衝撃の〇〇 後編
目の前に置かれたチーズから漂う臭いは、生乾きの雑巾の様な臭いを放っている。
私は思わず鼻を抓み、臭いから逃れようと顔を背けると、隣でメリッサが薄く切られたそのチーズを口の中へと運ぼうとしていた。
「こんなの食べたらお腹壊すわよっ!?」
「いひひひ! 壊さねぇから心配すんなって。あ~んっ!」
メリッサは笑いながら上を向き、大きく口を開けてカビの生えたチーズを口内へと移した。
本当に大丈夫? だってこれカビてるんだよね……?
疑心暗鬼に陥る私を尻目に、メリッサはくいっとルク酒を煽る。
様になっているその姿と、美味しそうな表情に私は目の前のカビたチーズに視線を向け、ごくりと唾を飲み込んだ。
「だ~い丈夫だからやってみなって! 始めはそっちの腸詰と一緒に食べた方が良いけどな」
「本当の本当の本当ねっ!? 信じるからねっ!?」
「はよ食え」
私は恐る恐る腸詰とチーズにフォークを突き刺す。
どちらも薄く切られており、フォークに突き刺さった物をじっと眺め、息を止めながら口の中に運ぶ。
――あれ? そんなに臭くないかも……。っていうより腸詰の脂っぽさと相まって案外美味しないこれ?
「……あれ~?」
「ほらほら! ルク酒も飲んでみな!」
メリッサが瓶を傾けるもんだから、私は零れない様に慌ててグラスで受け止める。
悪戯顔のメリッサはさておき、ルク酒を口に運ぶ。
ほわぁー! 何これ何これー!
つんと臭う様な臭いから、ルク酒の甘い香りに切り替わったからか、ルク酒がいつもより美味しく感じる!
「美味いっしょ?」
私は驚いた表情のまま何度も頷く。
もう一口……美味しいー!
もう一口……もうひとく……。
「お、おい! 私のチーズだぞ!?」
「だってこれ、臭いのに癖になるんだもん! 臭いって思ってるのに!」
「それとこれとは話は別だろ!? 私のチーズを返せ!」
「もう一口だけ! もう一口だけだからー!」
「もう駄目! これ結構高いんだぞ!」
メリッサが取り上げたチーズの皿を追いかけ、私はメリッサの体に抱き着き、その手を追う。
メリッサが私の顔を押しのけていると、店主が新たな皿を私の目の前に置いた。
「カビチーズが気に入ったんならこれも美味いぞ? そのチーズとモーム乳を使った料理だ」
「頂きますっ!」
直ぐに姿勢を正した私は目の前の皿の前で手を合わせる。
温かそうに湯気が上がる皿の中には、カパ粉を練った短めのパスタにトロリとした乳白色のソースがしっかりと絡んでおり、表面には粒胡椒が散りばめられていた。
熱々のパスタに何度か息を吹きかけると、返って来る香りはやはり臭い。
臭いのだが、その臭いになれた私は躊躇なく口に運ぶ。
とろんとろんやん……。
濃厚な乳の旨味と臭い隠れていたチーズの旨味が合わさり、私の舌を蕩けさす。
そこにルク酒をやれば……。
「美味しいぃ~! 店主さん天才っ! こんなの食べた事ないわ!」
ダンディな店主は微笑みながら親指を立てる。
むほほほ! フォークが止まりませんな~これは!
……という所で、私のフォークは空を差す。
隣を見ればメリッサが私の前から皿を奪い、カビチーズパスタを美味しそうに頬張っていた。
「あ~! 私の~!」
「私のチーズを食べたんだから当然だろ? おぉ~これも美味いなぁ!」
「返してっ! お小遣いももう少ないんだから!」
「や~だよ! 丁度アリーシャに頼みたい仕事もあったからそれで稼いで来いよ」
「そんなに暇じゃないの! 返してったらぁ! 今はメリッサも勤務時間外でしょ!?」
「いひひひ! 優秀な冒険者を遊ばせるほど馬鹿じゃないのさ~!」
どたばたと騒ぐ私達を見ながら店主は先程購入したトーチャを掻き混ぜている。
カビチーズパスタを食べ切られて意気消沈の私の前に店主が、ことりとトーチャを置いた。
「覚えてなさいよメリッサ!」
「もう忘れました~。それよりそれ本当に食えんのか?」
「食欲をそそる見た目はしてないわよね……」
匂いは……うん! 臭い!
臭いけど、カビチーズよりはましかな?
全然違う匂いだけどどこか似てるような……でも見た目は虫系の魔物が吐く糸を巻き付けたような……。
うわわわわ! にちゃにちゃしてるぅ!
これって本当に食べても大丈夫なんだよね……?
