切欠の〇〇
俺の名前はセシル・グランツェル。
アルクステッド家に仕える家柄だ。
遡れば由緒正しい家柄なのだが、長男家で継いできたわけではなく、御先祖様は次男三男ばかりで婿養子に入ったりを繰り返し、その都度家名が変わっていったらしい。
貴族とは言っても最下級の騎士爵であり、俺の代では平民となんら変わりはない。
今週は城に配備されているため、城壁から変化がないかを裸眼と望遠鏡を使い確認しているが、俺が生まれてこの方、この城が危険に晒された事はない。
今日も平和だと思いながら、ふと城内に視線を落とした。
そこには美しいドレスに身を包んでおり、望遠鏡で覗くと引きつる様な顔を笑顔で隠しながらも、客人として招かれた貴族の男性を連れ、城内を歩く令嬢の姿が目に入った。
「無理してんな~あいつ」
それにしても、あの男も身振り手振りを大袈裟に動かして表現するもんだ。
おっ、膝を突いてマリサの手を求めようとした男の動きを読んでか、マリサの奴、素早く体を反転させて、見なかった振りをしやがった。
相手固まってんぞ? どうすんだよ?
「――いてっ!」
固い棒の様な物で叩かれた衝撃に思わず声に出てしまう。
望遠鏡を離し振り返ると、目の前には、同じく望遠鏡を手に持ち微笑む隊長の姿が目に入る。
「白昼堂々とお嬢様を覗き見とは良い度胸だなぁセシル?」
「い、いや、覗きとかじゃなくてですね……!」
「じゃあサボりか? お前の見るべき所は城内じゃなく、城外だよな?」
隊長は手持無沙汰に望遠鏡を軽く手にポンポンと打ち付けている。
「はいっ! すみませんっ!」
「良い返事だ。代わりにお前の範囲は見といてやるから。今すぐ腕立て百回! その後は荷物運びだっ! 今日は貢ぎ物やら食材の搬入やらがあるから夜までかかるから覚悟しとけよ?」
「今日は俺の当番じゃ……「返事はっ!?」」
「っ!? はいっ!」
くっそぉ~!
マリサなんか見てるんじゃなかった!
俺は直ぐに腕立ての体勢に入り、大きな声で数を数える。
城壁に居る仲間達からは哀れみの視線を向けられていた――。
◇◇◇
――日はとっぷりと暮れ、城壁配備兵士の食事時間に間に合わなかった俺は、腹を満たすために街へと繰り出していた。
とは言ってもゆっくりと酒を飲んでる時間はねぇし、屋台料理を買って食いながら帰ろうかと、目当ての物を買いに屋台街にやって来たのだが……。
「おばちゃん! ハンバーガー二つ頂戴! チーズ入りでソースはたっぷりで! どっちもリッカは抜いてね!」
そこには昼間の姿とは似ても似つかない一人の女が居た。
「何でまたこんな所にいるんだよ……」
俺は顔を手で覆い、行き先を変えようかとも思ったが、俺の腹はハンバーガーを要求している。
腹の虫の言いなりになった俺は、観念して屋台のおばちゃんに注文をする。
「おばちゃん、テリヤキバーガーのキャムとマヨ多目と、ハンバーガーのソース少な目、この女の分のリッカは俺のに入れといて」
「あらセシル。最近良く会うわね?」
「お前こそ、連日出歩いてて良いのかよ?」
「だって今日の事知ってるでしょ? あ、ありがとうおばちゃん! ほらさっさと行くわよ! この時間のこのお店は混むんだから!」
「お、おうっ!」
マリサと俺は、料理の入った袋を受け取り、いつの間にか後ろに行列が出来ていた屋台を離れると、マリサに手を引かれるまま人混みの屋台街を抜け、人の少ない広場に腰を下ろした。
「冷めない内に食べよ! ここのは冷めても美味しいけどね」
マリサはそう言うと手を合わせてから、包み紙を広げ、出来立てのハンバーガーを口に運び、豪快に齧り付く。
「むふー! 美味しいー!」
マリサは口元を汚しながらも幸せそうにハンバーガーを頬張る。
さて、じゃあ俺はテリヤキの方を……。
ガサガサと包み紙を剥がすと、照り照りに絡まったソースと、その真逆の色をしたマヨネーズが間から顔を見せている。
紙を開いたで香りが広がり、美味そうな見た目を視覚で捉えた事で、腹の虫が限界と言わんばかりに騒ぎ出した。
口内が涎で満たされてしまう前に、俺はテリヤキバーガーに齧り付いた。
「あふっ!」
出来立てという事を忘れていた。
ジャルを使った熱々のテリヤキソースが容赦なく口内を襲い掛かるが、シャキシャキと瑞々しいキャムの葉がかろうじて防いでくれた。
甘辛いテリヤキソースは、こってりとしたマヨネーズと組み合わさり、それだけなら濃い味なのだが、主役のパンと肉がソースの濃さを中和する。
直ぐに口の中の物を飲み込むと、俺はすぐさま二口目、三口目と噛り付く。
腹の虫は食事が入って来た事で少し治まった所で、隣から視線を感じた。
「……なんだよ?」
「テリヤキも美味しそうね? 一口頂戴?」
「嫌だ。欲しかったら自分で買って来い。それにこんな時間にがっついて良いのかよ?」
「セシルのケチっ! 昔はセシルから言って来てくれてたのに! それにハンバーガーはむしゃくしゃした時に食べたくなるの!」
「ガキの頃だろ!? それにあん時はお前が今みたいに物欲しそうにしてた――「隙ありっ!」」
「あぁー! 俺のテリヤキバーガーが!」
「んふふー! おーいしーいー!」
マリサは満足気に感想を述べる中、俺は残されたテリヤキバーガーを口に放り込む。
「そんなに睨まなくても、ちゃんとこっちのもあげるわよ!」
