大和と咲楽の消えた世界
大和と咲楽の家庭状況です。
咲楽の方が短いのは書いてて、ムカついてきたせいです。
大和サイドの状況
「隼人さん、大和がいません!!」
あの日、突然そんな声が響いた。声の主は大和の側仕えの諒平だ。
「大和がいない?また山でも走りに行ってるんじゃないのか?」
暢気に返事をした俺に対して、苛立ちを隠すことなく諒平が告げる。
「そのくらいとっくに思い付いて、何人かでいつものコースを3往復して探しました。でも居ないんです。今日は街に出る予定で車を出してましたが、側仕えの者が2人付いてたんです。ところが2人共が消えたとしか思えない状況だと言ってます。目を離したのは2秒もなかったと」
弟、大和が消えた。何があったのかは分からない。忽然と姿を消した。
我が家は地元の名家の1つだ。山の神々に舞を奉納する祭祀を執り行う神官系ではあるが、特に祝詞等を唱えるわけではない。あくまでも舞によって神を慰め、奉る一族だ。その為屋敷もかなりの山の奥に建っている。
ウチの主な舞は剣舞だ。大和は小さい頃から天才だ、と言われていた。小学生の頃の『春の舞』『秋の舞』を始め、中学生の頃には精神的に難易度が高い『夏の舞』『冬の舞』、高校生の頃には難易度が抜群に高く、長く舞われることのなかった、『幻』とさえ言われた『四季の舞』を完全な形で舞っていて、先々代から我が家に居る長老格の爺さんがそれを見て興奮して大変だった、と、世話係の男子衆と、女子衆が言っていたらしい。
ただ、大和の才能は尋常じゃない努力によるものだ。本人の才能はあったのだろう。だが、決してそれだけではない。学校の時間以外は鍛練をしていた。舞うのが楽しいと、剣舞のために二刀流も修行していた。本人は「難しいと言われるとやりたくなる」と、飄々としていたが。
そんな弟にコンプレックスが無かった訳じゃない。しかし、好きな事とはいえ、あそこまで鍛練にのめり込む大和を見ていると、そんな思いはいつのまにか消えた。
伝えられている『四季の舞』は難易度がかなり高いが、何よりも難しいのは体力をかなり使うという事だ。時間にして約20分。その中で舞われる『春』『夏』『秋』『冬』。特に『夏』と『冬』は精神的に引きずられる者が多い。『夏』の解放感で争いを好むようになり、女性を求めるようになる。『冬』の凍てつく寒さに心まで凍らせ、人を傷つける事をも厭わなくなる。
殆どの人が精神的に引きずられ、一族の者によって取り押さえられ強制的な精神矯正をされる者が多い中、それを必要とせず僅か高校生の身で完成させた『四季の舞』。それを見た一部の者が「弟、大和を次期当主に」と、言い出したのは必然だったのだろう。『夏』の修得時には喧嘩っ早くなり離れに軟禁したくらいはあったが、あれは軽い方だ。実際に軟禁は1日だけだったが、本人が剣舞と武術の間に勝手に部屋に籠ってたと、側仕えが言ってたし、酷い奴の中には座敷牢に監禁した、と聞いたこともあった位なのだから。
ただ、一族の中枢を担う男子は、高校卒業と共に海外に修行に出される。大和も修行としてじい様の知り合いの傭兵部隊に預けられた。期間は5年。のはずだった。テロ行為の激化だなんだと理由を付けられ、大和が帰ってきたのは28歳の時。実に10年が経ってからだった。
送迎してきた傭兵部隊の男の話によると、海外でも舞の修行はしてたらしく、武術的なセンスに惚れ込んだ隊長が帰国を伸ばさせた、との事だった。人の弟を一体なんだと思っていたのか。大和は大切な弟だ。一族にとっても宝だ。
「隼人さん、最近大和さんの行動がおかしいです」
困惑したような男子衆の言葉が聞かれ始めたのは、今年の春の例祭の後からだった。あれだけ毎日していた舞の修行を全くせず、剣術と体術のみを鍛練していると。
大和の幼馴染み兼側仕えの諒平に話を聞くと、頭の痛い答えが返ってきた。
「大和は春の例祭の後、一族の一部の者に言われたんですよ。『当主には貴方こそ相応しい』と。それを大和は拒否した。『当主には兄貴がいる。兄貴の方が相応しい』と。それでもしつこく言ってくる奴がいましてね。舞によって目を付けられたのだから、舞わなけりゃいいと、そう言ってました」
