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芽生えの月、第1の火の日。
大和さんとユーゴ君の連舞の練習は、毎朝家の庭で行われている。私も伴奏として参加しているし、カークさんも参加している。他にはリンゼさんやアッシュさん達も見ている。観客に慣れる為だそうだ。その為に時々プロクスさんご家族も顔を出す予定だと、光の日の夕方に来たプロクスさんに教えてもらった。
芽生えの月に入ると、フルールの御使者の話題が多くなる。今回はそれに大和さんの剣舞も加わった。私への問い合わせも相変わらず多い。昨日1日だけでも20人に「どういう内容なのか」「衣装は同じなのか」といった質問が多かった。「奉納舞と書いてなかったけど、神殿でなくても大丈夫なのか」と心配してくれた人もいて、みんな楽しみにしてくれているんだな、って大和さんと昨夜話し合った。
今日は良い天気だ。起床して着替えて階下に降りる。フェリスが近寄ってきた。はいはい寒いのね。暖炉を入れるとさっさとバスケットに入る。触らせてくれない。バスケットに近付けば撫でられるけど。そんな所も可愛い。
パン種を出してきて成型して焼いていく。同時にスープを温めて朝食を作っていく。フェリスの分も忘れていませんよ。バスケットから顔を出してこっちを見なくても大丈夫だよ。先に庭に出るけどね。
「咲楽、おはよう」
あ、大和さんが帰ってきちゃった。
「おはようございます、大和さん。もう少ししたら行きます」
「待ってる。今日はプロクスの家族全員が来てるよ」
「全員って事はリリアさんも?」
「来てるよ」
久しぶりだなぁ、リリアさん。
「じゃあ、ストレッチと瞑想しているからね」
「はい。今日の伴奏は?」
「昨日と同じ。咲楽とカークの2人でお願いね」
大和さんがそう言って庭に行く。朝食と昼食を作り終えたら急いで庭に出る。
「サクラ様、おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「おはようございます、カークさん。よろしくお願いします」
大和さんは瞑想している。ユーゴ君は振りをお復習してるのかな?何度も同じ動きを繰り返している。周りの眼は気になっていないみたい。
「始めようか」
大和さんがユーゴ君に声をかける。私とカークさんはウッドデッキで楽器を前に頷いた。ユーゴ君の後ろから大和さんが舞台に上がる。
2人が構えをとった。それを見てから3拍後に演奏を始める。私のリュラにカークさんのトラヴェルソが重なる。1人での演奏と違う所は安心感の増大というか、「間違えられない」という緊張が少し緩む事だ。おかげで大和さん達の舞台を見る余裕がある。
あぁ、花畑だ。久しぶりに見た。暖かな空気と一面の花畑。枝垂桜はもう見えない。寂しいけど、以前感じていたような喪失感は感じない。
大和さん達が舞い終わった。見ていた人達の拍手を聞きながら大和さん達が舞台を降りた。
「見てたね」
「久しぶりに花畑が見えました。枝垂桜は見えなくなってましたけど」
「大丈夫?」
「寂しいけどですけど、思ったより平気です」
「それなら良かった」
大和さんが私をふわりと抱き締める。
「トキワ様、サクラ様。我々は失礼させていただきます」
「あぁ、また後で」
「はい。トキワ様方も」
カークさん達が帰っていって、大和さんと2人になる。
「戻ろうか」
「はい」
家に入って朝食にする。フェリスもいつものように食べている。
「カークが咲楽と合奏すると故郷のフラーを思い出すってさ」
「カークさんの故郷って?」
「聞いてない。というか、答えたくないんだと思う。前に『私の故郷はもうありませんから』って言っていたし」
「お姉様はいらっしゃるんですよね?」
「それも不明だね。自分には家族は居ないって言っていたよ。俺が咲楽と結婚した後にね。だから家族というものに憧れと恐れがあるって」
「憧れと恐れかぁ。分かります。うまく愛せるか、とかですね?」
「正解。カークと咲楽って思考回路が似てるんだよね」
「大和さんは違いますもんね。私よりもっと複雑で多岐にわたっていそうです」
「そんな事はないと思うけど?」
「私なら単純に『AはAである』って考えますけど、大和さんは『AはAに見えるけど、BかもしれないしCかもしれない』ってなりそうです」
