冷えたエールと新鮮な〇〇
――ガヤガヤと喧騒渦巻く安酒場。
席に着いた私は、開口一番に大声で告げる。
「おっちゃん! エール頂戴っ!」
ぶっきらぼうな返事の後、目の前にはシュワシュワと泡立つエールが、ドンっという音と共に置かれた。
この酒場の売りは正にこれ。
何故か魔法を使える者が厨房におり、キンキンに冷えたエールが振る舞われるのだ。
私はつまみも頼まず、溢れそうなコップを口で迎えつつ、軽く泡を啜ると共に、一口……二口……ごくごくと喉を鳴らしながらコップを傾け、飲み切った勢いでテーブルにコップを叩きつけた。
「ぱはぁー! うんまー! やっぱここに来たらこれを飲まないとねー!」
エールを飲み干し上機嫌になった私は、二杯目を頼むと共に、オススメの文字を見逃さない。
「おっちゃんおっちゃん! ホロホロ鶏の砂肝! 一つは塩で! もう一つは……」
「レバーもまだあるぜ」
「うっそ! まだ残ってんの!? じゃあレバーはタレで! ラッキー!」
この時間にレバーが残ってる事に気を良くした私は笑顔でおっちゃんに注文をすると、おっちゃんはエールと共に小鉢を持って来た。
さてさて、今日の御通しは……?
「スライムのピリ辛和えだ」
「神っ! おっちゃん今日も輝いてるよっ!」
ふっ、と笑うおっちゃんは厨房に戻り、私はスライムのピリ辛和えに手をつける。
薄く、平たく細切りにされたスライムは弾力性を残しており、口に入れ咀嚼すると、コリコリクニュクニュとした食感を奏でる。
甘酸っぱい味付けの後からトッポのピリリとした辛味が口に残るが、それをエールで流し込むと……。
「あかん……最早御通しだけで、通ってまうやん……」
どこかの方言を口にしてしまうぐらいエールが進むのだ。
スライムは湯に溶かすと湯がとろとろに固まるのだが、溶けている最中に引き揚げ、冷水に晒すとこの様な官能的な食感を生み出すのだ。
普段は街道なんかにも出る低級の魔物のため、下っ端冒険者の小遣い稼ぎにしかならないのだが私は声を大にして言いたいっ!
皆っ! スライムを狩ろうっ!
そして大人も子供もスライムを食べようっ!
こんなに美味しい魔物がギルドの不人気依頼になっている意味が分からない。
スライムをこの店にどんどん売りつけてよ。
そして、毎日私に食べさせてよ。
ぶつぶつとスライムを食べながら一人言ちていると、おっちゃんが目の前に皿を置く。
先程頼んだ串焼きだ。
私は姿勢を正しもう一杯エールを頼むと、砂肝の串を手に掴む。
まずは何も付けずに塩化粧を纏った砂肝を口に入れる。
コリコリとした食感と奥歯をはじき返す弾力の中、歯を立てるとザクッと噛み切れる。
脂肪分は無いのだが嫌な臭みもなく、旨味はしっかりとある。
砂肝の味を楽しんでいた私の元におっちゃんの名アシストが飛び込んできた。
おっちゃんからコップを受け取りエールで喉を潤す。
「くうぅー! うまぁいっ!」
思わず笑顔になる美味さにおっちゃんは不適に笑う。
いやいや、もうこれ以上騒がないわよ?
そう何度も人を驚かすなんて……。
やれやれと言った気持ちでレバーの串を口に運ぶ私は、ぷりっとした食感と甘辛いタレの味を楽しもうと思っていたのだが、咀嚼すると同時に気が付いた。
柔らかい……だと?
おっちゃんは私の異変に気付いたのかニヤニヤとした表情を浮かべている。
トロリとした柔らかさに加え、レバーが甘い!
このレバーはレアに焼かれていたのだ!
「今日辺りに来ると思ったんだよ……新鮮なレバーだろ?」
私は思わず無言で頷いた。
この店のレバーは新鮮であればある程火の通しを加減する。
串焼きで食べる最高の新鮮さは今まさにこの焼き加減なのだ。
というか、ここに通い始めてから今日程の新鮮なレバーに出会えたのは実は二回目だ。
レバー自体人気商品であるが故この時間に残っていたのが奇跡であり、衝撃なのだ。
言葉に出来ぬ感動を表すため、私は震える手でおっちゃんに親指を立てる。
「他の地域じゃこんな美味い物を食べれない物だと決め付けて捨てる地域もあるんだぜ? 飽食が過ぎるだろまったく……嬢ちゃんみたいな子がそいつらの前で食ったら納得するのかね?」
私はおっちゃんのぼやきに怒りが湧いてくる。
どこの馬鹿共がこんなにも美味い食材を捨てるのだ……。
おっと、美味しい物の前で負の感情は宜しくない。
私は一度エールを飲み、感情と共に口もリセットし、砂肝に柑橘であるシャクルを少し絞り、味の変化を楽しむのであった。
◇◇◇
「――でだ、兵の食料問題なのだが……」
お父様と騎士団長の会議が聞こえて来たので、地図を眺めつつ口を挟む。
「お父様、こちらの地域では家畜の内臓等はどうしているのでしょうか?」
「そんな物捨てているに決まっているだろう?」
「その通りです。という事は食べれる部位も捨てているのでは?」
「成る程……捨てているのであれば、二束三文で手に入るか……」
「それに以前読んだ本に置いては内臓は栄養価も高いと記されておりました。処理の簡単な箇所であれば問題ないのでは? 幸い私達の領地では内臓を食べるのは普通の事でしょう?」
お父様はにやりと笑みを溢す。
「お前の頭の柔軟性には恐れ入るな! 保存食ばかりで士気が下がるこの位置で美味い物を手に入れられるのであれば自ずと士気も上がる! よしっ! 一案として取り入れよう! この戦勝てるぞっ!」
私は伝えたい事を終えると、そそくさと自室へと戻る。
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自室では侍女が掃除をしていた。
「昨日は何処へ行かれてたのです?」
侍女は溜め息を吐きながらベッドのシーツを変える。
「えへへへへ」
「服の残り香から察するに、ギルド近くの店ですね?」
「ギルド近くの焼き鳥屋よ。なんとレバーが超新鮮でレアで食べられたのよ」
侍女に向かって開き直ってVサインをする私を見て、侍女は言葉を続ける。
「新鮮なレバーが食べれた事を自慢するぐらいなら、御自身の肝臓を綺麗にした方が良いのでは?」
「うっ! ……痛い所を突くじゃない」
「全く……伯爵の娘がフラフラと食べ歩きを楽しんでると知ったら嫁に出されますよ?」
「おほほほほ。これでも私の変装を見破れたのは貴方一人でしてよ?」
「その変装を教えたのは私ですけどね」
「それは言いっこなしですわよ、クレアール?」
シーツを変え終えたクレアールは手をパンパンと叩き、そのまま私に視線を合わせ微笑む。
「本日の昼食はマリサ様の苦手なモロンをたっぷり使用致しますね」
「怒らないでぇー! 飲み過ぎてお土産を忘れたのは謝るからぁー!」
クレアールは私の言葉を無視してシーツを手に部屋を後にする――。
新作書いて見ました。
飲食巡りの片手間にちょこちょこ書きます。
継続中の作品、飲食巡りは↓↓↓
https://ncode.syosetu.com/n3322fz/
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そして感想もまた聞かせて下さい。