大和は当主だ、権力だといったことに拘らない。どちらかと言えば面倒事は避けて通るか叩き潰す性分だ。今回は避ける方向らしいが、アイツ等がこのまま引くとは思えない。
勝負をして大和が熱くなったのは1度だけだ。
大和が中学、俺が高校だったか。修行で走ってた山の途中で親父が「2人で勝負だ!!兄弟対決って良いよな」なんて面白がって言い出して、俺の側を通り抜けた大和が消えた。正確には滑落した。10m程の崖を転落した。幸い頭は守っていたが、横たわった大和の脇腹から灌木が突き出ていたのを見たときは大和の死を覚悟した。直ぐに知らせて「落ちるなんて情けない」なんて笑ってた親父も、大和の状態を見て絶句していた。
救急車で運んだ先で緊急手術。主治医から「もう少し到着が遅かったら命が危なかった」と、言われたが、本人は3日後には起き上がって歩くという驚異の回復を見せた。もちろん医者や看護師に怒られていたが「動きたい」と言ってその後も歩き回っていた。「体力があるからこそ出来ることです」と言う、主治医のどこか呆れた言葉と共に退院した大和は、傷が完全に塞がっていないにも関わらず剣の鍛練と剣舞の修行を再開し、周囲を呆れさせた。せめて傷が塞がるまで待てば良かったのに、退院の翌日から剣術の鍛練と剣舞の修行を開始した。親父が止めたが無駄だったようだ。流石に体術の鍛練は強制的に辞めさせた。ただ、治りきっていない状態での動きだったせいか、結構目立つ傷痕が残った。
その頃から勝負事に拘りを見せなくなり、自分の剣舞の世界に入り込むようになった。他人にはそれなりの対応しかしなくなり、剣舞と武術以外に関心を見せなくなった。
心配した諒平に街に連れ出されるときも「一緒に着いて行ってあげてる」といった態度だった。
大和が高校に入ってからの事は知らない。その頃には海外にいたし、俺が帰国したときには大和も海外だった。それが10年も掛かるとは思ってなかったが。
大和が居た傭兵部隊はずいぶん世界中を飛び回ったらしい。発展途上国と言われる国や紛争地帯を転々とし、アマゾンまで行ったと聞いた。一体何をしに行ったんだか。俺が高校の時に亡くなったじい様は、遺言のように大和の入る傭兵団を指示していった。『知り合いの傭兵団』としか言わなかったが、どうやら普通の傭兵団ではなかったようだ。
アマゾンはともかく、発展途上と言われる国や紛争地帯の難民キャンプでの事は聞いたが、俺はいまいちピンと来てなかった。難民対策やスラム街の対策なんて当時の俺には関係ない事だったからだ。実際に見てきた大和はそれについて真剣に考えてたようだ。「自分の救える命は多くない。無力感を感じる」と、言っていた、と後で諒平に聞いた。
親父が当主引退を言い出し、次期当主に俺が内定していたその事態に横槍を入れてきた連中が、何をしたかったのかは分からない。こんな山奥の一族の利権争いなんて意味はないだろうに。大和なら付いていく奴も多いし、運営面は俺が見ればいい。そうも思った。大和にその気がなかったようだが。
そんな状況の中消えた大和。いつも大和の行動を把握している諒平も、その日の行動は把握してないと言っていた。
本当に前触れもなく、大和は消えた。
後継者争いにイヤ気が差しての失踪だとか、利権を求めた連中を黙らせるために姿を消した、あるいは本人に自覚はないものの女性にモテていたから駆け落ちした等、色々な憶測は立ったものの決定的な理由もわからず、行方の手がかりも1ヶ月以上経った今も掴めていない。
大和が修行の一環で瞑想をしている時、近寄り難いと言われていたが、遠巻きにしながらも女性が熱い視線を送っていたのは知っている。あれは近寄り難いと言うよりは神々しいと言うか畏れ多くて近寄れなかっただけだと思っている。
その位大和の瞑想姿は別次元と言う感じだった。その状態で舞われる剣舞。魅了されない者が居ない訳無いじゃないか。
