78
着替えて大和さんを待っていようとしたら、ライルさんが一緒に、って誘ってくれた。ローズさんも一緒だ。
「事情聴取の後、診察室にトキワ殿が見えてね。遅くなるかもしれないからって頼まれた。僕の家でもジェイド商会でも、好きな方で待っててってさ」
「ジェイド商会で」
「トキワ殿の予想もジェイド商会だったよ。賭けには負けたなぁ」
「何を賭けてたの?ライル様」
「両親に会って貰えるかどうか」
「フリカーナ伯爵様にはお会いしてますよね」
「『天使様と黒き狼様』の2人揃ったところが見たいんだってさ。困った親だよ」
「ありがとうございます」
「何が?」
「ライル様が無茶を言おうとしただけじゃない」
「ライルさん、賭けなんて言って、勝つ気はなかったでしょう。賭けに負けたって言っておけば大和さんが断っても、『賭けに負けたなら仕方がない』ですみますもんね」
「トキワ殿の言った通りだね」
「大和さんは何を?」
「トキワ殿は『咲楽ちゃんは自分の事には疎いですが、人の事には鋭いですよ』って言ってた。よく分かっているね」
「自分の事には疎い、ですか」
「引っ掛かるの、そこなの?」
ローズさんに呆れられた。
ジェイド商会に着いたら、ローズさんは絵師さんに話をしに、私はアレクサンドラさんに拉致られた。え?
「シロヤマちゃん、紹介するわ。この子よ。あの手袋を作ったの」
そこにいたのは珍しく髪をベリーショートにした女の子。少なくともこの世界でベリーショートの女の子は見たことない。
「貴女が作ってくださったんですか?ありがとうございます」
「へぇ。あんたが天使様か。うん。イメージにぴったりだ」
「イメージ?」
「フワッとした可愛い女の子。ねぇ、師匠、あの帽子、天使様なら似合うと思わない?」
「そうねぇ。シロヤマちゃんなら似合うわよね」
「じゃあさぁ、こういうワンピースは?」
「これだとこうした方が良いわよ」
2人で話し始めちゃった。
仕方がないから、店内を見ていたらビーズを見つけた。でもスッゴク高い。
そっか。この世界だとビーズもプラスチックじゃなくて、ガラスだよね。
「天使様、何を見てんの?」
さっきの子だ。自然と肩を抱かれた。距離が近い。
「あの、これってガラスの……」
「これはねガラスを細く細く伸ばして筒状にして、小さく切ったものだよ。天使様なら何に使う?」
「穴が開いているんですよね。何か細いヒモ、糸でも良いですけど、それを通していって何かの形ができそうです」
「例えば?」
「ネックレスとか。スッゴく贅沢ですけどね」
「こういうの?」
着けていたネックレスを引っ張られた。
「アタシがもっと似合うのを作ってあげようか?」
「これ、気に入ってるんです」
「黒き狼の所有物だって首輪のようだね」
「そうですか?大和さんからだってよく分かりましたね」
「ねぇ、天使様。嫌じゃないの?黒き狼のどこが良いの?」
この質問、今日2回目だなぁ。
「強くて、優しくて、綺麗で、格好いいところです」
「べた褒めだね。男なんかより女同士の方がいいと思わない?」
「私は大和さんが良いです」
この人、LGBTの人かな。やけに触ってくるし、距離が近すぎる。
「ねぇ、アタシに乗り換えない?」
そういった直後、バッと私から離れた。何か分からないけど、助かった気がする。
「咲楽ちゃん、お待たせ」
大和さんの声がした。振り返ると、大和さんの笑顔があって安心する。
「大和さん、お疲れ様です」
さっきの人……名前教えてもらってないの、今気がついた。アレクサンドラさんに引っ張っていかれたけど。連れていかれた部屋の中からすごい怒鳴り声が聞こえるけど。
「咲楽ちゃん、帰ろうか」
「そうです……ね」
いまだに聞こえる怒鳴り声と、バンバンと何かを叩く音は気になる。すごく気になるけど気にしちゃいけない気がする。
「サクラちゃん、何かあった……みたいね。何がって聞かない方がいいかしら?」
