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「大和さんに聞いておきます。今回は時間がありませんけど」
「いつもならどの位準備期間があるの?」
「2ヶ月とか?」
「たいして変わらないじゃない」
「変わりますよ」
奉納舞についての話をしながら診察室へ向かう。待合室には誰も居なかった。みぞれは降っているし、足元も悪いから、予想できた事だけど。
「患者さん、居ませんわね」
「このお天気だしね」
診察室に行くと、新施療院の配属予定の人達に別れて話し合いが始まった。
「後、話し合うことって何があったっけ?」
「無いですね」
「だよね。僕達の方は全部終わってるもんね」
「新しい施術師達っていつからでしたっけ?」
「予定では芽生えの月の第4週には全員揃っているはずだよ。予定ではね」
「その人達は最初から新施療院ですか?」
「そっちの方が慣れるかな?って思ったんだけど。芽生えの月、第5週には僕達は日替わりで東施療院勤務だね」
「その順番でも決めます?」
あぁ、フォスさんが暇だからってなげやりになってる。実際にやる事がないんだよね。この話し合いもそれぞれ違う事をやりながらのながら仕事だし。私は東施療院に飾るタペストリーを縫っているし、マックス先生は何かを作っている。見た感じ、魔道具なんだけど。
「これ?イルシオンの魔道具だよ。壁に投影するんだ」
つまりはプロジェクター?
「決まった話を絵付きで絵本のように投影するんだ。知り合いの魔道具師に頼んだら魔石部分だけやれって言われちゃってさ、こうして空き時間にコツコツとやってるんだよ」
「魔石がたくさんありますけど?」
「1つの絵に1つ要るんだよ」
「何個あるんですか?」
「これでも削ったからね。うーん。全部で20個?」
「出来ているのは?」
「5個」
「……。全然じゃないですか」
「うん。だから手伝って」
あ、これを狙ってたんだ。作りながらチラチラこっちを見ているって思ったんだよね。
「仕方がないですね。どうすれば良いんですか?」
フォスさんがマックス先生の術中に嵌まった。魔石に回路を彫るのって、地味に面倒なんだよね。
「マックス先生、私も手伝います」
3人で魔石に回路を刻む。
「ライル君から聞いたんだけど、トキワ君が奉納舞をするんだって?」
「はい。でも、正式発表があるまでは黙っておいてくださいね?」
「それはライル君にも言われたよ。施療院内で施術師だけで言うなら良いけど、外には漏らすなって」
「奉納舞ですか。僕は見た事がないんですよね」
「僕もだよ。用事があったりしてね。いつするの?」
「まだ聞かされていません。日時も場所も」
「花の月にって言っていたけど?」
「花の月のどの週かが聞いてないんですよ。出来れば早めに知りたいんですけど」
「どうして?」
「前段階の準備があるので。バザールで野菜も見たいですし」
「野菜?何をするの?」
「野菜のみのスープを作ります」
「野菜のみ?美味しいの?」
「不味いとは言われた事がないですね」
「今の時期ですと……」
「花の月にある物じゃないと駄目なんです」
「異空間に入れておけば?」
「それも考えたんですけど、やっぱり季節の物を使いたいじゃないですか」
「花の月ねぇ。ニンジンとじゃがいもは常にあるよね?何種類要るの?」
「7神様になぞらえていますから、7種類ですね。いつも金色で悩むんですよ」
「7神様だったらそれぞれ呼応する食べ物ってなかったっけ?」
「ありますね」
あるの?
「でも、季節的にどうでしょう?主神リーリア様の潰し麦はいつでもありますけど」
潰し麦は日本でいう押し麦だ。好んで食べる人もいるけど、好き嫌いが別れる。
「火神様のロコトとか、水神様のクレソンとかどうやって使うんです?」
「ロコトは使いにくいですね」
クレソンはどうだろう?匂いが強いと駄目なんだっけ?
「後は光神様の白豆と闇神様の黒芋かぁ」
「黒芋?見た事がないです」
「黒芋は出回らないね。南方で作られているんだよ。やっぱり見た目がね。美味しいんだけど」
「伝手ならありますよ?届けてもらいましょうか?」
「お願い出来ますか?」
結局、患者さんは、1人も来なかった。所長の所には来客があったようだけど。
昼休憩中に奉納舞についての詳細がもたらされた。主催は王家。場所は闘技場。日時は……。えっ?