一族の話として、舞を神々に捧げる際の媒体として龍が存在する、と言われている。現在は居ないが超常のモノを見ると言われる榛色の瞳をもつ人物が過去に何人も見ている現象だ。大和には何らかの龍が宿っていたと今でも信じている。
『春は翠龍、夏は緋龍、秋は黄龍、冬は黒龍、四季の舞の時はすべてが合わさって白龍となる』と言われている。
大和の舞は『春』は華やかに、『夏』は情熱的に、『秋』は優雅に凛として、『冬』は厳しく。見事に己の中の四季を体現していた。
男子衆や女子衆の中にはファンクラブのようなものを作っていた者も居たくらいだ。本人には知られないようにしていたらしいが。
大和が消えたことによって後継者争いは一応の決着を見せた。ただ、大和の捜索は続けている。大和が所属していた傭兵部隊からも何人かが訪れ、山狩りなんかも行った。残った傭兵部隊の人間は国の内外問わず情報収集をしてくれているらしい。その中に同じ日に失踪した女の子の情報もあったが、いくらなんでもこの子は関係ないだろう。大和よりも10歳も下だし、諒平を始めとする側仕えの者達も写真を見て見覚えがないと言っていた。どこかで会っていたと言う可能性もないらしい。
しかしこの情報、どうやって得たのか。どう考えても警察情報だろう。
一体どこに行ったのか。男子衆の若い者の中には「異世界転移をした」と言い出す者も居る。よくそういった本を貸していた、と。
それでも良い。大和なら異世界でもやっていけると言う確信がなぜかある。
俺よりも剣技も体術も、もちろん剣舞の才能も上だし、傭兵時代に異常事態に対する対処法も叩き込まれた、と言っていた。
兄として心配はしている。どこでも良いから元気でいて欲しいと思う。
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咲楽サイドの事情
咲楽が待ち合わせに来なかった。あの律儀に約束を守る子が待ち合わせをすっぽかす、何てあり得ない。
またあの兄が妨害してるんじゃないでしょうね。
念の為に咲楽を心配する何人かと咲楽の家に向かう。
私と咲楽は高校で知り合った。入学式で見かけた、今時珍しい黒髪のストレートは肩で切り揃えられていた。もったいない。もっと伸ばしたら、今より似合うのに。そう思って声をかけると、何故か逃げようとした。
「どうして逃げるのよ!!」
少し言葉は強くなっていたかもしれない。その声に見開いた彼女の眼は黒じゃなかった。ヘーゼルって言うのかな。
「綺麗……」
そう呟いた私に返ってきたのは予想外の言葉だった。
「ごめんなさい」
そう、謝ったのだ。綺麗と言われて謝る。どうして?それがこの子をもっと知りたい、そう思うきっかけだった。
咲楽は「儚い」といった言葉が似合う子だ。私は運動が好きで、よく「気が強い」と言われてきた。性格は真反対。私が一方的に構っていたのかもしれないけれど、咲楽も打ち解けてくれて、咲楽と友人になれて嬉しかった。
咲楽の家は昔は地主だったようだ。昔はと言ったことから分かるように、今は普通のサラリーマン家庭。ただ、先祖が残した土地の収入があるらしく一般より裕福だ。
家族は家庭を省みない父親と、男にだらしない母親、5歳上の穀潰しの兄。
本当にあの優しい子があの家庭で育ったなんて信じられない。
本人には自覚は無かったし、男性恐怖症もあったから知らないだろうけど、咲楽はモテる。高校では『見守る会』なんてストーカー紛いのファンクラブが存在していた。本人は知らなかったと思う。高校の事件の時知らせてくれたのがそいつ等だった。助けたのは別の人だったけど。
一緒に来てもらったのは家庭問題に強い弁護士さんと、昔空手をやっていたと言う弁護士さんの知人2人。後は看護学科のクラスメイト3人。
家に着いてチャイムを押すと出てきたのはあのいけすかない兄。コイツは27にもなって働いていない。ニートと言われる人に失礼な位、家庭内で威張り散らしているだけの穀潰しだ。
本人は優秀だと言い張るが、この辺りでも有名な底辺学校(金さえあれば卒業できる)を、お情けで卒業させてもらったというのは、近所では誰でも知っている。
「咲楽ちゃんはどこ?」
