思いが飛び交う〇〇
「――ミザリー……、お姉様は私の事を嫌いになったりしないかしら?」
そう言って瞳を滲ませるのは、幼き頃から傍で仕えているフォルタナド家の令嬢であるレイン様だ。
「大丈夫ですよ。マリサ――んんっ!」
危ない。
慣れ親しんだ旧友でもあるマリサを呼び捨てにしそうになった所で、何とか咳払いをした。
「マリサ様はお花を摘みに行かれただけです」
「でもでも、お姉様の前だと緊張して強がりばっかり言っちゃうし、さっきだってゲームに負けたのが悔しくて……」
ポロリと零れ落ちそうになる雫を、私はハンカチで受け止める。
「普段は凛としてらっしゃるのに、マリサ様の前だとどうしてそんなに緊張なさるんですか?」
「だってだって、お姉様は名家のアルクステッド家に生まれたのに物腰も柔らかくて、お淑やかで、美人で、お勉強も出来る上に魔法も使えるし、おまけにお胸まで……」
レイン様はそう言って自身の胸部に手を当てながらしゅんと顔を曇らせる。
そしてその言葉で思い返すのはマリサ・アルクステッドの幼少期だ。
彼女は天真爛漫に城中を駆け回り、私が父に連れられアルクステッド家に顔を出せばセシルと共に魔法の実験台にさせられていた。
セシルと手を組み、マリサに仕返しをした時は地団太を踏みながら悔しそうにしていたが、どこか嬉しそうにまたはしゃいでいた。
「何も笑わなくたって良いじゃない……」
レイン様はむくれながら上目遣いで私に視線を送る。
どうやら私は思い出に浸るままに感情が表情に漏れていた様だ。
「違いますよ。マリサ様の子供の頃はレイン様と同じ様に感情豊かに城内を駆け回っていたのを思い出したんです」
「ミザリーはいっつもそう言うけど、あのマリサお姉様がそんな子供だって信じられないわよ」
「いえいえ、レイン様にそっくりでしたよ? 私達に剣術で負けたら魔法で仕返ししてくるし、泣いたり喚いたりわがままばっかり言って私達を困らせて――「それって私に対する嫌味なのかしら?」」
鋭い目をしたレイン様が、口元を綻ばしながら睨みつけてくる。
「ち、違いますよっ! これは物の例えでっ!」
「そう。そういう事にしといてあげるわ」
「お嬢様!」
こういう所がマリサに似ているのだが、それを言えば藪蛇になるだろうと思い口を紡ぐ。
すると、部屋の扉からノックの音が響き、お嬢様がそれに応えるとマリサの侍女であるクレアールが現れた。
「失礼致します。マリサ様が少しお疲れでしたのでお休みする事をお伝えに参りました」
恭しく伝言を述べるクレアールに、頬を膨らませるのは我が主君であるレイン様だ。
「レイン様。マリサ様はお忙しい合間を縫って時間を作って下さっておりますから」
「わかってるわよ……。ミザリー、私も部屋に戻って休むから午後からは好きにしなさい」
「畏まりました」
「お部屋までお送り致します」
クレアールがそう告げると、レイン様はトコトコと後を付いていく。
急な休暇となった私は暇つぶしに訓練所にでも顔を出そうかと思案する――。
◇◇◇
――怒りのままに店を飛び出した私は、我に返り自己嫌悪に陥る。
なんで私はあんな態度を取ってしまったんだ……。
――いらっしゃい! そんな浮かない顔してどうしたんだい? 良かったらうちで甘い物でも食べていきなよ!
考え事をしながら歩いているといつの間にか屋台街を歩いていたようだ。
そこら中から客引きの威勢の良い掛け声が飛び交っている。
「い、いえ私は食事を終えたばかりですので」
――だったら尚更口直しに甘い物が美味しいよぉー! ほらほらこれを食べれば嫌な気分もどっかに飛んでいっちまうよ!
妙齢の女性から強引に渡された紙包みと引き換えに通貨を渡す。
――毎度あり!
笑顔を返された私は歩きながら包み紙から顔を覗かせるカパ粉焼きに溜息を吐いた。
「何で私はこんな物を買ってしまったんだろう」
誰に聞かれるでもない後悔を呟きつつ、折角買ったのだから食べてしまおうとカパ粉焼きに噛り付いた。
――っ!?
