68
やっと、やっと、奉納舞当日です。
ここまで長かった……。まだ続きますけどね。
目覚めたら室内はまだ暗かった。日の出前だけど、外はだんだん明るくなってきている。
こういう時って暁とか黎明って言うんだって読んだことがある。
山の端から、朝日が昇ってくるのが見えた。放射状に光が広がっていく。
リリアさんが起きた。
「シロヤマさん、早いのね」
小声で言って、隣に座る。
「緊張してるんですかね。目が覚めちゃいました」
「晴れて良かったわね」
「はい」
「1の鐘から救護室で待機でしょ?朝食はどうするの?」
「どうしましょう」
「多分今の時間なら厨房のおばちゃんもみえてるわ。食べに行っちゃいましょう」
「コリンさんとミュゲさんは良いんですか?」
「お寝坊さんは放っておきましょ。はい、これ。着替えてね」
渡されたのは秋っぽいオレンジの長袖フレアワンピースと白いロングカーディガン。
「髪の毛のアレンジはミュゲがやるって言ってたんだけど、起きないわね」
そう言いながら、ツインテールにされた、らしい。だってこの部屋に鏡って無いし。
2人で食堂に行って、朝食をいただいて戻ってきたら、ちょうどコリンさんとミュゲさんが起きたところだった。
「おはようございます」
「どうして起こしてくれなかったの?」
ミュゲさんがリリアさんに抗議してる。
「朝食を食べてくるわ。戻ってきたら結い直すからね」
宣言して行っちゃったけど、そろそろ救護室に行かないと。
コリンさんに伝言を頼んで、リリアさんに救護室に案内してもらった。迷っちゃうのが目に見えてたからね。
救護室に着いたら所長が1人で準備をしていた。
「おはようございます。ナザル所長」
「おはよう。早いのう」
「お手伝いします」
リリアさんまで手伝ってくれた。ミュゲさんとルビーさんが同時に救護室に入ってきた。
「おはようございます」
「シロヤマさん、こっちに来てここに座って」
ミュゲさんの結い直しが始まった。結い直されたのはハーフアップのツインテール。翠と茶色の2色のリボンで結ばれた。
「可愛いわね。良い感じよ、ミュゲちゃん」
ルビーさんがニコニコしてる。
1の鐘が鳴る前だと言うのに、神殿にはポツリポツリと人が集まり始めていた。
「救護室で待機と言うても、何かあった時に動けば良いだけじゃから、気楽に座っておこうかの」
所長がそう言って椅子に座る。コリンさんとミュゲさんは神殿入口に行った。
「ルビーさん、マルクスさんのおばあ様も来られるって聞いたんですけど」
「1の鐘が鳴ってから朝食を食べて、こちらに向かうって言ってたわ。ブランちゃん達が来てくれるんですって」
「そうなんですか?」
1の鐘が鳴ってしばらくして、1人の男の子が騎士さんに抱き抱えられてきた。膝を擦りむいてるけど、泣きじゃくって、名前を言わない。
「迷子じゃの」
人肌くらいの水で傷を洗って、治癒魔法をかける。私が出した水をルビーさんが温めてくれた。
「おねえちゃん、他に魔法は使える?」
泣き止んだ子に話しかけられた。
「使えるけど得意じゃないの。ボクのお名前を教えてくれる?」
「ボク、ジェシーって言うの。ママと一緒に来たんだけど、ママが迷子になっちゃったから探してたの」
それを聞いたルビーさんが部屋を出ていく。知らせに行ってくれたみたい。
「ジェシー、心配したのよ」
しばらくして女の人が騎士さんに案内されてきた。ジェシー君が駆け寄る。
「ママが迷子になったんでしょ?ボク探してたんだよ」
「そうね。悪かったわ」
騎士さんとルビーさんが笑いをこらえてた。怪我の説明をして、ジェシー君母子は帰っていった。
「おねえちゃん、またね」
と、手を振って。
「"またね"は無い方が良いんだけど」
そう言うと、所長に笑われた。
その後も少しずつ救護室に運ばれてくる人がいた。大抵は転倒した、等の擦過傷。中には木の柵のささくれが刺さったって方もいた。お連れ様に「女性施術師目当てか」ってからかわれてたけど。
