアントと呼ばれる虫型の魔物だ。

 怯えるレインの前に立った私は、ある部位を傷つけない様に風魔法を放った。

 シザーアントは切り刻まれ、辺りに静寂が戻ると、私はレインを起こすために手を差し伸べた。


「怪我はないかい?」


「あ、ありがとうございます……」


 手袋越しに掴んだレインの手は、まだ恐怖が残っているのか、ふるふると震えている。

 何とか立ち上がったレインを尻目に、私は目的の物を採取する。


「あ、あの、何をしてらっしゃるのかしら?」


「ん? あぁ、シザーアントの尻には蜜が貯め込んであってね、樹液や花を吸っているから非常に甘いんだ」


「ま、魔物の尻を食べるんですか……?」


「あっはっは! お嬢ちゃんは見た所どこかの貴族かい? 美味い魔物はいっぱいいるよ」


 誰なのよこのおっさんはっ!?


 キャラ作りを盛りすぎて失敗したと後悔しながら、私はシザーアントの蜜袋を取り出した。

 ついでに討伐証明の牙も切り落としてから立ち上がると、背中に熱い視線を感じた。


「どうかしたかい?」


「あ、あの、近くに川は在りませんでしょうか……?」


 レインは俯き、赤面しながら言葉を絞り出した。

 私は何も言わずに彼女を近くの川に案内した。


 彼女が川で何をしてるのかは詮索しないが、時間がかかる事を見越して、鞄に入れていた砂糖と先程手に入れたシザーアントの蜜を溶かし合わせる。

 お手軽な飴玉作りだ。

 今でこそ簡単に自分で作る様になったが、初めて食べた時はこの味に感動した。


「お、お待たせしました!」


「ずぶ濡れだね……。少し風に当たりなさい」


 私は指を鳴らすとレインの濡れた部位に目掛けて、温風を送り出した。

 少しの間を置き、ある程度乾いたのか、レインは石に腰を掛けた。


「良かったら食べてみるかい? シザーアントの蜜は疲れを取るんだよ」


「疲れを!? もしかしてこの蜜は甘いですか!?」


「聞くよりも実際に食べてみれば良い。君の世界が広がるからね」


 私はそう言いながら自分でも蜜飴を口にする。

 ん~! これこれ! 砂糖だけだと只甘いだけの飴も、蜜が入る事で香りが豪華になるのよね!

 

 私は自然に緩む口角に気付き、慌てて口元を取り繕う。

 この森でシザーアントと出くわすのは意外に珍しい。

 だからこそ、街でこの飴が売られてる時は行列が出来るのだが、貴族であるレインはそんな事も知らないだろう。


「美味しい~……」


 消え入る声で恍惚の表情を浮かべるレインの前に、瓶に詰めた蟻蜜を置いた。


「良かったらこれをあげよう。私はこの飴だけで充分だ」


「良いのですか!? 助けて貰った上に、こんな物迄頂いても!?」


「あっはっは! 構わないよ。この森でシザーアントに出会えるのは幸運なんだ。君が悲鳴を上げなければ気付けなかったし、怖い思いをしたままじゃこの森を嫌いになってしまうだろう?」


 レインはその言葉を聞いて泣き出してしまう。

 何の為に必要なのか分からないが、先程の反応からしてお目当ての物はこれなのだろう。

 私は泣きつかれて眠り始めたレインをおぶりながら森を後にした――。


◇◇◇


「――聞いていますかマリサお姉様!?」


「聞いてる、聞いてるから早く寝ましょう?」


 城に戻った私は、クレアールに事の顛末を聞き出した。

 要は私の身代わりをしていたクレアールが、変装の疲れから甘い物が食べたくなり、誤魔化すためにも言葉数少なくシザーアントの蜜の話をした様だ。

 その蜜は私が幼い時に嵌っていた物で、出会ったばかりのクレアールが教えてくれたものだ。

 私にとってもクレアールにとっても懐かしい味であり、クレアールはレインから受け取った瓶と、私からの飴玉によって、今回のお高い筈の報酬として受け取ってくれた。


「私はあんなにも素敵な方を見た事はありませんわ!」


「そうなんだ~……また会えると良いわね」


 クレアールのおかげでレインの相手をせずに済むと思ったが、結果としてレインの相手をした一日になってしまった。

 それを加味してクレアールも蜜だけで済ましてくれたのだろう。


「それよりもお姉様?」


「なぁに?」


「お姉様以外にも無詠唱で魔法を使える方がいるって御存じでしたか?」


 レインの言葉で私はぎくりと言葉を詰まらせてしまう。

 同じ布団の中にいるレインを抱き寄せ、有無を言わせず自身の胸に押し付けて黙らせた。


「な、何をするんですの!? こんな無駄肉に押し付けたら苦し――「はいはい。もう寝るわよ。続きは明日ね」」


 なんのかんの言っても、私のために一人で危険を顧みず森へ忍び込んだレインを可愛らしく思えたのが本音だ。

 クレアール曰く散々自慢した挙句、御裾分けという体で渡したらしいのだが、瓶の中身は減っておらず、私から受け取った物を全て渡したのだという。


「(ま、魔法の使い方が似てても、お姉様とあの方が同一人物な訳ありませんわよね……だってお姉様には、お、お胸が……)」


 私は丁度良い抱き枕を抱きしめながら眠りについた――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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