58
翌朝はちょっと雲が多かった。雨が降るかどうかなんて、私には分からない。
何て言ったっけ?雲なんかの気象情報から天気を予測するの。テレビで見た記憶はあるんだけど、忘れちゃった。
どうでもいいことを考えながら、服を着替える。階下に降りると、ブランさんが所在無げに居た。ソファーで座っていたけれど、慌てて立ち上がる。
「サクラ様、おはようございます」
「おはようございます、ブランさん。どうしたんですか?」
「実は昨日から考えていて、ミュゲ様が私の縫ったものを誉めてくれた……くださったから、もっと上手くなりたくて、どうしていいか分からなくて、ヘリオドール様がサクラ様に相談してみたら、って言って……言われて……あの……」
一生懸命丁寧に言おうとしてるんだと思う。ただ、使っていない言葉だから、慣れてなくて、言い直したりで時間がかかってる。
「ブランさん、落ち着きましょうか。焦らなくて大丈夫。ゆっくり落ち着いて話してください。ちゃんと聞いてますから。私はちょっと食料庫から食材を出しますけど、聞いてますから、ゆっくり自分の言葉で話してください」
ブランさんと一緒にキッチンに移動して、私は食料庫から食材を取り出す。
ブランさんが話し出した。
「私は前の奉公先で裁縫が下手だってバカにされてたんです。すっかり自信をなくして、アッシュと奉公先を逃げ出してきました。王都に入れなくて、ダニーの兄貴、えっと、ダニエルさんに助けられて、あの草原で暮らしてました。私は裁縫が好きでした。けど、自信がなくなって、しちゃいけないんだって思ってたんです。だけど昨日ミュゲ様に誉めてもらえて、もう一度裁縫をしたいと思いました。でも、伝手も何もなくて、悩んでて、ヘリオドール様が、サクラ様に相談してみたら、って言ってくれたんです」
分かりやすく話せてる。でも、裁縫ねぇ。私がなにか言えるのって神殿かアレクサンドラさんくらいだよね。
「ブランさんはどうしたいんですか?裁縫のお仕事をしたいんですか?」
「分からないんです。裁縫をしたいって気持ちはあるんです。けど冒険者も始めたし、って思ってしまって」
「やりたいことが多すぎるんですね」
「多すぎる?」
「どれが一番やりたいですか?」
「今は裁縫をしたいです」
「あのね、ブランさん。私の紹介できる人って神殿衣装部の人か、ジェイド商会の服飾部の人だけなんです。だから時間を貰っていいですか?今すぐって訳でもないんでしょう?」
「はい。無理ですか?」
「少し時間をください。どっちにしても話をしてみないといけないし、すぐに話ができる状況でもないし」
「はい。分かりました」
「そんなに落ち込まないでください。とにかく話してみますから。外に出ましょう?ね」
ブランさんと外に出ると、アッシュさんとダニエルさんとゴットハルトさんが寄ってきた。
「おはようございます。どうなりましたか?」
「話は聞きました。けど、私の紹介できる人って神殿衣装部の人か、ジェイド商会の服飾部の人だけなんです。だから話はしてみますけど、時間をください」
ゴットハルトさんとダニエルさんは納得したように頷いたけど、アッシュさんはどうも違ったみたい。
「ブラン、だから言っただろ。諦めも肝心だって」
「アッシュさん、諦めてもらったら困ります。話をしてみるって言ったでしょう。時間をください。特に神殿の方は同僚に話してからになります」
「どうも気になって集中できないんだが、結局どうなった?」
大和さんの声がした。大和さんの後ろではシンザさんとエイダンさん、ラズさんがいる。
「大和さん、おはようございます。すみません」
「構わないよ。朝から気になってたから。だから中で待ってろって言ったんだし」
「一応ローズさん経由でコリンさんとアレクサンドラさんに話をしてみようと思います。アレクサンドラさんは早い内に話せると思いますけど」
