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朝起きると、昨日の朝のように暖かかったんだけど、風はありそうだった。
まだ冬を招く風って続いたりするのかな。こっちの冬って雪が降るのは知ってる。ただ、乾燥は酷くない。静電気があまり発生しないから助かってる。キッチンに降りて、スープを温める。この為に昨日お鍋に移しておいた。
私は火属性がないから、温める事が出来ない。大和さんに頼めば良いんだろうけど、大和さんは毎朝走ってるし、何より食事の事で大和さんを煩わせたくない。
庭に出てみようかな。
庭に出ると寒気が身を包む。大和さんはいない。まだ帰ってきてないのかな。
庭の入口が賑やかになった。帰ってきた?入口を見るとアッシュさんと大和さんが見えた。
「おはようございます、サクラ様」
「おはようございます、アッシュさん」
「おはよう、咲楽ちゃん。アッシュをちょっと診てやってくれる?」
「何かありましたか?」
「いえ、何も……」
「嘘をつくなよ。足首かな?痛めてるだろう」
「とにかく、入ってください」
家の中に入って貰った。リビングのソファーに座ってもらう。
「足首ですか?」
「庇う走り方をしていたから、無理に連れてきた」
「アッシュさん、無理しないでください」
「たいして痛みはないんです」
「少しは痛みがあるんですね?」
「あのな、アッシュ。お前の事は咲楽ちゃんから聞いている。詳しいことは2日後になるが、それでも不具合はきちんと治せ。痛みを贖罪とすることは出来ないんだ。出来るのはそれを忘れない事、だな。お前を必要とする者がいるんだろ?」
「良いのでしょうか?」
「さっさと診てもらえ」
大和さんはそれだけ言うと、シャワーに行った。
「サクラ様、トキワ様は何をご存じなのでしょうか」
「察しのいい人ですから、私の話から何かを察したんだと思うんですけど、私には話してくれません」
話をしながら、スキャンをかける。
「アッシュさん、これ、結構痛むでしょう?捻挫ですけど炎症がひどいです」
「治療は要りません」
「あのね、アッシュさん。痛みをそのままにしておくと、全身に不具合が出ます。貴方が痛みを贖罪としているのは聞きました。でも命を縮めるかもしれない症状を放っておくわけにいきません」
「分かってみえるなら、そのままで……」
「話、聞いてました?アッシュさんは私に『赦す』と言って欲しいんでしょう?言うのは簡単なんです。何があったのかは今は聞きません。個人的にはご希望を叶えたいんです。でも痛みを見過ごす事はしたくないんです。お願いします。この治療はさせてください」
黙っていたアッシュさんは痛めた足を、出していてくれた。
捻挫って言ったけど、いつ捻ったんだろう。昨日は大和さんは何も言わなかった。と、言うことは、昨日の内かな?
黙々と処置を続ける。痛みと炎症を押さえて……。靭帯が伸びちゃってる。これも戻しておく。
「はい。終わりました」
「治ってしまいました……」
「私は治すのが仕事です。それしかできません。『治ってしまった』とか言われたら、私を否定されたことになります」
「サクラ様を否定したんじゃないんです」
「分かってますよ」
「咲楽ちゃん、治療は終わった?」
「はい。今終わりました」
「アッシュ、帰るか?ここで食べてくか?」
「お2人のお邪魔はできません。帰ります」
「そうか。迎えが来てる」
大和さんが何かを探るように玄関の方を見る。大和さん、地属性の魔法を使ってる?
