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貴族令嬢のお忍びグルメ  作者: 正岡千之
3/13

初めての〇〇 前編

 ――今日も今日とて変装中の私は、何を食べようかと迷っている。


 城では小食だと思われている私だが、小食なのではない。

 城の上品かつ甘めの料理では酒が進まない味覚になってしまったのだ。

 それに加え、今日はお忍びをすると決めていた日なのだから、城の食事で腹を満たすと十二分に楽しむ事が出来ない。

 だからこそ腹を空かした私は悩んでいた。


「何にしようかな~、肉が続いてたから魚……魚だとマルク酒かぁ……」


 私はマルク酒のさっぱりとした果実の味を思い浮かべる。

 白身魚や魚介と合うマルク酒なのだが、今日は気分が乗らない。


「ルク酒だとモーム肉とか、ミノタウロスの肉に合うけど……」


 魚を食べたい私は歩きながら腕を組み、脳内会議を行っていると、足元から衝撃が伝わる。

 目線を下げると、足元には髪で顔が隠れた少女が倒れていた。


「ごめんねっ! 考え事してて!」


「い、いえ……大丈夫ですから……」


 目の前の少女は顔を隠す様に、籠に野菜と魚を戻していく。

 私もしゃがみ込み、その手伝いをする。


「本当にごめんねぇ……? お手伝いの途中だったの?」


「いえ、お店に戻る途中で……」


「お店? どんなお店?」


「マリジット地方の料理を出すのですが、最近は……あ、お姉さんその野菜は触っちゃ駄目!」


「えっ?」


 野菜を触ろうとした私は、少女の言葉で手を止める。

 するとその野菜が、ばっくりと割れ、中から鋭い歯が並んでいた。


「なにこれっ!?」


「知りませんか? ミミックという魔物です。一定時間別の物に触れるとその形に擬態する貝なんです」


「へぇ~! ねぇこれってそのお店でも食べられるの!?」


「え、あ、はいっ!」


「じゃあお姉ちゃんを貴方のお店に連れてってくれない? お酒もあると嬉しいなぁ~!」


「ありますけど……今の時間なら大丈夫かな……?」


「あっ、もしかしてまだ開いてない?」


「い、いえ、そういう訳じゃ……」


「じゃあ行こう行こう! 楽しみだなぁ~! 今日は魚介が食べたいと思ってたんだぁ!」


 少女の背中を押しながら鼻歌を歌う私には、髪の毛で隠れている事もあり、少女がどんな表情をしているかわからなかった――。


◇◇◇


 店に着いた私は、その店の不自然さに首を傾げる。

 人通りも悪くない場所で、他の店はそれなりに人が入っているのだが、この店だけが閑散としていた。

 他の店と比べても店の作りはそう変わらないのにだ。


 何でだろ?


 少女が私を連れ、店の入り口から入ると、身綺麗だが疲れた表情の男が出迎えてくれた。


「らっしゃ……なんだユキか」


「お父さん、お客さん連れて来たよ」


「お客さん? おぉ! らっしゃい! さぁ座って座って!」


「あ、はい……」


 辺りを見回しながらカウンター席に着く私は、店内も清掃が行き届いているのでますます疑問が湧いた。


「何にする?」


「えっと……魚介でおすすめがあれば……あと、お酒も合う物を……」


「あいよっ! 今日はミミックとクロツがあるからそれを刺身で食うかい?」


「さしみ……? じゃあそれでお願いします」


 さしみって何だっけ?

 そう言えばあの子はどこ行ったんだろ?

 いかんいかん!

 疑問ばかり浮かべて、今から楽しむ食事を受け止める心構えが出来ていない!

 集中、集中!


「お酒です。ペムイを使ったお酒ですが、お刺身とも合うってお父さんが言ってました」


「へぇ~! ペムイってあれだよね? 白くてもちもちした穀物!」


「そうです! マリジット地方では昔から主食なんですよ」


「そうなんだ~! じゃあ頂きまぁす!」


 酒が入っている器を傾け、小さな器で受け止めると、中からは透明な液体が現れた。

 酒を鼻に近付け、香りを嗅いでみると、甘そうな香りが鼻腔をくすぐる。

 そのまま口に近付け、少しだけ口に含み転がすと、元々の酒精の強さと共に甘さと旨さが喉を伝い、酒精による刺激が喉を心地よく焼いていく。香りが鼻から抜けると、私は無意識にほっと息を吐いた。


「美味しいお酒だね~」


「にへへへ……」


 照れくさそうにはにかむ口元が可愛いなぁもう。

 でも何で髪の毛で顔を隠してるのかしら……?


