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翌朝は雲の多い空だった。雨が降らないと良いんだけど。


着替えてキッチンに行って、食材を食料庫から出して、スープの仕上げ。


今日は大和さんは市場(バザール)の巡回だって言ってたよね。


自分のお昼の分だけか。そんなことを考えながら庭に出る。


今日もゴットハルトさんとエスターさん、ダニエルさん達がいる。


「おはようございます、サクラ様」


「おはようございます、シロヤマ嬢」


「おはようございます、シロヤマさん」


「おはようございます、皆さん」


大和さんは瞑想中。


「昨日、ジェイド商会に行ってきました」


ゴットハルトさんが話し出した。


「どうなりましたか?」


「酷い扱いを受けていた奉公先を逃げ出した後、ダニエルが保護。それを知った私が更に保護した、と言うことになりました。事実とそんなに変わりませんね。その後、王宮騎士団に出頭して事情を話してきました。ブランは被害者ですから特にお咎めも無しです」


「良かったです」


「サクラ様、私、ジェイド商会に出入りしている洋服屋さんで働くことになりました。最初は下働きからってことですけど、それ位いくらでもします」


「冒険者はやめちゃうんですか?」


「いえ、その洋服屋さんのご主人と奥様が2週に1度は日帰りで王都の外に出るらしくて、その時に護衛が欲しい、って言われて、冒険者は続けることになりました」


「その際には我々も一緒です」


アッシュさんが言う。


「あの、それで、謝らなければいけないことが……」


「謝らなければいけないこと?」


「その洋服屋の主人達と話していた時にうっかり『天使様と黒き狼』と知り合いだって言っちゃったんです。それで会いたいって言われちゃって……」


「何を言ってるんだ。迷惑をかけてどうする」


ゴットハルトさんが頭を抱える。


「迷惑だなんて、そんなことないですよ。いつでも良いんですか?」


「はい。それはサクラ様達に合わせる、って言っていました」


「いつから働くんですか?」


「本格的に働くのは眠りの月からです。奉納舞の次の日から挨拶回りと顔見せを兼ねて少しずつ働いていきますけど」


「私の休みが闇の日だけなので、大和さんと休みが合った時になりますけど」


「始まりますよ」


エスターさんの声が割り込んだ。


いつの間にか大和さんが舞台に上がっていた。


今日も大和さんは口上を述べる。


『只今より、常磐流(じょうばんりゅう)第28代が2子、常磐大和、神々に舞を(たてまつ)る。どうぞ御照覧あれ』


日に日に見える花畑がはっきりしてきている。枝垂桜は相変わらず見えてるんだけど、花畑が鮮やかになってきている。ピンクや黄色、赤や、薄いブルーの花々。見たことのない花ばかりだ。


ダニエルさん達って出身はバラバラだよね。もしかして私の見る景色はみんなのがミックスされている?最初のがどんなだったかは覚えていないし、完全に憶測に過ぎない。私は大和さんと違って見たもの、聞いたものをそのまま信じてしまうタイプだ。

