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翌朝は朝から雨が降っていた。こんな雨でも大和さんは走りに行ったのかな?

ザアザアと言う感じの雨でなくて霧雨って感じだ。


この世界にも一応傘はある。傘と言うか雨よけの魔道具だけど。見た目が東南アジアとかの被り笠って言うのかな?ああいった感じの帽子に簡易結界が張られるタイプの物が売ってたりする。これを被ってるのは庶民の両手を使わなきゃいけない職業の人。冒険者なんかも被ってたりする。魔道具だからそれなりのお値段がするけど、使ってる人はけっこういる。


お金のある人、貴族様なんかはどうするか、って言うと単純に布製の傘がある。撥水加工も防水加工もしていない傘に雨よけの魔道具が仕込んである。


後は雨よけのマント。こっちは布製のちょっと重い厚手のマント。冬は良いけど夏は暑いよね。しかもなかなか乾かないらしくって、人気は余り無い。


こういう所はちぐはぐな気がするんだけど、いったいどうなってるんだろう?


リビングに行くとダニエルさん達が座っていた。私を見て慌てて立ち上がる。


「おはようございます、サクラ様」


「おはようございます。大和さん達はどこですか?」


「トキワ様はアズマヤでメイソウをすると言って、ヘリオドール様は一緒にいます」


四阿(あずまや)で瞑想、ですか。走ったりしなかったのかな?


「今日は走られたりとかはしてませんよね?」


そう聞くとラズさんとシンザさんとエイダンさんが分かりやすく目を逸らした。走ったんですね。


「大丈夫です。乾燥はさせました。ソファーは濡れてません!!」


ブランさんが勢いよく言ったけど、そういうことじゃないのよ。


「ソファーが濡れることを気にしてるんじゃありません。皆さん、身体は冷えてないですか?暖炉を入れてくれてよかったのに」


「トキワ様とサクラ様の家で勝手なことをするわけにいきません」


「じゃあ、入れてもらって良いですか?」


アッシュさんが暖炉に火を入れてくれた。


「あのね、濡れたままでいると、身体が冷えます。乾かした、とかじゃなくて、皆さんは身体が資本の冒険者でしょう。風邪から体調を崩してって事もあるんです。気を付けてください。ブランさん、一緒に紅茶を淹れましょう。お飲みになってくださいね」


ブランさんと一緒にキッチンに入る。ブランさんはゴットハルトさんの家にあった3人用のティーポットを持ってきていた。


カップとソーサーを用意して、お湯を沸かしていると、ブランさんに聞かれた。


「お皿は必ずいるんですか?」


「お皿、ソーサーですね。必ず要るわけではありません。けど、紅茶用のティーカップとセットになっている場合が多いです」


昔はソーサーに紅茶を注いで冷まして飲んでいた、ってことが書いてある本もあったけど、本当かは知らない。


紅茶を淹れていると大和さん達が入ってきた。大和さんはそのままシャワーに行ったけど。


「ゴットハルトさん、リビングに暖炉が入れてあります。暖まってください」


「乾かしますから大丈夫ですよ」


もう、この人達は!!


「早くリビングで暖まってください!!」


思わずゴットハルトさんをリビングに追い立てた。


「サクラ様、紅茶が入りました」


ブランさんに言われて我に帰る。スッと紅茶が差し出された。


「飲んでみてください」


ブランがドキドキした顔をしている。


一口、口に含む。広がる香りとわずかな甘味。とても美味しく淹れられている。


「美味しいです。リビングでサーブしましょう」


トレイにカップとソーサー、ティーポットを運んでブランさんにサーブしてもらった。


「飲んで暖まってください。身体が冷えると、思わぬ不調を引き起こすことがあるんです。濡れたらきちんと暖まってください。皆さん、身体が資本でしょう。冷えを甘く見ないで下さい」


「咲楽ちゃん、その辺にしておいてやって」


大和さんの声がした。


「大切なことです。大和さんもですよ」


「はいはい。分かったから」


「分かってません。体力があるから大丈夫、って言うことじゃないんです。寒い方が体力は奪われます」


「分かった分かった」


大和さんに頭を撫でられる。誤魔化された気がする。


家の中が暖まってきた。どういう仕組みかは分かんないけど、暖炉を入れると家中が温まるんだよね。


「シロヤマ嬢は心配してくれたんですね。ありがとうございます」


ゴットハルトさんにお礼を言われた。


「すみません。生意気なことを言いました」


言い過ぎたかもしれない。ちらっと大和さんを見ると、ん?と目で返された。


「みんなが気になってそうだから、昨日の事を話してやったら?」


「昨日の?あぁ、アレクサンドラさんの話ですか。昨日、ジェイド商会服飾部の方にブランさんの事をお話させていただきました。先日預かった小銭入れを見てもらって裁縫関係の仕事をしたいとの希望を伝えました。最初は街の洋服屋さんなんかで修行から、だそうです。ただ、神殿衣装部の方とも話をしてみる、と言っていました」


