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作中の傭兵さんの描写は完全なる作者のイメージです。
翌朝目覚めたら雨が降っていた。流石にこんな天気では外で鍛練はしないらしい。毎日見てたからちょっと期待していたのに……残念。
朝食を食べて少ししたら今日の授業の時間。楽しみにしていた魔法の授業だ。
といっても最初は座学から。
時間になっていつもの教室に行くとスティーリアさんと知らない人が二人いた。
「では授業を始めましょうか。こちらは魔法を教えてくださるアラクス・ペリトード様と、ローズ・ジェイド様です。アラクス様はトキワ様を、ローズ様はシロヤマ様をご指導いただきます」
「アラクス・ペリトードだ。神殿騎士団長をしている。昨夜ぶりだな、トキワ殿。そして初めましてシロヤマ嬢」
「初めまして、ローズ・ジェイドよ。施術師をしているわ。王宮魔術師にも所属しているわね」
「「よろしくお願いします」」
二人揃って頭を下げる。
アラクスさんは赤みがかった金髪に瞳が茶のがっしりした人で豪快に笑う。、ローズ先生は白っぽくも見える白銀髪に瞳が緑のボンキュッボンの美人さんだ。
まずは魔法についての座学。
魔法は自らの魔力を媒介に世界の理に語りかけ、その力を貸してもらう形で行使する。
どんな現象を起こしたいかを明確にイメージし、魔力を動かす事で魔法は使える。その為詠唱なんかは要らないようだ。ただ、「ライト」「ファイア」等属性や魔法名を言うことでより正確に魔法を行使することができる。
得意属性があると言ってもその他の属性が使えないわけではない。火付けに使う「ファイア」やコップ一杯分の水を出す「ウォーター」そよ風を吹かせる「ウインド」砂の粒子を一時的に固める「サンド」暗闇で明かりを灯す「ライト」安眠効果のある「スリープ」等の生活魔法は少し練習すれば誰でも使える。
魔法属性には、火、風、地、水、光、闇、生活魔法があるが、複合魔法として風と水で氷魔法、地と水で樹魔法、光と闇で時空間魔法が知られている。
この内、時空間魔法は特殊で異空間に物を入れる事ができる。時間が止まってしまうため生物を入れることはできない。訓練していくと転移も可能。ただし視認できる場所でないと発動しない。
よく似た魔法に生活魔法の魔空間がある。時空間魔法の異空間との違いは時間経過があること、自分の魔力量によって容量が違うこと。
「とは言っても一般市民くらいの魔力量で一泊するくらいの荷物は入るわね。着替え位だけど」
ローズ先生が笑った。
「じゃあ実践に移りましょうか」
ここでするのかと思ったら場所を移動するようだ。移動した所は練兵場。雨は止んでいた。地面も乾燥している。魔法で乾かしたんだって。
でも練兵場。あの夜の常磐さんとアルフォンスさんの、真剣な眼と重かった空気を思い出して思わず立ち止まった。
止まってしまった私の背中を、常磐さんが優しく押してくれた。
「ではまず、生活魔法から。イメージが大事よ。どんな火を着けたいか。どんな水を飲みたいか。どんな風が心地いいか。どんな風に砂を固めたいか。どんな灯りが欲しいか。スリープだけは相手に掛けるの。どういう眠りについて欲しいか。それぞれイメージしながら魔法名を言ってみて。まずはファイアからね」
ファイア、かぁ、火をつけるならライターかな?
「ファイア」
あ、成功した。って常磐さん、何をイメージしたの!?火炎放射器って、そんなの、一般の人は使わないよ。
えっと次はウォーターだよね。冷たくて美味しい水……。
「ウォーター」
あ、コップがなかった。ローズ先生が大笑いしてる。
「ごめん、ごめん、ウォーターは入れ物がいるよね。はい。これに入れてみて」
コップを手渡された。
うーん、冷たくて美味しい水~。
「ウォーター」
あ、ちゃんと出た。うん冷たいお水だ。常磐さんも今度は普通のお水みたいね。
次はウインド。心地良い風。山あいの~高原の~涼しい風、えいっ!!
「ウインド」
あ、涼しい。
次はサンドだったね。砂浜の砂で山を作ったみたいなイメージ。
「サンド」
あ、山の形になっちゃった。ローズ先生、笑いすぎ~。常磐さん、それ何?
「うん?防弾壁。そこまで大きくないけどな」
触ってみたらコンクリート並みの固さだった。団長さんが目を丸くしてる。
つ、次はライトか。蛍光灯くらい?もうちょっと暗くしとこう。
「ライト」
あ、すみません。眩しかったですか、ローズ先生。常磐さんのそれは何?
「タクティカルライトだな。軍用のライトだ」
えっと常磐さん、火炎放射器とか防弾壁とか軍用のライトだとか、地球にいたとき何していたの?