マリサはそう言うと、俺に食べかけのハンバーガーを差し出した。
「リッカの入ってないハンバーガーなんかいらん」
「んまっ!? 子供の頃はセシルだって抜いてたじゃない?」
「あほか。リッカの甘酸っぱい味が肉でくどくなった口を洗い流して、次の一口がまた美味く感じるんじゃねぇか」
俺は返事をしながら、二つ目のハンバーガーに手を伸ばす。
マリサは視線を俺と視線が合わなくとも、いつもの様に会話を続ける。
「え~! 私もリッカだけなら美味しいと思うけど、ハンバーガーにはいらないでしょ!?」
「わかってねぇな~。お前酒は飲める様になってもまだまだお子様だな」
「セシル? もう一度聞くけど、リッカはいらないわよね?」
「だからぁ……」
しつこく同意を求めるマリサに視線を向けると、右手に火球を生み出していた。
「お、お前っ! 卑怯だぞ!?」
「おほほほほ! 私が黒と言えば白い物も黒と言うのよ!」
「あほかお前っ! 街中だぞ!?」
「さっきから人をあほあほ言うな! 私だって傷つくのよ!?」
「わかった! 謝るからさっさとしまえ! ごめんなさい!」
「わかれば良いのよ。わかれば。食べ物の話は駄目ね。つい熱くなっちゃうわ」
熱くなるって言うのは気持ちの問題で、実際熱くする奴があるか……と思いながら、ハンバーガーに齧り付く。
マリサと話してる内に少し冷めてしまったが、味はいつ食べても美味い。
「冷めてるの? ちょっと貸しなさい」
マリサは俺の手からハンバーガーを奪い取る。
「あ、おい……」
「家でこっそり食べる時はこうやって温めてるの」
マリサは器用に風魔法と火魔法を組合せ、ハンバーガーを宙に浮かべ薄い膜で覆われた様な火球で包む。
マリサは直ぐに魔法を消すと、包み紙で受け止め、俺の手元に返した。
買った時よりも熱く、香ばしい香りが広がっている。
「どうぞ召し上がれ!」
俺は言われるがままに、ハンバーガーに齧り付く。
全体を焼かれた事により、パンがしっかりとトーストされ、表面がサクサクとした食感に変わっている。
「……美味い」
「でしょ!? 私も料理上手になったんだから!」
「これを料理と言うかはさておき、ガキの頃に比べたら魔法は上手くなったよな?」
「当たり前じゃない! 私はこう見えて銀級冒険者なのよ?」
「昼間のマリサは虫も殺せそうにないお嬢様だけどな」
「アリーシャ! 外ではアリーかアリーシャって呼びなさいって言ってるでしょ!? 全く、バレたらどうすんのよ!」
「へいへい」
「返事は一回!」
「へい」
アリーシャ改めマリサとの付き合いは子供の頃からだ。
最初は親父の挨拶に城に連れてこられ、そこでマリサと出会った。
子供の頃は今のマリサではなく、アリーシャの様な性格でわんぱくな女の子という印象で、初めて会ったその日から遊び相手に指名され、度々城に招かれていた。
ある日、どこから聞きつけたのか城下町で売っているハンバーガーという食べ物が気になったらしく、食べた事のある俺に、売ってる店に案内しろというおねだりがあったのだ。
「ガキの頃はバレたらどうしようってびくびくしてたけど、今もそれは変わんねぇんだな?」
「この見た目をしてたらバレないけどね。セシルには何度も変装を見て貰ってたからわかるだろうけど、他の人にはバレた事ないんだから!」
確かに見た感じはわからないだろうな。
けど、歩き方の癖や表情の変化でバレる様な気もするんだが……。
俺がそんな事を考えていると、俺が食べ終わった事に気付いたマリサは立ち上がり、尻に付いた砂を払う様に叩いてから伸びをする。
「ん~! お腹も膨れたし、美味しい物を食べたからむしゃくしゃも取れたし、今日はゆっくり寝れそう!」
「俺も今日は疲れたし、帰って寝るか」
「あ、セシル! そういえば何で腕立てをやらされてたの?」
「な、何でもねぇよ! それより帰る方向一緒なんだから先に行けよ!」
「言われなくても帰りますぅー! じゃあまたね!」
マリサはそう告げると、走り出し、俺はその背中を闇に消えるまで見送った。
俺は一つ息を吐いてから、マリサが走った方向へと駆けて行く――。
◇◇◇
「――でね? セシルったら子供の時と違って小憎らしくなったのよ~」
寝る前にクレアールにマッサージをして貰いながら、私は本日あった事を話していた。
「それにハンバーガーにリッカがある方が美味しいって言うのよ!? テリヤキバーガーには入ってないのに!」
私がリッカのないハンバーガーの美味しさを熱く語っていると、クレアールの心地良いマッサージが止まる。
「お嬢様? 私の分のハンバーガーのリッカは?」
「え? 勿論抜いといたよ? いらないでしょ?」
私って気が利くなぁ!
……あれ? 何その笑顔? 何で足を掴むの!?
「ぎにゃぁぁぁっ! 痛い痛い痛いー!」
「あら? お嬢様は足ツボマッサージがお好きだと思い込んでたようですわ。いけない、いけない」
「いけないって言うなら離してよー!」
「お嬢様は少々食べ過ぎの様ですから、胃のツボは念入りにやっておかないと……」
「ごめんなさぁーい! 次はちゃんとリッカ入りのを買ってくるからぁー!」
こうして私はリッカ好きの二人に挟まれた一日を終えるのであった――。
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