考察なんてできないし、そこまで考えが及ばない。


大和さんの剣舞が終わると、私は大和さんの元に行った。


「咲楽ちゃん、おはよう。どうしたの?」


大和さんにぎゅっと抱き付いて、挨拶を返す。


「大和さん、おはようございます。あの、花畑が……」


ゴットハルトさんがみんなを促して、家の中に入っていった。


「花畑?急に見え出したってあれ?」


「はい。鮮やかになってきている気がします。みんなのフラーの季節の情景が混じったみたいな感じで」


「嫌な感じとかは?」


「ありません」


「なら良いね。どうして混じったって思ったの?」


「最初の花畑がどんなだったのかは覚えていないですけど、色が増えてる気がします」


「そう。俺には見えてないから何も言えないけど、そう感じたのならみんなのが混じったって言うのもありうるね」


そのまま家に入ろうとして、大和さんが足を止めた。


「どうした?アッシュ」


庭の入り口にアッシュさんが立っていた。


「サクラ様にお礼をと思って」


「お礼?」


「ブランの事、ありがとうございました」


「私は何もしてませんよ。ただアレクサンドラさんに話をしただけです」


「それでもです。貴女が話してくれたおかげでブランは前に進めた。ありがとうございました」


アッシュさんが頭を下げた。その後、私を見て、大和さんを見て、何かを言いかけて、結局言葉にせずに玄関の方に歩いていった。


「ちょっと気を付けた方がいいかな」


大和さんが呟く。


「気を付ける?」


「あぁ、なんでもない。家に入ろう。ゴットハルトが心配して出てくるぞ」


そういった瞬間に裏口のドアが開いて、ゴットハルトさんが顔を見せた。


タイミングがぴったり。思わず笑った私達をゴットハルトさんが不思議そうに見た。


「何を笑ってる?」


「いや、悪い。タイミングがぴったりだった」


「タイミング?」


ますます不思議顔のゴットハルトさん。


「遅くなるとゴットハルトが心配して出てくる、って言ったとたんにお前が顔を見せたものだから」


笑いが残る顔で大和さんが説明する。


「そうか。仲が良くてなによりだ」


大和さんと家に入る。私はキッチンに、大和さんはシャワーに、と思ったら、ゴットハルトさんとエスターさんに少し話をしていた。


何を話してるんだろう?多分聞かれたくないんだろう。私に背を向けて聞こえないようにしている。


私に出来るのは、気にしないように、気にならないように動くことだけだ。朝食の準備と私のお昼ごはんの用意を進める。


やがて話を終えた大和さんはシャワーに行った。ゴットハルトさんはリビングに行った。


「気を使わせてしまいましたね」


エスターさんに話しかけられる。


「いいえ。私に聞かせたくないか、聞かれたくないかのどちらかだと思いましたから。女性に聞かれたくない話があるように、男性にもそういう話はあるはずですから」


「そう考える女性って少ないんですけどね」


「あら、それは酷い誤解です。ちゃんと空気を読める女性は多いですよ」


そう言って頬を膨らませると、すごく微笑ましげに見られた。


「貴女の表情はくるくる変わって見ていて飽きませんね」


「私は見世物じゃありません」


「当たり前です。そうじゃなくて、人を和ませると言うかほっとさせると言うか。何と言えば良いんでしょう?」


「可愛らしい、で良いんじゃないか?」


ゴットハルトさんの声がした。


「人として好ましい、とも言い換えられるが」


「そうだな。うん。そういう感じです」


「今度は2人で咲楽ちゃんを口説いてるのか?」


大和さんがダイニングの入り口で笑って見ていた。


「口説いて無いって。口説くなら狼の見ていないところでやる」


「見ていない所はまずいでしょう。特に女性と2人きりという状況は避けねばなりません」


「エスター……貴族的というか、優等生のお答えだな」


「生まれてからずっと貴族籍だから、そういった教育は叩き込まれている」


えぇっと、朝からする話ですか?


「大和さん、コーヒーはどうします?」


「淹れる。2人はどうする?」


「俺は貰う」


「私はいいです」


エスターさんはコーヒーはお気に召さなかったみたい。


大和さんがコーヒーを淹れている間に朝食プレートをテーブルに運んで、スープを()ぎ分ける。


4人でテーブルに付いて朝食を食べる。


「お2人の朝食はどなたかが作っているんですか?」


市場(バザール)で買っています。こういった朝食セットも売ってるんですよ」


「今日のは西市場(バザール)で買いました」


「ランニングの途中で消えたのはそういう訳か」


「途中で消えた?」


「ダニエル達と一緒だと結構な集団になるでしょ?途中で2~3人横道に逸れたんだよ」


「あれだけ離れていて、よく気付くな」


ゴットハルトさんが呆れたように言う。


「離れる?あぁ、大和さんって速いですよね」


「そこまででもないでしょ」


「ヤマトは狼だから」


「だな。あっという間に離される」


納得のいっていない顔をする大和さんだけど、時速17kmって自転車並ですからね。


朝食を食べ終えて私は自室で出勤の準備。服を着替え、練り香水を手に伸ばし、髪を纏める。もっとシュシュを作りたいな。少ししかないからいつも同じになっちゃう。そういえばテーブルランナーも作りかけだ。今のスヌードが終わったらやらなくちゃ。


リビングにいくと、ゴットハルトさんとエスターさんと大和さんが待っていた。


あれ?エスターさんも一緒?


