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貴族令嬢のお忍びグルメ  作者: 正岡千之
12/13

〇〇との勝負

 ――どうやら今日は焦って食う必要はなさそうだ。


 俺はカウンターの席に着き、グラスに水を注いでから喉をわずかに潤す。

 大事な事は水を飲むんじゃなくて、潤す程度に留める事だ。

 でないと後からひどい目を見る事になる。


「――ここは初めて来たけどどういうお店なの?」


「カパ粉を練った麺と、分厚いオーク肉の塊と山盛りの野菜が乗った料理なんだけど、普通盛りでもかなりの量があるから金のない冒険者御用達の店なんだ。アリーシャもかなり食える方だろ?」


「量は食べれるけど、それは美味しい物だけだよ? 不味いのはあんまり食べたくないんだけど……」


 不味い? 不味いだって?

 それはこの店の料理の事を言っているのか?


 俺は水を飲む振りをしながら、どんな奴が会話をしているのか確認する。


「不味い店に私が連れてくる訳ないだろ? 私もストレスが溜まってやけ食いしたい時にここの店に良く来るんだよ」


「メリッサのストレスの原因って無茶をする冒険者の事でしょ?」


「そうだよ! ランクが足りてねぇのに稼ぎの良い仕事を寄こせとか、素材集めより討伐依頼をやりたいっつって怪我して帰ってきたら私の斡旋が悪いとか――」


「それで塩漬けになってる簡単な依頼を割増しで回してくれるんだから私としてはありがたいけどね~」


「アリーシャにはもっと良い仕事を回せるんだぞ?」


「それって時間がかかるやつでしょ? 私にそんな時間ないわよ。冒険者はお小遣い稼ぎで充分」


 隣に座る小娘はそう言いながらコクコクと水を飲む。

 今水を飲むとは馬鹿な奴だ。

 

「美味い飯と酒があれば良いって奴か?」


「そうそう! ついでに甘い物もね!」


「そんなに食ってばかりだと、またでかくなっちまうぞ?」


「もう! それは言わないで!」


 ぶふっ! ごほっ! ごほっ!


 俺は二人の行動を目にして思わず口を付けていた水を噴き出してしまう。

 隣に座る小娘、いや、お嬢さんの一部を指先で突いていたからだ。


――オオグの実は入れますか?


 おっと、俺達が食べる麺が茹で上がったようだ。

 ここの店の料理は一種類しかないが、だからこそ店主のこの質問には即答し、そして簡潔に答えねばここの常連とは名乗れない。


「麺は大盛、オオグの実は少な目、野菜、脂、オーク肉はマシマシ、辛めで」


 馬鹿な!?

 正気かこの女!?

 俺でさえこの店で麺の大盛とオーク肉のマシマシの両立、ましてや野菜のマシマシまでするのは不可能だ!

 そしてこの店で料理を残しでもすれば店主が切れて二度とこの店で食べれなくなるぞ!?


「なにその注文?」


「いひひひ! この店ではこういうのが正解なんだよ。アリーシャも同じ様に注文してみな」


――オオグの実は入れますか?


「えっと、麺は大盛、オオグの実は少な目、野菜、脂、オーク肉はましまし? 後は辛めだっけ?」


 おいおいおい!

 死んだわこいつら!

 この店の事を何にもしらねぇド素人が!

 店主もさぞや嫌な顔を……してないだと?

 どういう事だ?

 もしかして俺が知らない内にこの店の盛りや食べ残しをしても良くなったのか?


――オオグの実は入れますか?


 いや、そうじゃないにしても同じ釜の麺を食べる俺が、女の前でそれよりも少ない量を頼むのはどうなんだ?

 今日は普通に食べれると思ったが、やはりこの店の神が許しちゃくれねぇのか。

 これは俺の挑戦であると同時に、同じ釜の麺を食う奴らと、いや、店主との勝負か……。


――オオグの実は入れますか!?


 おっと、店主に催促を食らっちまった。

 急いで注文しねぇと。

 俺の腹は決まった。


「麺は大盛、全部マシマシ、辛めで!」


 俺の台詞に店内が少しざわつく。

 それもその筈だ。

 三人並んで大盛を、しかも全てマシマシで頼む奴なんざそういねぇ。

 だがこの勝負を逃げてちゃ、この店の常連を名乗れないんでな!


「店主さんも大変だねぇ?」


 その言葉で俺はこの女性が常連である事を悟る。

 女にそんな言葉を掛けられた店主はにやりとした表情を浮かべるが、隣の娘はぽかんとした様子で今の短い会話に込められた意図を理解出来ていない。

 分からなければ恐れもないか。

 それならば今から起きる出来事を教訓として、今後無茶な事をあまりしない様にすればいい。


――お待ち。


「あぁー腹減った! ほら、アリーシャも頑張って食えよ?」


「食えったって、どこから手を付ければ良いのよ?」


「先ずは野菜と脂である程度食ってから――」


 カウンターに置かれた丼の様子は一言で言えば山だ。

 今更食べ方の指南をしても遅いだろ?


