騎士団対抗武技魔闘技会 2日目 ②
「僕らだけでは決められないんです」
「決められない?」
怪我しても原因が言えないって、ちょっと、いえ、かなり怪しいんですけど。
診察室を沈黙が支配する。最初に口を開いたのはマックス先生だった。
「ワケアリなのは分かった。街門に連絡させてもらうよ」
「王都観光は出来ないよね?」
「出来ないね。この状態で観光するつもりだったの?」
「だって、仕事が終わったら、観光してきて良いって」
「あっ、馬鹿。黙ってろ」
街門兵士さんが2人を引き取りに来た。項垂れて2人が戻っていく。
「どう考えても上に指示した人間がいるね」
「おまけにあの噛み跡。さっきの子は何の怪我か話してくれなかったのよ」
「私が担当した子はトレープールって言ってました。思わず言っちゃったって感じでしたけど」
「トレープールね。どこかでまた巣が出来てるって事じゃなければ、良いけど」
マックス先生が立ち上がる。
「街門の方に話してくるよ」
「お願いします」
目的が分からない。負傷してまで何を隠しているの?
「あの子達、兄弟かしらね?」
「どうでしょう?関係性も分かりませんね」
「昨日の4人と何か関係があるのかしらね」
「あるんじゃないですか?じゃなきゃ、同じような怪我の患者が現れるって不自然です」
「どこから来たのかだけでも、分からないかしらね」
「街門で聞いていると思いますよ」
ヴォン、という音が複数響いた。
「何の音?」
「飛行装置ですね。何かの調査に行ったんだと思います」
「飛行装置って、あぁ、あの最近売り出されたお高い乗り物」
「売り出されたってどこで見たんですか?」
「魔道具屋よ。新居に必要な魔道具を見に行ったの。そうしたら飾ってあったわ」
「飾って……。大きかったでしょう?」
「大きかったわね。サクラ先生、知ってるの?」
「夫が飛行部隊の隊長なので」
「やだ、サクラ先生ったら夫って言ったとたんに真っ赤になって可愛い」
「ミレイユ先生、ほっぺをムニムニしないでください」
「何やってるの?」
帰ってきたマックス先生に呆れられた。あ、後ろにピーターさんも居る。
「話してきたよ。飛行部隊が調査に出ていった。本格的な調査は明後日からだね」
「明日はフルールの御使者ですもんね」
「ミレイユ先生、明日はよろしくね」
「後はイグナシオ先生とフォス先生でしたっけ?」
「パレードの時は僕達は2階で見るよ。トラヴィス先生とブルーノ先生とシャノン先生は3の鐘前に来るって」
「サクラ先生は闘技場ですよね。何かするって聞きましたけど?」
「剣舞関係とフルールの御使者の出発式のお手伝いですね。ちょっと忙しいです」
衣装チェンジがあるんだよね。ドレスから白い衣装に着替えなきゃいけない。
「見たかったですけど、我慢します」
「誰かにカメラを渡して撮ってもらおうかな?」
「マックス先生、カメラ、買ったんですか?」
「投影装置の手伝いのお礼に安くしてもらったんだよ」
魔石に回路を刻みましたね、そういえば。
「カードルも買ったから、長く残しておけるよ」
カードルというのは、フォトスタンドの事。
「どこかに飾るとか、辞めてくださいね?」
「施術師は見られるようにするけどね」
「そこに薬師も入れてください」
「良いよ。ね?」
「私に許可を求めるんですか?」
「当然だよね。当事者でしょ?みんな見たいんだからね」
ミレイユ先生まで頷かないでください。
5の鐘までに来院したのは20人程。5の鐘になるとカークさんが迎えに来てくれた。
「すみません。お先に失礼します」
「頑張ってきてね」
マックス先生達に見送られて東施療院を出る。
「トキワ様はすぐに追い付くと言っておられました」
「まだお仕事が終わらないんですか?」
「終わったんですけどね。街門長が話があると」
「長引きゃなきゃ良いんですけど」
闘技場に着いた。ヴィクターさんとユーゴ君も居る。魔道具師さんとか魔術師さんも居る。結構たくさんの人が居るなぁ。観客席にちらほらと見ている人が居るし。
「お待たせしました」
大和さんが来た。
「集まってくれるか?まず、俺が祝い歌を舞う。その後に『春の舞』だ。ヴィクターとカークはなるべく動きを合わせて欲しい。ユーゴ、そう緊張するな」
「だってさ、こんなに大勢居るって思わなかったから」
「本番はもっとたくさんの人が居るんだぞ。良いか?ユーゴ。舞台に上がればお前はユーゴじゃない。フラーの情景を見せる演者だ。人の目は気になるだろうが囚われるな。いつものように舞う事だけを考えろ」
「う、うん。ちょっと落ち着いてきていい?」
「あぁ。祝い歌までには戻れよ。咲楽も緊張してそうだね」
「ユーゴ君程じゃないですけどね」
「緊張を解すおまじない、要る?」
緊張を解すおまじないってハグだよね?こんな人前で?
