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本年は大変お世話になりました。
拙作『異世界転移って本当にあるんですね』を読んでいただき、ブックマークや感想なども頂き、感謝を申し上げます。
皆様の健康とご多幸をお祈り申し上げます。
「天使様、黒き狼様、ありがとう。ティグル様と会えた事で、これからも頑張れそうだよ」
そう言って4の鐘が鳴る前に、ミュリさんは帰っていった。
「大和さん、この後どうします?」
「ナイオンと競争して良い?」
「別に構いませんけど」
「お前らもどうだ?」
大和さんが近くで見ていた冒険者さん達に声をかけた。4~5人が寄ってくる。
「あそこに見える木を一周して戻ってくる。で、良いか?この虎も参加するから」
「いやいや、黒き狼様、虎にそれは無理でしょう」
「やってみるか?ナイオンはちゃんと理解してるぞ」
「そうは言っても、なぁ」
「咲楽ちゃん、スターターお願い」
「私ですか?分かりました」
冒険者さん達と大和さんとナイオンが一列に並んだ。
「いきますよ。用意は良いですか?」
そう言って手を1回叩くとみんなが走り出した。見える感じでは大和さんとナイオンが同じくらい。折り返して戻ってくると、ほぼ同時にゴールした。私とゴットハルトさんとダニエルさん達は顔を寄せあって相談をする。アッシュさんとエイダンさんが残りの人のゴールを見ていてくれた。
「どっちが速かったですか?」
「同時では?」
ゴットハルトさんが言う。
「私の所からだと虎の方が速かった気がします」
ブランさんはナイオン、っと。
「あ、ボクの所からもそう見えた」
ラズさんもナイオン。
「僕の所だと同時だった気が……」
ダニエルさんは同時。
「トキワ様の方が速かった」
シンザさんは大和さん。
「同時が2人、ナイオンが2人、大和さんが1人ですか」
「サクラ様はどう見えましたか?」
「私は同時だと思ったんです」
「じゃあ、同時が3人で、良いのでは?」
「結論は出た?」
大和さんから声がかかった。
「えっと、ほぼ同時だったので、協議しました。同時にゴールが3人、ナイオンが2人、大和さんが1人です。今回は同時ゴールということで」
「うーん。ご褒美のキスをもらい損ねた」
大和さんが冗談めかして言う。
「大和さん、満足しました?」
「うん。ナイオンもありがとう」
そう言っている大和さんの後ろで冒険者さん達が倒れ伏していた。
「大和さん、お水、飲んでおいてくださいね」
そう言って大和さんとナイオンにお水を出す。
「他の人にも……」
「私達がしますから」
「サクラ様は休んでいてください」
何だかすごい勢いで止められた。
「やることなくなっちゃいました」
「今日ぐらいはのんびりしたら?」
「あの、天使様ですよね」
女性の冒険者さんのグループに声をかけられた。
「そう呼ばれています」
「その、私達、天使様の話を聞いて、会ってみたいって思ってたんです」
「天使様は施療院に居るって知って、でもわざと怪我をするわけにいかないし」
「わざと怪我なんかしたら、怒りますからね」
「分かってます。だからやめたんです」
「天使様、握手をして……あ、手が汚れてる」
「ブラン、悪い。彼女達に水を出してやってくれ」
「はい」
大和さんがブランさんに声をかけて、手を洗ってもらっていた。彼女達は装飾品を外して、そのまま握手を求めてきた。
「ありがとうございました」
彼女達はそう言って帰っていった。
「私も水は出せたのに」
そう言うと、大和さんに頭をポンポンされた。
「目立ちたくないんじゃなかったの?」
「そうですけど」
「属性が多いって事で目立つの、嫌でしょ?」
「嫌ですけど、でも一般に知られてるのって、光だけですし、後、水くらい増えても」
「サクラ様、天使様は闇も使って苦痛を除いてくれるって、今噂になってます」
ブランさんとアッシュさんが教えてくれた。
「ね?だからブランに頼んだんだよ」
「知らなかったです」
「そろそろ帰ろうか」
「はい。皆さん、失礼します」
冒険者さん達が、手を振ってくれた。ゴットハルトさん達とはここで別れた。
「咲楽ちゃん、疲れてない?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、ナイオンを戻して、市場だね」
「はい。あの鳥さんは元気でしょうか?もう研究所に行っちゃったんでしょうか」
「今朝はいたよ」
「会えるでしょうか?」
「行ってみたら分かるよ」
「そうですね」
騎獣屋に向かう。ナイオンは尻尾を下げて歩いていた。しょんぼりしてるように見えた。
「ナイオンの元気がないですね」
「咲楽ちゃんと会えないのが淋しいんじゃない?」
「私も寂しいです」
「毎日会いに行く?」
「朝か夜になっちゃいますよね」
「時間的に無理だね」