――お待ち。


 俺の目の前に置かれたのも先程の丼と同様、具材の山と、そしてスープの池が出来ている。

 俺は一度目を瞑り、わずかな時間で心を決めてから、左手にスプーンを、右手にフォークを握る。

 俺の挑戦が今始まった!


「美味しいぃー! このくたっとした野菜と上の脂身が不思議に甘くてどんどん食べれちゃう!」


「だろ? 横のデカい肉も食ってみろよ」


「んー! こんなに分厚いのに崩れるぐらい柔らかく煮てある! あっ、オオグの実がピリッと来たけど、これもお肉と食べると美味しい!」


 やはりド素人か。

 味の感想なんてまだるっこしい事してる内に麺が伸びて食えたもんじゃなくなる。

 それを知っている俺は素早く咀嚼と嚥下を繰り返し野菜の山を崩していく。


「あ、麺もしっかりしてて美味しい! そっかスープの味が濃いから太い麺が合うのかぁ」


 そう、このごわごわとした噛み応えのある麺がまた美味さを……麺の感想だと!?


 隣の娘の言葉に俺は思わず視線を向ける。

 娘の丼は既に野菜の山が平たくなっており、連れの真似をして麺を下から引き上げて食べ始めていた。

 う、嘘だろ? 俺はまだ麺の一本すら啜っちゃいねぇんだぞ?


「スープに浸してたお肉が柔らかくなっててまた美味しい~!」


「いひひひ! アリーシャが食べ切れないなら手伝ってやろうかと思ってたけど、やっぱりその心配はなさそうだな?」


「美味しい物はいくらでも食べれるわ!」


 会話をしながら凄まじい早さで食べ進めていく女性達に目を奪われていた俺は、我に返り自分の丼に意識を戻す。

 慌てて引き上げた麺は既にスープを吸い始め、膨らみ始めている。

 急いで啜る俺に次の刺客である熱さが襲い掛かると、火傷をする前に俺は水をがぶ飲みしてしまう。


「食い終わった後の水がこれまた美味いんだ」


「はぁ~お腹いっぱい」


 食い終わ……、食い終わったぁ!?

 再び俺が視線を向けると、女性達の丼はすでに空になっており、別れを惜しむ様にスプーンでスープを啜っている。


「嘘……だろ……」


「兄さんも私達を見てないで早く食わなきゃおっちゃんにどやされるぞ?」


 そう言って席を立つ二人は涼し気な様子で店を後にする。


「あ、メリッサ! 帰りに甘い物でも食べてかない?」


「別に良いけど、まだ入るのかよ?」


「甘い物は別腹でしょ?」


 俺が呆然としていると、カウンターから店主の威圧的な視線を感じた。

 食べきれないのに注文したんじゃないだろうな?

 そんな幻聴が聞こえて来る様な視線だ。


 俺は腹の中で膨らんだ麺と格闘しつつ、食事を続ける。

 暫くはこの店に来れないかもな――。


◇◇◇


 心配をしてくれた従者やレインには申し訳ないが、私が夕食をあまり食べれなかったのは体調の悪さからじゃない。


「マリサ様。胃もたれに効くお茶を淹れました」


「クレアールは何でもお見通しって訳ね」


 私はふっと微笑み、受け取ったお茶に口をつける。


「城に戻って来られた瞬間にわかりましたよ。オオグの実の臭いとお顔のテカリ具合で」


「えっ!? 私ってそんなに臭かった!?」


 自身の匂いを嗅ぐが自分ではあまりわからない。

 それならそうと教えてくれたら良かったのに。


「だからこそ本日の夕食はオオグの実を使った御料理を御用意した訳ですが……」


「に、臭い消しの薬草とか在ったかな~?」


「臭いよりもまずはその食欲を消した方が良いのでは?」


「美味しいものには逆らえないわっ!」


「ですが最近お胸よりもお腹の方が――「言わないでぇぇ! クレアールの意地悪!」」


 私は布団に潜り込み、クレアールの言葉が聞こえない様に耳を塞ぐ。


「丸まっているとますますオークみたいな姿に見えますね」


「誰がオークかっ!?」


「おや? 聞こえてしまいましたか。てっきり耳漏にでもなってお耳が遠くなったのかと」


「クレアールが酷い事を言うからでしょ!」


「酷い事ですか――」


 そうにっこりと微笑むクレアールの説教は深夜まで続く。

 

 私は本当に耳漏にならぬ様これからの食事には気を付けようと心に誓ったのだった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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