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「そういえばね、指が伸びたから大好きなパン作りをまた始めたんですよ。神殿地区の市場で店をやってるんですけどね。昨日変わったお客さんが来たって亭主が言っててね。なんでもバター無しのパンが欲しいって色々聞いていったらしいですよ」
神殿地区の市場でバター無しのパンって……。
「すみません。それ、私達です」
「いやだ、天使様だったんですか?」
「はい」
「あれは私が作ったんですよ」
「そうだったんですか?美味しかったです」
ヴァネッサさんはニコニコしながら帰っていった。
その後、何人かの患者さんを診て、お昼になった。
少し急いでお昼を食べて給湯室に移動する。
魔空間から鍋に入った野菜スープと戻しておいたキノコ、豆を取り出して火にかける。豆の戻し汁は使わないけど、キノコの戻し汁はスープに加える。
「サクラちゃん、どう?」
「まだ出来ませんよ」
「なんの事?」
「何故全員でカップを持ってるんですか?」
「あら、いやだ」
「味見ですか?」
「どんな味になるのかと思うての」
「所長まで……これから味付けです」
「塩、胡椒だけ?」
「はい」
「野菜は何を入れたのじゃ?」
「ペポの実、玉ねぎ、ニンジン、ヒメカンラン、干キノコ、黄豆、青豆です」
「何か意味はあるの?」
「一応、7神様になぞらえた色の野菜ですね」
「黄色が被ってるわよ?」
「主神リーリア様が金色ですけど、金の野菜ってなかったから、黄豆を代わりにしました」
「確かに黄豆はちょっと色が薄くて、ペポの実はオレンジ色って感じだね」
そんな話をしながら、まずは味付け無しでスープの味を見る。朝、味を見たときより、良い感じに深みが出た気がする。塩、胡椒で味を付けて、再度味を見る。良い感じの味に仕上がった。
「出来上がり?」
ルビーさんとローズさんがワクワクした表情で聞いてくる。
「少しづつだけですよ」
それぞれのカップを受け取って、スープを注いでいく。
「優しい味のスープね」
「色んな野菜が取れるのが良いのう」
「肉類無しって言うのは訳があるの?」
「……とりあえず移動しませんか?」
この給湯室は結構広いけど、さすがにここに5人は狭い。
「そうじゃな」
休憩室に移動した。
「それで?肉類無しって言うのは訳があるの?」
「大和さんが言うには、殺生を避けて、神々の世界に近付けるように、だそうです」
「これも元の世界の料理?」
「そうです。と、言っても、かなりアレンジしてますが」
「野菜だけなのに満足感があるね」
「シロヤマ嬢の元の世界と言うのは、どういった神々がおられたんじゃ?」
「国、というか、宗教によって違います。一応代表的な宗教がキリスト教、仏教、イスラム教ですが、他にも神道、とかもあったし。特に私達のいた国は宗教に寛容というか、無節操というか、たくさんの宗教がありました。神々も神道だとたくさんいらして、八百万とか言われてました」
「そんなにたくさんいらしたの?」
「八百万ってたくさんって意味だって祖母が言っていました。一応主神は太陽神天照大神様ですね」
この辺は祖母に聞いていた。
お昼からの診察にマルクスさんのご両親がみえた。
「天使様、家のばあさまのことなんですが、奉納舞に連れていっても良いでしょうか?」
「えぇ、ご本人が行きたいと希望されているのなら、気分転換になりますから。神殿までどうやって行くんですか?」
「一応こういうものを作ってみました」
見せてもらったのは大きめの車輪の付いた歩行器だった。ちゃんと椅子も付いている。
「これで休みながら行きます。一応冒険者の方に付き添ってもらうように依頼もしました」
「すごいですね。痛みは出ていませんか?」
「はい。大丈夫そうです」
「明日は私も神殿にいますからね。2の鐘までになりますが」
「分かりました。よろしくお願いします」
その後も診察を続けたけど、8割くらいの人が明日の奉納舞の事を話していった。
5の鐘がなって、診察が終わると少し急いで後片付けをして、施療院を出る。
ローズさんとライルさんと一緒に王宮までの分かれ道まで歩いていくと、前から大和さんが走ってきた。
「咲楽ちゃん、お疲れ様」
「大和さんもお疲れ様です」
差し出された手を取って繋ぐ。
「それではライル殿、ジェイド嬢、ありがとうございました。失礼します」
「ライルさん、ローズさん、お疲れ様でした」
挨拶をして家に急ぐ。
「プロクスさんとゴットハルトさん、もうみえてるでしょうか?」
