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昼食後、すぐに持ち場に戻る。交代でマックス先生がお昼休憩に行った。フォス先生は一番最初に行っている。
「サクラ先生、魔力量は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「ここだけの話、サクラ先生って総魔力量はどの位なんですか?」
フォス先生が声を潜めて言う。魔力量が多いって事は言ってあるけど、総魔力量は言ってないから疑問に思ったようだ。
「37500です」
「さんっ!!あぁ、そうですか……。多いですね」
マックス先生も同じ反応だったなぁ。
救護大天幕が騒がしくなる。負傷者が一気に運ばれてきた。
「イビルアングイスのツガイだっ!!尾の振り払いでやられたっ!!」
ルフトキッセンで負傷者を連れてきてくれた冒険者さんが叫んだ。ほとんどの人が骨折と背部と胸部の打撲だ。頭部を酷く打ち付けて意識不明の人もいる。
「サクラ先生は頭部の人の方へ。背部の打撲に限らず内臓が傷付いているかもしれないから、注意してスキャンして」
マックス先生が食事を切り上げて戻ってきてくれた。十分に魔力が回復しきっていない施術師さんも来てくれた。
「サクラ先生、この人は僕が受け持つよ。そっちの人は任せた。絶対に助けるよ」
「はいっ」
マックス先生と並んで施術を行う。頭部骨折は無いものの、少量の脳出血が見られる。出血を止めたら胸部の骨折の施術。肺損傷は無し。腹部大動脈に破裂しそうな動脈瘤を見つけた。困った。腹部大動脈瘤の手術なんて人工血管置換術かステントグラフト内挿術しか知らない。それも見学しただけ。でもこのまま放置すれば間違いなく破裂するよね?何か代替案を考えないと。思い付いたのはステントグラフトを血管内に挿入するんじゃなくて、血管を何かで包んでしまえばいいという事。腹部大動脈にカバーを被せる感じだね。問題は何を使ってカバーを作るかだ。胃壁や横隔膜から少しずつ集めてカバーにした。強めにシカトリーゼをかけて、施術を終わる。
「サクラ先生、何をしたかは知らないけど、知られて困る事は書かないようにね」
マックス先生にこっそり囁かれた。
「はい。ってどうして知っているんですか?」
「そりゃあ、あれだけ輝けばね」
「また光ってました?」
「救護大天幕内、隅々まで照らすような光だったよ」
「うそっ」
「何言ってんだい。天使様を困らせるんじゃないよ」
民間の施術師さんがマックス先生を強めにバシバシと叩いた。
「いてっ。痛いって、スーザンおばちゃん」
「天使様、確かに光っていたけどそこまでじゃないからね。安心しておくれ」
「はい。ありがとうございます」
他の負傷者の施術を終えた時、外の歓声と共に違う冒険者さんが駆け込んできた。
「イビルアングイスのツガイが討伐された。討伐したのは黒き狼率いる騎士様のパーティーだ」
わぁーっと喜びの声と拍手が起こる。大和さん、またイビルアングイスを倒したの?
「それと魔力噴出孔の4個目の応急処置に成功した」
再び拍手が起きる。確認出来ている魔力噴出孔はあと1つ。
負傷者が救護大天幕に入ってきた。処置をしにそちらに向かう。
「ハンネスさん?」
「シロ……。じゃなくて、サクラ先生、お久しぶりです」
袖がボロボロになっている。
「ずいぶん小さい噛み付き痕ですね。引っ掻き傷もたくさんありますが」
「シャゼールですよ。小さい砂嵐を纏っていました。小さいですが獰猛ですね。その場に居た大半の冒険者が可愛さに崩れ落ちていましたよ。私もその1人ですが」
「えっ。見たいです」
「地属性で3匹生け捕りにしていましたよ。作戦支部の隣の天幕に集められています。が、ガデューガも居ますよ?」
シャゼールは見たい。でもガデューガも居るのかぁ。
「ヤマトにも会いました。4本腕のウルージュを楽しそうに翻弄していましたよ」
「4本腕のウルージュ……」
「剣と地属性を組み合わせていました。地属性ってあんなに多彩な使い方が出来るんですね」
「大和さんは地属性を「攻守に使える便利な属性」って言っていました」
「ヤマトのように使えれば、ですね」
「ちなみにどんな使い方を?」
「何でもありですよ。ソーリュストとロックウォールで守りを固めてピエレバルとロックバレットを高速で打ち出して、トゥールでバランスを崩させて、足元にニードルロックやロックブレードを設置して足止めして」
うわぁ……。
「おまけにその間に剣での攻撃が加わります。ニードルロックも高さを変えてくるから、4本腕のウルージュが苛立っているのが分かりました。他の騎士が木から飛び降りて討伐完了です」
木から飛び降りた騎士様って誰だろう?