私達の会話の度に、ナイオンの耳が動いている。可愛い。
「大和さん、ナイオンの耳が動くの、可愛いです」
「それを見てはしゃぐ咲楽ちゃんも可愛いよ」
「可愛いって言われるのは慣れてきました」
「顔は赤くなるけどね。照れてるのも可愛い」
「あんまり連呼しないでください」
顔が熱くなるのが分かる。
騎獣屋さんに着いたら、レベッカさんに笑われた。
「お嬢さんの顔が真っ赤だよ。兄さん、道々何をして来たんだい?」
「何も。咲楽ちゃんの可愛いところの再確認です」
「なんだろうね。こっちが恥ずかしくなってきちまうよ。仲が良くて何よりだけどね」
レベッカさんは呆れたように言って、中に招き入れてくれた。
「レベッカさん、あの鳥さん鳥でしたっけ。元気ですか?もう研究所に行っちゃいました?」
「予定では明日迎えに来るはずだよ」
「会えますか?」
「お嬢さんなら大丈夫だろうね。研究所に行く話が出てからナイオンがいないと、私らでも近付かせてくれないんだよ」
ナイオンの案内で鳥さんの居るところに行く。
ギャアギャアと聞こえていた鳥の鳴き声が落ち着いていた。
「やっぱり綺麗ですよね。真っ赤で」
「そうなんだよね。綺麗なんだよ。だから捕まっちゃったのかね」
羽繕いをしていた鳥さんが嘴に咥えた一枚の羽を差し出してきた。
先端は真っ赤で根元は黄色い、まるで大和さんが瞑想しているときに見える靄のような色だ。
「受け取って良いんでしょうか」
「こんな行動は初めてだよ。鳥は確か、自分の羽を求婚に使ってたはずだけど」
ナイオンが小さく吠えると、鳥さんは首を振っていた。会話をしているみたいに。
やがてナイオンが羽を咥えて私に渡した。
「受け取って良いの?」
鳥さんはもう一枚羽を咥えて今度は大和さんに差し出す。大和さんが受け取ると、次はレベッカさんに。
「この羽、暖かいですね」
「火属性だからかね。でも普段抜け落ちてる羽は暖かくないよ」
「属性を羽に纏わせているのかな?」
3人で色々話したけど、結論はでない。マイクさんも入ってきたら羽を渡されていた。
「この羽を渡してきた理由はわからないけど、人に見せない方が良いでしょうね」
「そうだねぇ」
結局、分からないまま、羽は人には見せないって事を約束して、騎獣屋さんをお暇した。
「お礼とか、そんな事なのかもしれないね」
「私はあの鳥さんには2回しか会ったことないですよ」
「最初の時に傷を治したいって、心を開かせたのは咲楽ちゃんでしょ?」
「私はなにもしていませんって。明日研究所に行くのが分かってて、お別れでしょうか」
「どうだろうね。強い恐怖というか拒絶は消えてたし、研究所に行く覚悟ができたのかもね」
「覚悟って。でもそうかもしれないですね。どこに連れてかれるんだろうって思っていたでしょうし」
西の市場に行く。私には覚えられない近道を、大和さんはきっちり覚えていた。
「何度通っても覚えられそうにないです」
「俺が居るとき以外は無理?」
「1人では完全に迷う自信があります」
「そんな自信は持たないでよ」
「大和さん、市場の中って覚えたんですか?」
「どこに何があるかは覚えたよ」
「それって王宮騎士の方、全員覚えてるんでしょうか?」
「覚えてないのもいるだろうね。大まかな道と方向さえ分かっていれば良いんだから」
「大まかな道と方向ですか。ぐるっと回されたら、分かんなくなります」
「目隠しして?」
「しなくても、です」
「絶対に誘拐されちゃ駄目だね」
「誘拐とか怖い事、言わないで下さい」
「そんなことになったら、犯人を半殺しにする自信があるけど」
「やめてください」
「大切な人を奪われて、冷静でいられる自信はないよ。半殺しで許すんだ。感謝してほしいね」
「大和さん……」
「ごめん。怖くなった?」
気まずそうな顔をして大和さんが言う。怖くないっていったら嘘になる。いつもの優しい笑顔でも、剣舞の時の真剣な顔でもなくて、闘争本能を剥き出しにしたような獰猛な顔。
「怖くないですって言いたかったんですけど」
「怖がらせたかな」
首を振る。
「無理しなくて良いよ」
「穏やかでない大和さんを初めて見た気がします」
「咲楽ちゃんを抱き締めたら、戻るよ」
「ここでは無理です」
「じゃあ、ベッドで、だね」
「家で、で良いじゃないですか。わざわざベッドでなんて言わなくても」
「言いたかった」
「大和さんがいじめっ子です」
「俺は優しいんでしょ?」
「たまにいじめっ子になりますよね」
「咲楽ちゃんの反応が可愛くてね」
駄目だ。今の大和さんはいじめっ子モードだ。私が何を言っても反応を楽しもうとしてる。
黙り込むと顔を覗き込まれた。
「困ってる咲楽ちゃんも可愛い」
「もうやめてください」
上目遣いで大和さんを見たら、大和さんが片手で顔を覆った。
「咲楽ちゃん、それは反則。可愛すぎて俺が死にそうになる」
「大袈裟な事、言わないでください」