「ブランだな。こっちに急いでる感じがする」
「トキワ様って……何でもないです。ありがとうございました」
「あぁ。またな」
アッシュさんを見送るために玄関から出ると、ブランさんがいた。
「おはようございます、サクラ様」
「おはようございます、ブランさん」
「アッシュ、何故言わなかったの?トキワ様に気付かれるまで、隠しているなんて」
「大丈夫だと思ったんだよ」
2人で言い合って行ってしまった。大和さんと家に入る。
「大和さん、さっき地属性の魔法を使ってました?」
「使ってないと思うけど」
「でも、地属性の魔力が見えましたよ」
「マジか。無意識に索敵してたってことかな。おかしいと思ったんだよ。離れたところにいる人が誰か分かるとか」
「気付いてなかったんですか?」
「全く気付いてなかった。咲楽ちゃんも出来るんじゃない?」
「かもしれないですけど、出来ない気もします」
「咲楽ちゃんは守り特化になりそうだね」
朝食を食べながら話をする。
「守り特化って言われても、何をしたら良いか分かりません」
「守りと言うか、鍛えたらちょっとした居住空間とか作れそうだよね。後は複合魔法かな。光と闇の時空間を鍛えたら、テレポートとか。出来るって言ってたはずだけど」
「テレポートですか?大和さんと一緒ならやってみたいです」
「一緒に?いいね」
「テレポートはなんとなくイメージ出来るんです」
「ピンクのドア?」
「そっちもありましたね。私はクイズで出されたことがあった方法です。紙にAとBを書きます。AからBにもっとも短くなるルートを答えなさいって問題でした」
「それってもしかして、答えを知って反則じゃんってなる問題?」
「私はなりましたね。教えてくれたのは高校の社会教師でした」
「高校教師?」
「はい。あの先生、テストも大学方式で、とか言って、教科書持ち込み可、だったんです」
「大学か。俺は行ってないからな」
「でも、大和さんは私の知らないことをたくさん知ってます」
「知らないことを知るのって楽しくない?」
「楽しいですけど。古典とか、好きでした」
「日本史じゃなくて?」
「古典です。日本史は文様とかそっちに興味がいっちゃって」
「なるほど」
「日本神話はわりと好きですけどね」
「そうなんだ。日本神話は知ってるけど、どっちかと言うとギリシャ神話、ローマ神話、北欧神話が好きだったな」
「じゃあこっちの7神様の事、一緒に知っていきましょう」
「そうだね。知ってるの、名前だけだもんね」
朝食後の着替えでちょっと迷った。手袋、どうしよう。ダフネさんの私に向ける感情は友情じゃなくて、愛情、恋情の類いだ。手袋をしてて勘違いとか……そこまで考えて、まぁ、良いかって魔空間に手袋を入れた。
「遅かったね」
「遅刻しそうですか?」
「いつもよりって事。時間的にはまだ余裕があるよ」
結界具を作動させて、家を出る。
「手袋の扱いで迷っちゃって」
「彼女の、か。俺のライバルだね」
「ライバルって。ダフネさんの私に向ける感情は、友情じゃなくて、愛情、恋情の類いじゃないですか。その状態で手袋をしていいのかなって思って」
「それこそ、昨日ダフネが言ってた、ネックレスが俺の所有物である首輪っていうのと一緒だよ」
「そんな意味があったんですか?って言うか、聞いてたんですか?」
「聞こえたんだよ。そんな意味なんて無いよ。似合うと思っただけ。ネックレスが首輪って怖いでしょ」
「そういえば首輪っぽいチョーカーをしてる人、日本で見ました。本当に犬の首輪みたいで。本人は「可愛いでしょ」って言ってたらしいですけど」
「何それ?そんな人、居たんだ」
「その後友人が洋服屋に売っているのを見たって言ってました」
「話がずれたから戻すけど、手袋はしてもらったら嬉しいだけだと思うよ。ネックレスも手袋も装身具でしょ?咲楽ちゃんが彼女に感じているものが『友情』である以上、身構えられたら悲しいと思うけど」
「そうでしょうか」
「ダフネの気持ちを知らなかったら、普通に身に付けてたでしょ」
「はい」
手袋をはめる。やっぱり可愛い。
「よく似合うね」
「ありがとうございます」
王宮への分かれ道にはなんだかたくさん人がいた。
ローズさん、ライルさん、副団長さん、ダフネさん、クリストフ様、イライジャさん。ちょっと待って、どうしてこんなに居るの?
「おはようございます。えっと?」
「サクラちゃん、ちょっと。あぁ、トキワ様も」
ローズさんに道の端に連れていかれた。
「どうしてこんなに居るのかって疑問に思ってるわよね。ダフネはサクラちゃんの顔を見たいってことだったんだけど、アインスタイ副団長様はトキワ様が今日最後だから、って言ってたわ」
「明日と明後日が休みですからね」
「そうなのね。それから、クリストフ様とお師匠様は、2人が並んでるところが見たいって」
「何ですか?それ」
「分からないわよ。それからサクラちゃんにクリストフ様とお師匠様から話があるようよ」
「話?」
「咲楽ちゃん、呼んでるよ」
「天使様、手袋してくれてるんだ」
「正直迷ったんですけど、大和さんに気に入ったならすればいい、って言われたんです。ネックレスと同じで装身具だからって」
「気持ち悪いって捨てられてもおかしくないって思ってた」
「可愛いのに。捨てませんよ。迷っていたのはその、私は友情しか返せないから、って思って……」
