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貴族令嬢のお忍びグルメ  作者: 正岡千之
8/13

優しさの〇〇

 ――街の門では今日も兵士達が元気に働いている。

 査察をしている訳ではないのだが、私はそれを眺めながらとある人物を待っていた。


「――お姉さ~ん!」


 鞄を背負い、焦りながら走って来たのは前髪を短く切り揃えた黒髪の少女だ。


「走らなくていいよ~。ユキちゃん髪の毛切った?」


「うん! お姉さんがアレを治してくれたから思い切ったんだけど……変じゃない?」


「ぜぇんぜん! ユキちゃんの可愛い顔に似合ってるよ!」


 私がそう言うと目の前の少女ユキは、はにかみながら微笑んでいる。


 正直めっちゃ可愛い……。


「あ、あにょ……お姉さん?」


 うへへへ……すべすべのお肌がたまりまへんな~。


 恥ずかしがるユキの頬っぺたを堪能していると、周りからの痛い視線に気付いた私は、我に返り、ごほんと咳払いをして誤魔化した。


「さ、さぁ! 今日は食材の調達だったよね?」


「はいっ! 野草とか茸とかは売ってるのよりも、直接摘んできた方が美味しいですから!」


「じゃあ早速行こうか! 私もメリッサに薬草とかの採取依頼を押し付けられたけど、ユキちゃんと一緒だと楽しいしね!」


「冒険者さんに一緒に行って貰えるのに本当にお金は良いんですか?」


「良いの良いの! 私もユキちゃんとお出かけしたかったし」


「じゃあお昼ご飯は任せて下さい! お弁当を作って来ました!」


「本当に!? やったぁ! お昼ご飯代浮いた~!」


「えへへへ!」


 最近は依頼をあまりやってなかった事もあり、お忍び財布が寂しい状況になっていた。

 いや、決して豪遊してた訳ではない。

 ちょっと、普段食べてる物と高いお酒を合わせたら美味しいかな~……と試したり、度重なる求婚のストレスを解消するのに使っただけで、豪遊した訳ではない!

 言うなれば必要経費だ。


「お姉さん?」


「う、ううん! さぁ行きましょう!」


 私はユキの手を取り、足早に通行門へと歩いて行った――。


◇◇◇


 城下町であるミルフィンを出てから、少し街道を反れて行くと、新人冒険者御用達の森がある。

 新人冒険者はこの森に生える薬草や、食材調達の依頼をこなしつつ、時折現れるスライム等の魔物を討伐する事で経験とランクを積んでいく。


 勿論大人や、知識があれば子供でもそれ程危険がない平和な場所だ。


「ユキちゃん、この茸はどう?」


 私は木の根元に生える茸を指差しながらユキに尋ねる。


「それはブマ茸です!」


「これはブマ茸で合ってたんだ。茸って難しいね? さっきのもブマ茸だと思ったのになぁ」


「似てる茸はいっぱいありますからね。さっきのはここの茎の所に斑点があったから良く似た毒茸です」


「う~ん……私って殆ど魔物とか動物の討伐依頼ばっかりにしてたから勉強になるね」


「お姉さんはとっても強いですもんね!」


 以前私が野蛮な冒険者を追い払った事を思い出したのか、ユキは嬉しそうにそう言いながら眩い笑顔を見せてくれる。


「ユキちゃん、顔に泥ついてるよ?」


 私はそう言ってユキの顔に手を伸ばす。


「でも綺麗に治って良かったね。お父さんも喜んでくれたでしょ?」


 ユキは目を瞑りながら私の手を受け入れてくれている。


「私の顔を見て泣き出しました。元はと言えば母が亡くなって落ち込んでいるお父さんのお手伝いをしようと思った私がドジしたのが悪いんですけどね。お姉さんの魔法って凄いですね!」


