奉納舞時の大和視点
大和の潔斎から奉納舞が終わるまでです。
精進潔斎、直会等出てきますが、作者は実際にやったことはありません。お上人様に聞いたことがあるだけです。しかもかなりアレンジしてて、お上人様が読んだら笑うか怒るか……笑って欲しいなぁ……。
奉納舞の為、精進潔斎を、と決めたのは自分だった。ただ、ここは異世界で、家でやってたように聖域を作り、その中で己の中の穢れを祓うということは出来ない。スティーリアやエリアリール様にでも頼めば聖域は作れたのかもしれないが、それでは自分が落ち着けない。
考えた結果、神殿練兵場の個人練習室を借りて、四方に盛り塩をし、簡易的な聖域を作ることにした。
団長に話を通し、練習場を借りる了解を得る。「そこまでするのか」と驚かれたが、自分のケジメだと言って了解してもらった。
食事は咲楽ちゃんに頼み、野菜のみのスープとパンを用意して貰った。彼女も今頃は神殿の一室で衣装部の女性陣と居ることだろう。彼女達に預けておけば安心だ。あの女性達はこっちの事情を知った上で、咲楽ちゃんに普通に接してくれる。その意味では施療院の人達も同様だ。
プロクスとゴットハルトが個人練習場に入ってきた。彼等には介添役を頼んである。
「ヤマト、食事と衣装が届いた」
ゴットハルトが心底楽しいといった口調で食事を差し出す。
「それと、シロヤマ嬢から伝言だ。『ご成功をお祈りしています』ってさ」
咲楽ちゃんの言葉が心に染み渡った。ゴットハルトから咲楽ちゃんに浄化をかけてもらった水を受け取り、一気に呷る。
プロクスの手に持っているのは明日の衣装だろう。食事を終え、衣装を見て思わず苦笑した。
今回の衣装はどうやら咲楽ちゃんの仕業らしいが、白の詰襟の軍服なんてどこから思い付いたのやら。
「これは元の世界のデザインですか?」
「そうだな。多分咲楽ちゃんの仕業だ」
こういった軍服はあちらで何度か着させられた。スルタンへの拝謁だから見映えがどうの、と言っていたが、あれは体の良い着せ替え人形にさせられただけだろう。最終的にはアラブの民族衣装とかも出てきたし。実際にかなり本気で抵抗したら、それからは着せ替えが無くなった。
俺は敷物を敷いた地面に座って、プロクスとゴットハルトは椅子に座って話をする。
2人は自分も敷物に、と言ってくれたが、そこまで付き合わせるのも悪いし、俺が地面に座っているのは一応訳がある。
「悪いな、2人共付き合わせて」
俺がそう言うと2人は顔を見合わせて言った。
「別に悪いなんて思わなくても良いですよ」
「貴重な体験をさせてもらっていると思ってる。ただ、こういうときはシロヤマ嬢を同席させるのかと思っていた。ヤマトは彼女を側から離さないと思っていたから」
「女性が祭祀に参加するなら構わないが、家では基本的に男性のみだったな」
「それはなぜだ?」
「剣舞を修めるのが基本的に男性だという点が一つ、山の神が女性神でその場に女性を入れると怒りを買う、という建前が一つ、潔斎時に女性に触れることがないように、という配慮が一つだな」
「女性に触れることがないように、と言うのは女性を下に見ているからですか?」
プロクスがやや険を含んだ声で言う。
「確かにそういう考えの所もあるが、家の考えは違う。女性は命を産み出すことのできる唯一の存在だ。男性はそれに引き寄せられる。潔斎の場でそういったことがないように、というどちらかと言えば男性への配慮だな」
「なるほど。女性は尊い者、ですか」
この世界では女性蔑視、男女差別というのは少ないらしい。無い、と言いきれないのは、そう言った考えを持つ男性、特に貴族が少数居るからだとか。
「私は支えあっていく方が良いと思うのですけどね」
「そういう考えは理解できないよな」
日本では「女が表に居た方が上手くいく」という所もあるらしい。旅館や料亭で表に出るのが女将だというのはそれが理由だと言っていた。
7の鐘が鳴った。
「2人共、眠かったら寝ても良いぞ」
そう言ったのだが2人共まだ寝ないという。ゴットハルトに至っては「こんな楽しい時に寝てられるか」と言ってきた。楽しいか?下世話な話はしてはいけない、ということになっているから野郎3人で色気の無い話をしているが。