「確かにそうかも?咲楽、上手い事を言うね」
「カークさんは『AはAだけど、A'かも?』位は考えていそうですし」
「カークはBかも?位までは考えていると思うよ。咲楽は見た物聞いた物をそのまま信じるタイプだっけ?」
「そうですね」
「そういう思考の持ち主も社会には必要だよ。俺みたいな思考の持ち主ばかりだったら殺伐としそうだし」
「そうですか?」
大和さんが食器を洗ってくれている間に着替えに上がる。着替えて軽くメイクをする。サコッシュを持って降りると、カークさんがいつものようにフェリスの前で猫じゃらしを動かしていた。フェリスはバスケットから面倒くさそうに手を出して、チョイチョイと相手をしている。
「おはようございます、カークさん」
「おはようございます、サクラ様。見てください。フェリスさんがついに遊んでくれました」
うん。物凄く面倒くさそうだったけどね。
「おめでとうございます」
「達成感がありますね。フェリスさんに認めてもらえたような」
「でも、大和さんへの信頼にはほど遠いんですよね」
「サクラ様も信頼されているじゃないですか。フェリスさんがサクラ様に寄っていっているのを見ますよ?」
「私はご飯をくれる人ですから。お腹が空くと寄ってくるんですよ」
「そうなのですか?」
「そうなんです」
大和さんが降りてきた。フェリスが素早くバスケットから出て寄っていく。
「大和さんには負けますよね」
「仰る通りです」
フェリスを撫でてバスケットに戻した大和さんが不思議そうな顔をしていた。
家を出て100mも行かない所で情報誌の記者さんが待っていた。剣舞についてのインタビューだそうだ。ユーゴ君の事は知られていないしね。大和さんが全ての受け答えをする。
「おはようございます、トキワ様。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。歩きながらで良いですか?」
「えぇ。天……サクラ先生、おはようございます。ご出勤時にすみません」
「時間指定をしたのは大和さんなんでしょう?それなら構いませんよ」
質問は今回剣舞をすることになった経緯から。奉納舞をするかも、という噂は以前からあったそうだ。ほぼ毎年奉納舞をしていたし、今年もするんじゃないか、と期待もあったらしい。記者さんにしても今回の高札は本当に寝耳に水だったらしい。詳しい事を聞こうにもすでに高札を立てた役人さんは立ち去った後で、記者さんの中では「施療院には迷惑をかけない」という協定が結ばれていて、大和さんの方は訓練をしているし、どうしたものかと相談の結果、こうして時間をセッティングする事になったそうだ。セッティングしたのは大和さんだけど。
「今回の剣舞は奉納舞ではないのですか?」
「えぇ。王太子殿下のご成婚を祝うという名目が大きいですね。奉納舞という形ではありません」
「そもそも奉納舞との違いは?」
「大きな違いはありません。演者側の心構えだけですね」
「そういうものですか」
ん?という事は精進汁は要らなかった?
「とはいっても、いつものように準備は進めていますが」
「どのような準備を?」
「それはまぁ、色々と、ですね」
言わないよね。大和さんは「舞台裏は見せない」といつも言っているし。これはお家の方針だったようだ。あくまでも見せるのは完成されたものを、という。
「色々と、ですか。知りたい気もしますが、止めておきます。今度の剣舞はトキワ様だけではないと聞きましたが」
「これ、いつ発売になります?このインタビューの内容は」
「はい?インタビューの載る情報誌はフルールの御使者の1週前ですね。フルールの御使者の特集ですから」
「それなら良いかな?連舞になります」
「連舞とは?」
「2人で同じ舞いを舞うのです」
「2人でというと、トキワ様の弟子だという彼ですか?」
「出来れば当日までは内密にしておきたいのですが」
「分かりました。その辺りはボカしておきます。王宮からも言われておりますので」
「申し訳ない」
「いいえ。お時間を頂けたのですから。以前ご迷惑をお掛けしましたし」
まぁ、色々ありましたけどね。いつの間にか撤回されていたけど。あの時はライルさんとローズさん達が怖かったなぁ。
インタビューは続いている。
「サクラ様、祝い歌の事はお話にならないのでしょうか?」