市場でスープとお総菜セットみたいなのがあったから、それを買った。
「明日から、神殿騎士ですね」
「特に何も変わらないけどね。制服だけの変化だし」
「闇の日とか行ってもいいですか?」
「プロクスから衣装部の誰かに言って貰って、迎えに行ってもらう?」
「でも、闇の日の休みって増えるんですよね」
「その予定だね」
「お昼って神殿の食堂ですか?」
「そうなるね。咲楽ちゃんのお昼を食べられなくなるね」
「食堂のお料理、美味しいじゃないですか」
「美味しいけど、咲楽ちゃんのを食べたい」
「作りますよ?」
「しばらくは様子を見るよ。規則で食堂しか駄目ってなってる場合もあるし」
「聞いてないんですか?」
「あの時は団長が模擬戦をって言ってて大まかな説明だけだったしね。シフトも貰ってないんだよ」
家に帰って、暖炉を入れて、大和さんが温めてくれたスープとお総菜セットでお夕飯。
「大和さん、暖炉の火って簡単には付かないですよね」
「教えようか?」
「お願いします」
暖炉の前に座って大和さんの話を聞く。
大抵は熾火が残ってるからって、そっちを教えてもらった。熾火を灰から出して、細かい木屑を置いて、火が着いたら細い枝から徐々に太い薪へ。
「熾火が無い場合は魔法でだね。この場合も順序は同じ。細かい木屑に火を付けてから、細い枝、太い薪の順。分かった?」
「はい」
「朝の短時間だけなら、太い薪は使わない方がいい。消えるのに時間がかかるからね」
「はい」
「一応始末も教えようか。木が燃え残ってる場合は、この壺に入れておいたらいいから。熾火になってるなら灰に埋めておく。こうすれば次の時に苦労しなくてすむからね」
「この壺って何ですか?」
「火消し壷。酸素を遮断して火を消すんだ。燃える時の二酸化炭素で強制的に火が消える。本来は熾火を入れて炭にするんだけど、埋み火にしておいた方が苦労が少ないからね」
「は……い」
「意味が分かんないって顔をしてる」
「理解が追い付かないだけです」
「そんな顔も可愛い」
ソファーに戻ったら、ほっぺにキスをされた。
「大和さんっ!!」
「可愛くて、つい」
「つい、ってなんですか……」
「つい、キスしちゃったって事」
「言葉の意味を聞いてるんじゃ、ありません」
大和さんから顔を背けたら、笑われた。
「ほら、機嫌なおして。プロクスとゴットハルトとエスターが来た」
「私には分かりません」
「俺が分かってればいいから」
大和さんが立っていって、玄関を開ける。プロクスさんとゴットハルトさんとエスターさんが入ってきた。
「ほんとに便利な能力ですよね。呼び鈴を鳴らす前に誰が来たか分かるなんて」
「シロヤマ嬢、遅くに申し訳ありません」
「地属性の魔力を使ってるんだが、こういった使い方はしないのか?」
大和さんがソファーを勧めながら聞いた。
「属性魔法ですか。元の能力が強化されたんでしょう」
「意識したことはないが」
大和さん達が話をしている間に、キッチンに行って紅茶を淹れる。
サーブするためにリビングに行くとシフト表を出したプロクスさんが、説明をしていた。
「ヤマトの日勤って多くないですか?」
「団長のわがままです。模擬戦をしたいからってこんなシフトを組んだんですよ。気がついて訂正をさせようとしたんですが、他のが動かせなくて。申し訳ない」
「初日は3人共、日勤ですね」
「初日は3の鐘までが業務内容の説明、神殿内の案内です。トキワ殿は分かってらっしゃるでしょうが」
「当時、動いた範囲だけならな」
「それで十分です。ほぼその範囲ですから」
「当時動いたって?」
「この国に来た当初、神殿に世話になっていたんだよ」
大和さんがそう言うと、何故かエスターさんが大きく頷いた。
「あの噂は本当だったのか?天使様が他国の御令嬢で、黒き狼と駆落ちしてきたという」
駆落ちっ?!
「駆落ちってそんな噂があったのか?」
大和さんが楽しそうに言う。
「最近は聞かなくなったけど、天使様と黒き狼の話が出だしてからかな。今まで王都で聞いたことがない2人の話だし、突然現れたから他国の人間だろう、男女でって事は駆落ちか、って話が膨らんだって兄上が言っていた」
「面白い話だな」
「私と入れ違いに領に帰ったから、詳しいことは聞けなかったけどね。来年になったら、また王都に来るよ。文官として騎士団付きにって話だったから」
「王都拡充に伴う騎士派出所の話か」
「騎士だけでは負担が大きいから、文官が書類整理なんかしないとね」
「エスターは兄が来たらその兄と一緒に住むのか?」
「元々そのつもりだったし。今はゴットハルトの所に居候させてもらってる感じだね」
「寂しくないですか?」
思わず聞いてしまった。ゴットハルトさんがこっちを見る。
「男ですから。大丈夫ですよ。お気遣いいただいてありがとうございます」
「咲楽ちゃん、こっち来たら?」
リビングの入口でいたら、大和さんに言われたんだけど。