ゴットハルトの楽しそうな顔を見ていて思い出した。あの時の、俺の事を根掘り葉掘り聞いてきた、あの眼。あれは諒平以外の側仕えの者が時折見せていた眼だ。憧憬のような、嫉妬のような、羨望のようなそんなモノの入り交じった眼。
この世界の事、俺の知っている世界の事を話していると8の鐘が鳴った。眠らない、と言っていた2人も眠そうにしだした。
「少し仮眠をとってくれ。寝不足では申し訳がない」
そう言うと2人共やっと寝てくれた。
頭を奉納舞の際の状態に切り替える。あくまでも自然体、力みすぎず、かといって脱力しすぎず。精神と身体をその状態に近付けていく。
この世界に俺達を受け入れてくれた、そして咲楽ちゃんに会わせてくれた存在に感謝を。日々の暮らしの中で会った人々に感謝を。平穏な日を送れていることに感謝を。そう唱えながら瞑想に入る。五感を拡げ、この世界を感じ、己の中に取り込み一体化させる。これが俺が地面に座っていた理由だ。己の意識は極力押さえ込み見えているのに見ていない、聞こえているのに聞いていない状態にしていく。この瞬間は嫌いじゃない。あまり深く潜りすぎると戻ってこれなくなるので注意が必要だが。
誰かが自分の前にいる。気配を感じるが近付いては来ない。
いつもより長い瞑想を行い、意識を浮上させるとゴットハルトが目の前に居た。
「ヤマト、だよな?」
おかしな事を聞く。俺以外のナニカに見えたのか。
「それ以外の 何かに見えたか?」
「雰囲気が違うものだから」
「雰囲気が違う?」
「なんというか近付いてはいけない、近付いてこのヤマトを変えたくない、と感じになる。ヤマトを中心に独特の世界があって、それを壊したくないというか……」
「それにしては近付いていたな」
そう笑ってやるとちょっと怒ったように言った。
「そこにいるのに居ない感じがしたから、確かめようと思っただけだ」
1の鐘と同時に朝食をいただく。咲楽ちゃんの作ってくれた、優しい味のスープとパン。プロクスとゴットハルトも同じものを食べている。外に出て違うものでも良いと言ったのだが2人共同じものを希望してきた。
「これだけではお腹が空きませんか?」
「普通に活動するなら足りないだろう。これも奉納前の儀式の一つだった。出来るだけ世俗の物を絶ち、神々の世界に近づく為にな。だから奉納、祭祀が終わると直会と言って人の世に戻ってきた証に酒を呑み、肉などの入った料理を食べる。最後は宴会になってしまうんだが」
本来の神事で行われる直会とは違う。まぁ、家でのやり方だしここは異世界だ。文句を言う奴もいないだろうからこれで良しとする。
夜間の暗かった個人練習場に朝日が差し込む。普段なら走っている時間に、こうして室内に居ることには若干の違和感は感じるが、これが春夏秋冬の祭祀の際の日常だったはずだ。春のあの出来事以来、夏の奉納舞には参加しなかったから違和感があるのだろう。参加しなかったのは当たり前だ。剣舞の修練なんてしていなかったのだから。
この世界に来たのは秋の例祭の前だったから、その修練もしていなかった。
奉納舞の直前にもう一度瞑想を行うことにして、3人で奉納舞の流れを確認する。口上の後、プロクスが鞘を受け取り、剣立に戻す。剣舞が終わるとゴットハルトが俺に鞘を渡す。本来は1人で良い介添役を2人に頼んだのは、ある意味の保険だ。2人居ればどちらかが飲まれても、フォロー出来るだろうという考えからだ。この2人、修練中の舞で飲まれているからな。剣舞の後、俺が戻ってこれなかった場合に備え、何度も確認してしまい、2人に呆れられた。
「そろそろ時間だ。用意は良いか?」
外から団長の声がする。それをきっかけに2人には外に出てもらい、衣装を着てから再度の瞑想に入る。この瞑想は毎朝やっていたものと同じだ。
やがて瞑想を解き、外に出る。
「似合ってるな」
団長に笑って言われた。
「知っていましたね?」
「デザインをシロヤマ嬢が書いたときに居たからな」
「やはり咲楽ちゃんの仕業でしたか。教えてくれてありがとうございます」