「私からすれば美味しい御飯を作れる人の方が凄いわよ? 私は掃除も料理もマッサージも出来ないしね」


「マッサージ?」


「そうっ! クレアールなんか何でも出来るのよ! 飲んだ次の日に二日酔いになってもクレアールの淹れてくれたお茶を飲んだら――」


 目を開けたユキと目が合った所で私は我に返った。


「素敵なお友達なんですね?」


「そ、そうなのよ! 何でも出来る子なのあの子は!」


 あ、危なかった。

 ユキちゃんが友達って言ってくれて助かったわ。

 でも純粋無垢な笑顔を向けるユキちゃんの顔を見ると正体を隠している後ろめたさが……。


 という所で私のお腹が空腹の合図を鳴らす。


「お腹空きましたよね! 食材も一杯取れたから見晴らしの良い所で御飯にしませんか?」


「食べるぅ! ユキちゃんのお弁当楽しみだな~!」


 ユキは手に付いた泥をぱっぱと払うと、もじもじとしながらおずおずと手を差し伸べた。

 私はその可愛らしさに癒されながらその手を握りしめた。


 少し移動した所にある、川の側で私達は手頃な石の上に腰を掛けた。

 ユキが恥ずかしそうにしながら弁当の蓋を開けると、三角形の黒い固まりが弁当の主を締めていた。

 横には黄色い卵焼きと、根菜の煮物、鶏肉の唐揚げが添えてある。


「た、単純な料理ですけど……」


 三角形の黒い物体は正体が分からないが、それ以外の物はユキのお店や、串焼きのおっちゃんの所で食べた事のある物だ。

 外で食べるお弁当は基本的にパンに何かを挟んだ物が多い。

 ユキのお店で出されるペムイはこの辺りであまり使う人が居ないのか、ミルフィンの街でもそんなに出回っている物ではないからだ。


 ペムイの事を思い出した私は思わず声を上げた。


「これってもしかしてペムイを使ったお寿司!?」


「いえ、これはペムイを握ったおにぎりです。こうやって握ってシハロを巻いてるんです」


 ユキは身振り手振りで、おにぎりを握る仕草を表してくれる。


「シハロ? この黒い奴の事?」


「そうです。ペムイと相性が良いんですよ」


「へぇ~! じゃあ早速、いただきまぁすっ!」


 私はしっとりとした手触りのおにぎりを手に取り、三角形の頂点に齧り付いた。

 柔らかく固められたペムイにはほんのりと塩味が付いており、シハロには強い味が付いてる訳ではなく、ふわりと良い香りが鼻に抜けていく。


「ペムイはそれだけだと味が薄いですから、おかずと一緒に食べると美味しいですよ」


 私はユキが薦めてくれた卵焼きを口に頬張り、すぐさまおにぎりを頬張る。


 ん~! この卵焼きめちゃ美味ぁっ! いつもお店で食べるのと全然違う味付けで甘くて美味しい!

 こっちの唐揚げは……。

 こっちも美味しい! 

 これジャルだ! ジャルの味が染みててペムイに合うんだ!


「美味しい……ですか?」


 私は口の中の物をごくりと飲み込んでから答える。


「滅茶苦茶美味しいよ! これ本当にユキちゃんが作ったの? お父さんのお店に出しても絶対皆喜ぶわよ!?」


「と、とんでもないです! これは家庭料理ですし、職人なお父さんの御料理には敵わないですよ!」


「でもユキちゃんの御料理も美味しいよ? こっちの煮物も優しい味だし、ユキちゃんが一生懸命作ってくれたってだけで優越感感じちゃう」


「そ、そんなに褒められると照れます……」


 ユキは俯きながらおにぎりをパクリと齧る。

 私も苦笑しつつ、おにぎりの中程に噛り付くと、急激な酸味を感じ、顔にぎゅっと力を込めた。


「酸っぱかったですか? おにぎりの具にキハ干しを入れたんですけど」


「しゅっぱいけど……美味しい! ペムイの塩気とシハロの香りに合うねこれっ!」


「良かった~。もし苦手だったら、こっちのマクの佃煮が入ってるのを食べて下さいね」


「あ、成る程! 中に色々入れる料理なんだこれ?」


「塩だけで握っても美味しいですけど、いっぱい歩いたりしたから、こういう酸っぱい味が疲れをとってくれると思って」


「ユキちゃん天才! お寿司だって酢が入ってるんだから、酸っぱいのがペムイに合わない訳ないもんね! でも佃煮って言うのも気になる……」


「えへへ。一杯食べて下さいね!」


 私はユキの手料理を頬張りながら、食材について教えて貰う。

 青空の下、美味しく楽しい時間を過ごすのは、酒を飲まなくても私の心の疲れを取り払ってくれた――。


◇◇◇


 そしてギルドの依頼で小銭を得た私は、クレアールのお茶を飲みながら次のお忍び先を思案していた。


「また、出かけるおつもりですか?」


「うふふふ。今日は少しだけど稼げたもんね~!」


「ですが、暫くは無理ではありませんか?」


「なんでよ~? 明日だって……あれ? 明日って何日だっけ?」


 私はクレアールに予定表を突きつけられ、青ざめた。


「何よこの予定!? 社交界ばっかりじゃない!? おまけにあの子も滞在予定じゃない!?」


「ですので暫くはお出かけはお預けかと……」


「やだやだやだやだー! おっちゃんの串焼き食べたい! ユキちゃんとこのお寿司食べたいー! そうだっ! クレアール直伝の変装で、クレアールが私に成りすまして……」


 私がそう言うと、クレアールは大きく溜め息を吐く。


「無理ではないですが……高くなりますよ?」


 クレアールはそう言いながら本日重くなったばかりの私の財布を指差した。


「ミノタウロス……ロック鳥……あ、アイスクリームなんかも……」


 私は手に汗を握りながらクレアールの言葉を聞くのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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