勝利の〇〇
――剣の鍛錬は嫌いじゃない。
素振りをしている俺に話しかけてきたのは、フォルタナド家に仕える貴族で、レインの護衛に当たっているミザリー・カザックだ。
俺やマリサと同い年で、子供の頃の序列なんて知らなかった俺達は、フォルタナド家が顔を出す度にこの広大な城内を遊び場としていた。
今では俺達の遊び場も訓練所に代わり、以前の花の香りが舞う庭園ではなく、汗の臭いが充満するムードも何もない場所になった。
「――嫌だよ」
「私が来た時はいつも相手してくれてただろ!?」
「あのなぁ。お前はフォルタナド家の護衛とはいえ貴族の令嬢だぞ? 子供の時ならまだしも、大人になった弱小貴族が令嬢を怪我させたってなったらどうなる? これだぞ?」
俺はそう言いつつ自身の首を飛ばす様なジェスチャーをする。
「どっちが怪我をさせるかどうかなんて、やってもないのに分からんだろうが! それに子供の頃に泣かされた記憶しかないのに、今更だろう!」
ミザリーはそう言って俺に木剣を向ける。
「怪我させても駄目。アルクステッド家に仕える兵士として女性相手に負けても駄目。ガキの頃とは状況が違うだろうが」
「アルクステッド家に仕えているグランツェル家の男は、女に挑まれ、戦いもせず逃げ回ったって言いふらしても良いのか?」
「良いわけあるかぁっ!」
「だが今のセシルはそうじゃないかっ! 今なら私が勝つんだっ! 前とは違うってのを見せてやるから勝負を受けろ!」
「そう言って毎回毎回泣きそうになってるのは誰なんだって話だよ――」
俺は深いため息を吐いてから、その場から移動し始める。
その行動に嬉々として着いて来るのがミザリー・カザックという貴族令嬢だ。
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「――ぐす」
「だから何回やっても一緒だって言っただろうが……」
涙目で後ろを付いて来るミザリーに、そう言って話しかけた。
「五月蠅い! これでも私は並大抵の男には負けないんだぞ!?」
「それはそうだろうな。あの剣の鋭さとか、男顔負けの力の強さとかを考えれば並大抵の兵士なんざ相手にならないだろうしな」
俺がそう言葉を返すと、先程迄涙声だったミザリーの声に、張りが戻る。
「ふ、ふふん! 分かってれば良いんだ、分かってれば」
そう言って少し機嫌を戻したミザリーと歩いていると、目的の店に到着した。
「お前、俺なんかより数段序列が上の貴族様なのに、こんな所で飯なんか食っても良いのか?」
「セシルだって一応貴族だろうに……。それに剣の勝負に負けるのだって食事が関係してるかもしれないだろ!」
「おれは殆ど一般兵士と立場は同じだから良いんだよ。まぁここの料理ならゲン担ぎにも良いかもな」
俺はそう言って店の扉を開ける。
――いらっしゃぁい!
ふくよかな女性が活気のある声で出迎える。
昼時も過ぎたのか、店内に居る客はまばらだ。
「でかいオークカツを。ソースは別で、パンは割っといて下さい」
「わ、私も同じ物をっ!」
――あいよ!
手早く注文を終えた俺は、出された茶を啜る。
ミザリーはと言えば、落ち着きなく店内をキョロキョロと眺めている。
「落ち着けって。そんな大層な店じゃないからさ。昼間っから酒を飲む親父達が集まる大衆店だぞ?」
「逆に落ち着かないというか、本当にいつもこんな所で食事をしてるのか? 城内の食堂の方がもうちょっと小綺麗だぞ?」
「あほ。建物が古いだけでこの店はきちんと掃除もしてある。そこに置いてある塩入れだって昼時が過ぎたってのに塩が落ちてないだろ? おばちゃん達が綺麗に拭いてんのさ」
「カツって料理はどんな料理なんだ? オークと言ってたから素材は分かるんだが」
「パンの粉を使った揚げ物だよ。オークはこっちに来た時に食った事あるだろ?」
「あるにはあるが、ミノタウロスの肉の方が美味いだろ?」
これだから貴族令嬢という奴は……。
俺はそう思いながら料理の到着を待つ。
――あいお待たせ! キャムのお代わりは自由に言っとくれよ!
