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3の鐘はとっくに鳴っていた。今、休憩室に行ったら話してしまいそうな気がする。だから診察室でお昼を食べて、スヌードの続きを編んでいた。


少ししたら、ローズさんとルビーさんが顔を出した。


「サクラちゃん、診察は終わってたんでしょう?休憩室に来ないから、心配したわ」


「最後の患者さん、そんなに厄介だったの?」


「いいえ。ちょっと気持ちを落ち着かせていただけです。ご心配をお掛けしました」


そう言ったら、ローズさんとルビーさんがこそこそ話し出した。


「これは言わないパターンね」


「こうなったら聞き出せないわね」


2人共、聞こえてます。でも守秘義務とかなくても、この事は言っちゃいけない気がする。


「お2人共、お昼休みは終わったんですか?」


「あぁ、そうそう。所長から奉納舞の時の振分けを伝えてくれって伝言されたわ。奉納舞の前、1の鐘から2の鐘までがルビーとサクラちゃん、奉納舞の後3の鐘までが私とライル様。所長は通して救護室に詰める事になるわ」


「救護室は神殿の一室をお借りするわ」


「3の鐘までかかりますか?」


「奉納舞の後、神殿側が何かするみたいよ」


「私と大和さんも拘束されるんでしょうか?」


「神殿の独自の催しだから、大丈夫だと思うわよ」


3の鐘からはあまり患者さんが来なかった。診察の間に症例集を読み進める。


アルフォンスさんのような胸部の骨折の症例もあった。あの時アルフォンスさんは肺に骨折した骨が刺さっていたと思う。あの時はスキャンも使えなかったから確信はない。


症例集のやり方は息苦しさを軽減させるために、そのまま肺を塞いでいた。結局その患者さんは3ヶ月位で亡くなったようだ。どうやら最初の人は肺に骨が刺さっていることに気付かれてなかったらしい。その後も何人か同じような症例があって5例目で肺に骨折した骨が刺さっていたと発見された、と、症例集にあった。その人から後の治療法は私が行った方法とほぼ同じ。私は痛覚ブロックを行ったけど、闇属性を持っていない施術師さんはそれが出来ないから、かなりの痛みを伴った、とあった。


結局その後は何事もなく、診察が終わった。


今日は帰りに市場(バザール)で干キノコを忘れずに買わないと。


奉納舞の本番は明後日だけど、大和さんは明日から神殿に泊まり込むことになる。


神殿の厨房をお借りして温めができたらいいんだけど。もし無理そうなら火属性の人に温めてもらうしかない。ゴットハルトさんが温めてくれるって言ってたらしいけど、出来れば作りたての物を食べてもらいたい。パンとかはどうするんだろう?帰りに大和さんに聞いてみよう。


大和さんが王宮の方から走ってきてくれた。


「咲楽ちゃん、お疲れ様」


「大和さんもお疲れ様です」


差し出された手を取ると指を絡められた。そのままコートのポケットに入れられた。


「お先に失礼します」


ライルさんとローズさんに声をかけ、帰るために歩き出す。


「大和さん、市場(バザール)に寄っていきたいです」


「分かった。寄っていこうか。何を買うの?」


「スープの為の干キノコです。奉納舞の時のパンってどうするんですか?」


「パンか。どうしようかな」


「買っていきますか?」


「そうしようか。見たいしね」


「でも、パンでバター無しって言うのも難しいですよ。こっちのパンはハード系だから大丈夫そうですけど」


「その辺は妥協しなきゃいけないね」


市場(バザール)に入る。以前の干キノコのお店で何種類かのキノコを買う。


「それ、どんなキノコ?」


「味はシメジ系ですね。でもキノコって干すと旨味成分が生よりも出るので」


「そうなんだ」


大和さんは知らなかったらしい。料理しないと分からないかな?


パンのお店でバター無しのパンを聞いたら、ちゃんとお薦めしてくれた。


今日のお夕飯は大和さんリクエストのミートボールパスタ。


挽肉にしてもらったお肉と、玉ねぎ、ニンジンと、セロリっぽいポリーという野菜とトマトを買って、パスタはタリアテッレっぽい幅広のパスタを買った。


家に帰って着替えてから、キッチンでミートボールを作る。野菜はみじん切りにして炒め、半分くらいをソース用に、後の半分はミートボールに混ぜ込む。そこまで入れなくてもいいんだけど、野菜を摂って欲しいから、たくさん入れてみた。

