衝撃の〇〇 前編
ん~! 今日も良い天気ね!
お父様達が他の貴族に招かれ、城に居ない事で、昼間の街中を清々しい気分で歩いていると、前からギルド職員であるメリッサ・ビルダが歩いて来た。
彼女が私に気付き、手を挙げながら近づいて来たので、私も手を挙げ返事をする。
「よぉアリーシャ! 今日は珍しく早起きだな?」
「人を寝坊助みたいに言わないでよ! 今日は休みなの!」
「偶にはギルドの依頼も受けろよ? そろそろ期日も迫って来てるぞ?」
「え~……。あ、でもお小遣いもそろそろ……」
私がぶつぶつとお忍びで楽しむお金の計算をしていると、メリッサが呆れた様な表情をしていた。
「小遣いって……。お前、冒険者なら稼いだ金は使い切る! ってぐらいの気概を見せろよ」
「私はそんなに暇じゃないの。メリッサこそ、ギルド職員らしく乱暴な喋り方は止めたら?」
「やだよ。私は眼鏡を外してる時は楽にするって決めてんだから」
「え~? あっちのメリッサは可愛いのに~」
「へいへい。それより暇なら飯でも食いにいかねぇか?」
「行く~! 丁度私もお腹空いて店を探してたんだ!」
昼間に出歩けられる日は貴重だ。
クレアールが誤魔化してくれるとは言っても、親が自室迄訪ねて来た場合はクレアールと云えども否定は出来ない。
夜等は寝ていると言って誤魔化しも聞くのだが、昼間から寝ていると言えば貴族令嬢たるものと言われ、お母様からの説教が待っているからだ。
だからこそ、私は昼の食事を求め街中を歩いていたのだが、メリッサと合流し店を話し合っていると、橋の上で今にも飛込そうな人が視界に入った。
「……どうして俺はいつもこうなんだ」
待て待て待て!
何しようとしてるのよ!?
男が何か呟きながら橋の欄干に足をかけ、飛び込もうとしている所へ私とメリッサは走り寄っていき、男を制止する。
「は、離してくれ! 俺はもう駄目なんだっ!」
「真昼間から飛込とか止めなさいよ! 街に変な噂が立っちゃうでしょ!?」
「心配する所はそこか?」
メリッサは呆れた様子で私に突っ込むが、お忍び中とはいえ、アルクステッド家の令嬢としては変な噂が立つ街にしたくはない。
泣き喚く男の話を聞き、纏めるとこうだ。
男はアルクステッド家が治めるミルフィンの街に到着し、馬車内の荷物の確認をしていると、奥の方から嫌な匂いを感じ取った。
噂に聞いていたミルフィンの街は食が豊かに繁栄しており、他の地方で仕入れた珍しい食材は勿論、人口も多いためありふれた食材でも買い手が直ぐに見つかる。
生の食材は持ち運びで傷んでしまう恐れもあるので、乾燥できる物は乾燥させたりするのだが、問題となっている食材は火を通してあったのだ。
この食材を仕入れた街では、乾燥させた物が一番高く、次いで粒の揃った生の物が、そして最後に形の不揃いな茹でた物が一番安かった。
男は安易に、火が通っている物なら簡単に腐りはしないだろう、ミルフィンに到着するまでにも売れるだろうと思い、大量に仕入れたのだが、ミルフィンからの仕入帰りの商人達には見向きもされなかった。
ミルフィンで仕入れる為の金が調達できない男は行き詰って欄干に足を掛けた所で私達に止められたと言う。
「この辺はもう温かいから食材が傷むのは当たり前じゃない。馬鹿ね~?」
「火を通してたんだぞ……」
「火を通してても食材は傷むの! 普通は魔法使いを雇って凍らして貰うのよ? ねぇメリッサ」
「そうだな。冒険者ギルドでもそう云った依頼はあるし、商業ギルドでも教わるだろ?」
「そ、そうなのか? でもどっちにしろもう手遅れだ……」
「貴方一体何の食材を持ってきたのよ?」
「茹でたトーチャだ」
トーチャというのは豆の一種で、ごくありふれた食材だ。
トーチャを栽培している町や村では安値で売られており、輸送もしやすく、利幅は少ないが商人が手を付けるには難度も低く、駆出し商人には持ってこいの食材だ。
「トーチャなら生か、乾燥のを持って来れば良いじゃない……」
