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ゴットハルトさんの言った『早く結婚すれば良いのに』って言葉と大和さんの『咲楽ちゃん次第』って言う言葉を思い出す瞬間があって、患者さんが途切れると考え込んでしまう。
こんな事じゃいけない。他に考えるべき事があったはず。
っていっても思い付くのは黒猫さんの事、アッシュさんの事、星見の祭の刺繍……。
気を紛らわせるために、星見の祭の為の刺繍の図案を考えてみた。7神様の色と、折鶴を刺繍することは決めている。どういう図案にするかなんだけど……。
患者さんが途切れたから、スヌードの仕上げをしながらデザインを考えていた。
あの日、奉納舞の朝に見た朝日の広がる様子が、思い浮かんだ。中心に折鶴を置いて、中心から8等分になるように線を引く。少しずつずらして7つに分けたら、7神様の色の補色を背景に7神様の色を入れていく。
あのとき見た大和さんの周りに現れた光の位置を思い出して、刺繍の色を決める。7神様の色は上に金、右手に赤、緑、紫に近い黒、左手に黄、青、白だった。金の補色は銀?かな。赤の補色は青か緑。少し薄い緑かな。緑の補色は赤。だけど、コーラルピンクみたいな色があったらそっちの方がいいかも。黒の補色は白だけど、これもクリーム色、かな。黄色の補色は青。これも水色にする。青の補色は黄色だけど、オレンジにしよう。白の補色は黒……んー。紫かな。
出来上がったデザインは満足の行くものだったけれど、これって絶対に時間がかかるよね。
今日、刺繍糸は買えるかな。布も買わなきゃ。
時折みえる患者さんの診察をして、デザインは決めちゃったから、症例集を読んでいた。
5の鐘がなって、着替えて外に出る。刺繍糸が欲しいから、ローズさんとライルさんと一緒に王宮方面に歩いていった。
「今度は何を作るの?」
「刺繍です。たくさん色が要るので」
「へぇ。どんな図柄?」
「内緒です」
「教えなさい」
ローズさん、顔が笑ってます。
「駄目です」
「ほら、道路の真ん中ではしゃがない。トキワ殿も笑ってないで止めてください」
顔をあげると、笑ってる大和さんがいた。
「お疲れ様。ずいぶん楽しそうだね」
「大和さんもお疲れ様です」
「サクラちゃん、教えなさい~」
「教えません。大和さん、刺繍糸が欲しいので、ジェイド商会に寄って良いですか?」
「いいよ。ところで何を教えるの?」
「刺繍のデザインを教えろって絡まれてるんです」
「あぁ、なるほど」
4人で歩き出した。
「今朝の猫さんはどうなったんですか?」
「研究所に送るんだけど、魔術師筆頭殿がずいぶん気に入ったようでね。引き取っていった」
「魔術師というと、黒猫ってイメージがあります」
「どっちかって言うと魔女じゃない?」
「なぁに?そんなイメージなの?」
「魔女って?」
ローズさんとライルさんの声が同時に聞こえた。
「魔女は……なんでしょう?」
「咲楽ちゃん……」
「とんがり帽子でワシ鼻の、ホウキに乗ったおばあさんってしか知りません」
「超自然的な力で人畜に害を及ぼすとされた人間、または妖術を行使する者、だよ。魔女、ウィッチだと女性を指すけれど、男性はウィザードと呼ばれたりもする。この世界だと魔術師が一番近いかな?でも、ほぼ全員が魔法を使えるから、そういう概念はないだろうね」
大和さんが私を見て続ける。
「黒猫はその魔女の使い魔とされることが多い。一般的に魔女っていうのは闇に属する、と言われていたから、闇=黒だったんだろうね。ちなみに白魔女もいるよ」
へぇ。って感心してたら、大和さんに頭を撫でられた。
「咲楽ちゃんのイメージだと、ホウキに乗った女の子もそうなんじゃない?」
「そうですね。赤いリボンの魔女っ子ちゃん」
「それも元の世界の想像の物?」
「魔女は居ましたよ。空を飛んだり魔法を使うというのではなくて、薬学に精通していたり、超自然的な力を研究する人、占い師もそうだったかな?」
「想像の物じゃないのね」
ジェイド商会に着いた。早速アレクサンドラさんの所に行って刺繍糸を見せてもらう。たくさんの色を買ったから、何に使うのか、って迫られた。ついでにお弁当包み位の白い布を買ったら、アレクサンドラさんがいろんなハギレをたくさんくれた。
ジェイド商会を出て、市場に行く。
「で?何を作る気なの?」
「星見の祭の出品作です。なにか作ってみない?って誘われたので」