ソースとミートボールを合わせて、しばらく煮込んでおく間に、パスタを茹でる。


以前作ったハンバーガーは私にはちょっと重かったから、明日のお昼はミートボールをいくつか挟むつもり。


大和さんがダイニングに入ってきた。


「もうすぐできますから、待ってくださいね」


声をかけるとダイニングの椅子に座って、こっちを見ていた。


「どうしたんですか?」


「明日は少しの時間しか会えないから、今の内に眺めておこうと思って」


「眺めておこうって……」


パスタを盛り付けて、テーブルに運ぶ。


「咲楽ちゃん、何かあった?」


パスタを食べながら、大和さんが聞く。


「何かって?何もないですよ」


「守秘義務?」


「あぁ、施療院での事ですか?それは当然です」


「何かね、言えない事を抱え込んでる気がする」


「言いませんよ。プライバシーの問題です」


「咲楽ちゃんのそういう所って尊敬するね」


「なんですか、それ」


「言わないってなったら絶対に言わないでしょ。言いたくなる時って無いの?」


「んー。今のところ無いですね。濁しても分かる人には分かりますし。なら、言わないで黙っていた方がいいです」


「俺なら喋っちゃいそうだ」


そうかなぁ。大和さんだったら黙っていそうな気がする。


食べ終わって大和さんがお皿を洗ってくれる。私はソファーで昨日と同じスヌードの続き。


「時間がかかってるね」


大和さんが私の隣に座った。


「大和さんのマフラーはわりと時間があったので、昼休みとかも編んでたんですが、この頃は違う事に時間を使ってるので」


「違う事?」


「症例集をお借りして読んでるんです」


「熱心だね」


「この世界で出来る事と、日本の知識を使わなければいけないことの、ボーダーラインをはっきりさせておきたいんです。何でも日本の知識を使うわけにいかないと思って」


「何かあったの?」


「よく考えると私が光ってる時って、日本の知識を使って治療している時なんです。だから使わなくていいなら、そうしようかな、と思ったんです」


「そうだったの?」


「痛覚ブロックとか、血液内の浄化とかですね」


「なるほどね。咲楽ちゃんはそういうのを考えなきゃならないんだね」


「大和さんは良いんです。あの剣舞も格好よくて綺麗だし、ライルさんが言っていました。毎回連続で模擬戦で勝ち続けてるのはあり得ない強さだと」


「ライル殿は詳しいの?」


「アルフォンスさんはライルさんのご友人なんですって」


「そういう繋がりか」


大和さんは納得したように頷いていた。


「そろそろ風呂に行ってくるね」


大和さんがお風呂に行った。この間に朝のスープの仕込みをやってしまおう。いつものように、野菜を小さめの角切りにして、切ったソーセージと炒めていく。水を入れてある程度火を通しておく。そこまでして火を止めたら、結界具の設定を確認して、自室に上がって着替えの準備。

ちょっとスープの仕込みにいつもより時間がかかっていたのか、大和さんが寝室に入った音がした。


「大和さん、私もお風呂に行ってきますね」


そう声をかけてお風呂に行く。


シャワーを浴びながらアッシュさんの事を思い出していた。


あの話し方から、何かしらの事故なり事件なりがあったのは間違いがないと思う。

でも私にはそれを調べる手段はない。大和さんに言えば調べてもらえそうだけど、それをするとアッシュさんの信頼を裏切ることになる。何よりこの事で大和さんを煩わせたくない。


結局はアッシュさんが他の誰かに打ち明けるとかしないと、事態は動かない気がする。


あの時のアッシュさんは思わず言ってしまった、という感じだった。


私には何も出来ないよね。ちょっと自己嫌悪しそうだ。


いけない。このまま寝室に行ったら、大和さんに心配をかけてしまう。違うことを考えよう。


寝室に行くと、大和さんに手招きされて、ベッドに上がる。


「さっきの咲楽ちゃんの言ってたことってさ」


「さっき?」


「うん。日本の知識を使って治療すると光るって言ってたでしょ。俺の剣舞も日本の物だ。何が違うんだろうね」


大和さんの剣舞は日本で()ってた物だけど、元々『神々に捧げるもの』だと言っていた。この世界の神々は日本よりずっと身近な存在だ。『神々に舞を奉納する』という事も、以前から行われてきた。