ローズさんが上がってきた。
「まぁデリケートな問題でしょうね」
「トキワ様はなにか分かってらっしゃるの?」
「一応は。こういうのは難しいですから。妙な方向に行かなければ、彼女は良い友人になれるんでしょうけどね」
「そう。報告はどうしようかしら」
「アレクサンドラさんが話をするのではないでしょうかねぇ」
「サンドラが出てこないと話にならないわね」
怒鳴り声と何かを叩く音はまだ続いている。
「誰かが行かなければいけないでしょうね。気は進みませんが」
ローズさんを見る。
「貴女を行かせるわけにいかないでしょうしね」
「ごめんなさいね。兄様達、ちょうど居ないのよ」
大和さんはため息を1つ吐いて、両頬を叩いて気合いを入れて、アレクサンドラさん達の居る部屋に入っていった。
「うちの問題に動いて貰って、申し訳ないわ」
ローズさんが部屋の方を見ながら言った。
大和さんがドアから顔を出した。
「咲楽ちゃん。ちょっと良いかな」
「はい。なんでしょう」
「こういう問題はどこでも一緒だね。ちょっと困った事態になってる。話を聞いてやってくれないかな」
「私で良いんですか?」
部屋の中に入ると、アレクサンドラさんが気まずい顔で立っていた。さっきの女の子は座り込んで泣きじゃくっている。
私は女の子の側に寄って話しかけた。
「さっきはお聞かせ願えなかったので、お名前をうかがってもよろしいですか?」
「天使様。お願い。気持ち悪いって思わないで」
抱きついて泣かれた。大和さんに促されて、アレクサンドラさんが静かに退室する。
「お名前を教えてください」
背中をポンポンとあやしながら、再度聞いてみる。
「ダフネ」
「ダフネさんですね」
「お願い、天使様。嫌いにならないで」
「嫌いに?何もされてないのに?」
「さっき、天使様に迫った」
「あぁ、あれはちょっと困っちゃいましたけど、嫌いにはならないですよ」
「じゃあ好きになってくれる?」
「友人としてなら。それでも良いですか?」
「天使様は私を気持ち悪いって思わないの?」
「私が大和さんを好きになったように、貴女は女性を好きってだけでしょう?」
「女同士で変だよね」
「恋愛対象が同性だったってだけですよ」
「そのままで良いの?」
「男性を好きになることが出来ますか?」
「無理」
「なら、それを受け入れてください。女性を好きって思う自分を、受け入れてあげてください。世の中の人を嫌いになって良いです。でも、自分の事だけは嫌いにならないでください」
ダフネさんが顔をあげた。涙でぐちゃぐちゃになってる。
スッとハンカチが差し出された。大和さんだ。ちょっと躊躇したけど、ダフネさんはハンカチを受け取った。
「使って良いの?」
「悪かったら渡してないですよ」
大和さんが優しく言う。
「ありがとう」
涙を拭いたダフネさんが私達に聞く。
「天使様も黒き狼様も、気持ち悪くないの?」
2人で顔を見合わせる。
「私は同性に迫られたことは何度もありますし」
大和さんが言う。
「私は……何もないですけど」
ダフネさんと大和さんが吹き出した。
「そういう多様性を、自然に認められるって言うのは一種の才能だね」
大和さんがなんだか必死にフォローしてくれる。
「性的なことは別にして、女の子の友情ってそんなものでしょう?普通にハグとかしますし。手を繋いで歩いたりもしますよ」
「そう言われれば、そうだね」
「確かに」
「そろそろ出ませんか?」
3人で部屋を出ると、心配顔のアレクサンドラさんとローズさんが居た。
「師匠、迷惑をかけました」
「折り合いは着いたの?」
「はい。あの、まだ完全にって訳じゃないですけど」
「トキワ様もシロヤマちゃんも迷惑かけたわね」
「私は話を聞いただけですよ」
「サクラちゃんってそういうの、自然にできるのね」
「そういうの?」
そういうのって何だろう?
