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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
4年目 芽生えの月
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「小さい子が一生懸命食べているのって、なごみますよね」


イグナシオ先生が少し離れた所から2人を見て言う。ポピーちゃんとジニアちゃんは側に行きたそうにしていたんだけど、お母さんのシャノン先生に阻止されていた。「食事は座って食べなさい」だって。


「サクラ様、よろしいでしょうか?」


カークさんが呼びに来た。なんだろう?断りをいれて席を立つ。


「カークさん、どうなさいました?」


「ヴィックがここまで歩いてきました。お礼を言いたいと」


「ヴィクターさんが?」


急いで待合室に行く。


「ヴィクターさん」


「サクラ様、ありがとうございました。ここまで歩けるまでに回復しました。トキワ様のお手伝いも出来そうです」


「良かったです。でも、無理はしないでくださいね。どこか違和感は無いですか?」


「違和感ですか?特には……。あぁ。ムズムズするのが持続してます。動いていると気になりませんが」


「持続というと、夜は眠れていますか?」


「はい。長年の癖で眠りは浅いですが」


「ぐっすり眠れるハーブティー(薬草茶)をお渡ししましょうか?」


「しかし……」


「あ、私がお渡しするので代金は頂けないんです」


「はい?」


「私は施術師なので、知識はありますが営利目的で処方は出来ないんです」


「……お願い出来ますでしょうか?」


「はい。少々お待ちください」


東施療院の私の診察室でハーブティー(薬草茶)を淹れる。ヴィクターさんがぐっすり眠れますように。


蓋付きのカップに入れてお渡しする。


「冷めても美味しいと思いますけど、温めてもらっても良いですよ。カップは次回会った時にでも返してください」


「カークに渡しておきます」


「お願いします」


ヴィクターさんはカークさんと東街門の方に歩いていった。何か用事があるのかな?


お昼からは新規組に診察を任せて、イグナシオ先生と2階、3階を見て回る。窓も開けて換気もしていく。


「窓にガラスがたくさん使われていて、贅沢ですよね」


「一応王立だから。でも、全部がガラスじゃないですよ?」


「そうなんですか?」


「黄色っぽいのはスライム液を固めた物。スライム局の努力の結果ですね」


「へぇぇぇぇ」


「イグナシオ先生は私と大和さんの事情は知っていますよね?」


「うん。あの時居たから」


「マックス先生とフォスさんは知っているけど、他の人は知らないんです。だから」


「言いませんよ。言ったら叔父の事とか、ウチの先祖の事も言わなきゃいけないじゃないですか」


「ごめんなさいね」


「いいえ。叔父からも言われてますから。迷惑をかけるなって。最初に迷惑をかけたのは叔父ですよね?」


「迷惑という訳じゃなかったんですけどね」


不快にならなかったと言えば嘘になるけど、そういう人だと分かってしまえば、それなりの対応で返せたからね。


「ここが街門への通路ですか?」


「えっと、そうですね」


貰った院内案内図を見ながら答える。


「サクラ先生、覚えてない?」


「覚えられないんです」


「……。大丈夫?」


気遣いの前の沈黙が痛いです。


「なんとかなります。たぶん」


「ものスゴーく不安になるんだけど」


「たぶん、みんなそう思ってますね」


「トキワ様は心配してないの?」


「大和さんが心配する時期は過ぎました。今は、私が覚えられるように協力してくれてます」


「さすが、トキワ様」


大和さんに対する周りの評価って高いよね。私絡みだと特に。


一通り回って、窓を閉めながら戻る。ちょうどお昼寝から目が覚めたポピーちゃんとジニアちゃんのおままごとに少し付き合って、診察室に戻る。


「患者さんは居ませんねぇ」


「サクラ先生、夜ってまだ開けないんですよね?」


「花の月からですね」


「街門兵士が出来るだけ早く開けてくれって言ってきましたよ。街門は非公式に夜間も開いていますからね」


「マックス先生に相談しておきますね」


「それと、喫茶ルームに関する問い合わせが何件か来ています」


「具体的には?」


「いつから開業なのかとか、どんなメニューがあるのかとか、です。この2つが多いですね。開業は花の月から、メニューは楽しみにしておいてくださいと言っておきました」


「ありがとうございます。喫茶ルームは完全に別業態なんですけどね」


「施療院の中の喫茶ルームなのだから、施療院の設備なんだろうと考えたらしいですね」


「あ、サクラ先生、こちら。王立施療院のナザル所長から届いていました」


「ありがとうございます」


所長から?なんだろう。えっと、なになに?『騎士団対抗武技魔闘技会とフルールの御使者(みつかい)の当日は東施療院を開院する。王立と西からも施術師を回すから希望を聞いておいてほしい』、か。