「私の為に色々すみません」


「友人のために何かしたいってだけです。謝らないで下さい。こういうときは『ありがとう』ですよ」


「友人?私がサクラ様の?」


「お嫌でしたか?」


「私で良いんでしょうか。サクラ様を拐おうとしたんですよ?」


「未遂ですし、謝ってくれました」


「ありがとうございます。嬉しいです」


「皆さんもですからね」


「いや、オレ……私達は……」


「ゴットハルト、今は普通の話し方をさせてやったらどうだ?」


「ヤマトのように使い分けが出来れば良いが、こいつ等はまだ慣れてないからな。言葉遣いで印象はずいぶん変わるぞ」


「厳しい教師だな」


大和さんが笑う。


「先生がこう言ってるが、少し肩の力を抜け。緊張するとうまく言葉も出てこないからな」


「トキワ様はなにか教えてみえたんですか?」


ラズさんがおずおずと聞く。


「コツとか伝えるのが慣れてる感じがします」


「一応な。体術を教えていたことはある」


大和さんが話をしている間に私はキッチンで朝食の支度とお昼の用意。


大和さん、体術だけじゃないくせに。でもそれを知っているのはもしかして私だけ?


昨日、大和さんに頼まれた野菜のみのスープ。キノコって出汁っぽくなるよね。


以前調べた、ベジタリアンの方のためのスープが作れたらいいんだけど。干キノコとか無いのかな。市場(バザール)で聞いてみよう。


スープも出来たし、朝食プレートもOK。お昼の分も出来たんだけど、大和さんが来ない。


「大和さん、朝食の用意ができました」


リビングに顔を出したらブランさん以外が腕相撲大会をしていた。どういう状況?


「サクラ様」


「これはいったいどういう状況ですか?」


「トキワ様が体術の指導をされていたと聞いて、みんなが挑戦しているところです」


「挑戦って……」


「咲楽ちゃんもやってみる?」


「しません。大和さん、朝食の用意ができました」


「はいはい。お前等、また今度な」


「はい!!」


「ずいぶん懐かれたな」


ゴットハルトさんが朝食をもってダイニングに来た。


「道場にはああ言うのもけっこういたからな」


「大和さん、コーヒーはどうします?」


「淹れるよ」


ケトルにお湯を沸かす。その間にダイニングのテーブルに朝食を並べる。


スープをゴットハルトさんの分も()いでテーブルに置くと、ゴットハルトさんにお礼を言われたけど、全く違う朝食を同じテーブルで食べるって、慣れてないんだよね。


「奉納舞の時にゴットハルトさんも同じ物を食べるんですか?」


「非日常な感じがしますからね。体験してみたいんですよ」


「って、一緒に個人練習場に泊まるんですか?」


「えぇ、リシア殿も一緒です」


「何をするって、私には分からないんですけど、お願いしますね」


「シロヤマ嬢は知らないんですか?」


「えぇ。そういったことに携わる人しか知らないと思います」


「そういえばこちらでもそうですね」


大和さんは黙ってご飯を食べている。こういった事って表には出さないもんね。


ご飯を食べ終わって着替えに自室に上がる。


服を着替えて、練り香水を手に伸ばして、髪を纏め、ネックレスをつける。


スヌード用の毛糸を魔空間に入れて、リビングに降りる。


ゴットハルトさんはあの情報紙の事って知っているのかな?知らないよね。知らないでいて欲しい。


大和さんが結界具を作動させて家を出る。


しばらく歩いたところで、大和さんがニヤッと笑った。


「咲楽ちゃん、ゴットハルトとお話ししたら?」


ゴットハルトさんが困惑してる。


「大和さん?もしかして、ずっと企んでました?」


「なんの事かな?」


「なんの事ですか?」


こういう時、大和さんはいたずらっ子の目をしてる。


「ゴットハルト、これを知ってたか?」


「情報紙?」


ゴットハルトさんが受け取って目を通し始めて、例の『大予想』のコーナーで顔を上げた。


「これってどういう事でしょう?」


「昨日、施療院で渡されたんです。くれた人によると人気のコーナーらしくって、大抵はちょっとした予想みたいなんですけど、これは大予想コーナー3回目だそうです。多分次回には、昨日の朝の事も載るだろうって言われました」


「こんな、人のプライベートな事を賭け事にするなんて、訴えてもいいくらいですよ。シロヤマ嬢は平気なんですか?」


「天使様って言うのが広がりだしてから諦めました。色々と。止めて欲しいって言っても、施療院で呼ぶ人は減らないし、下手すると増えてるし。こういうことも、そうなんだぁ、って感じです」