「1頭は討伐されたんだよね?もう1頭居るはずだけど?」
マックス先生がハンネスさんに聞く。
「もう1頭?居ましたね。他の魔物を攻撃していた。人間には攻撃を加えない不思議なウルージュでしたね」
「こっちを守っていたのかな?」
「さぁ?」
ハンネスさんが出ていった後、マックス先生に聞かれた。
「彼って騎士じゃなかったっけ?」
「気付いていたんですか?騎士を辞めて冒険者になったそうです」
「ずいぶん雰囲気が変わったよね?」
「気のおけない仲間もいますからね」
「ふぅん。トキワ君をヤマトって呼び捨てにしてたけど?」
「最初は『トキワ様』だったんですけどね。大和さんが嫌がったんです。違和感が凄いって」
「へぇぇ」
4の鐘が鳴る頃、確認されていた全ての魔力噴出孔が応急処置で閉じられた。凶暴化していた魔物を粗方討伐したら、今日は引き揚げる。今日の討伐予定が終了したのは5の鐘過ぎ。これ以上は森の中だし暗くなってきちゃって活動するには危険だ。幾つかのグループに別れて結界石を持った人を中心にして西街門へ帰還する。私達施術師は最初の方のグループに入れられた。大和さん達は最後の方。飛行部隊での送迎になるから冒険者さんが興奮していた。もちろん自力で飛べる人は飛んでいる。
「僕も練習しようかな?」
「マックス先生、風属性持ってたんですか?」
「言ってなかったっけ?僕は光と風と地だよ。複合魔法は使えないんだよね」
「風と地って何か複合魔法ってありましたっけ?」
「うーん。複合魔法として認識されてないんだけどね。ワスティタス国の人に教わったんだよ。彼は砂塵魔法って言っていた」
「砂塵魔法ですか」
「ガラスの絵付けに使うんだって」
「ガラスの絵付け?サンドブラストですか?」
「サンド……なんちゃらって何?」
「サンドブラストです。細かい研磨剤を物に吹き付けて錆取り、塗装剥がし、下地処理等を行います。ガラス工芸に使われたりもします」
「それだね。ガラスの器に名前や絵を入れたりって言っていたよ」
「やってみたかったんですよね」
「やってみる?ガラスが要るけど」
「それが一番大変じゃないですか」
「そうなんだよね」
西街門に着いてそれぞれの報告後に解散となる。マックス先生は施術師の報告の纏めを他の責任者達とすると言って、肩を落としながら1室に入っていった。
「サクラ先生はどうしますか?」
「施療院はもう終わってますよね?」
「ですね」
「大和さんを待って帰ります」
「一緒に待っていましょうか?」
「施術師のお嬢……っと。先生、世話になったな」
「いいえ。大きなお怪我が無くて良かったです」
「お嬢ちゃんなんて言って悪かったな」
「この見た目ですから。気にしてませんよ」
「なぁにを言ってやがる。ムッとしてやがったじゃねぇか」
「初対面で言われればそうなります」
「そりゃあ、そうだな」
大和さんが降り立つのが見えた。
「サクラ様、トキワ様が先に帰るかどうするか聞いてきてくれと」
降り立った大和さんに駆け寄って、1言2言言葉を交わしたカークさんが、大和さんの伝言を伝えてくれた。
「待っていると暗くなりますよね?」
「そうですね。お帰りになるならお送りしますが」
「今から大和さんは会議ですか?」
「そう聞いております」
「じゃあ帰ります。飛んでいきますから、カークさんは大和さんに付いていてください」
「ちょっと待て。先生、飛べるのかよ?」
「飛べますよ?帰りも飛んできました」
「なんなら送っていこうかって言おうと思ったんだが、止めておいた方が良さそうだな。護衛なら出来るって言うつもりだったんだがな」
「ありがとうございます」
「まぁ、気を付けてな」
呆れた様子の冒険者さんとカークさんとフォスさんに見送られて、西街門の上から飛び立つ。すでに日も落ちて夜の帳が降りてきていて、家々の灯りが灯っていて上空から見ると綺麗だ。飛び立ってから気が付いた。どっちに飛べば良いの?とりあえず上空から目立った神殿に向かって飛ぶ。神殿に近くなったら降りて家に向かう。ここからなら迷う事はなかった。
