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市場を出て、家に向かう。
「大和さんは今日は何をしてたんですか?」
「今日は東の街門の外に行ってた。ナイオンが喜びそうな地形だったよ。予定外の事もあったけど」
「予定外の事?」
家に入ってから尋ねる。
「先に着替えておいで。暖炉を入れておくから。料理中とか食事中に話すからね」
「はい」
自室で着替える。昼間は動きやすいようにパンツスタイルなんだけど、朝や夜はワンピースが多い。
キッチンに降りて、夕食の準備。
手を洗ってから野菜を切っていると、大和さんがダイニングの椅子に座ってこっちを見ていた。
「咲楽ちゃんって本当に手際よく料理を作るね」
「まぁ、慣れてますから。ずっと作っていましたし」
「ずっと?」
「中学生になってからですね。それまでは通いの家政婦さんと一緒にやってたって言うか、手伝ってたって言うか」
「日本に連絡がとれるなら何人か派遣して叩き直してやりたいね」
「やめてください」
大和さんがちょっと怒ってる感じになってきた。
「連絡がとれるなら、家族より友人に取りたいです。心配してくれてるでしょうし」
「『たられば』は言っても仕方ないか」
「そうですね」
少し会話が途切れた。
「それで、大和さん、予定外の事って何ですか?」
「冒険者達に見つかってね、一緒に走ってから、体術の指導とか武器の扱いとかを教えてた。弓術は教えてもらってやってみたら面白かったね」
「弓術っていうと、弓矢ですか?」
「日本の弓道とはまた違う感じだったね」
「弓も扱えるんですか?」
「やってないよ。流石にそこまではしていない。流鏑馬とかしてみたかったんだけどね」
「やぶさめって何でしたっけ?」
「疾走している馬の上から弓で的を射るんだよ」
「走ってる馬の上から?どうやって?」
「もちろん両手を離して。でないと弓が扱えない」
「そうですけど。危なくないですか?」
「危ないだろうね。落馬の危険もあるし」
「エタンセルの高さから落ちるって怪我しちゃいませんか?」
「エタンセルは普通の馬より大きいから、エタンセルを基準にしちゃ駄目だよ。落馬はどんな馬でも危険だけどね。落ち方を知っていれば対処はできるよ」
「落ち方……教えられてもできる気がしません」
「咲楽ちゃんが乗るときには、必ず俺が後ろにいるから。落とすことはないよ」
「そもそも乗馬自体が出来ませんでした」
「咲楽ちゃんは何かあった?」
「何かですか?あ、そうだ。ネックレスの意味って、大和さんは知ってたんですか?」
出来上がった料理をテーブルに運びながら聞いてみた。
「あの意味、知ったんだ」
「知ってたんですね?」
「知ったのは奉納舞の前日だね。ゴットハルトが言ってた」
「黙っててくれたんですね。ありがとうございます」
「俺は事情を知ってたし訳は知らなくても急がなくて良いって思ってたしね。ゴットハルトとプロクスには『俺は貴族じゃないから』って言っておいた。『騎士爵をって陛下が仰られるのを蹴ってるのは誰ですか』ってプロクスに言われたけど」
「騎士爵って言われてたんですか?」
「西の森の一件でそんな話があった。直接言われた訳じゃないよ。サファ侯爵殿と副団長に『こういう意向らしい』って言われたから、『名誉なことですが辞退いたします』って言っただけ」
「奉納舞の後、陛下が『褒美は受け取らない』って仰っておられたのは、だからですか」
「多分ね。騎士爵がどう言う扱いかも知らずに受けるのもね」
「プロクスさんとかに聞けば分かるんじゃないですか?」
「聞いてどうするの?爵位なんて受け取りたくないよ。面倒そうだし」
「面倒なんですか?」
「知らないけどそんな感じがする。俺は咲楽ちゃんといられればそれで良い」
大和さんはいつもまっすぐに気持ちを伝えてくれる。
「ありがとうございます」
「お礼を言われたか」
席を立ってお皿を下げながら、大和さんが言った。
「え?」
「私もですとか言ってくれないかって、期待したんだけどね」
「私もそれは思いますよ。ずっと大和さんと居たいです」
「でも結婚ってなると、身構えちゃうんだよね」
「はい」
「今と変わらないと思わない?」
「しばらくは変わらないと思うんです。でもその先って考えちゃうと……」
「分かった。考えすぎちゃうんだね」
「考えすぎでしょうか」
「言ったでしょ?シミュレーションだよ。咲楽ちゃんは自分の母親と同じになってしまう事を考えて、それをその先まで進めちゃったんだ。次は自分の母親と正反対の自分を想像してみて」
洗いものを終えて、ソファーで大和さんが手招きをしながら言う。
「正反対、ですか?」
少し考えてみた。でも結局母と同じようになってしまう。
「その様子だと無理みたいだね」
「ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ。最初から上手く出来ていたら苦労はない。特に1度思考が固定されちゃうと、抜け出すのは困難だよ」