「あいよ、お待ち! ミミックとクロツの刺身盛りや!」


「え……生……? ミミックに至ってはまだ動いてる様な……」


「新鮮やからな! こっちのクロツは熟成させとるけどな!」


「ど、どうやって食べるの……?」


 私は思わず近くにいた少女に尋ねた。


「そこの小皿にジャルがあるでしょ? それに付けて食べてください。辛いのが好きならそのピンク色のテンも付けると美味しいですよ」


「じゃ、じゃあまずは初めてのミミックから……」


 恐る恐る手に取った箸でミミックを持ち上げる。

 どうやって捌いたのか見当も付かないが、あの恐ろしい歯があった姿とは裏腹に、真っ白な身をしている。

 少女が見守る中、ジャルが入った小皿を手に取り、ミミックの刺身にジャルを軽く付けてから口に運ぶ。


「ど、どうですか?」


 コリコリとした食感を想像してたけど……

 歯に吸い付く様な食感に加えて、しっかりと歯応えも有って……甘い!

 へ? 何で? あんな凶悪そうな見た目なのに、こんなに優しい中身をしてたんか君!


「美味しいぃぃぃぃ! え? 何これ!? 凄く美味しい!」


 おっとっと、もう一口行く前にお酒で口を洗ってと……。


「うわぁぁ……このお酒とも合う~……」


「ミミックは比較的最近食べられる様になったんやけどな、捌き方がちょっとむずいねん。慣れてへんかったら手がズタズタになんねん」


「あの歯ですからね~。じゃあこっちのクロツは……」


 ピンクがかった切り身にジャルを付けると、クロツの表面がジャルを弾いてしまう。

 不思議に思いつつも口に運ぶ。


 美味っ! 脂の旨味だこれっ!

 ジャルを弾くのも分かるよっ! 濃厚な脂の旨味なのに、肉と違って不思議とすっきりとしてる!

 クロツなんて焼いたのしか食べた事なかったけど、生だとこんなに美味しいんか!

 クロツ半端ないって! 言っといてやこんな味やって!


「美味ぇだろ?」


 嬉しそうに笑う店主の笑顔に、私は無言で何度も頷いた。


「魚ってのはな、生きてたのを直ぐに食うより、少し日にちを空けてから食うと、味が熟成されて美味いねん。食感は柔らかくなって味に深みが増すんや。勿論ミミックみたいなんは獲れたてを捌いて食うた方が美味いんやけど、それは料理人の腕の見せ所やな! 刺身は只々生身を食わせる手抜き料理や言う奴もおるけど、そんな事はあらへん。神経注がなほんまに美味い刺身は食えへんねん」


 本当にそう思う。

 見た目も綺麗に盛り付けてるから、食べる前から華やいだ気分になれる。

 そう言えばこっちのテンを付けて食べるともっと美味しいんだよね?


 私は更なる美味さを求めて、テンをクロツの刺身に乗せ口に運ぶ。


「あっ! お姉さんっ! そんなに乗せると……!?」


「――辛ぁい! 痛い痛い痛いっ! 鼻が痛ぁい!」


「お姉さん落ち着いてっ! ゆっくり鼻から吸って、口から息を吐いて下さい」


 少女に言われた通りに呼吸を繰り返すと、先程迄の痛みは嘘の様に消え去る。


「……あ、あれ? 辛くない……?」


「テンはスッと鼻から抜ける辛さなので、鼻から空気を通さないと直ぐに消えるんです。少量のテンを乗せて食べてみて下さい」


 私は涙目になりながら少女の言う通りにテンをクロツに少量乗せ、食べてみた。


「あ、美味しいっ! クロツの脂がさっぱりと流されるみたい!」


「テンは昔とある冒険者が食べ始めたらしいねんけど、最初は見向きもされてへんかってん。俺も刺身の薬味は色々試したけどテンが一番やな。ツンと抜ける辛さやのにトッポと違って後にはひかへんやろ? どうしても魚介を生で食うと多少の生臭さはあるんやけど、テンがそれをスッと消してくれんねん」


「へぇ~! 今まで魚介を生で食べようと思った事ないけど、これは美味しいわっ!」


「その割には箸も使えるみたいやけど――「邪魔するでー!」」


 店主が何かを言いかけたと同時に、店の入り口の扉が音を立てて乱暴に開けられる。

 少女は慌ててカウンターに隠れると、店にならず者達がぞろぞろと入って来た――。

ブクマや評価して頂けますと、作者のモチベーションが向上します。

感想、レビューを頂けますと、作者の顔が絶賛にやけます。

もし宜しければ面倒臭い作業かとは思いますが応援して頂けると幸いです。


継続中の作品、飲食巡りは↓↓↓

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