甘く濃厚な味に、思わず私の意識が飛びかけた。
単純なカパ粉焼きとは違い、しっとりと柔らかな甘目の生地に包まれているのは、ふわふわとした甘く白い物。
そこにスープ等に使用する野菜であるマンバのねっとりとした柔らかな触感と味が美味さを増加させている。
「――いたいた。なんでこんな所でクレープなんて食ってんだよ?」
幸せな味を噛み締めていると、ふいにそんな言葉を掛けられた。
声の主に視線を向けると、そこにはセシルが少し息を切らせながら安堵した様子で立っていた。
「別に私が何を食べようと良いだろ? それよりさっきの女と楽しくお喋りをしてれば良いじゃないか」
「さっきの女って……お前なぁ」
セシルが何か言い訳をしようとして、言葉を詰まらせた。
「まぁいいや。お嬢様に何か土産でも買っていくか? この先に美味いケーキ屋があるんだ。俺も今から買いに行こうと思ってたんだけど、付き合わないか?」
「馬鹿っ! 市街の変な物を土産にして、お嬢様が体調を悪くしたらどうする!」
「変な物って……お前が食べてるそのクレープにも生クリームはたっぷり使われてるだろ? マリサだってこそこそ食ってる物だし大丈夫だろ?」
「マリサ様な? あの方は大人になって随分落ち着いたし、いくら旧友とは言え立場があるだろう」
「こんな所で誰も聞いちゃいないって。それにマリサなんか中身はちっとも変わってないぞ? 外面だけは良くなったけど、昔と一緒でわがままで、粗暴で、人使いが荒い上に――」
つらつらとセシルがマリサ様の事を語っていると、ふいに寒気を感じたので辺りを見渡す。
それはセシルも同様の様で、一点を見据えながら冷や汗を搔いてるので、私も視線を同じ方向に向けるが、そこには人混みしか視界に映らなかった。
「どうしたんだ?」
「いや……、どうしてもケーキを買って帰る理由が出来たから急いで買って帰るぞ!」
「何だ急に? どうしたんだ? おいっ! 引っ張るなっ! クレープを落としてしまうだろう!?」
セシルは私の空いている左手を掴み、人混みの中をかき分けていく。
幼き頃マリサ様とセシルに引っ張られながら走り回っていた事を思い出し、少し懐かしい気分に浸ってしまった――。
◇◇◇
「だーれーがー! 野蛮で乱暴で大食らいの自己中な不細工ですってー!?」
「そこまでは言ってない! だからそれは止めろ!? 部屋が吹っ飛ぶからっ! なっ!?」
ミザリーと共に城に戻ると、同僚から呼び出しを食らった俺は、ミザリーに別れを告げマリサの待つ部屋を訪ねた。
大方の予想通りにこにこと笑顔を浮かべつつ、様々な魔法も浮かべるマリサの姿と、椅子に座り涼しげな表情でカツサンドを食べるクレアールの姿がそこにはあり、マリサは俺を部屋に招き入れると鍵を閉めろというジェスチャーを行い、今に至る。
「クレアールさんからも何とか言ってくれ!」
「セシル様。人間思っていても口にしてはいけない事もあるんですよ。まぁ、その逆も然りですが」
そう言ってクレアールは優雅に茶を啜る。
後ずさりをしながら壁に追い詰められた俺は、どうにか魔法の被害を防ごうと、手に持っていた紙箱を盾にする。
「あら? お嬢様の好きなケーキですか?」
紙箱に気付いたクレアールがそう発言すると、マリサがピクリと反応を示した。
「そうっ! そうなんだ! マリサが好きなケーキを買ってきたんだよ! マリサが前に売り切れて買えないって言ってたからケーキ屋の主人に頼み込んで置いといて貰ったんだ! ポッカの実のケーキが買えなかったって悔しがってただろ!?」
「今はほろ苦いケーキの気分じゃないわ!」
「そう言うと思って生クリームのケーキも買っといたぞ?」
おっ? 魔法が一つ消えて、目線はこの箱を見てるな。
「甘いのばっかりだとあれだから、シャクルの果汁を使ったスライムゼリーも買っといたんだけど……あ、勿論クレアールさんの分も」
コクリと一つ頷いたクレアールは、マリサを後ろから羽交い絞めに抑え込む。
「お嬢様。セシル様はミザリー様との訓練でお嬢様の名誉を守るために相手が女性にも関わらず本気で打ちのめした方ですよ? お嬢様を慕いこそすれ、本気で言ってるわけではありません」
当のマリサはどこか満足気に魔法を収める。
「なぁんだ。あんたがミザリーと御飯を食べてたのはそういう理由なの? それにしても女の子相手に本気でやるなんて大人気ないわね~」
「負けるのは許さないって言ったのはお前だろ?」
「んまっ! 誰に向かってお前って言ってるのかしら!?」
「失礼しましたマリサ様。これはほんのお気持ちです」
俺が他人行儀に紙箱を献上すると、マリサは上機嫌に紙箱を受け取る。
「この美味しそうなケーキに免じて許します。でも次乱暴だなんて言ったらぶっとばすからね?」
「どの口が言ってんだか……」
「何か言った?」
「言ってませんっ!」
俺は怒りをも吹き飛ばすケーキの存在に感謝をしながらマリサの部屋を後にした――。
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