「大和さんはこういうシミュレーションってずっとやってたんですか?」
「自分の置かれている状況を少しでも優位にして、少しでも悪化させないようにしないといけなかったからね」
「厳しいですね」
「自分の命だけじゃなかったしね」
「自分だけじゃない?」
「何人かでチームを組んで、リーダーも何度か任された。10年もいると、いろんな経験をしたよ。魔法があれば、って思ったことも何度かあったね」
「どんな魔法がほしかったですか?」
「結界が張れたりとか、地面を簡単に掘れたりだとか、飲み水を出したりだとか。後から考えたことだよ。帰国してからね」
「それはラノベを読んだから、ですよね」
「あの時、この魔法があって使えたら、って何度思ったか。そうだ。咲楽ちゃん、結界張れない?」
「イメージは密室ですか?」
「防音室」
「防音室、ですか?分厚いコンクリート製の四角い部屋ってイメージなんですが」
「咲楽ちゃんの思う防音室で良いよ」
「私の思う防音室?音楽やってる人の部屋かな」
「音楽やってる人ってシャウトでもしてるの?」
「私の思う音楽やってる人はピアノとかギターとかです」
「歌う方じゃないんだ」
「部屋の中で歌うんですか?あぁ、カラオケとか?」
「ちなみにカラオケボックスは?」
「行った事無いです」
「無いんだ」
「大和さんは?」
「俺も無い。山の中だから少々大きな声を出しても迷惑はかからないからね」
確かにそうだけど。
「結界ですね。やってみます……ところで結界って属性は何でしょう?」
「俺の読んだのだと、光だったね」
「光だと光っちゃう感じがしますけど。闇も混ぜてみましょうか」
えっと、四角くて、防音できる部屋。少しして私達の周りを半透明な壁が覆ったのが分かった。
「俺だけ外に出られるかな?」
ドアをイメージする。
「引き戸なんだ」
ちょっと笑われた。
「ドアノブがついてたら危ないじゃないですか」
結界の外にいた大和さんには聞こえなかったみたい。
結界の外で大和さんが大きく丸を作った。結界を解除する。
気になって魔力量を見てみたんだけど、そんなに減っていなかった。
「成功だね。魔力量はどう?」
「そんなに減っていないです。音は聞こえませんでした?」
「聞こえなかった。咲楽ちゃんが何かを言ったのは口の動きで分かったけどね。読唇術はやらなかったから大体しか分からなかった」
「大体しかって……」
「危ないって言った気がしたから、ドアの事を言った後だったし、こうじゃなかったら危ないって言ったかな?」
「引き戸なんだって言われたから、ドアノブついてたら危ないじゃないですか、って言いました」
「確かに危ないね。この結界、明日のアッシュの話の時に張れない?」
「アッシュさんの話の時ですか?やってみますけど、どうしてですか?」
「アッシュが他の人に聞かれたくなさそうだったから」
「分かりました。でも他の人って」
「ダニエル達とゴットハルト。特にゴットハルトだね。自分が保護者になってるんだ。知りたいと思うよ」
「それならゴットハルトさんも、結界内に入ってもらったら」
「それが出来るなら、アッシュはとっくにゴットハルトに話してると思うよ」
「そう言われたらそうですね」
「後はブランかな」
「兄妹ですもんね」
「もしもの時の対処は咲楽ちゃんに頼むね。俺が出るとあいつ等が萎縮するといけないから」
「対処って無理です」
「咲楽ちゃんはやれると思うよ。大丈夫。話をすれば良いから」
「出来るでしょうか」
「大丈夫だって。自信もって」
「はい」
6の鐘が鳴った。
「風呂に行ってくる。出てきたら暖炉の始末をするから、それまでいてくれる?」
「じゃあここで刺繍してますね」
大和さんがお風呂に行っちゃったから、刺繍道具を出して刺繍の続きを始める。刺繍をしていたら祖母の事を思い出した。
躾には厳しかったけど優しくて、私が何をしていても見守ってくれてた。編物も刺繍も料理の基本もみんな祖母から教わった。料理の基本と言っても、野菜の切り方や出汁の取り方、後は卵焼きの焼き方位だったけど。洋食は家政婦さんに教わったり、自分でレシピを見て作ったり。
祖母の事を思い出してたら手が止まってた。ふぅっと息を吐いて再び刺繍をしようとしたら、大和さんがこっちを見ていることに気が付いた。
「大和さん、いつから見てたんですか?」
「2~3分位前。何か考えてるのかと思ったけど、どうもそうじゃない感じだったから、しばらく眺めてた」
「刺繍をしていたら祖母の事を思い出したんです」
「あぁ、躾には厳しかったけど、優しかったお祖母さん」
「そうです。大和さんと感じが似てます」
「俺と?」
「叱るときはきちんと叱ってくれるんですよ。その後頭を撫でてくれてたんです。何かをしようとすると見守ってくれてて、色々教えてくれたんです」
「俺ってそんな感じ?」
