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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
4年目 芽生えの月
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10年後

最終話です。

結婚して7年が経った。今は酷熱の月に入ったばかりの時期。子どもはまだ居ない。ヴァネッサさん始めバザール(市場)の奥様方には「仲が良すぎると出来ないらしいからね」なんて言われている。最初の5年位は「子どもは?」と聞いてきていたんだけど、徐々にそれも聞かれなくなった。もちろん今は魔法避妊薬は飲んでいないし、避妊もしていない。


授かりにくいかもという事は分かっているから、極力気にしないようにはしているけど、やっぱり寂しいと思ってしまう。大和さんには言わないけど、気付かれていると思う。


今日は夜勤明けでフェリスと小部屋に居る。大和さんは庭でナイオンと居る。ナイオンは結婚して5年目に正式に我が家にやって来た。大和さんに従者が増えて、カークさんがお世話を出来るから、というのが大きい。新しい従者はモルダウィット辺境領の前領主様の従者だった人だ。名前はファビオ・ビジャロボスさん。ビジャロボス男爵家の5男さんだ。ビジャロボス男爵家は没落してしまったらしく、家名はあるけど現在は平民だ。今はカークさんが家の事をして、ファビオさんが大和さんの騎士としての従者をしている。


カークさんの住んでいるアパートは現在3棟建っている。ファビオさんもそこに住んでいる。


「咲楽」


フェリスを撫でながら本を読んでいたら、ナイオンを連れた大和さんが家に入ってきた。フェリスがナイオンに近寄っていった。ナイオンはフェリスを邪険にすることなく、むしろフェリスのお兄さんかお姉さんのように面倒を見ている。


「咲楽、地下に行ってくる」


「はい。あ、今日は縄跳びをしてない」


「あぁ、どうする?一緒に行く?」


「どうしましょう?」


チラッとナイオンとフェリスの見る。フェリスはナイオンの腕の間でゴロゴロ言っている。ナイオンはフェリスの毛繕いをしている。放っておいて大丈夫かな?ナイオンが私を見て、目をゆっくりと閉じた。


「ナイオンが行けって。行こうか」


「はい」


「ナイオン、頼んだぞ。フェリス、ナイオンに迷惑をかけるなよ」


大和さんが2匹に声をかけて、私の手を引いて地下に降りた。


「大和さん」


「ん?どうした?」


「子ども、出来ませんね」


「子どもは授かり物だって言うけどね。気にしていたら余計にって聞いた事があるけど」


「排卵日を計算してってやった方が良いんじゃないかって、考えちゃって」


「やっぱり子ども、欲しい?」


「大和さんの遺伝子をこの世界に残したいです」


「遺伝子って。ずいぶん……」


「だって、大和さんの剣舞とか、大和さんの剣技とか残したいです」


「焦らなくて良いからね。剣舞はユーゴが受け継いでくれている。ルビーさんの子のボブとビルも習いに来ているでしょ?剣技はこの世界に他にも優れた人が居る。無理に残さなくても」


「でも……」


「俺は咲楽が居てくれれば良い」


「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど」


「誰かに何か言われたの?」


「言われてないです」


「不安になった?」


「不安と言うか……」


上手く言葉に出来ない。黙っていると大和さんは出していた道具を片付け始めた。


「こればかりは俺にも咲楽にもどうしようもないからね」


「分かっているんですけど」


「おいで」


地下訓練場の隅に置いてあるクッションの上に座った大和さんが私を呼ぶ。側に行くと大和さんの足の間に座らせられた。


「1人で悩まないで。不安な事は2人で分け合おう。ね?」


「はい」


頭を撫でられながら話をしていると、ブツっという音に続いて、伝声管から声が聞こえた。


『トキワ様、サクラ様、地下にいらっしゃいますか?』


ファビオさんだ。


「どうした?ファビオ」


『カークさんの所に使いが来ました。もうすぐハンネスさんが到着するそうです』


「分かった。上がる。カークは?」


『離れで準備をしています』


「すぐに上がる。待っていてもらってくれ」


結局運動せずにリビングに上がった。ハンネスさんはもうすぐ大和さんが賜る領地の代官になってもらう予定だ。領地と言っても実質は薬師協会の薬草畑が有るだけだ。そこの管理人が高齢で引退するからと、大和さんに白羽の矢が立ってしまった。領地を賜ると同時に大和さんは男爵に陞爵される。ただ、東街門騎兵士の副隊長として王都を離れられないから、貴族の経験があり領地経営も学んでいたであろうハンネスさんを雇って代官になってもらう事にした。説得に時間はかかったけど。