「おぉ、来た来た! これは軽い下味しか付いてないからお好みでこっちのソースをかけて食え。キャムにはソースをかけても良いし、カツと一緒に食っても美味いぞ」
「お、おぉ……」
ジュワジュワと油から上がったばかりのカツは、等間隔に切り分けてあり、俺はまず卓上に置いてある塩を一切れのカツにパラりと振り、フォークを突き刺した。
サクッとした衣の香ばしさを歯で感じ取り、先程振りかけた塩のしょっぱさと交わる脂の旨味が、先程迄の気疲れを吹き飛ばす様にさえ感じる。
「美味っ! ここでちょっとシャクルの果汁を……と」
脂の旨味を堪能した後は、皿に添えられているシャクルを絞る。
酸味のある果汁が塩と脂に混ざって、これまた美味い。
「そ、そうやって食べるのか?」
「俺はオーク肉が好きだから肉の味を味わうためにそうしてるだけだから、好きに食べると良い」
ミザリーを見れば、俺と同じ様に塩をかけて一切れ食べる様だ。
肉に噛り付いた顔を見れば、ミノタウロスの肉じゃなくとも満足しているみたいだ。
「美味いだろ?」
「何でもっと早くこの店を教えなかったんだ馬鹿!」
「お前が前来たのは一年ぐらい前だろ? この店はその後に出来たんだよ。俺も人に教えて貰ったんだ」
俺はそう答えながら次の作業に取り掛かる。
「お、おいっ! 次は何をしてるんだ!?」
「こうやってソースをたっぷり染み込ませたカツをキャムの細切りと一緒にパンに挟んで馴染ませとくんだよ。カツの熱でキャムがくたっとなって、その水分でパンとカツが密着するんだ。これは後のお楽しみだな。ミザリーみたいにパンを齧りながらカツを食っても美味いんだけどな」
「だからそういう事は早く言えっ! 少し齧っちゃっただろ!」
ミザリーは慌てた様子でまたも俺の食べ方を真似する。
俺はと言えばカツをパンに馴染ませてる間に、残ったカツにソースをかけ、キャムと共に食べ進めて行く。
「おばちゃぁん! 今日はオーク肉のカツサンドと、奮発してミノタウロスのカツサンドも! パン粉は細かいのが良いなぁ!」
――おっ! 今日は良い仕事が入ったんだね!
「でへへへ! わかる!? 良い事があった時は奮発しないとね!」
おいおいおい!
何でお前迄ここに来るんだよ!?
俺達の存在に気付かない、見慣れた馬鹿娘は俺の視線の先にあるカウンターに座る。
「何だこれ!? すっごく美味いな!」
狼狽える俺を他所に、既にカツサンド以外の物を食べ終えたミザリーが、カツサンドに噛り付きながら笑顔を輝かせる。
その声でこちらに視線を向けた変装したマリサ、改めアリーシャと目が合う。
「あれ? セシル? あんたも来てたの?」
「お、おぉ、奇遇だな?」
「このお店のカツが美味しいからって、外食ばっかりしてたら太るわよ」
「うるせー。その言葉をそっくりそのまま返すよ」
「失礼ねぇ! 私は自分の御褒美だから良いの!」
「なら俺は名誉を守った御褒美だ!」
「何の名誉よ!」
「おまっ……」
えの名誉だとここでは言えないと我に返った俺は、視線をミザリーに戻すと、最後の一口を入れた所なのか、ぷっくりと頬を膨らましているミザリーの姿がそこに在った。
「悪い。俺も急いで食うわ」
「別にー! ゆっくりお喋りを楽しめば良いじゃないか! 私はそろそろお嬢様の所へ戻る!」
「お、おい!」
ミザリーはそう言って足早に店を後にした。
残された俺に、アリーシャは申し訳なさそうに声を掛けて来た。
「邪魔しちゃってごめんね? もしかしてあの子ってミザリー?」
「あほか。あいつのゲン担ぎでカツ屋に連れて来たんだよ」
「あぁ、勝つにかけてか。でもあの子に負けたら怒るからね?」
にっこりと微笑みながら放つアリーシャの言葉は、俺に喝を入れるのに充分な迫力があった――。
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