「神殿衣装部が時間がかかるって?なんだったら今日、神殿に行くか?ゴットハルトとパイロープ殿と行ってみようって話してたんだが」
「え?私が一緒にですか?それは無理です。トキワ様とヘリオドール様とパイロープ様ですよ。一緒に行けません」
「ならアッシュ、一緒に来い」
「オレ……私ですか?」
「お前はブランの兄だろう。保護者として、一緒にどうだ?」
「保護者ってお3人様がいるじゃないですか」
「なるほど。俺達とは行きにくいってことか。なら仕方ないな。咲楽ちゃんに時間をやってくれ」
そう言って大和さんは空を見上げる。
「時間は大丈夫かな。咲楽ちゃん、ちょっと急ぐかもだけど良い?」
「はい」
大和さんが舞台に歩いていく。なにかを呟いてるけど、集中するためって言ってた言葉かな。『すべての事柄に感謝を』とかって言ってた気がする。
「私が邪魔をしたからですね。ごめんなさい」
「ブランさん、自分のせいって思ってます?違いますよ。私のせいでもあるんです」
大和さんが舞い始めた。やっぱり綺麗だ。『秋の舞』も近い内に見せてくれるって言ってたし。楽しみだ。
「サクラ様、トキワ様ってすごいですね」
「えぇ。すごいんです」
「サクラ様が居られるから、ああして舞っているんですよね。
…………
私ね、奉公先に好きな人がいたんです。でも出てくる前に、その人が私をバカにしていた人と仲良くしているのを見てしまって。アッシュから逃げようって言われて、飛び出しちゃったんです」
何を言って良いか、分からない。でも多分ブランさんは聞いて欲しいんだと思う。
「聞かなかったことにしてください」
ブランさんはそう言って笑った。
「話したくなったら話してください。私は聞くことしかできません。でも聞くことで少しでも心が軽くなればそれで良いんです。私でよければ話を聞きますから」
「サクラ様……ありがとうございます」
大和さんの舞が終わった。
ブランさん達は玄関から家に入っていった。私は動けなかった。
「咲楽ちゃん、中に入ろうか」
「大和さん」
「大丈夫?」
「ごめんなさい。心配かけてます」
「どうしたの?」
「私って無力だなって思って」
「さっきのブランと話していた事?」
「聞こえてたんですか?」
「見えてはいるよ。聞こえるのは自分の周りだけ。人の悩みを聞くのは良いけどね、囚われちゃダメだよ」
「はい」
「中に入ろうか」
大和さんが私の肩を抱いて家に入る。ゴットハルトさんとバッタリ会った。
「声をかけに行こうとしてました。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。心配かけてすみません」
「ゴットハルト、頼めるか?」
「分かった」
大和さんとゴットハルトさんが話してるのを聞きながら、キッチンに入る。スープは今からだと遅いかな。ミルクティーにしよう。
「大和さん」
呼んで振り向くと、大和さんはいなかった。シャワーかな。
「ヤマトならシャワーに行きましたよ。ブランと何を話していたんですか?」
「秘密です」
と言って口に指を当てて「シィー」のポーズをすると、ゴットハルトさんが真っ赤になった。
温野菜サラダと卵にハム、パンを軽く焼く。
「ゴットハルト、どうした?」
「何でもないっ!!」
大和さんが声をかけると、ゴットハルトさんがダイニングの隅でこっちに背中を向けて座り込んだ。
「サクラ様、ヘリオドール様の朝食を持ってきましたが、ヘリオドール様はどこですか?」
少ししてブランさんが朝食を持ってくると、ゴットハルトさんが立ち上がった。
「そこにおいておいてくれ」
「あれは理性と戦ってたな」
ボソッと大和さんが呟く。
「大和さん、キッチン空きました。お湯は今沸かしてます」
「ありがとう。ゴットハルト、飲むか?」