迷子も3人位騎士さんに連れられてきた。大抵は泣きじゃくっている。相手をしていたらいつの間にか迷子担当が私になった。
迷子の子達と遊んでいたら、マルクスさんのおばあ様が姿を見せた。
「天使様、来ましたよ。ここまで歩けるなんて夢のようです」
「痛みは出てませんか?」
「足は痛くないんだけど腕が疲れたねぇ」
そりゃそうでしょうね。
「腕の力を使いますから。でもここまで歩いたんですか?すごいです」
「途中で背負って貰ったけどねぇ」
視線の先にはラズさんとシンザさんの姿。
「良かったですね」
「優しい子達ですよ。こんな婆さんを嫌がらずにここまで連れてきてくれた」
おばあ様が泣いていた。
「ばあさま、今から奉納舞を見るんだろう。泣いてちゃ駄目じゃないか」
そう言ったマルクスさんのお父様の声も潤んでいた。
念の為におばあ様にスキャンをかけて、痛覚ブロックをかけておく。
その間にルビーさんが疲れのとれる水をみんなに配っていた。
その様子をアッシュさんがじっと見ていたのが少し気掛かりだった。
「おねえちゃん、天使様だったの?」
迷子の女の子の1人に聞かれた。
「お姉ちゃんは普通の施術師だよ」
やがて親が迎えに来た子から、迷子達は帰っていく。
「そろそろじゃの」
所長がそう言って私たちを解放してくれた。
ミュゲさんがさっと寄ってきて髪を直してくれる。
「行きましょうか」
ローズさんがそう言ってみんなで移動した。
「ここよ」
手を振ってるコリンさんが見えた。舞台の真正面。
「よくやったわコリン。良い所じゃない」
リリアさんが満足そうにしている。
大和さんの姿が見えた。それだけで拍手が起きた。大和さんがこちらを見て、目が合った気がした。
大和さんが立ったまま礼をして、サーベルを取りに行って、中央に戻ってくると、胡座を組んで座った。
練兵場内が静まり返る。
両手で剣を捧げ持って深く一礼。その身を起こして口上を述べる。
『只今より、常磐流第28代が2子、常磐 大和、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
口上を述べた直後に大和さんの上に金の光が、舞台の右手に赤と緑と紫に近い黒の光が、左手に黄と青と白の光が生まれた。
大和さんがサーベルを抜き放つ。鞘をプロクスさんに渡して、構えに入った。
とたんに見える枝垂桜の大木と色とりどりの花畑。その前で大和さんが舞う。優雅に華やかに。
「花畑?」
そんな声が聞こえた。みんなもフラーの景色が見えてるのかな。
時間にしたら10分もなかったと思う。でも私にはもっと長く感じた。
舞が終わった。大和さんが舞台を降りていった。
「大和さんの所に行ってきます」
そう声をかけて、席を立つ。練兵場の個人練習場に向かった。
個人練習場には迷わずに行けたんだけど、入って良いのか迷った。着替えてたりしたら入ったら駄目だろうし。
「シロヤマ嬢?どうしたんだ?」
団長さんが声をかけてくれた。
「大和さんに『終わったら来て欲しい』って言われてたんですけど、入って良いのか迷っちゃいまして」
「一緒に行ってやろう」
団長さんがそう言ってくれて、ノックをして大和さんに声をかけた。
「入って良いか?シロヤマ嬢が来ている」
「どうぞ。入ってください」
大和さんの声が聞こえた。と、言うことはちゃんと戻ってきてくれた、って事だよね。
個人練習場に入ると、団長さんは行ってしまった。
「大和さん」
声をかけると大和さんがふわりと微笑んで、抱き締められた。
「どうだった?」
そのまま、聞かれた。
「素敵でした。いつもよりはっきり桜が見えました。花畑も見えましたけど。それと大和さんが剣舞を始める直前、口上を述べた直後に大和さんの上に金の光が、舞台の右手に赤と緑と紫に近い黒の光が、左手に黄と青と白の光が見えました」