「フルールの御使者の前かぁ」
「わざわざ観客に知らせなくて良いっていうのは、分かるけど」
「その為にパレードのコースが変更になるんだね」
「施術師は闘技場で待機じゃの」
この知らせは所長からもたらされた。お昼前の来客がそれだったようだ。
「サクラ先生、トキワ様の手伝いに行くのじゃろう?」
「はい。でも、直前はする事がないんですよね。伴奏を頼まれれば別ですけど」
「直前はって、後にはあるの?」
「どうでしょう?」
「そういえば終わった直後に、サクラちゃんはトキワ様の元に行っていたわね」
「はい」
隠すことではないので頷いておく。どういうことをしているのかは、内緒。恥ずかしいから。
「嬢ちゃん、奉納舞って本当か!?」
お昼からの診察にオスカーさんが飛び込んできた。抜け出してきたらしく、誰も付いていない。受付にオスカー企画に連絡を入れてもらって、オスカーさんを引き留める為に話をする。
「また抜け出してきたんですか?」
「これが来ずにいられるかってぇんだ。で?本当なのけぇ?」
「本当ですよ。どうやって知ったんですか?」
「フルールの御使者の高札が立てられたんで。見たら奉納舞って書いてあるじゃねぇか。見ていたみんなが大騒ぎよ」
「で、飛び出してきたんですか?高札に書いてあったなら、本当だって分かるでしょうに」
「サクラ先生、奉納舞って本当ですのっ!?」
「パメラ様?」
「あ、あら、失礼。診察中でしたのね」
「あ、いや、診察じゃねぇんで。お座りになってくだせぇ」
椅子を譲られたパメラ様が、オスカーさんの手を借りてゆっくりと座る。
「で?本当ですの?」
「本当ですけど、パメラ様、ご主人は?」
「後から来ますわ」
馬車から飛び出してきちゃったのかな?パメラ様がこんな風になるなんて珍しい。
前男爵様とオスカー企画の職員が到着して、奉納舞について説明をして帰ってもらった。パメラ様とオスカーさんだけじゃなく、聞きに来る常連さんは大勢いて、その対応に時間をとられてしまった。
「お疲れ様だったね」
「お昼からの患者さんは、ほぼ奉納舞についてでしたからね」
「今日は天気が悪かったからあの程度で済んだけど、明日からも問い合わせが凄いんだろうね」
「サクラ先生に聞けば答えてくれるって考えるんでしょうね」
「東施療院に避難でもする?」
「それはそれでちょっと……」
施療院から帰りながら話をする。何故かマックス先生とフォスさんまで付いてきているんだよね。大和さんから話が聞きたいんだろうな。
「大人数だね。おかえり、咲楽。お疲れ様」
「お疲れ様です、大和さん」
「トキワ君、奉納舞の事だけど」
「高札の件なら事実ですよ」
「サクラちゃんには役割はあるの?」
「本人の了承を得てから発表します」
「伴奏とか、言いませんよね?」
「それは宮廷演奏家がする。咲楽に頼みたいのは別件」
「何ですか?怖いんですけど」
「あぁ、そうだ。これを預かりました。ローズ・エメリー様とリディアーヌ・マソン様。王宮よりの書状です。咲楽にもあるからね」
「えっ、えっ?何?何なの?」
「王宮から?あ、お兄様、どうしましょう、王宮からって渡されたのですけど」
あぁ、パニックになっちゃってる。
「大和さん、何もここで渡さなくても」
「咲楽は落ち着いているね」
「何となく予想が付きますからね」
「ん?」
「オープニングセレモニーの演出とか、そんな感じでしょう?王太子殿下のご成婚の祝いも兼ねているのならあり得そうです」
「正解。過去の御使者様で都合の付く人はみんな召集がかけられている」
「闘技場に入りきるんでしょうか?」
「2ヶ所でパブリックビューイングをするらしいよ」
「中継ですか?」
「同時じゃないけどね。タイムラグはあるけど、近いものかな?」
「それでかな?友人がそんな暇はないって言ったのは」
マックス先生が割り込んだ。
「新魔道具の作成でしょうね。大掛かりなもので、王都中の魔道具師に動員がかかっているはずです」
みんなと別れて家に帰る。
「今日はお昼から大変でした」
「俺も今日発表するとは思ってなかった。芽生えの月になったらと聞かされていたからね。お陰で騎士団も訓練どころじゃなかったよ」
「大丈夫だったんですか?」
「群衆警備の良い訓練になった」
「訓練ですか」
なんでも訓練に結びつけちゃうんだから。
「騎士団対抗武技魔闘技会には出ないことになったよ」
「でしょうね」
「次の年に頼むって言われた」
「予約されちゃったんですか?あれ?来年も王宮騎士?」
「街門騎兵士だよ。それは変わらない。あれは団長の冗談だろうね」
「忘れていたりって無いですよね?」
「無いでしょ。無いと信じよう」
家に入ると、フェリスが体を擦り付けてきた。可愛いなぁ。
「明日から稽古に入らないと。ユーゴの精神的ケアが先かな」
大和さんが暖炉に火を入れながら言う。
「今ごろパニックでしょうね」
「ちょっと隣に行ってくる」
「はい。お気を付けて」
夕食を作っておこう。ユーゴ君も来るかもしれないから、煮込みハンバーグかな?