「3人娘か」
「3人娘って……確かにそうですけど」
「本人達の前では言わないよ。俺にも怖いものはある」
「怖いって……」
「女性も1人2人ならなんとかあしらえるけどね。3人以上になると何故か迫力が違うから」
「そんなものですか?大和さんなら何とかしそうです」
「何とかって。物理を使うわけにいかないでしょ」
「物理?物理学ですか?」
「違う違う。殴っちゃ駄目ってこと」
「当たり前です」
「男性だとその方が早い時があるんだけどね」
「それって『夕陽の河原で殴りあって友情を確かめるアレ』ってやつですか?」
「昭和な発想だね。そうじゃなくて、力で分からせるって事」
「それって……」
「あまり誉められる事じゃないけどね」
市場でパンと野菜とお肉を買う。お店を見ていたらお酒の所で大和さんが立ち止まった。
「買ってく?」
「買いません」
「料理に使うとか」
「使いますけどね。今は買いません」
お肉を焼くときにブランデーとかをかけて、フランベするっていうのは知ってる。けど、一般的にはやらないよね。お菓子には使うのもあるけど。
「そう?買って良い?」
「何を買うんですか?」
「ブランデーっぽいのって無いかな?」
「あの蜂蜜酒って美味しかったです」
「あれ、けっこう度数高いよ」
「そうなんですか?」
「普通は水や炭酸水で割って飲むね」
「いらっしゃい」
お店の人に声をかけられた。
「ワインを蒸留したものはあるか?」
「あぁ、それなら、これですね。もっと強いのもありますけど?」
大和さんがちらっとこっちを見たから、首を振っておいた。
「残念。許可が降りなかった」
「あはは。一本で良いですか?」
「口当たりの良い弱いのは?」
「それならこれかな?」
おすすめされたのはオレンジ色のきれいなお酒。あれ?これって……。
「オランジュの果汁、かな?」
「そうです。試飲してみます?」
再びちらっとこっちを見る大和さん。
「止めとこう。買うけどね」
「ありがとうございます」
大和さんが店員さんと何かを話してる間に、私は文具の店を見ていた。前に見た店はペンと紙だけだったけど、こっちには色鉛筆みたいなのも売っていた。色鉛筆と定規を買って、店を出ると大和さんが待っていてくれた。
「欲しいの、あった?」
「はい。お待たせしました」
「行こうか」
何故か回りを見渡して、大和さんがそう言った。
「何かあったんですか?」
「咲楽ちゃん、狙われてたよ」
「狙われ……えっ?」
「ナンパ目的かな?」
「すみません」
「俺も目を離したから。ごめんね」
「いいえ」
しっかりと手を繋いで市場を出る。
家に向かう途中で聞いてみた。
「大和さん、さっきのお酒屋さんで、何を聞いてたんですか?」
「カクテルの道具がないか聞いてた」
「カクテルの道具?」
「シェーカーとかメジャーカップとかね」
「カクテル、作れるんですか?」
「細かいのは知らないよ」
つまり作れるんですね。
家に入って着替えてお夕飯の支度。
「大和さん、アッシュさんの話っていつにするんですか?」
「今朝、決めた。闇の日が良いらしい」
「じゃあ、私もってことですか?」
「どうしても咲楽ちゃんに聞いて欲しいらしいね」
「私にって、確かにずっと『赦すと言って欲しい』って言われてましたけど」
今日のお夕飯は深めのお皿に野菜と薄切りのお肉を重ねて蒸したもの。神殿の食堂のおばちゃんに教えてもらった。ソースは何でもさっぱり食べられるって言ってたけど、果汁とスパイスでなんちゃって塩ダレを作ってみた。
夕食を食べながら、話をする。
「大和さん、今朝、決めたって言ってましたけど、走ってるときですか?」
「ストレッチをさせながら話した」
「あぁ、あのストレッチの時。え?そんな話してたんですか?」
「ストレッチの指導って、大抵1対1だから、内緒話をするのに向いてるんだよ」
「だからストレッチをさせたんですか?」
「だからって訳じゃないよ。走った後はちゃんと解さないといけないからね」
「それはそうですけど」
「それよりこれ、美味しいね」
「神殿の食堂のおばちゃんに教えてもらったんです。ソースはなんちゃって塩ダレですけど」
「さっぱりしてるね」
「もっとこってりしてた方がいいですか?」
「これくらいがちょうど良い」
食べ終わって、大和さんがお皿を洗ってくれる。私はダイニングのテーブルで、デザインの清書をしていたけど迷ってきた。補色背景じゃなくて、単一の方がいいかも?