「7神が現れたかな?」
「分かりません。エリアリール様なら分かるかも知れませんけど、王家の方々と神殿の奥に行かれてしまわれましたし」
話をしていると団長さんが戻ってきたみたい。ドアの外から声がした。
「トキワ殿、良いか?」
「はい。何でしょう?」
「王族の方々が話をしたいそうだ」
「私だけですか?」
「シロヤマ嬢も一緒に、だそうだ」
「私も?どうしてでしょう?」
「咲楽ちゃん、どうする?一緒に行く?」
しばらく考えてた大和さんが私に聞く。
「一緒に行って良いですか?」
「もちろん」
個人練習場を出ると、6人の騎士さんに取り囲まれた。
「どうしたんです?」
大和さんが私を庇いながら言う。
「護衛だ、護衛」
団長さんが笑いながら言った。
「護衛?」
「ここにトキワ殿が入ったのは何人かが見ていたからな」
「話をしたいって言う人も何人かいたな」
「纏まって動いた方が目立つような気がしますが」
大和さんが戸惑ったように言う。
「騎士が纏まって動いて、そこに声をかけるのは、よほど親しい人だな」
神殿に向かって歩き始めると何人かが話したそうにしていたけど、話しかけてはこなかった。
神殿内に入ると、団長さん以外の騎士さん達はその場に残った。神殿の奥、エリアリール様の部屋の更に奥の重厚な扉の部屋に案内される。
「失礼いたします。トキワ殿とシロヤマ嬢をお連れしました」
団長さんが声をかけると、エリアリール様の誘いの声が聞こえた。
室内に入ると、国王陛下、王妃殿下、王太子様、ヴァイオレット様、エリアリール様、スティーリアさんが座っていた。第二王子様だけが立っている。
「呼び立ててすまぬな。座ってくれ」
王様は私達に対して気を使った話し方をされた。
「しかし……」
「あぁ自由に話して良いぞ。それと、アランの事は気にするな。こやつはいつでも立っておるのだ。座れと言っても聞かぬ」
「そうそう、私の事は気にせず座ってくれ」
第二王子様がそう言って王太子様にため息を吐かれていた。
「申し訳ございません。それでは失礼させていただきます」
大和さんが椅子を引いてくれて、私を座らせてくれた。
「見事な剣舞だった。あれは元の世界の物か?」
「はい。私の家に伝わる剣舞にございます」
「優雅で綺麗でしたわね」
「フラーの花畑が見えたのはどうして?」
第二王子様がそう言うと、王族の方々が一斉に第二王子様を見た。
「幻のようにうっすらと……見えたのは自分だけ……ですか?」
「見える方と見えない方がいらっしゃるようです。元の世界でもそうでした」
「なにか褒美を、と思ったのだが」
王様が大和さんを見て少し笑った。
「受け取らなさそうだな」
「申し訳ございません」
「まぁ、なにか考えよう。トキワ殿にとっても負担にならぬ物を、な」
「陛下、そろそろお時間です」
扉の外からサファ侯爵様の声が聞こえた。
「やれやれ、忙しいな。戻るとするか」
その声をきっかけに、王族の方々が立ち上がった。私達もお見送りのために立つ。
「ここでよい。目立ちたくないのであろう?」
そう言われて、部屋の中で見送った。
「見事な舞でしたね」
王族の方々がいなくなってから、エリアリール様が仰った。
「7神様もご満足なされたようです」
「やはりお出でくださっていましたか」
大和さんが言うと、エリアリール様がひどく驚かれた。
「見えていらしたの?」
「いえ、口上を述べた後、7つの気配を感じましたので。あちらでも感じたことのある感覚でしたし、そうなのかな?と」
「シロヤマ様も、お疲れさまでした」
「いいえ、私は何も出来ていません。成功を祈っていただけです」
「それでもトキワ様の支えになれたのではありませんか?」
「なれた、のでしょうか。私は私に出来ることをしていただけですが」
「トキワ様、相談なのですが、奉納舞を定期的に、というのは出来ません?」