「黙っていそうですね。当日のサプライズなのでしょう」
「トキワ様らしいですが」
「記者さんがもっと突っ込んで聞けば分かるでしょうしね」
「つまりは聞かなかった相手が悪いと?」
「悪いまでとは思ってないでしょうけどね」
大和さんと記者さんの後ろを歩きながら、カークさんと話をしていた。
「続いて……」
「申し訳ない。咲楽の同僚が待っているようです。少し話をして来ます」
大和さんがライルさんの方へ歩いていく。
「サクラちゃん、おはよう。あの人って情報誌の記者でしょ?」
「ローズさん、おはようございます。そうですよ。情報誌の記者さんです」
「トキワ様にインタビュー?」
「フルールの御使者の時の剣舞についてだそうです」
「ふぅん。サクラちゃんには何か役目は無いの?」
「あります。少し気が重い役目が。当日まで内緒ですけど」
「それは何?」と聞きそうなローズさんの機先を制して言う。
「もぅ。先に言われちゃったわ」
「サクラさん、私も知りたいのですけれど?」
「内緒です」
「あ、そういえば、新しい魔道具が発表されたみたいよ。えっと、何て言ったかしら?」
「どういう魔道具なんですの?」
「闘技場で舞台から離れた席からも見えやすくするんですって。舞台上の物が後ろの布に大写しになるらしいわ」
プロジェクター?カメラの機能にもあったなぁ。
「動画の魔道具ではありませんの?」
「動画の魔道具は記録するのに苦労しているらしいって、兄様達が言っていたわ。録音だとうまくいかないし、カメラのようにもいかないしって」
「カメラ?」
「対象をそのまま紙に写せるのよ。今のところ、肖像画家がアトリエに居ながらにして肖像を書くっていう使い道しかないみたいね」
「そうですの?」
「リディーさん、どうして私を見るんですか?」
「サクラさんかトキワ様が関わっていそうだな、と思いまして」
「大和さんは関わっていますね。私は関わっていません」
「でも、サクラちゃん、カメラの使い道は無いの?」
「綺麗な景色を記録したり、何かの記念ですかね。改めて聞かれると」
どういう時に写真って撮ったっけ?
ライルさんとダンテさんがこちらに来て、一緒に施療院に向かう。
「トキワ殿も大変だね。こんな早朝からインタビューなんて」
「時間が空いてなかったらしくて。色々と協議の結果、今日の出勤時にってなったそうです」
「サクラさんも何かするってトキワ殿が言っていたけど?」
「言っちゃったんですか?記者さんは聞いていました?」
「聞いていたけど記事にはしないって言ってたよ」
「トキワ様ね、きっと。それで?何をするの?」
「小道具を運ぶんです」
「剣を運ぶの?」
「いいえ。違う物です」
「もったいぶってないで言っちゃいなさいよ」
「きゃあ、ローズさん、危ないです。もったいぶっている訳じゃないですよ。どこまで話していいのか、判断に迷うんです。あ、そうだ。リディーさん、ダンテさん、ライルさん、お昼休憩の時に相談に乗ってください」
「なぁに?その人選」
「貴族の立ち居振舞いがしっかり身に付いていそうな方です」
「えぇぇぇぇ。サクラちゃん、私は、私は?」
「ローズさん、出来ます?」
「うっ……」
ローズさんが項垂れた。だって苦手だって言っていたもんね。適材適所です。
「仕方がないじゃない。苦手なんだもの」
ローズさんがブツブツ言っている。気にしちゃ負けだよね。
施療院に着いて、更衣室に行く。
「でも、どうして立ち居振舞いがしっかり身に付いている人が必要ですの?」
「久しぶりにドレスを着なきゃいけないので」
「ドレス?」
「サクラさん、ドレスを持っていますの?」
「一応は。着る機会は無いんですけどね」
「何色のドレスですの?」
「青から緑のグラデーションとレモンイエローの2着です」
「レモンイエローのドレスって、例の?」
「はい。あのドレスです」
「えっと、何をするの?」
「言いましたよね?小道具を運ぶんです」
「それって王宮は関与してるの?」
「してますね。ヘアメイクは王宮侍女さん達だそうです」
「まぁ、あのドレスなら特別な時に相応しいわね。サクラちゃん、サイズは変わってないの?」
「少し痩せちゃったかもしれません」
「痩せた、なのね。羨ましい……。サクラちゃん、1度ジェイド商会に持っていきなさい。合わせてもらった方が良いわ」
「分かりました」