「スリープは、ここでやってもらう訳にいかないから、生活魔法はここまでにしましょう。じゃあそれぞれの属性を実践しましょうか……あら?」
3の鐘が鳴った。
「もうお昼ね。続きは明日にしましょう」
先生も今日は神殿で昼食を摂るんだって。みんなで食堂に移動することにした。
「そうそう、シロヤマさんって身長何㎝なの?」
ローズ先生に聞かれた。
「145cmです。ローズ先生は?」
「私?168㎝ね。トキワさんは背が高いわね」
「あぁ、私は192cmありますね。団長も同じくらいでしょ」
「負けたな。189cmだ」
常磐さんって192cmもあるんだ。私との身長差は43cm!?うわー。これってダンス、大丈夫かな。
昼食も4人で摂った。ローズ先生から魔法の話とか、王宮魔術師の方の面白い話とか聞けて楽しかった。
昼食後は私は刺繍の続き、常磐さんはまた騎士団の訓練に混ぜてもらいに行った。
桜の幹の色、うーん、白が足りないかも。衣装部に行って白の刺繍糸を貰ってこなくちゃ。
あれ?私、白の刺繍糸を貰いに来たはずなのになんで着せ替え人形になってるの?しかもハイヒールを履かされて。このヒール何㎝なの?8cmですか、そうですか。
あ、デイジーさん、助けて!!あぁぁ、「ファイト」って言って行かないで。
最初は仮縫いを、って話だったのにどんどん衣装が出てきて、シスターさんの服とか、ドレスとか、ワンピースだとか、一体何枚着させられるんですか。
目的の白の刺繍糸を貰ったときには、もうすぐ5の鐘が鳴るところだった。白の刺繍糸の他にワンピースを数枚持たされました。
伝言されたよ。常磐さんの仮縫いも待ってるって。ついでに、また来てねってニッコリされました。
部屋に戻ると常磐さんが……あ、刺繍、見られちゃった。
「どこ行ってたんだ?居ないからびっくりした」
「衣装部に刺繍糸を貰いに行ってたんです。あ、伝言があります、衣装部から。仮縫いをしたいので明日にでもお越しくださいって」
「明日、か。分かった。で、これ桜?凄いな。まだ幹だけなのに、桜って分かる。んで、なんで布が深紅なんだ?」
えぇっと、それは……どう答えよう。常磐さんの肩マントの裏地です。とは言えないし。
「この布を渡されたんです。これに日本の象徴をって」
「そうか。あ、そろそろ食堂に行くか」
食堂に移動すると、ペリトード騎士団長さんとコリンさんが居た。
「一緒に食事をどうだ?」
どうやら待っていてくれたらしい。
待っていたのは常磐さんに話があったからだそうだ。コリンさんはついでに、だって。
話とは常磐さんの剣について。元の世界で剣術をやっていたことを常磐さんが話したら、すごく盛り上がっていた。日本とこっちの剣術の違いとか鍛練の話とか。私にはちんぷんかんぷん。結局、コリンさんと先に帰ってきちゃった。
しばらくして慌てた感じで常磐さんと騎士団長さんが帰ってきて、謝られました。
「明日の昼食後、仮縫いにお越しくださいね。お待ちしております。あ、シロヤマ様も来てね。またお洋服を用意しておくわ」
コリンさんはそう言って帰っていった。えぇ……またやるの?
常磐さんと今日の魔法の授業について話をしていて、思い出した。
「常磐さん、常磐さんって日本に居るとき何をしていたんですか。今日の魔法も、火炎放射器とか軍用ライトとか、一般では使わないでしょう。どうしてそっちばかりイメージしたんですか?」
常磐さんは困ったように笑うと、答えてくれた。
「道場の手伝いをしていたって言っただろ。もう亡くなったじい様が傭兵団の偉いさんと知り合いでな。高校卒業したらその傭兵団に入れられたんだよ。10年間海外生活だった。ほとんどが紛争地帯だな。だから一応銃も扱えるし、体術は日本でやってたのと傭兵団でやってたのとごっちゃになったな。剣術はじい様に仕込まれた。傭兵団では当然人も殺した。この手は綺麗じゃない。軽蔑したか?」
軽蔑なんてしない。18歳で傭兵団に入れられて苦労もしただろうし、大変だっただろう。私は18歳の時なんて看護学部に入って、でもまだ気楽で、みんなに守られながら、のんびり過ごしてた。
首を横に降ると、常磐さんは安心したように笑ってくれた。
だから話しておかなきゃって思った。私の事。
「常磐さん、最初の日に私の眼を見て「カラコンか?」って聞いたじゃないですか。その時に「この眼のせいで虐められてた」って言ったと思うんですけど、それだけじゃないんです。私が男の人が怖い理由。高校2年の時に帰り道で4~5人の男子に囲まれて無理矢理廃工場に連れ込まれたんです。そこにはもう2人年上の男の人がいて追いかけ廻されて、乱暴されそうになったんです。そこの近所の人が気がついて通報してくれなかったら……それから、男の人が怖くて。囲んできた中に色々相談に乗ってくれてた子もいて。時々夢に見て魘されるんです。ここに来た初日に魘されてたって言ってたの、多分それです」
「話してくれてありがとう。辛かっただろう」
「いえ。もう大丈夫です」
「何かあったら頼ってくれて良いから。相談にも乗るよ」
ありがたくて、申し訳なくて、私はずっと俯いていた。
ーー異世界転移6日目終了ーー