陛下が騎士爵の大和さんを男爵に陞爵してまで、薬草畑があるだけとはいえ領地を持たせたのには、私が関係している。ドリュアスの木やハーブ(薬草)の品種改良をヤラかしてしまった為だ。それに最近、身体が怠くなることがある。魔力量は減っていないし、特に思い当たる事もない。無いよね?王妃様がゆっくり休める所があれば良いんじゃないか、と仰られて、薬師協会がそれに乗っかった。領地として賜る所には、綺麗な湖と広大な薬草園以外に薬草栽培に関わる人が住んでいる。住人が居るならそこは領地としても良いんじゃないかとこじつけられたらしい。


リビングに上がるとファビオさんが大和さんを待っていた。領地経営の話に私は参加しない。大和さんとハンネスさんが話し合って今後の方針を決める。大和さんとファビオさんが出ていってすぐに結界具が反応した。ハンネスさんが来たらしい。ファビオさんが出迎えて離れに案内していった。


側に寄ってきたナイオンとフェリスを撫でて、小部屋に移動する。


「サクラ様、どうかなさいましたか?」


カークさんが戻ってきた。


「ちょっと考えちゃって」


「お悩みですか?」


「簡単には解決しない悩みなんですよね」


「お聞かせいただけませんか?」


「こればかりは……。男性には話しにくいです」


「リンゼを寄越しましょうか?」


「今はリンゼさんも大変でしょう?」


リンゼさんは今、3人目のお子さんの子育て真っ最中だ。


「お悩みでしたらトキワ様にご相談なされては?」


「しているんですけどね。大和さんにもどうしようもなくて」


数日後に吐き気が止まらなくなった。当然食欲は無い。食事の匂いが特にダメで食事の用意が出来ない。


「咲楽、1回診てもらった方が良いんじゃない?」


「そうなんですけど、匂いに敏感になって吐き気がって、思い当たるのが1つしかないんですけど」


「俺もそう思う。だから誰か、マックス先生とかナリヤさんとか、信頼できる人にさ」


マックス先生に診てもらった。


「うん。おめでとう。新しい命が宿っているよ」


「本当ですか?」


「少し休んだ方がいいね。サクラ先生の負担になるといけないから」


「休まないとダメですか?」


「食事、摂れてないんでしょ?」


「はい」


ホアだし吐き気も重なって食事を作るのが難しい。


「体調が安定するまではゆっくりした方が良いよ。幸い東施療院は人数が居るからね」


東施療院は王都外の人も診察に訪れる。わざわざ近隣の村から診察を受けに来るのだ。だから施術師が他の施療院より多く配属されている。


「……。分かりました」


「辞める訳じゃないからね。散歩とかで来てもらっても良いよ」


「はい」


子どもが出来た事は嬉しい。出来ないかもって言われて、半ば諦めかけていたから。診察室を出ると、大和さんが待っていてくれた。


「確定だそうです」


「そう。良かった。嬉しい。咲楽の子どもに会えるんだね」


ぎゅうっと私を抱き締めて、大和さんが言う。


「それで、私はしばらく仕事を休むようにとの、マックス先生からの厳命です」


「仕方がないね。家でフェリスとナイオンの相手を頼むよ。あぁ、カークとファビオには話すけど、良いかな?」


「はい」


「安定期に入ったら、発表だね」


「誰に向けての発表ですか?」


「心配していた人達」


「それはローズさんやリディーさん、ライルさん、ルビーさんでしょうか?」


「そうだよ?」


それから結局、15週(4ヶ月)まで悪阻(つわり)は治まらなくて、ローズさん達に報告するのも遅くなってしまった。その前にダフネさんがちょろっと匂わせちゃって、みんなは勘付いていたみたいだけど。だって5ヶ月に入ってすぐにお祝いとして赤ちゃん用品を頂いたもの。それも全員の手作りって言うんだから、嬉しくて泣きそうになった。トリアさんやターフェイアのみんなもお祝いしてくれた。東施療院には5ヶ月に入ってから復帰したけど、すぐに産休で休むことになってしまった。散歩でナイオンを連れて東施療院まで歩いていって、保育室の子ども達と遊んでまた帰ってくる。家に着くとフェリスがお出迎えしてくれる。


妊娠して10ヶ月に入ってすぐ、36週で陣痛が来て、ナリヤさんを大和さんが呼んでくれた。陣痛は丸2日続いて、モルガさんとマックス先生も来てくれた。


出産後、しばらく意識を失っていたらしい。目を開けたら大和さんの心配そうな顔が覗き込んでいた。


「咲楽、良かった、気が付いた」


「大和さん、赤ちゃんは?」


「少し小さいけど、元気な男の子だよ。ありがとう。ゆっくり休んで」


「赤ちゃん、見たいです」


「一休みしなくて良い?赤ん坊は今、マックス先生が診てくれてる」


「顔を見たいです」


「分かった。ちょっと待ってて」


大和さんがドアから顔を出してマックス先生を呼んだ。


「起きたね。おはよう。元気な男の子だよ。おめでとう」


「ありがとうございます」


「みんなが、サクラ先生と赤ちゃんに会いたいらしくてね。さっきから僕の『対の小箱』が鳴りやまないんだよ。あぁ、また鳴ってる。サクラ先生、抱いてやって。僕はちょっと『対の小箱』を見てくるから」