「大丈夫です」
「残念。悟られたか」
魔術師さんがライトで舞台を照らした。ユーゴ君が戻ってきてリハーサルが始まる。
まず、大和さんが舞台に上がった。舞扇を魔空間から出して、私も舞台に上がる。ドレスでの歩き方を意識して、大和さんの待つ舞台の中央に進む。
大和さんが跪いて両手を差し出した。そこに舞扇を手渡す。
私の出番はこれだけ。静かに舞台を降りた。
ハラリと舞扇を広げた大和さんが祝い歌を紡ぐ。
『庭の砂は金銀の 玉を連ねて敷妙の
五百重の錦や 瑠璃の扉
硨磲の行桁 瑪瑙の橋
池の汀の鶴亀は 蓬莱山も余所ならず
君の恵みぞ ありがたき 君の恵みぞ ありがたき』
朗々と謡いながら、大和さんが舞う。意味はよく分からないけど、いつもと違う大和さんがそこに居た。剣舞の時でも騎士として働いている時でもない大和さんだ。
口上も述べていないのに、舞台の上の方に7神様の光が見えた。
「スゴいや」
ユーゴ君がポツリと言う。
「場を支配するってこういう事だよね。みんなトキワさんから目が離せない。僕もいつかはあんな風に舞いたいな」
「出来るよ。ユーゴ君なら」
祝い歌を舞い終えた大和さんが、いったん舞台から降りる。次は『春の舞』。宮廷演奏家達が準備を始めた。リュラとトラヴェルソと太鼓のシンプルな編成だ。ただし数は多い。太鼓以外、各3人ずつ居る。太鼓といってもタンブリンのような大きなフレームドラムだ。カン、カン、と高い音がする。
大和さんとユーゴ君が舞台に上がる。まずは口上から。
『只今より、常磐流第28代が2子、常磐 大和、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
『只今より、常磐流ユーゴ、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
口上の後、カークさんとヴィクターさんが、大和さんとユーゴ君に剣を渡す。大和さんとユーゴ君が抜剣して鞘をカークさんとヴィクターさんに渡して、カークさんとヴィクターさんは舞台を降りた。
宮廷演奏家の音に合わせて2人が舞う。フィールドに広がる色鮮やかな花畑と、そこに停められた花馬車が見えた。今はまだ花畑の存在感に花馬車は劣っている。でも、儚い幻じゃなくそこに有ると感じられる。
舞い終わって納剣した後、大和さん達が舞台を降りた。観客席から小さいけど拍手が聞こえた。舞台を降りても大和さんは私達の所に来ない。今の大和さんの立場は監督兼演出家兼演者だから、指示を伝える必要がある。
「ユーゴ、もう1度いけるか?」
「うん」
「カークとヴィクターも、頼む」
「かしこまりました」
「咲楽、向席で音が聞こえるか確認して」
「はい」
「そのまま座って見ていてくれる?投影装置のテストもするから」
「分かりました」
どうやらもう1度舞うらしい。テレポートで向席に移動する。舞台の後ろに大きな白い幕が張られた。
魔術師筆頭様がテレポートで移動してきた。
「サクラさん、私もご一緒してよろしいかしら?」
「リディーさん、いらっしゃい」
「素晴らしかったですわ。サクラさんも堂々としていらして。もう1度ですの?」
「はい」
「ここからじゃ遠くありませんこと?」
「今度はねぇ、あの幕に2人の姿を投影するんだよ。感想を聞かせてね」
「筆頭様、ご無沙汰いたしております」
「今度は拡声魔法も使うよ」
幕が光った。大和さんとユーゴ君が映し出される。
『只今より、常磐流第28代が2子、常磐 大和、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
『只今より、常磐流ユーゴ、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
口上もしっかり聞こえた。はっきりとした映像だ。少しタイムラグはあるけれど、気にならない。花畑と花馬車も見えた。
「筆頭様、2ヶ所で闘技場の映像を見られるようにするって伺いましたけど、音も届くんですか?」
「伝達の魔道具は前から有るから、それを使うんだよ。あの幕の下に魔道具を仕込んでね。今頃王宮練兵場で試しているよ」
「そうなんですね」
最後は大和さんだけで『春の舞』を舞って、リハーサルは終了した。ユーゴ君は2回が限度だったらしい。