「王立施療院のナザル所長からです。騎士団対抗武技魔闘技会とフルールの御使者(みつかい)の当日は東施療院を開院するから、希望を聞いておいて欲しいそうです。王立と西からも来てもらえるようですね」


「シャノン先生とイグナシオ先生を呼んできます」


みんなで集まって話し合う。


「この日はどうしても無理って予定のある人は?」


シャノン先生とブルーノ先生が手を上げた。私もフルールの御使者(みつかい)の当日は駄目だよね。


「他の人は良いんですか?」


「見たいですよ?見たいけど、仕事だって言われたら……」


「たぶん、全員待機って事にはならないと思います。騎士団対抗武技魔闘技会の時に闘技場に何人かとここ(東施療院)に何人か、でしょうね。今までは施療院の施術師だけで回していたんですから。民間の施術師さんも協力してくれていましたし、他領の施術師さんの協力もありました」


「サクラ先生もさっき手をあげてましたけど?」


「フルールの御使者(みつかい)当日だけですね。手伝いを頼まれています」


「それって『黒き狼による剣舞』の手伝い?」


「そうですけど、そんなタイトルが付いているんですか?」


「勝手に言っているだけですよ。でも、そっか。サクラ先生も出るのか」


「私は出ませんよ。あくまでもお手伝い(アシスタント)です」


ピーっと音が鳴った。ファックス音みたい。


「サクラ先生、追加です」


「ありがとうございます」


「フルールの御使者(みつかい)当日は東施療院の待機勤務だけ。パレードは東施療院の前を通るよ」って、マックス先生、何をバラしているんですか。仕方がないからそのまま伝える。


「それならここにいた方がいい?」


「闘技場で出発式は見られないけど、ここだと目の前を通っていくし」


「サクラ先生、2階の療養室、開けませんか?そこから見えますよね?」


「ブルーノ先生、頭良い。サクラ先生、良いですよね?」


「マックス先生に聞いてからです。私の独断では結論が出せません」


マックス先生は良いって言いそうだけどね。自分も見たいからって進んで開放しそう。


話し合いの結果を『対の小箱』で送る。


「あれ?」


ターフェイアとの『対の小箱』に何か来ている。え?何通あるの?


「サクラ先生、それは?」


「ターフェイア領の施術室からの個人的な通信ですけど」


「何通あるんですか?」


「1、2、3……。7通ですね」


えっと内容は、『今年も騎士団対抗武技魔闘技会の救護の手伝いをさせて欲しい』か。これは所長に聞かなきゃね。所長に手紙を送る。


「やけに綺麗なデザイン(意匠)ですね」


トラヴィス先生がターフェイアとの『対の小箱』を見て言う。


「ありがとうございます。自作です」


「自作?」


「ターフェイア領の施術室に居た時、暇な時間があって、魔道具の本を借りて自作してみました」


「回路から刻んだって事?」


「はい」


「サクラ先生って……。いいや。サクラ先生だもんね」


「そこで認めないでくださいよ」


5の鐘になって、大和さんが迎えに来てくれた。


「咲楽、ちょっと残業して良い?」


「はい。待ってましょうか?」


「俺の執務室なら良いよ。ついでに手伝って?」


「手伝いって、見て良い物ですか?」


「咲楽は口外しないでしょ?」


「しませんけど」


良いのかな?他の先生達と別れて、東街門内の大和さんの執務室に行く。


「お疲れ様です」


大和さん付きの文官さん、エルマーさんが挨拶をしてくれた。そういえばカークさんと不穏な雰囲気だって聞いたけど。


「カーク先輩、すみません。僕はお先に失礼します」


「気を付けて帰ってください」


うーん。蟠りはありそうだけど、上手くいっているのかな?