私のやってる事はこの世界の概念になかった事。この先時間をかけて、発見される事柄。


「この世界に形は違っても有ったものか否か、とか?」


大和さんとの違いはそこだと思う。もし大和さんがこっちで銃とか使ってたら大和さんも光ったりしてたのかな。


そう思ったらちょっと笑えてきた。


「咲楽ちゃん、楽しそうだね」


少し拗ねたような声が聞こえた。


「俺は咲楽ちゃんを構いたいのに」


なんだか大和さんが甘えっこになってる。


「どうしたんですか?」


「咲楽ちゃんが自分の考えで動くことができているって言うのは、嬉しいんだけど、なんとなく寂しいというか、守ってやれる事が減っていくな、って思っただけ」


「大和さんが守ってくれてるからですけどね。守られてないと動けないって言うのも楽ですけど、それじゃ情けないじゃないですか」


「こうやっていつまでも腕の中に居たらいいのに」


そう言って抱き締められた。


大和さんの腕の中は、暖かくって安心できる。この中にずっと居たい気もする。でも、頼るのと頼りきるのは違う。


「大和さんの腕の中は安心できます。でもその中にずっといたら私は駄目になりそうです」


「俺がいなくてもいいみたいだね」


「大和さんがいなかったら寂しいです。どうしてそんなことを言うんですか?どこか行っちゃうんですか?」


「行かないよ。だからそんな泣きそうな顔をしないで」


「本当に?どこにも行きませんか?」


「俺が戻ってこれる場所がここにあるからね」


「どっか行っちゃいそうです。置いていかないでください」


このままだと奉納舞の時に、神々の世界に行ったまま戻ってこない気がする。


「行くわけないでしょ。咲楽ちゃんを置いて」


「このままだと奉納舞の時に神々の世界から戻ってこない感じがします」


そう言うと大和さんはあからさまに「しまった」という顔をした。


「それでもいいって思ったよ。咲楽ちゃんは俺がいなくてもやっていけてる。そう思ったらね」


沈黙が続いた後、大和さんがポツリと言った。


「私を独りにしないでください」


涙が溢れる。泣くな。今だけは泣いちゃいけない。


「どこにも行かないよ。こんな泣き虫さんを置いて行ったら、気になってすぐに戻ってきそうだ」


抱き締めている大和さんの腕の力が強くなった。


「泣いてません」


「泣きそうな顔をしてる」


「大和さんの所為(せい)ですからね」


「俺だけじゃないでしょ」


「私は何もしてませんもん」


「元はと言えば、咲楽ちゃんが……」


言いかけて、大和さんの言葉が止まる。


「大和さん?」


「ごめんね。うまく感情が制御できてない。咲楽ちゃんが俺の側から居なくなりそうで、考えすぎた」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫。明後日には奉納舞だし、明日には収まってると思う。咲楽ちゃんを抱き締めて眠ったら、すぐに戻るよ」


「私を抱き締めて、それで大丈夫なら、それ位いくらでも、って言いたいんですけどね」


「言ってくれないの?」


「大和さんにしか無理だな、って思って」


「他の男にも言いたいって事?」


「何故男性限定なんですか。女性でも子どもでも良いじゃないですか」


「そこで他の男にも、って思ってたら、どうなっていたかな?」


少し大和さんの声に笑いが混じった。


「私にそれが無理だって分かってて言ってます?」


顔を上げたいけど、抱き締められてて顔があげられない。頑張って頭を動かしていると、大和さんの腕の力が緩んだ。ぷはっと息をしながら顔をあげると、大和さんと目があった。


「何してるの?」


「顔を上げたかったんです。大和さんを見たかったから」


その瞬間、大和さんはとても嬉しそうに笑った。腕を解いて、座り直した大和さんが言う。


「明日、 神殿まで一緒に行こうか」


「スープを作ってからになりますけど、時間は大丈夫ですか?」


「全て自分のタイミングで、って言われてる。プロクスとゴットハルトは5の鐘位に来るって言ってた」


「プロクスさんも?」


「神殿で待っててもらっても、って言ったんだけど、家に来るって言ってた」


「プロクスさんに会うのって久し振りな気がします」


「そうか、俺は会ってるからそう思わないけど、咲楽ちゃんは久し振り?」


「って言っても10日位?ですか?」


「そっか。会いたかったりした?」


「会いたいって言うのとも違う気がします。懐かしいって言うのとも違うし、なんでしょう?」


「まぁ、この1ヶ月、色々と濃かったからね」


「ですよね」


なんだかしみじみしてしまった。


「ちょっと前まで日本の事を忘れちゃうと悲しい、寂しいって思ってたんですけど、明日のスープを作っててもそう思わなくなりました」


「どう言うこと?」


「明日のスープ、精進汁って言うんです。祖母が盂蘭盆会(うらぼんえ)に作ってたののアレンジなんですけど、こういうのもあったなぁってレシピとか作り方は覚えてるんだけど『祖母と作った』って記憶しかなくて。で、色々思い出してみたんですけど、医療、看護の知識は覚えてるんですよ。学校であったこともある程度は覚えてるんです。でもそれに伴う感情って言うのがいまいち思い出せないって言うか、事実のみが焼き付いてるって感じです」


「そういえばそうだね。あの時の感覚に近いかな。海外で学生時代を思い出してた時の感覚。元々そういった感情が持てなかったからだと思ってたけど、咲楽ちゃんもそうなら、この世界に順応したんだろうね。俺も全ての剣舞を覚えてるし、体術も剣術も覚えてた」


「どこかで確認したんですか?」


「剣舞はしてないけどね。体術と剣術は騎士団の訓練でやるから、片っ端から試した」


「相手の騎士さんがお気の毒です」


「お気の毒、ねぇ。あの位やれなくてどうするんだって思ったけど」


「騎士さん達に指導してた、とかじゃないですよね」


ちょっと遠い目をする大和さん。してたんですね、指導……。


「だってね、羽交い締めにしたら抜け出せない奴ばかりなんだよ。危ないでしょ?」


「危ないでしょ?って言われても……」


そういえば護身術なんかも教えられるって言ってたなぁ。でも騎士さん達に指導してたのって、明らかに護身術じゃないよね。


考え込んでたら、大和さんに横にされた。


「そろそろ寝よう」


「なんだか、『よっこいしょ』って横にされた気がするんですけど?」


「気のせい気のせい。おやすみ」


そう言って私を抱え込んで目を閉じた。釈然としない気持ちがあったけど、その内私も寝てしまった。



ーーー異世界転移38日目終了ーーー

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