言ったとたんに抱きつかれた。助けを求めて大和さんを見たら、苦笑いしてた。
「ジェイド嬢、この場合どうやって助け出せばいいですかね?」
「どうやってって、サクラちゃんを抱っこしたら良いんじゃない?いつものように」
「それをするとダフネ嬢にも触ってしまうでしょう。彼女が嫌がるのではないかと思って」
「昨日はお世話になったから、何とかするわ」
大和さんとローズさんの会話が聞こえる。
「ダフネ、いい加減にしなさい」
「はぁい」
ダフネさんが離してくれた。
「何があったの?」
クリストフさんに聞かれた。
「この手袋、ダフネさんが作ってくれたんです」
「へぇ。天使様にぴったりだね。じゃなくてね、天使様、お礼は受け取ってよ」
「その上で有効活用してもらおうと思ったんですが」
「じゃあ、他のご希望の物はないですか?」
「今のところ思い付きません」
「分かった。考えて何か贈るよ。まずは情報収集だね。黒き狼殿、話を聞かせてもらえる?」
「そろそろ行かねばならないのですが」
「じゃあ、王宮まで一緒でいい?先生、大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ」
「副団長も行くよ」
クリストフさん達が去っていくと、辺りが静かになった。
「兄が申し訳ない」
ライルさんが謝ってくれた。
「じゃあ、天使様、私もお店に行くから。お嬢様、フリカーナ様、失礼します」
「僕の事はライルで良いって言ったのに」
「トキワ様、今日で最後って何?」
施療院に向かう。
「眠りの月からは神殿勤務なので」
「あっ!!思い付いた」
「ライル様?どうなさったの?」
「最適なものを思い付いただけ。シロヤマさんの居ないところで話すよ」
「私は仲間はずれですか?」
「シロヤマさんに渡すのに、本人が知っててもね」
「分かりました」
「ライル様なんとかしなさいよ。サクラちゃんが落ち込んじゃったわ」
「僕のせいだってことは分かってるよ。でも驚かせたいでしょ」
「それは……確かに」
ローズさんとライルさんが何かを言い合ってる。いや、落ち込んでいるの、ポーズですからね。
下を向いてクスクス笑ってると、ローズさんに気付かれた。
「笑ってたわね」
「ごめんなさい」
「ほら、道の真ん中ではしゃがない」
ライルさんが「おかあさん」になってる。おかあさんってこんな感じだよね。
「サクラちゃん、どうしたの?」
「ライルさんがお母さんみたいになってるなって思って。普通の母親ってこんな感じですよね」
「普通の?」
「私の母は普通とは言い難かったので」
「それ、トキワ様は知ってるの?」
「はい」
「そう」
「家族の事は聞かないでおいてくれると助かります」
「分かった。聞かない」
「ありがとうございます」
施療院について更衣室で着替える。
「おはよう」
「おはようございます、ルビーさん」
「その手袋、可愛いわね」
「ウチの新人の試験作品よ。天使様のイメージらしいわ」
「似合ってるじゃない」
「あ、そうだ。昨日の騒動を起こした人ですけど、きっちりお説教されたらしいです」
「あら、お説教だけ?」
「それが、大和さんが『見ていて気の毒になってきて、参加するのをやめた』って勢いだったらしいです。ちなみに施療院女性施術師のファンが居るらしいですよ。『婚約者が居ても良い。彼女の幸せを見守りたい』だそうです」
「ルビー、モテるわね」
「ローズさんもですよ」
「サクラちゃんもでしょ」
3人で話ながら、診察室に向かう。
今日は、患者さんはいつも位だった。常連さんが多い。
ヴァネッサさんも来院した。
「天使様、新しい情報紙ですよ」
「いつもありがとうございます。でも毎回頂いて良いんですか?」
「無料ですからね。私は持ってきてるだけですよ」
「無料なんですか?」
「ここに店名が載ってますでしょ?これはこの情報紙に出資している店なんですよ」
スポンサーですね。
「市場が盛り上がるなら、って知り合いの店も出資してるんですよ。そこに少しだけ出してるもんだから、ここにウチも載せて貰ってるんです」
「何か新しい情報、載ってました?」
「西市場に期間限定で、魔道具店が開店したみたいですね。期間限定って事は、旅人さんでしょうか。扱ってるのは灯りの魔道具に、置時計、携帯暖炉?何でしょうね?これ」
携帯カイロですね。
「ウチはパン屋だから、コルドはわりと平気なんですよ。ホアになるとキツいですけど」
「パン窯の熱ってバカにできませんよね」
「そうなんですよ。携帯の涼しくなる道具ってないですかね」
「あったらみんな、買いそうですね」
処置が終わって、ヴァネッサさんは帰っていった。
3の鐘が鳴った。お昼休みの為に休憩室に移動する。
休憩室で情報紙を見せて、ライルさんに聞いてみた。
「これってクリストフ様の兄弟子って人ですよね」
「ん?西市場?そうかもしれないね。どこでやってるのか聞いてないんだよ」
「そうなんですね」
「サクラちゃん、お話、出来た?」
「えっと、『みんな仲良く』と『好き嫌いはダメ』、どっちが良いですか?」
「『みんな仲良く』から聞こうかしら」
「1つ聞きたいんですけど、親しまれている動物って何かいます?」
「動物、ねぇ。蜂は?動物じゃないけど、親しまれているわよ」
「じゃあ、主人公は蜂の男の子。名前は、何にしましょう?」
「ルピナってどう?女の子っぽいかしら?」




