初めての〇〇 後編
ぞろぞろと入って来た男達のせいで店の雰囲気が一気に悪くなる。
店主は怒りの形相でならず者達に帰る様に促しているが、ならず者達は耳をほじりながら酒を要求する。
「良いから酒を持ってこいやっ! 俺等みたいな鋼鉄級の冒険者様が危険な食材とか納品してんだぞ!?」
「ふざけんなやっ! お前等のせいで客が寄り付かんのやぞっ!」
「人のせいにするぐらいならもっと綺麗な女とか、こましな料理を用意しろって。ただ切っただけの生魚とか、そんな顔面の気持ち悪ぃガキを立たせるぐらいならよぉ!」
男達はその言葉に共感したのか、下卑た笑いで場を埋め尽くした。
カウンターに隠れる少女は震えながら耳を隠し、蹲っている。
私はその姿を見て苛立ちが頂点に差し掛かった所で、男達が私に声を掛けて来た。
「胸のでけぇ姉ちゃんもこんなしけた店で飲んでねぇで、俺達に酌でもしてくれよぉ! そうしたらこの店にも華が生まれるってもんだ!」
「うふふふふ。そうですねぇ……じゃあちょっと他の所に行きましょうか?」
「おぉっ!? 言ってみるもんだな! お前等、店変えるぞ!」
「うふふふふふふふ……」
男達と共に立ち上がる私に店主が声を掛けた。
「姉ちゃん止めとけ! あいつ等なんか相手する必要ないで!」
「大丈夫です……すぐに済みますから……」
私は何とか怒りを堪えて店主と少女に微笑むと、少女は怯えた表情で私の顔を見上げる。
髪で隠れていた顔の左側には、火傷跡が残っていた。
店を出ると同時に先程声を掛けて来た男が馴れ馴れしく私の肩に手をまわした所で、私の怒りは行動に現れた――。
◇◇◇
私は手を叩き、店に戻ろうとすると、包丁を持った店主が店の前で大口を開けて驚いている。
少女が私の姿を見るや否や、私のお腹目掛けて抱き着いて来た。
「お、お姉ちゃん大丈夫っ!?」
「大丈夫大丈夫っ! お姉ちゃんは強いからっ! こいつらはギルドに報告も入れておくし、そんなに泣いたら可愛い顔が台無しだよ?」
私は少女にそう声を掛けると、涙を拭いながらこっそりと魔法を掛ける。
少女は気付いていないのか、されるがままに涙を拭われていると、憲兵達が走り寄って来た。
「これは何の騒ぎだっ!?」
しゃがむ私の背中に憲兵の代表者が声を掛けて来たので、私は立ち上がり後ろを振り返った。
「あら、セシル。丁度良い所に来たわ。こいつらが私とこのお店に迷惑を掛けて来たからちょっと痛い目を見せただけよ。こんな奴等をのさばらせておくなんて……しっかり仕事をしなさいよね」
――貴様っ! 私達に向かって……「良いから、こいつらを連れて行け。こいつらの顔にも見覚えがある」
セシルは話が早いから助かるなぁ。
さて私はさっさと料理の続きをば……。
店に戻ろうとする私の肩に大きな手の感触が伝わる。
荒々しく掴まれた感触に私は三度振り返った。
「どこに行くんですか?」
ニコニコと微笑みながらも青筋を浮かべるその顔を見て、私は相変わらず器用な奴だと感心する。
「このお店でお料理を食べるのよ。このお店来た事ある? すっごく美味しいのよ!? ジャルはどこの店でも使ってるから食べた事あるだろうけど、魚介を生で食べさせてくれるの! それがもう本当に美味しいのよっ!」
「えっ……気色悪……」
「あーあー! 言っちゃったねあんた。食べもしていない料理を先入観で決めつける程愚劣な行為はないって言ったわよね? 良いわ、その先入観を消すためにも私に付き合いなさい」
「俺はまだ仕事中なんだって!」
「聞こえなーい! 時間を取らせないから黙って付いて来なさい! 大将っ! 刺身盛りをもう一つ追加でっ!」
「お、おう……それは良いけど……」
「ユキちゃん、お酒ももう一本追加ねっ!」
「うんっ!」