そういった私にアイツは気持ち悪い笑顔で言った。
「葵ちゃん、来てくれたんだね。ソイツ等はなんだい?ボクへの忠誠を誓う奴らかい?」
はい、アウト~!!相変わらず気持ち悪いことを言う。頭が沸いてるとしか思えない。
「咲楽ちゃんを出して」
「知らないよ。あんな出来損ない。オモチャにもなりゃしないんだから」
この時点でキレなかった自分を誉めてやりたい。
ここで母親登場。この母親も金だけはあるから、男の人を連れ込んでたりする、信じられない化粧オバケのオバサンだ。
「なんなの?またアレが何か迷惑をかけたの?」
「待ち合わせに現れませんでした。咲楽ちゃんが約束をすっぽかすなんて考えられない。何かあったに決まってるわ」
「知らないわよ。どっかにシケこんでんじゃないの?」
そりゃアンタでしょ。呆れて物が言えなくなる。しばらく口論してたけどこっそり庭に入り込んでた子達が咲楽のいる気配がない、何て言ってきたので一旦引き上げることに。
弁護士さんが「もし行方不明となってなにもしていなかったら、このご家庭は非難に晒されるでしょうね」と言って捜索願いを出させることに成功。相変わらず見栄っ張りだけはご立派だ。
一応私達でも警察には知らせておいたけど、私達は家族ではないと言う理由で事務的な処理をされただけだった。
その後、皆で待ち合わせ場所までを探しながら歩いた。
それから私達はビラを制作。警察の許可をとって待ち合わせ場所付近で聞き込みをした。でもなんの手掛かりも得られない。
誘拐の可能性も考えたけど、弁護士さんの考えだとその可能性は低い、との事。
咲楽は目の色が珍しいから、小さい頃から虐められていたと、咲楽の小学校の同級生に聞いた。その子は違う高校に通ってて、偶然知り合った子だった。
中学校の頃には数名の虐めっ子に、廃工場に連れ込まれたあげく追いかけ回され、乱暴されそうになった、ともその子から聞いた。犯人達はもちろん捕まって、少年院送りになったヤツも居たらしい。咲楽が虐められてるのを見ているしかできなかった、と泣きじゃくるその子に当時は怒りも覚えた。担任に言うくらい出来たでしょ、と。担任に言って矛先が自分に向くのが怖かった、と言われても私だったら担任に言うだけでなく、OHANASIをして止めさせたのに、と思ったことを覚えている。
弁護士さんにその話をして「何ができて、何が出来ないって言うのは人によって違うからね。気の弱い子がそう思ってしまうのは仕方がないよ」と言われて納得してしまったけど。
高校の時には狭い空間に閉じ込められて、怯える彼女を見て笑ってる奴らに捕まった。そのとき助けてくれたのが空手をやっていた、と言うお兄さん2人と弁護士さん。あの時はすべてに怯えていて、殻に閉じ籠ってしまった。当然、あの家族が面倒を見るわけがない。ただでさえネグレストを地で行っている家族だ。長期休みの最初の頃だったから、弁護士さんがあの家族と話をつけ、弁護士さんの知り合いの物だ、と言う別荘で療養させることにした。
メンバーは高校に入ってから仲良くなった友人と、助けてくれたお兄さん2人と弁護士さん。お兄さん2人は怖がらせないように、と極力咲楽から見えない所に居てくれた。毎日話しかけ、独りにさせないように夜も女の子数人で一緒に寝た。その甲斐あってか長期休み終了前には殻から出てきてくれた。
その後も私達は同じ進路を選び、もう少しで国家試験と言うタイミングで咲楽は失踪した。
理由はあの家族しか考えられないけど、弁護士さんの話ではいつも通りの日常を送っていて、特段変わった様子は見られない、と言っていた。
ラノベをよく貸していた、と言う友人は異世界転移、何て言っている。
あの優しい子がそんなところでやっていけるのか疑問だけど、それでもあの家族から離れられたのだとしたら、異世界でも良いのかもしれない。願わくばあの子を護ってくれる存在がいて欲しい。咲楽が幸せでいてくれるのなら、笑顔でいてくれるのなら、どこでいても良いと思う。
あれから1ヶ月以上が過ぎたけど、咲楽の手掛かりは見つかっていないままだ。