「貰う」
大和さんと並んでミルクティーを作ってテーブルに持っていく。
大和さんがコーヒーをゴットハルトさんに渡す。昨日の事を思い出してしまった。
「ふふっ」
思わず笑ってしまって、大和さんとゴットハルトさんがこっちを見る。
「咲楽ちゃん、何を笑ったのかな?」
「昨日の朝の事を思い出して」
「あの2人が扉を開けきらないことを願うよ」
「扉?」
ゴットハルトさんが聞く。
「理解できないならそっちの方がいい」
大和さんが言うけど、多分大丈夫だと思う。
3人で朝食を食べる。
「そう言えばパイロープさん……様?って朝食はどうしてるんですか?」
「エスターはヤマトと走ったあと、かなり疲れてしまって、家に居ますよ」
「ダニエル達が朝食後、持っていくことになっているね」
「大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫でしょう。エスターも久々に走ったのがヤマトと一緒だったから、疲れたんでしょうし」
「やっぱり速いですよね」
「そんなこと無いと思うけど。こっちに来てから走る距離も減ってるし、負荷も少なくなってるし」
「負荷もって、あぁ、山とか走ってたって言ってましたね」
「山?王都周辺にはないな。東の方に行けばあるが、かなり険しい。氷の蝶や雪猫なんかの生息地だ。珍しい炎の氷の取れるところでもある」
「知らないのがたくさん出てきました」
「東の山脈の本には載ってますよ。お譲りしましょうか?」
「見てみたいけど、時間がないです。地域によって魔物とか、やっぱり違うんですね」
食べ終わったお皿を下げると、いつものように大和さんが言ってくれた。
「咲楽ちゃん、置いておいてね」
「いつもすみません」
お言葉に甘えて着替えに自室に戻る。
出勤用の服に着替えて、練り香水を手に伸ばして、髪を纏めていつもならこれでおしまいなんだけど、視線の先にあったのは貰ったネックレス。
診察の時は外したらいいよね。
ネックレスを着けてリビングに行くと、大和さん達が待っていてくれた。
「それ、着けていくの?」
「診察の時は外したらいいかなって思って……駄目でしょうか」
「気に入ってくれたようで、嬉しい」
そう言って大和さんが笑ってくれて、私も嬉しくなる。
「声をかけるのが野暮に思えますが、そろそろ出た方がいいと思いますよ」
遠慮がちにゴットハルトさんに言われて、我に帰る。いけない。出勤時間。
結界具を作動させて、3人で家を出る。
「大和さん、今日ジェイド商会に寄っていいですか?」
「早速話をしに行くの?」
「それもあるんですけど、木の日って、私は毛糸を見に行くつもりだったんです。でもすっかり忘れちゃって、昨日も行けなかったから」
「なるほど。分かった。次は何を編むつもりなの?」
「私のスヌードです」
「スヌード?」
大和さんもゴットハルトさんもハテナマークを浮かべてる。そうだよね。分かんないよね。
「輪っかになったマフラーって感じです」
それでもピンとは来ないみたい。
「見て貰うしかないです。そうとしか言えないですし」
「ヤマトも知らないのか?」
「女の子のファッションなんて知るか。それでなくてもほぼ稽古着か動きやすい格好だったしな」
「どういう生活だ?」
「自分の稽古と鍛練と、道場での指導だな」
「遊ぶとかは?」
「興味がなかった。大体、家は山奥……森林地帯だ。何をしろって言うんだ」
「街とか無かったのか?」
「普通にあったし、市場より規模の大きい、えーと、ショッピングモールって何て言ったらいいんだ?」
「あぁ、なんて言いましょうか。難しいですよね。市場を纏めちゃったみたいな……」
2人で考え込んじゃった。商業エリア、とかじゃないし、うーん……。
「そういう所があったんですね」
ゴットハルトさんがそう言うけど、伝わったかな?