「お疲れ様。前祝いでもしようか。あっちに夕食を用意してあるよ」
闘技場の一室に用意された夕食を頂いて、家に帰る。私はちゃんと食べられたけど、大和さんはずっと打ち合わせをしていた。リディーさん達は夕食を食べずに帰っていった。
「大丈夫?ユーゴ君」
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
疲労困憊のユーゴ君は、それでも頑張ってじぶんの足で歩いている。疲れた上にお腹一杯で眠そうだ。
「どうしよう。夕食、食べちゃった」
「ん?あぁ、野菜のみのスープか?今回は奉納舞じゃないからな。そこまで厳密にしなくていい」
「でも、トキワさん、食べてなかったよね?」
「打ち合わせで食べる暇が無かったというのが正解だな。家に帰ったら食べるよ」
「フェリスがきっと拗ねてますね」
「遅いって?」
「寒い、お腹空いたって」
「だろうね」
あの怪我をした2人の事も気になるけど、今は話題に出せない。
家に着くと、フェリスが飛んできてサイレントニャーをしながら大和さんにすり寄っていた。
寒くはないけど、暖炉に火を入れる。
「大和さん、おむすびは大丈夫ですか?」
「うん。作ってくれるの?」
「具の無い塩むすびですけどね」
「良いね。先に風呂に行ってくるよ」
「はい。その間に作っておきますね」
ご飯を炊いている間に、フェリスのご飯を作る。フェリスにご飯をあげたら、精進汁を温める。
明日かぁ。今までとは違う緊張感があるなぁ。大和さんの祝い歌も初めて聞いたし初めて見たけど、なんだか違う人のような気がした。おむすびを握りながら、ぼんやりと考えていた。
「咲楽、入っておいで」
「はい。おむすびは握ってあります。スープも温めてあります」
「待ってるよ。早く行っておいで」
「はい」
あの祝い歌ってどんな意味なんだろう?大和さんに聞いてみようかな?ずいぶん難しい言葉ばかりだったけど。耳馴染みの有るはずの私にも全く分からなかった。分かる言葉もあったよ?最初と最後だけ。庭のなんとかは金銀の、とか、君の恵みぞありがたき、とか。分からない言葉の方が多いというよりは分からない言葉ばかりだ。
「お先に頂いているよ」
「私は食べたから要らないんですけど」
「そうだったね」
握ってあった塩むすびは後1個だけになっていた。大和さんが嬉しそうに最後の1個に手を延ばす。
「ちょうどいい塩加減だね。スープによく合ってるし」
「良かったです。明日も塩むすびにしますか?」
「お願い出来る?」
「はい」
明日は和食って訳にいかないんだよね、動物性の物は使えないし。
「明日ってユーゴ君もこっちで食べるんですか?」
「カークも一緒だよ。リンゼも来るしね」
食べ終えた大和さんと寝室に上がる。
「大和さん、あの祝い歌の意味ってなんですか?」
「意味?言ったよね?天下泰平、国家の長久を祈念し、祝福する内容だよ」
「それは分かったんですけど、庭のなんとかは金銀の、とか言ってましたけど」
「『庭の砂は金銀の 玉を連ねて敷妙の
五百重の錦や 瑠璃の扉
硨磲の行桁 瑪瑙の橋
池の汀の鶴亀は 蓬莱山も余所ならず
君の恵みぞ ありがたき 君の恵みぞ ありがたき』だよ。庭のなんとかって」
「庭の?」
「庭の砂。庭の砂として金銀が玉のように敷かれていて、幾重にも錦が重ねられ、家の扉は瑠璃、橋の行桁(橋げた)はシャコやメノウで飾られている。池にいる鶴や亀の眺めは蓬莱山(理想郷)のようだ。帝の恵みは誠にありがたいものだって感じかな。元は中国の唐の時代の皇帝を讃える物だったんだよ」
「おめでたい歌なんですね」
「そうだね」
大和さんの胡座に座って、話をする。奉納舞の時は前日にこんな風に過ごせないから、ちょっと嬉しい。
「明日、終わってから話を聞いてください」
「今からでも良いよ?」
「明日でいいです。煩わせたくないし、ゆっくり休んで欲しいんです」
「分かった、分かった。じゃあ、もう寝ちゃおうかな?」
「はい。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽」
私の額にキスを落として私を抱き込んで、大和さんは眠ってしまった。滅多に見られない大和さんの寝顔をしばらく眺めて、私も眠った。