「ちょっと話があってね」


朝の続きかな。


大和さんが結界具を作動させて、家を出る。


「私は離れてた方がいいですか?」


「多分大丈夫」


「ん~。ちょっと離れてます。その方が気兼ねなくお話しできますよね」


私が3人の前を歩く格好になった。3人は後ろで話している。


王宮への分かれ道の半分くらいのところで話が終わったみたい。


「咲楽ちゃん、お待たせ」


大和さんが側に来てくれた。


「お話は纏まりましたか?」


「まぁ、一応。今後どうなるかは相手次第かな」


相手?誰の事だろう。聞いちゃうと大和さんも困っちゃうよね。


「ごめんね。聞かないようにしてくれてるって分かってるから」


王宮への分かれ道まで来たらローズさんに笑われた。


「また1人増えてるわね」


「おはようございます、ローズさん。増えてるって」


「私は今日だけですよ」


エスターさんがそう言ってくれたけど、大和さんはずっと笑ってる。


「大和さん?」


「悪い。今気がついた」


そうして声を潜めて耳打ちされる。


「こういうのを逆ハーレムって言うんだよね」


「えっ?そう言えば。違いますからねっ。状況はそうですけど、違いますからねっ!!」


「分かってるから。落ち着いて」


頭を撫でられた。撫でられてたら、落ち着いてきた。


「あれ?今日は副団長さんは?みえないんですか?」


「今気がついたの?ライル様も居ないでしょ?」


あ、本当だ。


「ローズさんだけですか?」


「そうね。お2人は先に行ってるわ」


「何かあったんですか?」


「当日の打合せね」


「当日?」


「奉納舞よ」


「あぁ。じゃあ早く行った方が良いんじゃないんですか?」


「大丈夫よ。私達はいつも通りで」


「大丈夫なんですか?」


「じゃあ、咲楽ちゃん、気を付けてね」


「はい。行ってきます。大和さんも気を付けてくださいね」


大和さん達と別れて施療院に向かう。ゴットハルトさんとエスターさんがついてきてくれた。


「お2人共、すみません」


「私は施療院がどこにあるか知りませんから、案内してもらってる気分です」


エスターさんが笑って言う。


施療院が見えてきた時、前から副団長さんが走ってきた。


「シロヤマ嬢、トキワ殿はもう行きましたか?」


「おはようございます。はい。先程別れました」


「そうですか。分かりました。急ぎます」


「お気を付けて。行ってらっしゃい」


副団長さんはゴットハルトさんとエスターさんを一瞥してから、王宮の方に走っていった。


「後を付けてるとでも思われましたかね」


ゴットハルトさんが苦笑して言う。


「そんなことないと思いますけど」


「こんな堂々と付けてる人、居ないでしょう」


私とローズさんがそう言って笑った。


施療院に着いた。


「はい。ここが施療院です」


「大きいですね」


エスターさんが施療院を見渡して言う。


「王都の施療院なら、と、言いたいが、やっぱり大きいよな」


「すみません。着替えてきます」


2人に声をかけて、更衣室に行く。


「サクラちゃん、あの方達って?」


「すみません。ご紹介もせずに。ゴットハルトさんは知ってみえますよね。もう1人がエスター・パイロープさんです。お2人共、眠りの月から神殿騎士団に入られます」


「サクラちゃん、貴族様なら「様」を付けた方が良いと思うわよ。許可を得たならいいけど」


「どちらからもそう呼んでくれって言われたんです」


「そうなの?なら良いんだけど」


ルビーさんが更衣室に入ってきた。


「おはよう2人共。ヘリオドール様とパイロープ様にお会いしたわ」


「あぁ、送ってくださったのよ。私はサクラちゃんのおまけだけどね」


「なぁに?あぁ、ご近所だから?」


「ルビーは知ってたの?」


「サクラちゃんの誕生日パーティーの日にサクラちゃんの家にお泊まりしたのよ。ヘリオドール様はあのパーティーに見えてたでしょ。パイロープ様は翌日に紹介されたわ」


「ズルい。ルビー、サクラちゃんの家にお泊まりしたの?」


「トキワ様が泊まっていくかって聞いてくださったのよ」


「いいわねぇ。サクラちゃん、また機会があったら絶対に泊めてよね。家に泊まってもいいし」


そんな話をしながら待合室に行くと、ゴットハルトさんとエスターさんがナザル所長と話をしていた。


「それでは失礼します」


「ではまた」


お互いに礼をして、2人は出ていく。


「ナザル所長、おはようございます」


「おはよう。あの2人はシロヤマ嬢の知り合いだったのじゃな。誰かと思って声をかけたらそう言っておった」


「はい。眠りの月から神殿騎士団に入られます」


「入口付近で立っておったから患者かと思ったら違うと言うし、何者かと思うたわ」


ふぉっふぉっふぉっとどこかの白い髭のおじいさんみたいな笑い声をあげて、診察室に入るナザル所長。