そう言って笑ってやる。団長が慌てて「俺は知らないぞ、何も言ってない」と言っているのが滑稽だ。俺が咲楽ちゃんに何かするわけがないだろう。
アインスタイ副団長が時間だ、と呼びに来る。王家の人間が席に着いたのだろう。
意識を切り替える。
「出ます」
短く一言、団長に告げ、舞台に歩を進める。
秋晴れの、雲一つ無い青天。主神リーリア様が関心を持たれた、とエリアリール様があの時言っていらしたが、この青天もリーリア様の仕業だろうか。
プロクスとゴットハルトに目線で合図をし、舞台に上がる。万雷の拍手が身を包む。こういった緊張感は久しぶりだ。
咲楽ちゃんをつい、探してしまう。居た。衣装部の3人と施療院の2人が一緒に居る。秋っぽいワンピースに俺の贈ったネックレスをつけていた。思わず頬が緩みそうになる。駄目だな、こんなことじゃ。気を引き締めて立礼をし、剣を取りに向かう。同時にプロクスが舞台に上がってくる。プロクスは剣立の側で待機。
鞘のままの剣を持ち胡座で座る。深呼吸を3回。奉納舞の際にいつもやってたルーティーンだ。
両手で剣を捧げ持ち、深く一礼。口上を述べる。周囲に響くように。決して叫ばず腹に力を込め、朗々と詠うように神々に己の素性を述べよ。口上の際の基本を思い出す。
『只今より、常磐流第28代が2子、常磐大和、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
再度深く礼をし、立ち上がり、剣を抜く。鞘をプロクスに渡し、構えに入る。
俺は超常のモノを見る力はない。だが、俺の周囲にその時7つの存在を確かに感じた。
春の暖かさ。厳しい冬の後に訪れる優しさ。命の息吹を感じさせる春。全てを包み込むかのような慈しみを感じられる春。
すべての事柄に感謝を。平穏な日を送れていることに感謝を。そして我々を見守り導いてくれる存在に感謝を。その思いを込め、自分にできうる全力を出しきり、剣を操り、舞を舞う。今出来る、最高の舞を神々に御覧いただく。
音の無い世界に時折、自分の振るう剣の音が響く。舞と対峙し、自分の世界を作る。舞うのが楽しい。こんな気持ちもしばらく忘れていたな。
この剣舞で幾人が春を、フラーを感じてくれるだろうか。咲楽ちゃんはまた枝垂桜を見ているのだろうか。そんなことを考えながらも、一挙手一投足に神経を使っていく。
舞い終わり、ゴットハルトが鞘を渡してくれる。良かった。飲まれ無かったようだな。鞘に剣を納め、正面に向き直り一礼し、舞台を降りる。
「実は危なかった」
ゴットハルトに舞台袖で言われた。
個人練習場に戻ると、少しして咲楽ちゃんが団長に連れられて入って来た。入って良いのか分からず入口付近でうろうろしていたらしい。
「大和さん」
優しい、包み込むような、彼女の声。俺にとっては春の日溜まりの暖かさだ。思わず抱き締めた。
「どうだった?」
そのままでそう聞くと、俺の腕の中で答えてくれた。
「素敵でした。いつもよりはっきり桜が見えました。花畑も見えましたけど。それと大和さんが剣舞を始める直前、口上を述べた直後に大和さんの上に金の光が、舞台の右手に赤と緑と紫に近い黒の光が、左手に黄と青と白の光が見えました」
「7神様が現れたかな?」
「分かりません。エリアリール様なら分かるかも知れませんけど、王家の方々と神殿の奥に行かれてしまわれましたし」
その後、神殿奥で王族と話をし、エリアリール様の若干しつこい要請を断り、酒場で団長達を酔い潰した。酔った咲楽ちゃんを抱き抱えて家に帰る。
酒場で薄めた蜂蜜酒を3杯飲んで、酔って寝てしまった咲楽ちゃん。ベッドであどけなく眠る彼女をしばらく眺める。薄めた蜂蜜酒3杯とか弱すぎるな。そんなところも可愛いが。
酒場で作ってもらってテイクアウトしてきた料理で夕食を済ませる。目を覚ました時の咲楽ちゃんの反応が楽しみだ。
蜂蜜酒を「弱いお酒」と言ったテイストで書いてますが、水、蜂蜜、酵母で作られる蜂蜜酒は、アルコール度数10%前後だそうです。
水や炭酸水、お湯割にして、飲んだりするそうですよ。
作者は飲んだことありません。