「結局私が連れてこられたのは何故ですか?」


「俺の癒し」


「書類仕事ですからね。サクラ様が居てくださると助かります」


「助かる?」


見ていると分かった。大和さんにはねられるリテイクの山。そっと覗くと書式がめちゃくちゃだ。


フォーマット(書式設定)、作りましょうか?」


「頼める?こういうのを見ているとイライラする」


1番リテイクが多いのが物品購入伺い。購入伺いに修繕依頼は入れちゃ駄目でしょ。こういう経験はないけど、字を書くのが面倒な人用にレ点付け出来るようにしておいた。


「こんな感じで良いですか?」


「上出来。カーク、悪いけど、これを兵士長に届けてきてくれ。書式を統一したいと言って」


「かしこまりました」


カークさんが出ていく。大和さんが伸びをした。


「マッサージ、しましょうか?」


「それは寝室でお願い。咲楽のマッサージは気持ち良すぎて確実に寝る」


「分かりました」


カークさんが戻ってきた。どうやら残業は終了のようだ。


「兵士長様が絶対にこれを通すと興奮していました。書きやすいし分かりやすいと」


「購入伺いと修繕依頼は一緒にしちゃ駄目ですよ。修繕も制服などの衣類と器具類は分けないと」


「そこを思い付かなかったようなんだよ。俺もそういうのを作っている暇が無かったし」


「トキワ様は副隊長職と兵士長様の補佐を、兼務されていますからね」


「そうなんですか?」


「いつの間にかそうなっていた。王宮から兵士長の補佐を選任中だと連絡が来ているから、あと少しだと思う」


「私の方は今日、所長から『騎士団対抗武技魔闘技会とフルールの御使者(みつかい)の当日は東施療院を開院する』って連絡がありました。フルールの御使者(みつかい)当日は私は無理だって前から言っていますけど、今、施療院の施術師って20人位居るんですよね」


「人数は多すぎても少なすぎても大変だよね」


「そうなんですよね。ターフェイアからも参加させてくれって手紙が届きましたし」


「どうするの?」


「所長に聞かなきゃですね。所長にお任せしますよ。私の独断では何も答えられません」


「咲楽も大変だね」


家に帰って、暖炉に火を入れたら、大和さんはお風呂に行った。私は夕食作り。今日は簡単にパスタにしよう。ポワンシュ(春キャベツ)とベーコンのパスタを作る。フェリス用には異空間に入っているペクス(食禽鳥)肉と野菜の煮込みを細かく切ったパスタにかける。


「咲楽も行っておいで」


「はい。これ、フェリスの分です。お願いします」


大和さんにお願いしてお風呂に行く。


騎士団対抗武技魔闘技会とフルールの御使者(みつかい)の東施療院の開院か。フルールの御使者(みつかい)の当日に勤務が出来ないのが口惜しい。でも、大和さんの手伝いを他の人にさせたくない。大和さんの手伝いは誰にも譲りたくない。


お風呂から出てキッチンに行く。パスタを異空間からテーブルに出す。


「フラーだね」


「このパスタはフラーにしか作りませんからね」


「フラーになると食べたくなるね」


ポワンシュ(春キャベツ)でかさ増ししているだけなんですけどね」


「旨いから良いんじゃない?」


「そうですね」


夕食を食べ終わって、片付けと明日の仕込みを終えたら、寝室に行く。ベッドに横になって貰ってマッサージをしていく。


「筋肉があるからコリが分かりません」


「でも咲楽のマッサージは気持ち良いよ」


「光属性を使っていますからね」


「温かいんだよね。身体もだけど気持ちも暖かくなる」


「そうですか?身体の方はよく言われますけど」


「誰に?」


「患者さんです」


「患者にもやってるんだ?」


「要望が多いんですよね。ご指名でマッサージをって」


「そんなにご指名が多い訳?」


「今の所、11人ですね」


「そんなに居るんだ。ちょっと妬けるな」


「患者さんですよ?」


「それでも、だよ。それでも咲楽が誰かを悦ばしていると思うとね」


「えぇっと、ニュアンスが……」


「俺にとっては大問題なんだよ」


ベッドから身体を起こして、私を抱き寄せる。


「まだ途中なのに」


「気持ち良くなったよ。ありがとう」


「大和さんを眠らせたかったのに」


「俺を眠らせてどうするつもりだったの?」


「どうもしませんよ。ゆっくり休んで欲しかったんです」


「咲楽を抱き締めていたら、ゆっくり休めるけど?」


「それは嬉しいですけど、マッサージで大和さんを寝落ちさせるのが、私の今の目標です」


「壮大な目標だね。俺はそうそう寝落ちはしないよ?」


「でも、今日は、もう寝ましょう?」


「そうだね。おやすみ、咲楽」


「おやすみなさい、大和さん。で、結局、私は抱き枕なんですね?」


「当然でしょ?」


「当然なんだ」


結局は抱き枕になって眠った。




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