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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
4年目 霜の月
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霜の月、第3の闇の日。


今日も雪が降っている。大雪にはなっていないけど、昨日までに30cm位は積もっている。今日も積もるのかな?今日は闘技場で雪合戦大会が行われる。リディーさんに是非にと誘われたから、ローズさんも一緒に行く予定だ。ローズさんは雪合戦に出るつもりらしい。良いの?貴族の奥様なのに。


大和さんは騎士団のチームで出るんだって。エキシビションだって言って笑っていた。騎士団同士だとデモンストレーション(模範演技)にはならないだろうし、エキシビション(特別実演)で間違いないと思う。投球(雪玉だから投球で良いよね?)や回避行動が模範になるとは思えない。スピードについていけないと思うし。


起床して着替えて寝室を出る。にゃあ、と声が聞こえた。あれ?フェリスは下に居るらしい。階下に降りると、小部屋で大和さんがフェリスを撫でていた。


「おはようございます、大和さん」


「おはよう、咲楽」


「すぐに朝食の用意をしちゃいますね」


「今日はパンを焼くの?」


「焼きますよ。パン種も仕込んでありますし」


「見てて良い?」


「良いですけど。面白い物ではないですよ?」


「咲楽が何かしているのを見ているのは楽しいよ。フェリスもそう言っているし。な?」


フェリスの両脇に手を入れて、持ち上げる。フェリスは少し迷惑そうだ。持ち上げると猫って長いよね。


パン種を出してきて成形する。今日は丸パンとミニクリームパンとミニあんパン。ミニパンは中身無しの物も作る。


「パン作りってこう、ダンッ、ダンッって叩き付けているイメージなんだけど」


「叩き付けていますよ?」


「咲楽の叩き付けって優しいよね。パンも優しい味だし」


「結構力は入れているんですけどね」


パン作りは少量なら叩き付けは要らない。そもそも1次発酵の前に済ませてしまっているし。


「今はそういう風にしないの?」


「しません。1次発酵が終わっているので」


ベンチタイムの間に、朝食の用意。スープを温めて、昨日のパンを切って、卵を焼いて、フェリスのご飯も作っておく。現金なことにそれまで大和さんにべったりくっついていたフェリスは、ご飯が出来たとたんに身を翻して大和さんから離れて、キッチンの入口に来た。甘えた声でニャーンと鳴く。


「メシの力には勝てないね」


「これって私の所に来てくれたんじゃなくて、ご飯の所に来たんですよね」


大和さんがフェリスにご飯をあげる。


「フェリス、お座り(sit)


フェリスがお座りする。それを確認してエサ皿を置く。フェリスのお座りは大和さんが教えた。「お手(hand)」とかも出来そうになっていて、すごいと思う。猫も芸を覚えるんだね。「待て(stay)」も覚えているし。フェリスが賢いだけかと思ったら、大和さんは日本でも教えていたらしい。


「今日は出勤扱いなんですよね?」


「そうだね。1日拘束されるしね」


「もしかしてカークさんもですか?」


「カークもだね。本来は休日なんだけど、付いていくって言い張るから出勤扱いになった」


「リンゼさんを放っていくんですか」


「みたいだね。あのカップルは大丈夫なのか?って心配になる」


「しょっちゅう放っておかれてますよね。結婚する気はあるんでしょうか?」


「カークはあるみたいだよ。ただまぁ、リンゼがどう思っているかだよね」


「大和さんをお待たせしてしまっていた私が言うのもなんですけど、長すぎる春って、気持ちが冷めたりしませんか?」


「俺はそんな事はなかったけど。咲楽に対する俺の気持ちって、執着も入っていたし」


「そんな事を前に言っていましたね」


「気にしてない?結構重かったと思うけど」


「嬉しかったですよ?愛されてるって実感できましたし」


「今も変わっていないけどね」


執着かぁ。私も大和さんに執着していたかもしれない。私は諦め癖が付いていて、すぐに「仕方がない」って思う事が多かった。でも、大和さんは人気があってファンレターやラブレターをしょっちゅう貰っていて、その度にモヤモヤしていた。