マックス先生が赤ちゃんを隣に寝かせてくれる。赤ちゃんは両手をグーにして、万歳をして寝ている。赤ちゃんは両手に幸せを握りしめてこの世に生まれた喜びで万歳をしているんだよって産科の先生が笑いながら言っていた。


「はい。ふふっ、可愛い」


「男前になりそうだね。ナリヤさんとモルガさんを呼んでくるよ」


モルガさんとナリヤさんが入ってきて、赤ちゃんに初乳を飲ませてくれた。


「お疲れ様だったね。少し休みな」


「はい」


「それとキッチンを借りるよ。お母さんは休んでおいで」


「えっ!?」


「サクラ先生はご親族は居ないの?」


「はい。大和さんが唯一の家族です」


「そう。ごめんなさいね。待ってて。美味しいお料理を作ってくるから。あぁ、これは私達からのお祝いだから気にしないで」


「そうそう。お母さんにだけだしね」


あはは、とモルガさんは陽気に笑ってナリヤさんと出ていった。


大和さんと相談した赤ちゃんの名前は『志恩(シオン)』。志高く人々への恩を忘れず育って欲しいとの願いを込めた。志恩(シオン)は母乳をたくさん飲んでスクスクと育ってくれている。木工組合からベビーカーを送っていただいたから、それに乗せて一緒にお散歩する事を楽しみにしている。通常、赤ちゃんを外に出すのは1ヶ月位から。足元から徐々に紫外線に当てて慣らしていく。最初はお家のお庭で外気に触れるだけでも充分。お散歩に出る時も10分、20分、30分と、だんだん時間を増やして、外の空気に少しずつ慣れさせていくといい。赤ちゃんの肌はデリケートだから、急に長時間日光に当てないようにする。


ベビーカーに志恩(シオン)を乗せてゆっくりと歩く。大和さんがお休みの時は一緒に散歩してくれるけど、いつもはナイオンが一緒だ。たまにフェリスがベビーカーの座席下の荷物を入れられるバスケットに入っていたりする。


志恩(シオン)と一緒に花の月の王都を歩くと、道端に色んな花が咲いている。1度は諦めていた『子どもを持つ』という夢を叶えてくれた志恩(シオン)には感謝しかない。


志恩(シオン)は色んな事を教えてくれる。私も大和さんもまだまだ新米のパパママだから、戸惑うことも多い。周囲の助けを借りながら志恩(シオン)をみんなで育ててくれている感じがする。ご近所さんの知らなかった1面を知ったり、反対に驚かれたりしている。


更に、その3年後、私達家族の元にもう1人やって来てくれるとは思わなかった。その子が女の子だと教えてくれたのはなんと志恩(シオン)。私のお腹に手をあてて、いきなり「僕の妹だね」って言うんだもん。もちろん大和さんも私も本気にしていなかった。でも一応大和さんと女の子の名前も考えた。男の子なら『玲音(レオン)』、女の子なら『玲菜(レイナ)』。『玲』という字には玉の鳴るすずしい音や色が冴えて鮮やかな様といった意味があるらしく、私も大和さんも楽器を演奏できるからと、大和さんはずっと考えていたらしい。志恩(シオン)の時は『志』の字を使いたかったんだって。


志恩(シオン)と一緒に玲菜(レイナ)をベビーカーに乗せて、東施療院に行く。東施療院の保育室に志恩(シオン)玲菜(レイナ)を預けて、少しずつ施術師に復帰している。


この世界に来た時は、こんなに穏やかで幸せな日を送れると思っていなかった。大和さんと結婚出来た事にも幸せを感じたけど、志恩(シオン)玲菜(レイナ)が家族に加わってくれて、さらに幸せが大きくなった。


これからも色んな事があると思う。それでもこの世界に私達を受け入れてくれた幸せに感謝したいと思う。


元々、「異世界に転移した女の子が幸せになる」という非常にざっくり過ぎる思い付きで始めた話です。

本当は咲楽と大和の結婚で終わろうと思ったのですが、その後を少し書いてみたくなり、ダラダラと続けていました。


拙い小説を見つけてくださり、なおかつ読んでくださり、お気に入りやブックマークや良いねボタンや評価や感想をくださった皆様には、感謝しかございません。

一応次の話は思い付いているのですが、まだまだお見せできる状態ではなく……。自らの文才の無さを痛感しております。


今一度、読んでくださった皆様に深謝いたします。

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[良い点] 面白かったです!お疲れ様でした(((o(*゜▽゜*)o)))
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