私は頭を抱えながら男に駄目出しをした。
「直ぐに売れると思ったんだよ! そしたら、行商人達は俺に憐れむ様な顔をしても、トーチャを買ってくれなかったんだ」
「それは行商人達は茹でたトーチャが腐ると知ってるからだろう」
メリッサに言われた言葉で、男はますます肩を落とす。
「只のトーチャなら卸先も教えてあげられるけど、傷んだトーチャはねぇ……。そのトーチャはどんな状態なの?」
「馬車内が臭くて、恐る恐る中を見たらねばねばと糸を引いてやがったんだ……。俺はあんな状態になったトーチャは見た事ねぇ」
「うえ~。それは絶対に腐ってるわね」
私はトーチャの成れの果てを想像しただけで気持ち悪くなってしまったが、メリッサは心当たりがあったのかポンっと手を叩き男に提案した。
「それって、藁かなんかに包んで来たのか?」
「あ、あぁ。カパの藁に包んで来た!」
メリッサはそれを聞くとにやりと微笑んだ。
「なら臭爺さんの所を紹介してやるよ。多分買ってくれると思う」
「ほ、本当か!?」
「腐ったトーチャなんか何に使えるのよ?」
「何だ? アリーシャは爺さんの店はまだ行った事なかったのか? 丁度良いから飯はそこにしよう!」
「今の流れからそのお店に行きたくないんだけど……」
「あっはっは! まぁ酒も美味いのがあるから物は試しって奴だ!」
嫌そうにする私を他所に、悪巧みをしている様な、楽しそうな表情のメリッサに背中を押され、私とメリッサは男の馬車に乗り、臭爺と呼ばれる男の店に向かった――。
「――ここがその店だ」
「意外にちゃんとしてる……」
名前からして変なお店を想像してたけど、外観は綺麗ね。
何を出す店か外観からは分からないけど、これなら変な物は出ないよね?
安心した私は意気揚々と扉を開けるメリッサの後に付いて、店内に入ると、中からは色々な匂いが混ざっていた。
それが香りなら良かったのだが、これは匂いと分類しても良いだろう。
すなわち……臭い。
「おーっす! 臭爺さんいるー!? 相変わらず臭いねー!」
「誰かと思ったら嬢ちゃんか。今日はどうした?」
カウンターの奥からはこれまた、匂いとは似つかわしくない紳士そうな男性が現れた。
「どうしたって、飯を食べに来たんだよ。やってるよね?」
「若い女の子でここに来るのは嬢ちゃんぐらいだ。今日は何にする?」
「私はまずチーズとルク酒! 爺さん、前話してた料理って確かトーチャから出来てるんだよな?」
「あいよ。あぁ、納豆か? 残念だけど今は切らしてるよ」
「なら、今こっちの行商人が捌けなくて困ってるんだけど、爺さん買わねぇ?」
「それは本当か!? おい、どれぐらいある!? どこの産地のトーチャを使ってる!?」
先程迄の紳士振りとは打って変わって、店主は行商人の男に詰め寄った。
店主と男が話している中、私はメリッサに問いかけた。
「ねぇ。納豆ってなんなの?」
「昔どこかの貧民街で流行った料理だよ。始まりは残飯を食べてた貧民街の人間が食べたのが始まりらしくて、それがその街で広まったんだってよ」
「へぇ~! ……って残飯なの!?」
「元はな。私も食べた事ないし、爺さんからそんな話を聞いたのを思い出したんだよ」
「良い納豆に育ってんじゃねぇか! 粒は揃ってないけど、これは良い! おい! 俺に全部売れっ! どうせ買い手なんか居ないだろ!?」
「か、買ってくれるんですか!?」
「俺以外の誰に売るってんだ? お前これからも定期的に運べるか?」
「出来ますっ! やりますっ!」
「おぉし! なら仕入れ値はいくらだ……どこから……」
どうやら商談は成立したらしい。
晴れ晴れとした表情の店主は、メリッサと私の前にチーズとルク酒を目の前に置く。
見慣れたルク酒は良いのだが、チーズには青いカビが生えていた――。
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