ちらりと店主に視線を向けると、店主は味見も兼ねてか、音を立てながらトーチャを啜っており、器に隠れた顔が露わになると口から糸を引きながらとてもいい笑顔をしていた。
「おい……どうやら美味いらしいぞ?」
「ならメリッサから行ってよ。あんたここの常連でしょ?」
「ばっか! 常連でも臭爺さんの出す初めての料理は勇気がいるんだよ! それに私は元々ねばねばしたのは苦手なんだよ」
「何でカビチーズが食べれるのにこれが駄目なのよ……」
私は一つ溜め息を吐いてから意を決して……いや胃を決して、糸を引くトーチャを掬い上げた。
先程助けた商人の目の前にも置かれているが、私の反応を見てから食べようとしているのか、チラチラとこっちを見ている。
匙を口に入れ、口から引き抜くと、空中に極細の糸が舞う。
口の中には以前ユキちゃんの所で食べたジャルの風味と、先程のチーズの様に口に入れる事で薄れたトーチャの臭みが鼻腔を抜けるが、粘着きとろみのある食感が案外面白い。
……あっ! 何か鼻に来た!
お刺身に付けたテンみたいにツンと来る奴だ!
……あれ? でもその刺激で匂いが気にならないかも……もう一口。
「ど、どうだ?」
「……うん」
「感想は……?」
滅茶苦茶美味しい! って訳じゃないんだけど……美味しいのは美味しい……うん。癖になる……美味しい……。
「美味いんだな? そうなんだな!?」
「なんか……もう少し食べたいかも……」
「癖になるだろ? おかわりいるかい? 匂いが気にならねぇなら炊き立てのこれに乗せて食べてみな」
ほかほかと湯気が立ち昇るのはこれまたユキちゃんの所で食べているペムイだ。
「それに納豆に卵黄を加えて混ぜて、これをかける……」
先程よりも粘り気が緩くなったトーチャは卵黄で黄色く染まり、ペムイの上にかかると金色の輝きを放っていた。
何故料理人という方達は美味い物を教える時にドヤ顔しがちなのか……そんな顔してても、こんな単純な料理で驚くほど美味しくなる訳が……。
「ほらやっぱり美味しい~! おじさんがドヤ顔してたもん! 絶対こういう時は美味しいんだって~!」
悔しい! いや、美味しい物に罪はないけど、この味を知らなかったのが悔しい!
そしてまた店主の嬉しそうな顔がしたり顔してるのもなんか悔しい!
「くっくっく。臭い物は癖になるんだよ。こういう顔を見れるから俺はこういう癖のある食材が好きなんだ」
「なんか悔しいっ!」
「納豆だってカビチーズだって最初は気持ち悪がれてたんだけどな、冒険者が面白がって使い始めたのが今でもひっそりと伝わってるんだ。姉ちゃんも冒険者なら後世に残るぐらい粘り強く頑張んな」
「そうそう。だから食後はギルドの依頼を消化してくれな? じゃないと私がいつまでも粘る事になるからな」
「ねばねばなのは納豆だけで良いわよっ!」
そう言い返す私はその後メリッサの依頼を聞き、私はその内容に悲鳴を上げた――。
◇◇◇
「――ただいま~……」
「お帰りなさいま……」
私の部屋に居たクレアールが私の顔を見るなり後ずさりする。
「本日の依頼は害虫駆除でしたか?」
「それも亜種のとびっきり大きくて臭い奴ね! 焼いてもその煙が……くさっ!」
服に付いた匂いを嗅いで思わず顔をしかめてしまう。
田畑を荒らす緑色の虫型の魔物の駆除だったのだが、弱い魔物の為ベテラン冒険者は依頼を受けず、新人冒険者が相手するには青光りする亜種の相手は荷が重い。
そこでメリッサは魔法が得意な私にその依頼を回してきたんだけど、その臭さの為に自分の城なのにこそこそする羽目に……。
「その服は捨てますね。早くお風呂に入って来て下さい」
ふと臭爺さんの店を思い出した。
「……クレアールは私が臭くても嫌わないわよね~?」
「そうですねぇ……お土産があるのであれば考えない事もないですよ?」
「なんでよー!? けど、お土産ならあるわよ! メリッサに連れてってもらった臭爺さんの所で……」
「カビチーズですか?」
「あら、知ってるの?」
「メリッサとは何度か行った事があります」
「臭くても美味しい物ってあるんだねー! 匂いで好き嫌いしちゃ駄目ね」
「人間は臭いと嫌われますけどね」
クレアールが鼻を抓みながら私の服を躊躇なく捨てる姿を見て、私はそそくさとお風呂に向かう。
なんだかんだ言ってもお風呂にクレアールが付いて来てくれる所を見ると、カビチーズは好きな様である――。
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