「申し訳ないのですが」
「あら、どうして?」
「それをするとなると、日常を稽古に費やさねばなりません」
「年に1度でもよろしくてよ」
大和さんが苦笑する。
「それでも、難しいですね」
「王家からの要請でも?」
「はい」
「7神様のお言葉でも?」
「貴女様も強引なお方ですね」
「決心は固いようですわね。分かりました。諦めます。でも、毎年じゃなくても時々してくださると神々もお慶びになると思いますよ」
「10年に1度位ですか?」
大和さんが笑って言う。
「失敗してしまいましたわね」
スティーリアさんが入ってきた。
「どうなさいました?」
「失敗しちゃったわ」
エリアリール様が笑われる。
「お珍しい事」
スティーリアさんが呟いた。
「我々はそろそろ失礼いたします」
大和さんが言って立ち上がる。私も席を立った。
「またいらしてくださいね」
エリアリール様の言葉に礼を返し、部屋を出る。
神殿の居住区に向かう途中で、大和さんが首元に手をやった。
「苦しいですか?」
「慣れてないからね」
「すみません」
「聞いてるよ。咲楽ちゃんのデザインだって。どうやって思い付いたの?」
「似合いそうだって思ったんです。そういうキャラクターがいて、葵ちゃんが一時期はまってたのを思い出して、提案したらみんなが乗り気になっちゃって」
「実際に見てどう?」
「すごく似合っています。格好良いです」
「ありがとう」
ちょっと照れたように大和さんが言った。
客室の一室で、大和さんが着替えている間、スティーリアさんとお話していた。
「お仕事はどうですか?」
「日々勉強です」
「元の世界の知識があっても、ですの?」
「どうも元の世界の知識を使うと体が光るみたいで。こちらのやり方とか、勉強させていただいています」
「私はそういうことは分からなくて。なにも出来ませんもの」
「なにも出来ないって事無いです。スティーリアさんが色々教えてくださったんですよ。この世界の事の基礎を教えてくださった」
「それはエリアリール様にそう言われましたから」
「元の世界で、恩師が言っていたことなんですけど、人に教えるというのは難しいそうです。相手の習熟を見極めないといけないから。スティーリアさんは非常に分かりやすく教えてくださいました。おかげで私達はこの世界に早く馴染むことができました。ありがとうございます」
「情報は何にも勝ります。貴女が教えてくれなければ、自分達で調べねばならなかったんですよ」
大和さんが着替え終えて、側に来てくれていた。
スティーリアさんはしばらく俯いていたけれど、深々と礼をして戻っていった。
「咲楽ちゃん、帰る?」
「はい。救護室に寄って行きたいんですが……迷わずに行けるでしょうか」
「誰かを捕まえて聞こうか」
大和さんがちょっと笑って言った。
練兵場の方に歩いて行くと、団長さんがいた。
「トキワ殿、ナオライというものをやるんだろう。飲みに行くぞ」
「その前に救護室に行きたいのですが」
「どこか痛めたか?」
「いえ、彼女が行きたいと。私も場所は知りませんので」
「分かった。案内しよう。こっちだ」
団長さんが案内をしてくれた。
「ところで、トキワ殿は来月は俺の部下になるわけだが、なんと呼ばれたい?」
「お好きなようにお呼びください」
「王宮では、なんと呼ばれていた?」
「トキワ、ですね。アインスタイ副団長だけはずっと『トキワ殿』と呼んでいますが」
「何か……例の事に関係して、か」
「下手に呼び名を変えると、火に油を注ぎそうでしたから」
「シロヤマ嬢は、その……」
「噂だけは知っています」
「カイルも早く結婚すれば良いんだが……何かと難しくてな」
救護室に着くと、ローズさんとライルさんが座っていた。
「サクラちゃん、来てくれたの?だぁれも来ないのよ。居る意味あるのかしら」
「所長も居ないしね」
そう言った2人が大和さんに気がついた。