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「咲楽ちゃん、何かあった?」
「何でもありません」
「それなら良いけど」
大和さんが私を覗き込む。
「家でちゃんと聞くからね」
「話したくないです」
「やっぱり何かあったんだね?」
「何でもありません」
大和さんがため息を吐いた。
「咲楽ちゃんはこうなると話さないよね。それでも話して欲しいと思うのは、俺のわがままかな」
「そんな事、無いです」
「じゃあ、話して?」
「自分の中で何とかしないといけないことですから。心配かけてすみません」
大和さんは諦めたように言った。
「話を聞くことはできるよ。解決にならなくても不安や負担が軽くなることもある。その気になったら話してね」
「ありがとうございます」
市場に寄って、食材を見て、家に帰る。
夕食を作りながら、大和さんに聞いてみた。
「今日、スラムの建物の完成祝いがあったって聞いたんですけど」
「あったね。イベントみたいにやったよ」
「騎士団で何かやったんですか?」
「あぁ、チビッ子達を集めての挑戦イベントかな?1vs1のちょっと本格的なのから、もみくちゃにされるのまで、色々やらされた」
「黒き狼様は人気だったみたいですね」
「何故知ってるの?」
「常連の方が教えてくれました」
「チビッ子を怪我しないように放り投げてただけだよ。道場でもよくやってたから」
「楽しそうです」
「けっこう気を使うけどね。角度とか高さとか。ちゃんと受け止めて誉めてやらないといけないし」
「でも、子ども達は喜びそうです」
「あれを危険なくやれるのは5~6歳くらいまでだね。特に男の子はそれ以上になると本気で向かってくるから。女の子は放り投げるわけにいかないでしょ」
お夕飯を食べながら、話を聞く。
「それって完成する度にやる訳じゃないですよね?」
「次は建物がすべて完成して、北地区として生まれ変わってからかな」
「えっと、東が貴族街、西が庶民街、でしたよね」
「冒険者街とか言われるんじゃない?南側も区画整理を始めてるらしいし。こっちは職人街かな」
「巡回とか大変になりそうですね」
「その辺はなんとかなるでしょ。騎士も兵士も増えるっぽいし」
「巡回の為だけって訳じゃないですよね?」
「派出所の大きいのを作るらしいよ。騎士と兵士が何名かづつ常駐して、巡回や治安維持に当たる」
「交番?」
「みたいだよね。各街に騎士を、って要望は前からあったらしくて、上層部が思い切ったって、副団長が言ってた」
「副団長さんも上層部じゃないんですか?」
「騎士団だけじゃないよ。日本でいったら内閣府の上層部だね」
「行政の、ってことですか」
「そう。騎士団って警察組織みたいな物だしね。自衛隊と警察を足して2で割った感じかな。治安維持と災害救助だから」
私はその辺りをよく知らない。日本では学生で、そんな事考えなかったし、こっちに来てからは施療院しか知らない。
「よく分かりません」
「騎士団の人間が分かってたら良い事だからね。咲楽ちゃんには他にやることがあるでしょ?」
「私はこれしか出来ませんから」
「俺も武術しか出来ないよ」
「大和さんはなんでもできるイメージがあります」
「イメージだけはね。頼りにされたいし。ほら、体を動かすのって派手だから。実際には咲楽ちゃんみたいに支援してくれる人が重要だったりするよ。支えてくれる人がいないと、最初は良くても続かないから」
「動いてくれる人がいないと、私は役に立ちません」
「どっちもが支えあってるって事で良いんじゃない?」
お皿を洗ってくれながら、大和さんが言う。
「例えばね、俺は咲楽ちゃんがいないと外食ばかりで、栄養バランスはすぐに崩れるだろうね。咲楽ちゃんに支えられてるんだよ」
「でも、私は大和さんに頼ってばかりな気がします」
「俺としてはもっと頼ってくれて良いと思うけどね」
リビングのソファーで、私の隣に座りながら、大和さんが話し出した。
「奉納舞の時、あの『春の舞』のイメージは咲楽ちゃんだったんだよ。俺にとって咲楽ちゃんはそんな存在なんだ」
「そんな存在って……」
「暖かくて、分け隔てなく優しい、ホッとする存在」
大和さんの言葉はまっすぐで照れてしまう。
「秋は誰とかあるんですか?」
「特に無いかな。日本にいた時って自然そのままのイメージで舞ってたから。あぁ、でも、夏には親父がちょっと入ってた。なんでも楽しみに変えるんだよ」
「お兄さんは?」
「兄貴は……初春かな。普段厳しいんだけど、ふっと暖かかったりする」
「大和さんは何でしょうね?」
「自分の事は分からないね」
「秋っぽい気がします」
「秋?」
「優しくて、自分に厳しくて、凛としてて、格好いいです」
「咲楽ちゃんにそう見えてるの?」
「はい」
「言葉にされると照れるね」
嬉しそうに笑ってから大和さんはお風呂に行った。