王宮への分かれ道では、ローズさんとルビーさんとライルさんが待っていた。
「サクラちゃん、おはようって、なにか難しい顔、してるわね」
「おはようございます。ローズさん。木の日はありがとうございました」
「サクラちゃんってお酒、弱かったのね」
「あんまり覚えてないです。あ、ローズさん、ちょっとお話ししたいことがあるんですけど。お話って言うかお願い?」
施療院に向かいながら話す。大和さん達も付いてきてくれた。
「なあに?私じゃダメなの?」
「アレクサンドラさんとコリンさんに話がしたいんです」
「サンドラなら今日も店にいるわよ。終業してから来る?」
「はい。あと、毛糸も欲しいです」
「毛糸?あぁ、言ってた物ね。サンドラがたくさん仕入れていたわよ。可愛いのから面白いのまで」
「面白い?」
「サクラちゃんトキワ様のネックレス、着けてきたの?」
「診察の時は外します」
「着けておいたら?」
「良いんでしょうか?」
「イタズラ坊主が来なかったら大丈夫じゃない?」
「そう言ってる時って、けっこうその通りになるんですよね」
「シロヤマさん、兄がずいぶん反省してた。両親から礼を言っておいてくれって」
ライルさんが話しかけてきた。それまで大和さんやゴットハルトさんと話していたのに。
「私は思ったことを言っただけですよ。感情的になってしまってすみませんでした」
「あの時のシロヤマ嬢はずいぶんとお怒りに見えましたが、どうかなさったんですか?」
ゴットハルトさんに聞かれた。でも言いたくない。
「ゴットハルト、あとで話す」
大和さんが言ってくれた。ゴットハルトさんがちょっと不満げな顔をする。ごめんなさい。でも自分で「虐められてた」って言いたくない。多分、この世界では目の色が原因で虐められるって無いよね。
施療院に着いた。大和さんはゴットハルトさんを中庭の方に連れて行った。あそこで話すんだと思う。
「サクラちゃんは行かなくていいの?」
「行って『可哀想』って目で見られたくないです」
「それでも貴女の事でしょ。行った方がいいわ」
着替えた後、ローズさんとルビーさんに連れられて中庭に行く。大和さんはやっぱりそこで話をしていた。
ゴットハルトさんが怒ってるのが分かる。大和さんが私達に気が付いた。
「どうしたの?」
「私の事だから、行った方がいいって言われて」
ローズさんとルビーさんはちょっと離れた所でいてくれている。
「シロヤマ嬢、お辛かったでしょう」
ゴットハルトさんがそう言うけれど、私には支えてくれた友人も、助けてくれた人もいた。辛くても、それだけじゃなかった。
「ゴットハルトさん、『可哀想』って目で見ないでください」
そう言うと理解できない、って顔をされた。
「確かに辛かったです。でも私には支えてくれた友人も、助けてくれた人もいました。辛くてもそれだけじゃなかったんです。お願いです。その事まで『可哀想』で纏めないでください」
「貴女は強いですね」
「強くなんか無いですよ。自分の事で精一杯です。なのに、人を癒したいとか、苦しみを取り除いてやりたいって、こんな仕事をしてますけどね」
「可哀想は嫌ですか?」
「可哀想の中にずっと居るわけにいきませんから。そう思われない生き方をしたいんです。可哀想って思われてるのって、楽なんですよ。自分から動かなくても相手が色々してくれるから。でもそれじゃ自分が駄目な人になるんです」
「ヤマトは可哀想って思わなかったのか?」
「好きになったのがこの事を知る前だったから。護ってやりたいって言うのが先だった」
ライルさんが呼びに来た。お仕事、ですね。
「咲楽ちゃん、その白衣、似合ってるね」
「ありがとうございます。お仕事してきます」
「無理しないでね」
「はい」
中に入るといっぱい人がいた。見るからに外傷の人も何人か居るし、マルクスさんのご両親もいる。えーと、もしかして、皆さん見てました?
「だってねぇ。黒き狼様と天使様の間を引き裂く騎士って感じだったから。あのお兄さんでしょ。新しく神殿騎士様になられる人って」
とは指の変形を少しずつ取り除いている途中の、常連のヴァネッサさん。
中庭に出ようとして、ローズさん達に止められて、みんなに知らせて見守ってた。って、見物しないでください。
でも多分、大和さんは気が付いてたよね。
ゴットハルトさんって優しいお兄さんって感じのイケメンさんだから、けっこう人気があるんだって。その人と黒き狼と私が朝、一緒に歩いてるのは結構な人が知ってて、私がどっちを選ぶかって話題らしい。って、話題ってなんなの?
ヴァネッサさんが新聞みたいなのを見せてくれた。朝市で売ってるんだって。
市場の情報や、ゴシップなんかが載ってる。その中に予想コーナーがあって、そこに書かれていた。ちょっと待って。
「なんなんですか?これ。どっちを選ぶのか大予想って」
「当たると景品がもらえるんだよ。天使様のは『2人の結婚式にご招待』だったねぇ。それで?どっちを選ぶの?黒き狼様?あのお兄さん?」
そんなワクワクした目で見ないでください。処置の最中に力が抜けそうになった。
ヴァネッサさんが帰っていった後、マルクスさんのご両親が診察室に入って見えた。
「天使様、昨日はありがとうございました。お礼の金品は受け取らないってルビーちゃんに聞いて、スラムの復興事業への寄付をさせてもらいました」
「おばあ様の具合はいかがですか?」
そう聞くとお母様の方が顔を曇らせた。
「外に出たがるんですよ。でもまだ歩けないでしょ?どうしたらいいかと思って相談に来たんです」
この世界って車イスはないのかな?