「咲楽ちゃん、そんなに急がなくて大丈夫だよ」
「だってお待たせしているんじゃないですか?」
「庭には入れるようにしてあるよ。四阿もあるし、大丈夫でしょ」
「ゴットハルトさんは庭に入らないような気がします」
「こればかりは個人の自由だからね。そんなに急がなくて大丈夫だって。危ないよ」
言われたとたんに転倒しそうになって、腕を掴まれた。そのまま引き寄せられる。
「すみません」
「ほら、急がなくて良いから。ゆっくり落ち着いて急ごう」
「ゆっくり落ち着いて急ぐって難しいですよね」
そう言って、手を繋ぎ直して、家まで歩く。私と大和さんの足の長さがかなり違うから、私の方が自然と急ぐ格好になるんだけど、大和さんが気を使ってくれて、そこまで早足にならずにすんだ。
「スープは出来たの?」
「はい。味は皆のお墨付きです」
「お墨付きって?」
「少しずつ味見を」
「先に味をみたんだね。あの4人が」
「気が付いたら、全員でカップを持って集合してました」
「咲楽ちゃんが作るってなったら、そうなるかもね。何が入ってるの?」
「ペポの実、玉ねぎ、ニンジン、ヒメカンラン、干キノコ、黄豆、青豆です」
「ヒメカンラン?」
「芽キャベツですね。ヒメカンランって名前で売っていました」
家の前まで来ると、やっぱりプロクスさんとゴットハルトさんが、家の前で待っているのが見えた。
「咲楽ちゃんの予想が大当たりだったね」
大和さんが笑う。
「2人共、お帰りなさい」
「ただいま」
「ただいま戻りました」
「お疲れ様でした」
それぞれと挨拶を交わして、家に入る。
私は着替えをしてから、スープの最終仕上げ。と言っても、少し味を見て、薄かったりしないか確認しただけだけど。本当は神殿で温め直しをする予定だったけど、スープが予定外に早く出来たので、このまま持っていく事にした。
大和さんはシャワーに行った。
「本当は水垢離したいところだけどね」
って笑いながら。水垢離ってあれだよね。時代劇なんかで井戸の冷水を浴びてるの。祖母の家で見たTVでやってた。
「シロヤマ嬢、さっきヤマトが言っていたミズゴリって何ですか?」
「冷水を浴びるって事しか分かりません」
「後でトキワ殿に聞きましょう」
プロクスさんがそう言ったけど、私も意味とか知りたい。
大和さんがシャワーから出てきた。白いシャツにアイボリーのパンツを履いてる。
「全身白だな」
「本当はパンツも白にしたかったんだが、まぁ、代用だな」
ゴットハルトさんが言ったら、大和さんが真剣な顔で言い返してた。
「準備はできた。そろそろ行くか」
結界具を操作してた大和さんがそう言って、家を出て神殿に向かった。
「ヤマト、シロヤマ嬢にも聞いたんだが、ミズゴリってなんだ?」
大和さんが私をチラッと見て教えてくれた。
「禊とも言う。神々に祈願するため、冷水を浴びて体の穢を除き、清浄にすることだな」
「そこまでするんですか?」
「仮にも神々に奉納するんだ。穢は持ち込みたくない」
「その服も?」
「まぁ、浄衣の代わりだな。あっちに居た頃はもっと色々やるべき儀式があった。これは最低限の物だ」
「我々もした方がよかったのでしょうか?」
プロクスさんが恐る恐る聞くと、大和さんは笑って言った。
「本人だけで十分だ。これは俺の我儘だから強要したくないし、そこまでしてもらうわけにいかない」
神殿に着くと、スティーリアさん、団長さん、リリアさん、コリンさんが待っていてくれた。
「トキワ様、神々にご挨拶なさいますか?」
「お願いできますか?」
そう言った大和さんがスティーリアさんと神殿の奥に向かう。
「シロヤマ嬢は行かないのか?」
団長さんに聞かれた。
「なんとなく私は行かない方が良い気がしました」
「そうか。独特な雰囲気だしな」
少し待っていると大和さんが出てきた。大和さんとプロクスさんとゴットハルトさんと団長さんは練兵場の方に歩いていった。
「私たちも行きましょ」
「スープを大和さん達に渡したいです」
「あぁ、衣装も渡さないとね」
「出来たんですか?」
「希望通り装飾は最低限、全身白い衣装よ。刺繍も入れてないわ」
「ありがとうございます」
神殿の居住区の方に向かう。
「なんだか懐かしいです」
「そうね。1月位前になるものね」
「どこで受け渡しをするんですか?」
「リシア様と一応決めておいたわ。こっちよ」
この世界の事について学んだ教室に連れていかれた。
「ここなら練兵場にも居住区にも近いし、ちょうど良いかなって決めたのよ」