朝食後に大和さんは着替えに行った。フェリスがいつものようにエサ皿をチョイチョイしてきて、キッチンの私を見て不思議そうにしていた。


「今日は私はお休みだけど、大和さんはお仕事だから。だから私がお片付けをしているんだよ」


納得したようにフェリスが暖炉の前に寝そべる。今日はローズさんとリディーさんが迎えに来てくれる。フェリスの事は内緒だから、隠れていてもらわないと。


「おはようございます、サクラ様」


「おはようございます、カークさん。今日はリンゼさんを放っていくんですか?」


「リンゼも闘技場に来ますよ。いつも組んでいる冒険者仲間と出場するそうです」


「出場するんですか?」


「はい。『私達も楽しみましょ』って昨夜は盛り上がってましたね」


「お泊まりですか?」


「えぇ。賑やかでしたよ」


「良いなぁ。私はお泊まりの経験ってほとんど無いんですよね」


「リンゼの所に来れば良いじゃないですか。一部屋空いていますから、みんなそうやって泊まったりしてますよ」


「カーク、それは許可できない」


大和さんが降りてきた。


「何故です?サクラ様がお望みなのですよ?隣ですし、危険はありません」


「俺が寂しいじゃないか」


「トキワ様……」


出勤時間になって、大和さんとカークさんが出勤していった。私は家の掃除をする。フェリスはバタバタと動き出した私を見て、迷惑そうに小部屋で丸くなった。


シーツを剥がして洗濯箱に入れたら、家中を魔道具で掃除していく。夕食の仕込みを終えて、2の鐘が鳴って少しした頃、結界具が反応した。ローズさんとリディーさんかな?


「はい。あれ?リディーさんのお兄様?」


「すまない、サクラ先生。リディアーヌは少し遅れる」


「どうかなさったんですか?」


「下の兄がリディアーヌを連れていったんだ。恐らくは婚約者殿の所だろう」


「そうなんですか?婚約者様ってリディーさんの?お兄様の?」


「兄の婚約者だ。リディアーヌを気に入っていてな」


「それは仕方がないですね。ローズさんが来てくれるはずなので……。あ、来ました」


「サクラちゃん、おはよう。あら?リディーさんは?」


「少し遅れるそうです」


「ローズ先生、サクラ先生。私の馬車で闘技場までお送りしよう」


「ありがとうございます」


火の始末と戸締まりをして、リディーさんのお兄様の馬車に乗り込む。フェリスは小部屋で丸くなっていたし、すぐ側にフェリスの寝床を置いてきたから大丈夫だと思う。


闘技場にはたくさんの人が集まっていた。みんなモコモコの服を着ている。


「ローズ!!」


「メル!!お待たせ」


メルさんはローズさんの平民のご友人だ。私とはお披露目会の企画で知り合った。


「天使様は出場しないんですか?」


「はい。私はやるよりも見ている方が楽しいです」


「えぇっと、そちらの男性は?」


「リディーさんのお兄様よ。リディーさんが少し遅れるからって、送ってくださったの」


「失礼しました。私はローズの友人でメラニーといいます」


「メラニー嬢?」


「やぁだぁ。嬢だなんて」


メルさんが笑う。


「あ、そうだわ。ローズ、出場受付をしないと。私達はもう済ませたわよ」


「えぇぇぇぇ。メル、案内して。急がないと」


「大丈夫よ。そのつもりで来たから」


「すみません、失礼しますね」


あわただしくローズさんが走っていった。あぁ、またあんなに走って。ライルさんに知られたら叱られるけど、大丈夫だよね。チラッとリディーさんのお兄様を見るとあんぐりと口を開けていた。


「ずいぶん活動的ですね」


「えぇ。ライルさんにしょっちゅう叱られていますね」


「フリカーナ様ですか。あの方が……」


「そのクセに自分の事を貴族として扱うなって言うんですよ?私がライルさんって呼ぶのも、最初にそう呼んで欲しいって言われたからなんです」


「あの方らしいですね」


観覧席の上には布で雪避けがされていた。席に座ってしばらくすると、司会者というか役人さん?が出てきて、挨拶をしていた。


「父です」


「え?お父様ですか?」


「その後ろに居るのが1番上の兄です」


「そうなんですね」


雪合戦についてのルール説明が読み上げられる。魔法の使用は禁止。1チーム10人で雪玉が当たれば脱落。脱落者は速やかに待避すること。雪玉の補充は無し。試合前に各々作った分のみを使用する。時間切れ(タイムアップ)になるか、チーム人数が2人になったら試合終了。


「それではただいまから、騎士団員による模範演技を行います」


模範演技って模範になるんだろうか?ザッザッザっと音がしそうな程、歩調を合わせて騎士様達がフィールド内に入ってきた。赤と青の2チームに分かれていく。あ、大和さんが居た。赤チームだ。壁を作ったり雪玉を用意したりそれぞれに動いている。今、気が付いたけど、雪玉を作る道具があるようだ。