「はい。自分にも他人にも厳しいけど、面倒見がよくて色々教えてくれます」
「喜んで良いのか、ちょっと複雑だね」
「何故です?」
「まぁ良いか。咲楽ちゃんを甘やかす権利は譲り受けよう」
「甘やかす権利って」
「とりあえず、お風呂に行っておいで」
「はい」
いったん自室に行ってパジャマを用意して、お風呂に行く。
なんだか今日はヴァネッサさんの話とか心が暖かくなる事が多かった。冒険者さん達や市場の皆さんに見守られて、応援されてるだなんて知らなかったし、思ってもみなかった。
これって結婚は私次第ってことだよね。でもどうしても良いイメージが出来なくて、大和さんの言う良い方のシミュレーションが出来ない。どうしても悪い方に行ってしまう。1度思考が固定されると抜け出すのは困難って大和さんが言ってたけど、ってそこまで考えて思った。
私が考えてる事って大和さんが教えてくれた事ばかりだ。
やっぱり大和さんって祖母に似てる。私の事を考えてくれて、教えてくれたり一緒に考えてくれる。
お風呂を上がって寝室に行くと、いつものように大和さんが待っていてくれた。
「やっぱり大和さんって祖母に似てます」
そう言うと、苦笑いされた。
「俺としては喜んで良いのか、複雑な気分」
「何故ですか?ってこの会話、お風呂の前にもしましたね」
「マジで聞きたいんだけど、どの辺が?」
「自分にも他人にも厳しいけど、面倒見がよくて色々教えてくれて、私の事を考えてくれて、教えてくれたり一緒に考えてくれる所です」
「いっぱい出てきた」
大和さんがそう言って笑った。
「違うところもたくさんありますよ」
「そうじゃなかったら困るね。こんな事が出来ない」
そう言うと、私を抱き寄せる。
「大和さん」
「ん?」
「結局は私次第なんですね」
「何の話?」
「結婚とか、です」
「まぁ、そうだね」
「今日、常連の方と話をしていて、西の森の件の後の冒険者ギルドでの事も知ってみえて、でも見守りたいって言ってくれて、煩わせちゃいけないからって出来るだけ普通に接するようにしてくれてて。そういう事を考えたら焦っちゃって」
「別に焦らなくても」
「分かってるんです。勝手に私が焦ってるだけなんです」
「ゆっくり自分で折り合いがついてからで良いよ」
「大和さんはそう言ってくれますけど、やっぱり焦っちゃうんです」
「困ったね。もういっそのこと全部忘れたら?」
「忘れるんですか?」
「常連の人の話とか、そういった考えちゃうことを、一旦忘れるの」
「でもそうすると、最初に戻っちゃいます」
「咲楽ちゃんはどうしたい?」
「大和さんと一緒に居たいです。でも……」
「でもじゃなくて、一緒に居たい、それだけじゃ駄目なの?」
「やっぱり怖いんです」
「それがあったか。怖いって言うのはもう一度同じようなことを経験して、大丈夫だって分かれば良いんだけどね」
「同じ事って、追いかけられたりってことですか?」
「それは咲楽ちゃんの負担が大きすぎるでしょ」
「でも、じゃあどうすれば良いんでしょう」
「どうすれば良いと思う?」
「分からないから聞いてるんです」
「Let's think」
「大和さんって考えさせるの、好きですよね」
「答えだけ聞いても、真に身に付いたとは言えないからね」
「それはそうですけど」
「こういうのは答えが1つじゃないから、困るよね」
「答えが1つじゃない?あぁそっか。その方法がその人に合ってるか、それぞれ違うってことですか?」
「分かってるじゃない」
分かってはいる。大和さんは怖くない。かつて私が怖かったあの人達とは違う。私を追い詰めたりしないし、怯えてるのを見て笑ったりもしない。
「咲楽ちゃんのは、怖さが二重構造なんだね」
「二重構造ですか?」
「男性が怖い。良い家庭を築けるか。この2つの二重構造。良い家庭を築くには、怖いと思う男性を受け入れなければならない。怖いと思う男性を受け入れられれば良い家庭を築ける。違う?そこに母親像が絡んでる感じかな」
「そんな風に分析したことなかったです」
「俺がこうやって抱き締めてて大丈夫って事は、第一段階はクリアしてると思うんだけどね」
「大和さんだからですよ」
「あのね、咲楽ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど、結婚を意識するのに相手以外に触れなきゃいけない事なんてあるの?もっと言ったら他の男に抱き締められる必要はあるの?」
「無いですね」
「だよね。無いよね。じゃあどうして『大和さんだから』何てセリフが出てきたの?」
「あれ?」
そう言われればそうだよね。別にすべての男性を平気にならなくて良いよね。
「まぁ、もう寝ようか。遅いしね」
「混乱してきました」
「寝ることだけを考えようね」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ーーー異世界転移46日目終了ーーー