「何を描いているの?」
後ろから覗き込まれた。
「刺繍のデザイン画です」
「折鶴?に7色って……」
「星見の祭の出品作です」
「よくこんなの思い付くね」
「大和さんの剣舞を見て、思い付きました」
「俺の?」
「折鶴が大和さんです。この世界がその回りの7色です」
「咲楽ちゃんは?」
「……えっと、折鶴で2羽のってあるんですけど、図案化するのが難しくって」
「あるんだ。どんなの?」
「連鶴です。妹背山って言うんですけど」
「名前からして夫婦和合かな?」
「そうです」
「折れる?」
「折れますけど。見たいですか?」
「見たい。見せて?」
大和さんのおねだりに負けた形で、連鶴を折り始める。
「片方が違う色の紙だと、もっと綺麗なんですけど」
「あぁ、なるほどね。色を塗るしかないのかな?」
「もしくは染めるか、ですか」
「これだと片方は赤系が良いね」
「そうなんです」
「染色は知らないなぁ」
「私も草木染は分からないです。染め粉を使ったのならしたことがありますけど」
「咲楽ちゃんは何でも出来るね」
「大和さん程じゃないです」
「俺のは趣味の範囲。実用的じゃない」
「趣味の範囲?趣味にしては本格的ですよね」
連鶴が折りあがった。
「出来上がりです」
「これって羽が繋がってるの?」
「はい」
「折り方を見てても理解できなかった」
大和さんは連鶴を色々ひっくり返したりして見ていた。
「大抵は構造を見たら理解できるんだけどね」
ちょっと悔しそうに大和さんが言う。
「構造を見たら理解できる?」
「もちろん、見ただけで作れるって訳じゃないよ。どこがどう繋がってるのか、とか、どうすればこの形になるとかね」
「そう言うことですか。私も折図とか見たら大体わかります」
友人が「折図を見て折り紙を折れる人間は、初見のレシピで料理が作れる」って力説してたなぁ。
「なんか負けた気がする」
そう呟いて、大和さんはお風呂に行った。
スープの仕込みをしてしまおう。野菜とウィンナーを食料庫から出して、野菜を刻む。
大和さんは「負けた気がする」って言ってたけど、それを言うなら大和さんにしか出来ないことはたくさんあるし、私にはできないことだらけだ。
大和さんって負けず嫌いなのかな?
スープの仕込みを終えて、結界具を確認して、自室でパジャマを用意する。
白ネコパジャマはしばらく封印。
そう思ってたのに。
「咲楽ちゃん、今日も白ネコちゃんにするの?」
ってウキウキした声で言われた。
「今日も、ですか?今日は普通のです」
「それは残念」
「残念って……」
なんだろう。吹っ切れたって言うか、振り切れたって言うか。大和さんってこんな感じだったっけ?
それでも可愛いって思ってしまう。本人には言わないようにするけど。
普通のいつものパジャマを着て寝室に行くと、大和さんに手招きされた。
ベッドに上がると抱き寄せられた。
「昨日の白ネコちゃんは可愛かった」
「でもしばらく封印します」
「えぇぇ……」
しばらく頭を撫でられてた。
「大和さん、聞きたいんですけど」
「ん?何?」
「大和さんのお母様って話に出てきませんけど」
大和さんの手が止まった。
「小学校に上がる頃に亡くなった」
「すみません」
「何故謝るの?」
「無神経な事を聞いてしまいました」
「その事を知ってて言うなら無神経だろうけど、咲楽ちゃんはそうじゃないでしょ」
「はい」
「そんなに泣きそうな顔、しなくても」
ぎゅって抱き付いてみた。
「母がいなくても女子衆がたくさん居たしね。瞑想をして「近寄りがたい」って避けられるまでは、けっこう構われていたし」
「悲しくなかったんですか?」
「元々身体が弱い人だったし、これで母は苦しまなくてすむんだな、って思った。泣かない俺を見て、じい様が心配したのか、やたらと構うようになったけど、あのじい様の「構う」は鍛練だから、さんざん打ち込まれて、親父に説教されてた」
あははっと笑う大和さんに無理してる感じはない。
「まだ安心できない?」
「私は祖母が亡くなったとき、悲しかったんです」
「普通の感情だと思うけど?」
「でも、もし母が亡くなったらって思っても、悲しくないんです」
「そうなんだ」
「おかしいですよね」
「別におかしくないんじゃない?俺は咲楽ちゃんの家族を知らない。咲楽ちゃんから聞いたことだけだ。それでも随分な家庭環境だって思う。咲楽ちゃんが虚言癖があったりってことも考えたけど、咲楽ちゃんはそんな娘じゃない。どこまでも真っ直ぐに他人を思いやれる娘だ」
「父はほぼ家に居なかったです。外で何をしていたかも知りません。母はお金で男の人と仲良くしてました。兄には物みたいに扱われてて……」
「咲楽ちゃん、もういいから」
「物心着いたときには、祖母の家にいました。小学校に上がる頃に戻されたけど、ずっと他人の中に居るようで……」
「咲楽ちゃん、もういい。もう話さなくて良い。俺が居るから。咲楽ちゃんは絶対に護るから」
大和さんが一生懸命止めてくれた。
「怖いんです。大和さんと結婚とか、みんな言ってくれるけど、怖いんです」
「朝のゴットハルトの言葉か。あれがトリガーだったんだね」
大和さんはずっと抱き締めて背中を撫でてくれていた。
ーーー異世界転移41日目終了ーーー