「私がヤマトとシロヤマ嬢を取り合ってるって事ですよね。私は友人の婚約者に横恋慕する趣味はありません」


「ゴットハルトはすでに結構な人気らしいぞ」


「人気?」


「ラブレターが王宮騎士団に届いたらしい」


「王宮騎士団に?」


「おそらく神殿騎士団にも届いてるんじゃないか?所属があっちだし」


「ヤマトはどうなんだ?」


「自分のなんて興味はない。俺は咲楽ちゃんさえ居てくれたらいい」


「臆面もなく言うよな」


「自分の中では揺るぎ無いことだからな」


王宮への分かれ道に4人の姿が見えた。4人ってことはクリストフさんもいるってことだよね。


大和さんとゴットハルトさんが一歩前に出る。


「おはよう、サクラちゃん。クリストフ様がお話があるみたいよ」


「天使様、あれから考えたんだけどね、確かに見た目で差別するのは良くない事だね。ボクが悪かった」


「分かって頂けたなら良かったです。私も生意気なことを言って申し訳ありませんでした」


お互いに謝って少し弛緩した空気が流れた。


「でね、天使様にお願いがあるんだ」


「治療を見せて欲しいって言うのなら、許可は出来ませんよ」


「それは残念。じゃなくってね、痛みを取るときどうしてるのかを聞きたいんだ。ライルに聞いてもジェイド嬢に聞いても『痛みがなくなるように』って願いながらやってるとしか言わなくてね」


「私も同じですよ。私は闇属性も持っているので、そちらも無意識に使ってるかもしれません」


痛覚ブロックとか言えないしね。


「闇属性も、か。なるほど。他には?」


「他には……って言われても……」


「分かった。じゃあ質問を変えよう。歩けなくなった人にはどう治療する?」


「歩けなくなったって、原因は怪我ですか?病気ですか?ある日突然?それとも徐々に?」


「そこまで考えるの?」


「当たり前です。原因によって対処法も違います。怪我なら私がなんとか出来るかもしれませんが、病気ならお手上げです。それに怪我なら時期も重要です」


「どういう事?」


「本人が気が付かないだけで骨にヒビが入ってるってこともありますし、長い間の無理が積み重なってる場合もあります。いつ痛みが発生したのか、って重要なことが多いんです」


「天使様って色々考えるんだね」


「一応私も考えてるんですけどね。サクラちゃん、時間よ」


「はい。すみません。クリストフ様、失礼します」


ローズさんとライルさんといつの間にか側に居たルビーさんと一緒に施療院に向かう。


「サクラちゃんってあそこまで考えてるのね」


「すみません」


「何故謝るの?」


「生意気なことを言いました」


「必要なことなんでしょ?こっちが勉強しなきゃいけないんだから、気にしないの」


「でも、何か言い訳を考えておいた方がいいね」


「あら、何故?」


「どうしてそこまで知ることができるのか、って疑問を持たれるかもしれないからね。所長に相談した方がいいかも」


「ご迷惑をお掛けします」


施療院に着いて、ライルさんがナザル所長に話しに行った。


診察室にいるとナザル所長が入ってきた。


「シロヤマ嬢。これを読んでおきなさい」


渡されたのは症例集。


「主に外傷の、それも珍しいと思われる症例を纏めた物じゃ。これを読んでいた、と言うことにしておけばいいと思うぞ」


「すみません。ご迷惑をお掛けします」


雨が降っていて患者さんは少ない。本当はスヌードを編もうと思っていたけど、気になって症例集を読み始めた。


見た目で分からないヒビや筋の断絶や肉離れと思われる症状の対処法なんかが載っている。


ダニエルさんの時の症状も載っていた。ダニエルさんは破傷風まではいかなかったんだけど、感染が進んでいたのは間違いは無かった。でも対処法が書いてあったのと違っていた。


血液内の浄化ってもしかして、私しかしてなかったりするのかな?


ナザル所長に聞いてみた。


「なんじゃ、今頃気がついたのかの。最初にワシが驚いておったじゃろ?」


じゃろ?って言われても……すみません。


「まぁ、前の世界でやっていた事を、こっちでそのままやったら驚かれるじゃろうから、徐々に覚えていって、天使様の登場は手に負えないときに取っておいた方が良いの」


「はい。ありがとうございます」


午前中はほとんど患者さんが来なかった。私は症例集を読んでいたし、所長とライルさんは症例纏め。ローズさんとルビーさんは何か話をしていた。


結局3の鐘までに診た患者さんは5人位。そのままお昼になった。


「サクラちゃん、お昼にしましょ」


いつも通りローズさんとルビーさんが誘いに来てくれた。みんなで休憩室に移動する。


お昼を食べ終わってスヌードの続きを編んでいると、ルビーさんが興味津々な目で見ていた。


「前と編みかたが違うの?前のって棒が2本あったじゃない」


「これはかぎ針編みと言います。スヌードは幅を太くするので、こっちにしました」


「毛糸も太くない?」


「ふわふわモコモコにしようと思って極太の毛糸です。極太だと編み上がるのが早くて楽なんです」


「へぇ。そういえば今週の闇の日よね。奉納舞。サクラちゃんも行くんでしょ?」





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