家に入って小部屋でホッと一息吐く。疲れたなぁ。私は魔物の討伐はしていないけど、冒険者さん達と騎士様達の手助けは出来たと思う。実際に討伐を担ったのは彼等だし、魔力噴出孔の応急措置をしたのは魔術師塔の魔術師達だ。負傷者はたくさん出たけど死者は出なかった。
お夕飯を作らないと。キッチンに行って考える。簡単なものにしよう。リガトーニを使って異空間のボロネーゼソースと合わせて、リガトーニボロネーゼにしよう。
「ただいま、咲楽」
「おかえりなさい、大和さん。お疲れ様でした」
「咲楽もね。お疲れ様」
そう言ってハグとキスをされる。
「お夕食にしますか?お風呂にしますか?」
「先に風呂に行ってくる」
「はい。待ってますね」
「一緒に……。いや、いい。今日は止めておこう」
そう言って大和さんはお風呂に行った。
リガトーニを茹でるためのお湯を沸かす。チリンと『対の小箱』が鳴った。所長の小箱だ。
『疲れているだろうが、明日はいつも通り出勤して欲しい』
書かれていたのはたった1行。了承の返事を送り返す。
次いでローズさんからの小箱が鳴る。ライルさんのも、トリアさんのも、トニオさんのも、アイビーさんのも。次々に手紙が届いた。
「みんなからの手紙?」
リガトーニを茹でながら手紙を読んでいると、大和さんがお風呂から出てきた。
「はい。文章は違いますけど、内容はみんな、無事だったかって気遣ってくれている物ばかりです。こちらは大和さん宛ですね」
「俺宛?読んでおくよ。風呂に行っておいで」
「はい」
ハンネスさんが「ヤマトは楽しそうに4本腕のウルージュを翻弄してた」って言っていたなぁ。『夏の舞』状態になっていたのかな?でも、その事を団長さん達が知ったら大変そう。試合をって言われるんじゃないかな?
詰め寄られて困っている大和さんが想像出来てしまって、クスクスと笑ってしまった。大和さんに知られたら拗ねるかな?
お風呂から出てキッチンに行く。リガトーニボロネーゼを仕上げてテーブルに出した。大和さんにチーズ削りを頼む。
「簡単なものですけど、食べましょう」
「旨そうだ。ボロネーゼソース、作ったの?」
「異空間の物を使いました」
「安心した。あれから作ったんじゃ大変だって思っていたから」
「明日は出勤ですか?」
「うん。コボルト族の集落までの確保と、魔物の調査をする。冒険者達と合同でね」
「私も明日は出勤です」
「魔力量は?無理はしてない?」
「なんだか思ったより減っていなくて。魔力の濃い場所に居たからでしょうか?」
「どうだろうね?俺も咲楽に1度譲渡してもらってから、結構魔法を使ったけど、思ったより減らなかったな」
「ハンネスさんが言ってましたよ。『ヤマトは楽しそうに4本腕のウルージュを翻弄してた』って」
「楽しそうに……。間違っちゃいないけど」
「楽しかったんですか?」
「カークも居たし、いつもチームで動いている連中と一緒だったから思いっきりやれた。魔法も使って終始こちらのの思惑通りに進められた。楽しかったよ」
「ハンネスさんが呆れてましたよ。地属性ってあんな事も出来るんだなって」
「チームで動いている連中は地属性ばかりだからね。分担したんだよ」
「ハンネスさん、大和さん1人でやったと思ってましたよ?」
「そこはアイツの認識不足って事で」
夕食を終えたら、それぞれに返事を書く。ターフェイア組には無事だという事と、ターフェイアの状況を尋ねる。ローズさんとライルさんには簡単な経緯と明日話すのを楽しみにしている、と書いて送った。大和さんの分も一緒に送る。
「『対の小箱』は簡易なメール機能だよね」
「そうですね。テレパスは電話ですか?」
「無線かな?って思ったんだけど」
「あぁ、なるほど。アマチュア無線ですね?」
「仕組みは似たようなものかな?って思ってたんだよ」
「やったことは?」
「叔父貴が使っていたからね。第1級アマチュア無線技士の資格を取って使っていた」
「本当に何でもやってたんですね」
「帰国してから時間があったからね」
ベッドで横になって話している内に眠ってしまった。