「あんなのが有るんですね」


「私も詳しくはないのですが、鍛治師達に依頼したそうです」


「作ったんですか?」


話をしている間に騎士様達の準備が整ったようだ。左右対称に雪壁が立ち上がり、数名ずつ壁の影に騎士様が潜んでいる。


「はじめ!!」


合図の太鼓の音と共にフラッグが振られる。左右から雪玉が一斉に飛んだ。騎士様達は飛んできた雪玉をうまく避けて投げ返している。あ、青チームの1人が退場した。


「これって模範演技になるんでしょうか?」


「ならない、ですね。ちょっとあれを模範とするには……」


「高度すぎますよね」


魔法は使ってないけど高く飛び上がったり、身体能力をフルに活かしている。あれは真似出来ない。真似する人、いるのかな?


時間にして5分程。太鼓の音が響く。1回戦目は赤チームの勝ち。どうやらコート交代のようだ。雪玉を補充して2回戦、開始。


「雪が無くなりそうですね」


「雪かきした雪を集めているんですよ。あそこに山になっているでしょう?」


「廃物利用ですか。良い考えですね」


「あのアイデアを出したのは妹なんですよ」


「リディーさんが?」


「雪かきした雪って使えないんですの?と。父と兄が悩んでいましたからね。正直に言って、リディーがああいう事を言うとは思っていませんでした」


「リディーさんはおっとりとしていますけど、観察眼は鋭いですよ」


「そうですね。いつまでも頼りない可愛い妹だと思っていたら、立派になって、と兄が泣いていました」


「リディーさんは愛されていますね」


「天使様を知ってからですよ。それまでは何事にも受け身で、この子は結婚してやっていけるのか、ずっとマソン家で過ごさせるしかない、と、両親にも言われていましたから」


「想像がつきません」


リディーさんはいつでも学ぶ意欲が溢れている。出来なくても諦めずに繰り返し練習して、最後にはモノにしている。積極的に学ぶ姿勢は、最初から変わらない。


2回戦目は青チームが勝ったようだ。1勝1敗の為に3回戦が行われる。


〈サクラちゃん、聞こえる?お願い。すぐに来て〉


〈ローズさん?どうかしましたか?〉


〈カークさんが迎えにいくわ〉


突然のローズさんからのテレパス(念話)。リディーさんのお兄様に断りを言って席を立つ。


「サクラ様、こちらです」


「カークさん、どうしたんですか?」


「この近くに住む男性なのですが、雪の下から見つかりました。屋根から落ちた雪に埋もれていたそうです」


「怪我の程度は?」


「ローズ様のお言葉だと黄色よりの赤だと。何の事ですか?」


「トリアージです。怪我の程度で優先順位を区分するんです。赤は今すぐ治療が必要な状態、黄色は今すぐ生命に関わる重篤な状態ではないが処置が必要であり、場合によって赤に変化する可能性があるものです」


トリアージは4段階に分けられる。黒、赤、黄、緑の4段階だ。

黒はblack tag(ブラック・タグ)。カテゴリー0(無呼吸群)。死亡、または生命徴候がなく、直ちに処置を行っても明らかに救命が不可能なもの。

赤はred tag(レッド・タグ)。カテゴリーI(最優先治療群)。生命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置をすべきもの。

黄はyellow tag(イエロー・タグ)。カテゴリーII(待機的治療群)基本的にバイタルサインが安定しているものの、早期に処置をすべきもの。一般に、今すぐ生命に関わる重篤な状態ではないが処置が必要であり、場合によって赤に変化する可能性があるもの。

緑はgreen tag(グリーン・タグ)。カテゴリーIII(保留群)歩行可能で、今すぐの処置や搬送の必要ないもの。完全に治療が不要なものも含む。


トリアージを行うと必ず聞こえてくる少数意見がある。命にタグを付けるのはおかしい。全てを治療すべきだ、と。この頃はその意見も聞かれなくなってきたけれど、初めてトリアージタグを見た人の中には、自分が後回しにされるという思いを抱く人が一定数居る。申し訳ないけど、医療従事者も人数に限りがあるので大規模災害時はトリアージに協力していただきたい。


案内された部屋には男性が力無く横たわっていた。ご家族らしき女性が2人泣き崩れている。


「骨折は治したの。でも、意識が戻らなくて」


「頭部か頚部かもしれません。診てみますね」


頭部に出血が見られる。くも膜下出血だ。

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