私達も診察室に入って診察の準備をする。


ライルさんを見なかったけど、奉納舞の時の打合せって終わってるんだよね。


そう思いながら、診察が始まった。何人かを診た後、アッシュさんが男の人に連れられて入ってきた。


「あれ?アッシュさん。どうかなさったんですか?」


「サクラ様、ご迷惑をお掛け致します」


深々と頭を下げるアッシュさん。


「迷惑ではないですよ。どうなさったんですか?」


「些細な怪我なんです。私に治療なんて要らないんです」


頑なに症状を言わない。付いてきた男の人が話し出した。


「こいつはスラムの現場で足を滑らせた私の仲間をかばってくれたんですよ。右肩の辺りを酷くぶつけてました。診てやってください」


「そんなに痛みもないし、大丈夫です」


アッシュさんは大丈夫としか言わない。


「アッシュさん。大丈夫かどうか、判断するためにも、一度診せてください」


「私はこのままでいいんです」


困ってしまった。治療拒否だ。


「私だからでしょうか?他の施術師の方のほうが良いですか?」


「いえ、サクラ様。どうか、放っておいてください」


アッシュさんは診察室を出ていってしまった。


「何があったんでしょうね」


ポツリと呟くと付いてきていた男の人が謝ってくれた。


「あまりに酷いぶつけかただったんで、無理に引っ張ってきたんですよ。それがいけなかったのでしょう。お手数をかけました」


「いえ、心配ですけど、本人が治療拒否している以上、私には何もできませんから。こちらこそお役に立てなくてすみません」


男の人は出ていった。


アッシュさん、大丈夫かな。本人が大丈夫と言って治療を拒否する以上、私には何もできない。その後、3の鐘が鳴る頃に、再びアッシュさんが入ってきた。


「アッシュさんどうか……」


「サクラ様、お聞きしたいことがあります」


私の言葉に被せるようにアッシュさんが話し出した。


「サクラ様は人を傷つけた人間をどう思いますか?」


突然の質問に戸惑いながら、答える。


「傷つけた人間、ですか?事情によります。故意に傷つけて、それを楽しんでいるようなのは許せないですけど、事故ともいえる状況だったらその人次第です」


「その人次第ってどういう……」


「その事を悔やんでるかどうかで変わります。でも、事故で傷つけた事を少しも悩まない人なんていないと思います」


「赦していただけますか?」


「何があったんですか?」


いくら私が鈍くても、ここまで来たら分かる。多分、アッシュさんは事故といえる状況で人を傷つけてしまった。反射的に逃げ出して、ここにいる。そうしてその事を誰かに告白したくて、赦してほしくてこの話をしている。


「サクラ様は天使様ですから。お側にいられればこんな私でも赦されると思ってしまったんです。サクラ様、赦すと言ってください。一言でいいんです」


ここで私が「赦す」と言ってしまったら、アッシュさんはどこかに行ってしまう気がする。


「アッシュさん、先に肩を診せてください。その処置が終わらなければ、話が進みません」


だから先に身体の方をケアすることにした。アッシュさんは項垂れて診察台に座った。


「右肩でしたよね」


私がスキャンをしようとするとアッシュさんが話し出した。


「ブランの問題が何とか解決したから、もう私は必要ないんです。この怪我はその代償なんです。このままにしておいてください」


何の事を言っているかは分からないけど、「代償」という言葉が出た。


代償。何かの代わりとしての償い。目的のための犠牲。


そういう意味しか私は知らない。


「治療は必要ないと言うんですね。だったら症状だけ確認させてください」


そう言って右肩をスキャンする。骨に異状は無し。けど、右肩だけじゃなくて、広範囲に酷い傷があるのがわかった。しかも傷跡になっている。


「アッシュさん、この傷跡って……」


言いかけて気が付く。傷跡については聞かない方がいい。


「右肩は打撲ですね。骨に異状はありません」


「傷については言わないでいただけますか?」


「誰にも言いません」


「トキワ様にも?」


「患者さんの事は、話しちゃダメなんです。大丈夫ですよ」


そう言って微笑むとアッシュさんが安心したように力を抜いた。


「でもね、アッシュさんの事が必要な人は必ず出てきます。自分は必要ない、って思ったことは私にもありますけど、貴方が必要な人は必ずいます。何かに苦しんでいるなら話してください。苦しんで歩けないって思っても、半歩づつでも進めたらいつかは違う景色が見えてきます。私は聞くことしかできません。答えは出してやれません。一緒に悩むことしかできません。それでもよければ、少しでも楽になるなら話しに来てください」


そう言うとアッシュさんは何度も頭を下げて出ていった。



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