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落ち着かない気持ちで夜をすごし、翌朝いつものように、窓を開けた。無意識に常磐さんの姿を探す。居ない。いつもならあの辺で体をほぐしているはず。
結局常磐さんの姿を見つけることはできなかった。窓から覗いていただけで、外に出ずに「探した。見つからなかった」というのも微妙だけど。
2の鐘が鳴ったけど食堂に行く気がなくて、部屋にいるとコリンさんが来てくれた。
「あら?シロヤマ様、朝食は?食べてないの?ちゃんと休んだ?顔色がいつもより悪い気がするんだけど」
「食欲が無くって……」
「ダメよ。ちゃんと食べないと。朝食、持ってきてあげましょうか?」
「本当に食欲が無くって……なにか飲み物だけいただけますか」
コリンさんは飲み物を取りに行ってくれた。
リンゴと桃のミックスのような味の甘くてトロッとしたジュースをコリンさんから受け取り、少しずつ飲んでいるとスティーリアさんが部屋に来た。
「シロヤマ様、昨日の話は聞きました。きちんとお休みになれ……なかったようですね。今日は授業はお休みにいたしましょうか?」
少し考えたけど、延ばしてもらうのも悪いし、授業は受けると返事をし、その後来たリアさんに掃除をしてもらった。
いつもなら中庭に出て常磐さんと話をしているんだけど、外に出る気になれなくて、リアさんに言って部屋の中に居させてもらった。
2の鐘が鳴って、教室に行ったけど、常磐さんは居ない。
スティーリアさんが来て授業が始まった。
「トキワ様は別室で授業を受けられる、との事ですので。今日は神殿の役割についてです」
神殿は祈りの場であり、信仰に身を捧げた者の生活の場でもある。
ここ、王都の神殿にはシスター、衣装部、清掃部、神殿騎士、合わせて60人ほどが生活している。調理部の人たちは通いの方が多いらしい。朝食番の人達が前日から泊まっていくことはあるみたいだけど。
少し離れたところに孤児院があるが、そこも神殿の管轄である。
孤児院は専任の職員を置き、現在15人の子達が生活している。
「少し話がずれますが、孤児院では男の子は騎士に剣術を、女の子は刺繍や裁縫、お料理等を、男女問わず読み書き算術、楽器や歌も教えています。ここにいるシスター、衣装部、清掃部、騎士の人達の中には孤児院出身の人もけっこういるんですよ」
スティーリアさんが教えてくれた。
それとこの前聞いたように、訴えを聞くこと、訴えを纏める事も神殿の仕事の1つなんだそうだ。
この国では創造神リーリア様を奉っているが、世界のあらゆる事象を創造神様が全て管理するのは難しいため、火、風、地、水、光、闇のそれぞれの神と共に管理されているという。
故に信仰されている教えを7神教と言うそうだ。
魔法の属性にも関わってくるが、それぞれ他の神を補いあい助け合う関係なので、特に相性の悪い属性は存在せず、複数の神の加護を持つ人も珍しくなく、大抵は得意な魔法属性の神の加護が与えられるという。
「それでも4属性以上の方は珍しいのです」
スティーリアさんが言った。
「ところでシロヤマ様、魔力操作はいかがですか。出来るようになりましたか?」
実は出来るようになっていた。刺繍をするときに、常磐さんの安全、健康なんかを願ってやってたら針にあの靄が見えたのだ。深呼吸をして魔力を動かそうと思ったらすんなりと動いてくれた。
常磐さんの安全、健康なんかを願ってやってたということは内緒にして、スティーリアさんに言う。
「そうですか、針仕事で。トキワ様も剣の訓練の時に動かせるようになったとおっしゃっておられましたが。それでは明日から魔法についての実践に入れますね」
やった!!魔法が使える!!
「あの、それでなのですが、謁見の日時が決まりました。6日後の4の鐘になりました。シロヤマ様は当日忙しくなりますよ。ヘアメイクは王宮から人が来てくれることになっています。それまでにマナーやダンスなんかも覚えましょうね」
はい?!マナーは分かるよ。でもダンスって何?!そもそも踊らなきゃいけないの?謁見だよね。王様やお貴族様に顔見せと挨拶をするだけだよね。なのになぜダンス?
「一応ですわよ、一応。覚えておいて損はありません。一番簡単なワルツだけでも覚えましょう。パートナーはトキワ様になると思いますよ」
えっと、そこまで決まっているの。いつの間に?
「今頃トキワ様もこの話を聞いてらっしゃるでしょうね。どんなお顔をされたのか見られなくて残念です」
うふふ、とスティーリアさんがイタズラっぽく笑う。
「では本日はここまでにいたしましょうか」
スティーリアさんに言われて教室を出たけれど、まだ3の鐘まで時間がありそうだし……部屋で刺繍の続きでもしようかな。
部屋に戻る時に常磐さんとばったり会った。
「昨日は大丈夫だったか?ちゃんと眠れたか?」
相変わらず常磐さんは私を気遣ってくれる。心配をかけたくなくて眠れた、と嘘をついてしまった。
「昨日はあれからどうなったんですか?常磐さんが部屋に帰ってこなかったから、どうなったのかと思ってたら、デルソルさんが着替えを取りにいらっしゃったから、びっくりしました。常磐さんこそちゃんと眠られたんですか?」
「昨日ね。時間外に練兵場を使ったことを怒られた。一晩頭を冷やせって、別の部屋に泊まったんだよ。それより聞いた?謁見に向けてダンスも習うって」
絶対はぐらかされた。そのくらいは分かる。でも多分言う気は無いってことだよね。
私はため息をつくと気持ちを切り替えた。
「そうですよ、ダンス。私踊った事なんて……高校の授業でやって以来ですよ。ワルツなんて踊った事ありませんし」
「俺も無いよ。剣舞ならやらされたけどな、修行の一貫で」
剣舞!?見たい!!
「やらないよ。そもそも剣も違うし」
えぇ~。残念。
3の鐘が鳴ったので食堂に移動するとリリアさんとプロクスさんが待っていてくれた。スティーリアさんと騎士団長さんの指示らしい。ご迷惑をかけてすみません。
席について食事を始めようとしたとき、近づいてくる人がいた。アルフォンスさんだ。素早く常磐さんとプロクスさんが席を立った。
「一言謝らせてほしいだけなんだ。話をさせてほしい」
アルフォンスさんが言う。
「昨日は悪かった。気を悪くしたよね。僕はこんな風にしか声をかけられなくって。本当にごめん」
頭を下げるアルフォンスさん。
「私も嫌なら嫌ってはっきり言えばよかったんです。貴方の気持ちは、好意を持ってくれているって気持ちは嬉しかったです。ありがとうございます」
「はぁ~。良かった。あ、トキワ殿、昨日の話は?」
「言ってない。言うわけないだろ」
常磐さんがぶっきらぼうに言う。
「そうか。また、朝の鍛練、付き合ってくれ。トキワ殿とやると色々勉強になる」
そう言ってアルフォンスさんは食堂を出ていった。
一波乱あった昼食を食べ終え、部屋に戻って昨日の刺繍の続き。常磐さんは今日は騎士団の訓練には行かないらしい。部屋で何かしていた。
夕食の時少しドキドキしたけど何もなかった。夜、常磐さんに外に誘われた。何だろう。空を見てごらん、と言われて見上げると満天の星だった。星座のならびに知ってるのが一つもなくて、異世界に来たんだ、と実感した。常磐さんは初日に外に出てみたらしい。同じ感想だった、と笑っていた。
ーー異世界転移5日目終了ーー