10分位して、大和さんがユーゴ君とカークさんとリンゼさんを連れてきた。
「参ったよ。ユーゴったらパニックになっちゃって、昼から早退させられたんだよ」
「リンゼさん、奉納舞の手伝い、しませんか?」
「へっ?」
「だから奉納舞の手伝いです。具体的にはスープ作りですね」
「スープ?」
「野菜のみのスープです。一緒に作りませんか?」
「難しくない?」
「全然。簡単です」
ユーゴ君のパニックは収まったようだ。たぶんカークさんが闇属性を使ったんだと思う。久しぶりにみんなで夕食を食べる。フェリスも最初は驚かれたけど、リンゼさんとユーゴ君の順応は早かった。猫じゃらしにじゃれ付く姿にやられたみたい。追いかけて逃げられて落ち込んでいたけど。
カークさん達が帰っていって、2人になった。食器はみんなで片付けたし、明日のスープは作ってある。パンを仕込んでおこう。
「風呂に行ってくる」
「はい」
あ、フェリスも付いていった。
「咲楽も来る?」
「今日はまだ……」
「灯り、消すよ?」
「まだ、パンの仕込みの途中ですし」
「待つよ?」
「……。大和さん」
「無理か。今日は1人で行くよ」
「ごめんなさい」
「謝らないで。俺のワガママなんだし」
「はい」
大和さんがお風呂に行った。恥ずかしささえ無くなれば良いんだけど。自己暗示をかけそうになって、あわててその考えを振り払う。いけない。自己暗示はかけてしまうと、解くのに大変だ。今のところ筆頭様しか解けない。解いた後も怖いし。封じ込めていた感情が一気に甦るんだよね。
タペストリーを縫っていると、大和さんがお風呂から上がってきた。入れ替わりにお風呂に行く。
お昼から大変だったな。まさかあのタイミングで発表されるとは。明日も大変だろうな。高札の件はは今夜中に知れ渡るだろうし。ユーゴ君も大変だっただろうな。ユーゴ君は冒険者ギルドの所属だ。時に受付業務もするから、顔が知られている。冒険者さんは豪快だから大声で話すし。あれ?高札ってユーゴ君の名前って有ったのかな?
「大和さん、高札ってユーゴ君の名前もあったんでしょうか?」
「書いてあったのは俺が剣舞を舞うって事だけだよ」
お風呂から出て、大和さんの膝に乗って話をする。まだ大和さんを跨いでは座れないけど、自分から乗ったんだから進歩したと誉めてほしい。横向きだけど、身体は大和さんの方を向いているんだし。
「ユーゴ君は自分が舞うってみんなに知られていないのに、パニクっちゃったんですか?」
「連舞だって聞かされて、その後に高札が立ったから、自分の事も知られたんだって思い込んだらしい。ターフェイアであれだけの前で舞ったんだから、自信を持ちゃいいのに」
「大和さん、また自分の基準で考えていますね?」
「そりゃあ15から奉納舞の舞台に立っているんだし。あぁ、ユーゴを連れて、ご挨拶にも伺わないと」
「神殿ですか?余計にプレッシャーになりそうです」
「それでも礼を欠くことは出来ないからね」
大和さんが私を抱えて階段を登る。ベッドにそっと降ろされた。
「それで、私に頼みたい事って何ですか?」
「祝い事だから『春の舞』の前に祝い歌を舞おうと思って。それに使う扇子を咲楽に届けてほしいんだ」
「舞台上で、ですか?」
「そう。頼めないかな?出来ればあの春のドレスで」
「春のドレスって、王妃様から頂いた?」
「うん。本当は振り袖なんだけど、祝い歌は洋装で舞うから、ドレスで頼みたい」
「ちょっ……と、考えさせてください」
私も舞台に?
「今週中に返事をしてね」
「えぇぇぇぇ……」
「おやすみ」
そう言って大和さんは寝息をたて始めた。もぅっ!!さっさと寝ちゃうんだから。横になったら抱き寄せられたから、狸寝入りだったらしい。