私は表に立っていた二人にそう告げるとセシルの首を掴み引きずって店に入って行く――。
◇◇◇
――次の日。
「俺達に仕事を出せねぇってのはどういう事だっ!」
ギルドのカウンターに昨日の男が詰め寄る。
「昨日の騒ぎをきっかけに貴方達の事を調べましたけど、出るわ出るわ……器物破損が五件、迷惑行為が四件、冒険者同士の恐喝が十件……口止めをされてたそうですけど、何か反論はありますか?」
「証拠はっ!? 俺達がやった証拠がねぇだろうが!」
「このギルドに白銀級の冒険者がいる事は御存じでしょうか?」
「はっ! 魔法使いだとか、剣士だとか、華奢な背格好だとか、噂が独り歩きしてる架空の人物だろうが! そいつがどうしたんだってんだ!」
「珍しくその方が昨日来られましてね。昨日大事な友人に絡んだ者達がこの街にいると、情報を提供して頂いたんですよ。その資料には貴方達だという事が事細かく書いてありました」
「ふざっけんなっ!」
男は大きく振りかぶると、カウンターに両手を叩きつけた。
ギルド職員の女性はそよ風に吹かれたかの様に、ゆっくりと眼鏡を外し布で拭き、眼鏡を装着する。
「なんと言われようと当ギルドでは貴方達には仕事を回せません。あんまり騒ぐようでしたら……静かになる様に氷漬けにすっぞコラ?」
職員の女性は殺気を込めながら魔力を高めるが、即座にその気配を四散させる。
だが、殺気を向けられた男は脂汗を掻きながら震える足でその場を離れるのであった――。
◇◇◇
「むあぁ~……気持ち良い~……」
ベッドに寝そべる私の背後から、クレアールが絶妙な力加減で指圧する。
お土産が気に入ると彼女は二、三日機嫌が良いのでマッサージをしてくれたりする。
まぁ、お土産を忘れるとその分痛いしっぺ返しが待ってるんだけど。
「クレアールもお寿司が気に入ったんだね~?」
「大変美味しゅうございました。ペムイに混ぜられた酢の酸味が具材の魚介と合わさる事で、確かに一つの料理と言えますね」
「そうなのよ! バカタレ共を懲らしめた後にセシルと店に入ってから出されたお寿司を見た時は何の冗談かと思ったけど、お刺身で食べる時とはまた別なのよ! あんな凄い大将のお店が流行ってないなんて冗談が過ぎるわよ……あ~そこそこ」
会話を続ける私の肩に心地よい指圧が加わる。
「でも良かったのですか?」
「なにがぁ~?」
「そんなに素晴らしいお店を憲兵や冒険者に広めたら、次の時には入れないんじゃないですか?」
「……あぁぁぁ~!」
クレアールの言う通りだ!
まだまだ食べてないお寿司や、お刺身があると言うのに私ときたら――。
◇◇◇
「ありがとうございました~!」
「次はこの盛り合わせをそっちのテーブルに持っていってくれ!」
「うんっ!」
満席になっている店の中にはセシルと呼ばれた男がカウンターで酒を飲んでいる。
また、テーブル席には冒険者の男達が、女性の胸について熱く語っており、セシルにとってはそれも酒の肴になっていた。
「お嬢ちゃん、酒をもう一本と、握りを何個か頼む」
「はぁい! お父さん! こっちのお兄ちゃんに握りをお任せで!」
「あいよぉっ!」
笑顔で会話する親子の言葉は楽しそうに、また、髪の毛を上げた少女の顔はとても可愛らしく、この店の看板になっていた。
「邪魔するでー!」
「「「あぁっ!?」」」
乱暴に開けられた店の扉の音に、近くに居たセシルを始め、誰かに頼まれていたかの様に中に居た客が入口の男達に睨みを利かせる。
「し、失礼しましたぁー!」
男達はそう言うと逃げる様にして店を去ると、一瞬の間を置き、店の中を笑い声が木霊するのであった――。
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