「しばらくは立ち上がりの練習からですけど。立ち上がれるようになったら杖を使って歩く練習ですね」
「その立ち上がりの練習なんですが、どうすればいいでしょう?」
立ち上がり補助バーって無いよね。
「木工品を作ってるんですよね。なら、こういうの、作れませんか?」
提案したのはベッドサイドに置くタイプの補助バー。ある程度の重さにも耐えれるように、安全性を最優先に、って伝えたらお父様の職人魂に火が付いたみたいで、すごい勢いで帰っていった、お父様だけ。残ったお母様に注意点を伝えて、おばあ様に痛みが出たらすぐに言ってください、と伝えて貰った。
お昼にこの世界の車椅子について聞いてみたんだけど、あまり使われてないみたい。だけど、有るのはあるみたい。使われてない理由は振動がすごいから、らしい。タイヤがゴム製じゃないもんね。
ただ、聞いた感じだと座面が木製だった。布製にできないのかって聞いたら、所長が食いついた。
車イスは便利だけど、振動の問題で、使う人がほとんど居なくて、どうしたらいいかといろんな意見を集めてた、って言われた。そういう研究所もあるみたいで、所長はそこにも顔を出してるって言ってた。所長、色々やってるんですね。だからついでに補助バーの事も伝えておいた。マルクスさんのご両親には言ってあります。と言ったら喜んでたんだけど。どうしたんですか?
「これまで職人が、こっちの話をまともに聞いてくれたことが少なくてな。マルクス殿の所が始めたら拡がっていくじゃろう、と思ってな」
「そういうことなら、父にも話しておくわ。布とか相談に乗れるもの」
なんだか話が大きくなってきた。ライルさんはクリストフさんに、魔道具で振動を押さえられないか聞いてみるって言ってるし、ルビーさんと2人で顔を見合わせていた。
「凄いことになってきたわね」
「そうですね」
「そうですね、って間違いなく貴女が大元よ」
「私は聞いただけなんですけど」
お昼からの診察に王宮施術師の方が見えた。所長としばらく話してから、私が呼ばれた。
「車イスの事について聞きたいらしい。本題は別なんじゃが」
所長が苦笑いする。
「座面を丈夫な布製にしたらどうか、って思っただけなんですけど」
「それをどうやって付けるのですか?」
「輪にして通すとか」
「やってみる価値はありますね。もしかしたら研究所に来てもらうかもしれません」
「ここを辞めてって事ですか?」
「辞めたくないのですね。大丈夫です。顔を出してくれるだけでいいのです。ナザル所長、本当に普通の少女ですね。彼女が天使様で間違いないのですか?」
「そうじゃよ。証拠を、といわれると困るがね」
「私も困ります」
「見たいですねぇ。そういう事態が起こらない方がいいのは分かってるんですけど」
そう言って王宮施術師さんは帰っていった。
「あやつは研究バカでな。興味をもったらそれにかかりきりになる。王宮施術師は緊急時以外は研究ができるからの。腕は良いのに困った奴じゃ」
5の鐘近くに大和さんとマルクスさんが話をしているのが見えた。
「もう患者も来ないようじゃな。閉めようかの」
ナザル所長がそう言って、その日の診察は終了になった。
「サクラちゃん、帰りましょ」
そう言ってローズさんが私の手を取る。そのまま歩き出した。
雲なんかの状況から天気を予測するって『観望天気』でしたっけ。田舎の人間はわりと出来てしまいます。ただしその土地に限りますが。
ブランは奉公先で「好きだと仕向けたあげく、その行為を裏で嗤ってるような男」に騙されていました。
色々と裏設定はあるのですが書ききれず……。
作中に「聞くことしかできない」と咲楽は言っていますが、『人間の悩みは他人が解決することはできない』という持論に基づいています。アドバイスや助言は出来るけど、結局は本人がその気になって動かなければ真の解決にはなりませんよね。
ただ、これを言うと、『冷たいよね』と言われることが多いです。