「さっきのトキワ様、雰囲気が違ったわね」
「家を出る頃からあんな感じです」
「シロヤマさんの方を見もしなかったし」
「大和さんの世界を作っているんだと思います」
プロクスさんとゴットハルトさんが顔を出した。
リリアさんがプロクスさんに衣装を渡して、私はゴットハルトさんにスープの鍋と器を渡す。
「シロヤマ嬢、これに水を入れて浄化をかけてほしいと、ヤマトが言っていました」
コップを渡された。
浄化ってあれかな?清浄なものとなるように、ってやつ。前に神々にご挨拶したときに頼まれた浄化。
『ウォーター』で、清浄なものとなるように、って願いを込めて水を出す。
「大和さんは何をしてるんですか?」
「何をしているのか、私には分からないですね。『場を調える』と言ってました」
こういった事は私には分からない。多分大和さんは日本でやっていた環境に少しでも近付けようとしている。
「何か伝言はありますか?」
そうゴットハルトさんに聞かれたけど、何を言えば良いんだろう。
「ご成功をお祈りしています、と伝えていただけますか」
「分かりました。必ず伝えます」
「なんだか戦いに行くみたいね」
コリンさんにそう言われたけど、多分間違っていない。
ゴットハルトさんにコップを渡して、2人が練兵場の方に行くのを見送ってから、私達もお泊まりの部屋に向かった。
「いらっしゃい。待ってたわ」
ミュゲさんに迎えられて入った部屋には、ベッドが4台と、お料理の乗ったテーブルがあった。促されて、席につく。
お夕飯を食べながら、さっきのスープについて聞かれた。
「さっき渡してたのって何だったの?」
「野菜のみのスープです」
「野菜のみ?」
「はい。ペポの実、玉ねぎ、ニンジン、ヒメカンラン、干キノコ、黄豆、青豆が入っています」
「たくさんの種類が入っているのね」
「一応7神様になぞらえてみました」
「黄色、白、赤、緑、黒、青、黄色?あぁ、ペポの実か黄豆、どちらかが主神リーリア様なのね」
4人でワイワイ言いながら食事を終えた。
「シロヤマさんの明日の予定は?決まってるの?」
「1の鐘から2の鐘まで救護室で待機です」
「施療院のお仕事?」
「はい」
「大変ね」
「でも奉納舞はちゃんと見られるようにしてくれましたし、私1人じゃないので」
「私達は来てくださった方の案内をするのよ」
「そうだわ。シロヤマさん、星見の祭はどうするの?」
「まだ決まってません」
「あのね、星見の祭で出品作を募ってるの。何か作ってみない?」
「何か、ですか?」
「刺繍作品でも良いわよ。枠はこっちで見繕うから」
「私達も出品するの。孤児院の子達と一緒に刺繍作品を合同で作ってるのよ。個人でも出すけどね」
「刺繍……」
その時パッと浮かんだのは7神様の色と、折り鶴。
魔空間に入れてあった紙を1枚取り出す。正方形に成形して、折り鶴を折り始めた。
「これ、何に見えますか?」
「鳥、よね」
「これ、さっき1枚の紙だったわよね?」
「あちらの世界ではわりとポピュラーな折り紙です」
「それで?どうするの?」
リリアさんが眼をキラキラさせて聞いてきた。
「7神様の色の中心にこの鳥を刺繍しようかと思って」
「良いわね。何色がいるかしら?布の色は?糸は?」
「布の色、何色にしましょう?」
悩んでしまった。7神様の色を刺繍するとなるとどの色を選んでも刺繍の色が目立たないのが1色は出てくる。
「まずは無難に白にしたら?」
「そうすると光神様が目立たなくなるわよ」
みんなで考えていく。結局結論は出なかった。
6の鐘が聞こえた。
「あら、もうそんな時間なの?」
「シロヤマさん、シャワー、使う?」
「お借りできますか?」
シャワールームに行く途中で、練兵場の明かりが見えた。
「明かりが付いてるわね」
「まだ起きてるのね」
「一晩中起きてるのかしら?」
3人が色々と話していたけど、私は明日の成功と、大和さんが戻ってきてくれる事を願ってた。シャワーを浴びて部屋に戻る。
「シロヤマさん、パジャマも持ってきたの?」
「はい。持ってきましたけど?」
「これ、着てみない?」
始まった気がする。着せ替えタイム。
覚悟はしてましたよ。大和さんからも『無理しないように』って言われてたし。でもね、パジャマも2部に分かれたズボン型、着ぐるみパジャマみたいなの、ネグリジェのようなもの、それぞれ3つ位づつ出てきましたよ。寝る前ですよね。
その中から1つづつ選べって言われて、頂いちゃいました。
7の鐘が鳴る前には寝ましたけどね。
ーーー異世界転移39日目終了ーーー