刺繍をしておこう。片方の鶴だけでも進めておきたい。
ピーコックブルーの方は大きめにして、パパラチアピンクの方は寄り添うように配置したから、見る人が見たら、何を表しているかは分かると思う。大和さんは完全に分かるよね。
実は2羽の連鶴は他にも種類がたくさんある。相生、拾餌、親子鶴、等。でも私が折るのは妹背山だけだ。他のは繋がってる部分が小さくて、苦労するから。千切れてしまったときのガッカリ感がもうね……。だって、「机に置かずに折りましょう」とか、本に書いてあるんだもの。
パパラチアピンクの鶴の半分ほどが終わった頃に、大和さんがお風呂から上がってきたらしい。私はしばらく気が付かなかった。
「鶴が2羽?色的に俺達かな?」
「っいつから見てたんですか?」
「5分位前。鶴は2羽にしたんだね」
「1羽だと淋しそうなので」
「そういう事にしておくね」
大和さんが結界具の設定をしてくれて、一緒に2階に上がる。
私は自室でお風呂の準備、大和さんは寝室に入った。
シャワーで考え事をしてると、やらないといけないことが次々思い浮かぶ。と言っても、たいしたことじゃない。テーブルランナーを最後まで作れてないなぁとか、シュシュをもう少し作りたいとか、星見の祭の作品の事、そして、アッシュさんの事。
アッシュさんの事は闇の日まで待つしかない。大和さんはアッシュさんの話はヘビーな物になると言っていた。人を傷つけるのは、確かにいけないことだけど、事情があるんだと思う。
髪を乾かして、寝室に行く。
「はい。咲楽ちゃん、ここ座ってね」
何故か大和さんの足の間に座らされた。
「大和さん?」
「咲楽ちゃんが何を不安に思ってるのかって大体察したけど、まぁ、咲楽ちゃんが言い出すまで待つよ。でもそれと、甘やかすのは別ね」
「察したんですか……」
「そりゃあね。昨日の事もあるし。なにかで思い出した?」
「言いません」
「強情だね」
「自分で折り合いをつけないといけないんです」
「分かってるよ。けど頼って欲しい。咲楽ちゃんは自分から人に頼るって事をしないから」
「もうちょっと待ってください」
「10年とか20年とかじゃなければ待つよ」
「そんなに掛かりません」
「そうだね」
笑って大和さんは私の額にキスを落とした。
「咲楽ちゃんがそうやって考えてくれてるのって、俺との結婚を意識してくれてるって事だよね」
「それは……だって、私がいくら『同居』だって言い張っても、状況を見たら『同棲』だって言うのは分かります。大和さんは私に好きだって言ってくれるし、私も大和さんの事が……ですし……」
声が小さくなってしまった。大和さんはちゃんと想いを伝えてくれてるのに……。
「もう1回はっきり言って?」
大和さんの声が笑いを帯びた。
「大和さん、楽しんでますね?」
「言えないのなら態度でもいいよ」
「大和さんって、ストレートに言ってくれますよね」
「想いは伝えないとね」
「恥ずかしかったりしませんか?」
「人間、いつどうなるか分からないんだから、言える時に言わないと」
「実感がこもってますね」
「人の生き死には嫌と言うほど見たからね。この手でも奪ったし」
こうして一緒に暮らしていて忘れてしまうけど、大和さんって傭兵さんをしていたんだよね。
「大和さん……」
「嫌になった?」
「お仕事だったんですよね」
「好きでする訳ないでしょ。任務だからだよ」
「苦しくなかったですか?」
「当時は必死だったしね。殺らなきゃ殺られる。最初の頃は眠れなかったりしたよ」
大和さんはそう言って、悲しそうに笑った。
「咲楽ちゃんには聞かせたくなかった」
「ごめんなさい」
言わせたのは私だ。話させたのは私だ。
「気にしないで。過去は変えられない。本当は咲楽ちゃんに触れるのも駄目かもしれないけどね」
「そんなこと言わないでください」
大和さんの心の傷を抉ってしまったかもしれない。そう思ったら後悔が込み上げてきた。
「大和さん、好きです」
「そう言ってくれるの?俺の事、怖くない?」
「大和さんは大和さんです。優しくて、いつも護ってくれて、格好良い大和さんです」
「ありがとう」
大和さんはそう言って、私に手を伸ばしかけて、その手を止めた。
だから私から抱きついた。
「命を守るための行動です。無抵抗の人だった訳じゃないんでしょう?私は紛争地帯とかよく分かりません。けど、人の生死が比べ物にならないほど身近だって言うのは分かります。命を守るために命を奪うと言うのは、罪深いことなのかもしれません。でもそうしなきゃ、意味無く殺される人がいたりするんですよね」
「咲楽ちゃんは優しいね。こんな俺でも赦されるのかな?」
「7神様が赦さなくても、私は赦します」
「そんなこと言っちゃ駄目だよ」
「大和さんが過去の事を楽しんでたら、こんなこと言いません」
大和さんは黙って抱き締め返してくれた。
ーーー異世界転移42日目終了ーーー