「はぁ。報告はどうしようかしら」
「報告、要りますか?」
大和さんが聞く。
「そう言われたら、要らない気もしてきたわ」
「会長はワタシの事も受け入れてくれた人だから、『そうか』で終わりそうだけど」
「お嬢様、こちら、お持ちしました」
「ありがとう。そこに置いておいて」
従業員さんが何か持ってきた。
「トキワ様、サクラちゃん、これ持ってってね。お夕食よ」
「それは……」
「もう遅いわ。遠慮せずに持っていって」
「ありがとうございます。頂きます」
大和さんが頭を下げた。私も慌てて頭を下げる。
ジェイド商会をお暇した。ダフネさんは角を曲がるまで、見送ってくれた。
「色んな事があった1日だったね」
「大和さんも何かあったんですか?」
「フリカーナ伯爵が、『家に来て欲しかった』って訴えに来た」
「あぁ、診察中にお仕事に行かれたようですから」
「その様子じゃ、特に問題は無かったみたいだね」
「予想外の事があって、処置は長引きましたけど」
「お疲れ様。そういえば、あの暴れてた男はきっちり説教されてたからね」
「大和さんは参加しなかったんですか?」
「しようと思ったんだけどね」
「思ったんだけど?」
「止められた。その前の団員の説教が、ね。気の毒になってくる感じだったよ。更に追い討ちをかけるなってさ」
あぁ、大和さん、あの時「怖い笑顔」になっていましたもんね。
「団員の中に施療院の女性施術師のファンがいるよ。婚約者が居ても良いんだってさ。『彼女が幸せなら』ってアイドルファンみたいなことを言ってた。咲楽ちゃんにももちろんいるよ」
しばらく会話が途切れる。
「大和さん、この世界にもケータイがありました」
「ケータイ?通信の魔道具って事?」
「まだ双方向しか通話出来ない上、範囲も狭いみたいですけど」
「どこで見たの?」
「治療のお礼にってクリストフ様に渡されたんですけど、施療院で使ってもらった方が、有用かなってそちらに置いてきちゃいました」
「咲楽ちゃんらしいね」
「あ、それで思い出した。大和さん、私は自分の事には疎いって言ったんですか?」
「だってねぇ、ゴットハルトにもさんざん注意されてたでしょ?」
「それはそうですけど」
「俺がさんざん好きだって態度に出してたのに、しばらく気付かなかったでしょ?」
「はい……だってあの時は、そういうの、信じられなかったんです。私を好きになってくれる人がいるってことが」
「今は信じてくれてる?」
「そう思ってなかったら、結婚なんて意識しません」
「可愛いことを言うねぇ」
家に着いて着替えてから、貰った料理をテーブルに出したんだけど……。
「これ、多すぎでしょ」
「ですよね。明日の朝の分もありそうです」
「まぁ、ありがたく頂こう」
結局、1/3位残してしまった。残りは明日の朝食と私のお昼にリメイクしよう。
夕食後、時計を見たら、もうすぐ6の鐘になってた。少し慌ただしく、入浴を済ませる。
寝るまで、私は刺繍の続きをする。
「大和さん、ダフネさんの名前を聞いた時、何か変な顔をしましたけど」
「変な顔、してた?」
「何かを言いかけたって言うか」
「ダフネって名前ね、ダフネコンプレックスって言葉があって、男性経験のない女性の男性恐怖を指す用語なんだよ。アポロンに追いかけ回されて、その身を月桂樹に変えた精霊の名前がダプネー。日本語だとダフネになる。そっちかなって思ったんだよね」
「ギリシャ神話ですか?」
「そうだね」
「ギリシャ神話も網羅してるんですか?」
「アポロンって有名だから、たまたま覚えてただけだよ」
「たまたまじゃない気がします。大和さんって博識ですね」
「俺のは雑学だよ」
「もう良いです。諦めました。分からないことは大和さんに聞きます」
「諦めちゃダメだよっ!!」
おどけて大和さんが言った。2人で笑い合う。
「私、絵本の原作をすることになりました」
「なんで?って感じなんだけど?」
「星見の祭で、救護室の隣に迷子センターみたいなのを作るらしいんです。それで必要なものを聞かれて、絵本を見せたら、みんなが食いつきました。私が刺繍をしながら、誰かが口述筆記をしてくれるらしいです。絵は絵師の方に頼むって言ってました」
「どんな話にするの?」
「まずは無難に「みんな仲良く」と、「好き嫌いはダメ」ですね」
「星見の祭なら7神様の話を入れた方が良いんじゃないの?」
「それは所長が神官様に頼んでみるって言ってました」
「あっちは本職だしね。あ、でも、分かりやすく、って強調しておかないと、まずいかもよ」
「どうしてですか?」
「詳しい解説をしてある本を、子供が見たがるかな?って事」
「そう言われれば、そうですね」
「好き嫌いはダメってどんな話にするの?」
「お料理に入ってる材料で子どもが嫌いだからってその野菜を避けちゃって、元気が無くなっちゃうって話です。それと同時に子どもも元気が無くなって好き嫌いは駄目ってそういうお話を盗作しちゃいます」
「盗作……まぁ、知ってる人も居ないだろうから良いんじゃない」
「問題はこの世界の栄養学を知らないってことです」
「それが重要なんじゃないの?」
「そうなんですよね」
パパラチアピンクの鶴が刺し終わった。
「鶴の咲楽ちゃんが出来たね。もう終わっといたら?」
「そうします。本当は大和さんの方もやってしまいたいんですけど」
「寝不足になるよ。はい、仕舞って。そろそろ寝よう」
「はい」
刺繍を魔空間に仕舞って、大和さんに抱き締められて眠った。
ーーー異世界転移44日目終了ーーー
ダフネが出てきましたが、作者は迫られた事はありません。ただ、作中にも書きましたが女性の友情って紙一重なんですよね。ハグとか普通にしたりしますし。




