ゴットハルト・ヘリオドールの想い
彼女に初めて会ったのは神殿騎士団の練兵場だった。珍しい漆黒の真っ直ぐな髪、緑がかったヘーゼルの瞳。折れてしまいそうに細く儚げな姿に心を奪われた。
一緒にいた男をペリトード団長が『トキワ殿』と呼んだ。今から彼と模擬戦を行うと言う。何者だ?
何人かの騎士が動いた。と、言うことは今までに何回かやっていると言うことだ。見学に来ていたエスターと私も模擬戦に参加させられるようだ。
彼は彼女に脱いだ上着を渡す。彼女と親しげな様子が気に入らない。余裕を感じさせる態度も気に入らない。
彼は双剣を使った。結局はテクニックを強さと勘違いしたアイツと同じか。ペリトード団長が模擬戦を、と言うのだから、それなりに強いのだろうと思っていたのになんだか失望した。
6vs1の模擬戦。まずは騎士団員から。余裕で勝敗を決めていく。誰かが彼を『黒き狼』と言っていたな。
私の番が来たとき、彼が双剣を止め、剣を1本にした。舐められた?思わずカッとする。
「黒き狼殿、剣を1本にしたのは何故です?」
「貴方にはこちらの方がふさわしい、そう思っただけです」
「私を侮っての事か」
「まさか。私は双剣を得意とはしていますが、普段は1本ですよ」
「なるほど。2本無いと戦えないわけではなさそうですね。お手並み拝見です」
双剣使いが剣1本で戦えるわけがない。そんな思いはあっという間に打ち砕かれた。
強い。自分も剣には自信があったが、その上をいく強さだと思った。
エスターとの後、ペリトード団長とも模擬戦をしている。汗はかいているが、体力はまだ余裕がありそうに見えた。
黒き狼、か。どことなく人の上に立って指示をしているのがふさわしく見える。
待て。彼が黒き狼だとしたら彼女は?あのとき聞こえた誰かの言葉。『天使様と黒き狼』と言ってなかったか?吟遊詩人が言っていた天使様の容貌は黒い髪とヘーゼルの瞳。当てはまるが、彼女が天使様?確か天使様は黒き狼の神に認められし半身。その片翼だと吟遊詩人は歌っていたはずだが。あのような儚さで治癒を行う?だから黒き狼が守りについてるのか。
模擬戦の後、天使様と一緒にいた女性に神殿の食堂での食事を勧められた。黒き狼と天使様も一緒だ。あぁダニエルの事も聞かないと。何があったかはまだ聞いていないが、黒き狼と天使様に迷惑をかけたと言っていた。
食堂で驚いたのは天使様の食事量の少なさ。スープのみとか、嘘だろう。体調が回復してないからだと言われたが、それにしても少なすぎる。黒き狼も一緒にいた女性もそれ以上勧めていない。本当にあれだけで良いのか?心配になってきた。
「黒き狼殿、先程は失礼した」
私がそう言うと黒き狼が意外な事を言ってきた。
「トキワかヤマトで頼む。『黒き狼』と呼ばれる度に他人が呼ばれているようだ。しかも来月から同僚でしょう」
「黒き狼は王宮騎士団と聞いていたのだが」
「掛け持ちだ。いつまでかは分からないが。多分団長とアインスタイ副団長が飽きるまでだと思っている」
「飽きる?」
「模擬戦。休みの日に用事で神殿に来たら模擬戦。王宮でいても団長が来たら模擬戦。しかも最低で3人とやらされる」
「戦績は?」
「一応、今のところ全勝させて貰ってる」
「すごいな。さっきは双剣を使っていたが」
「得意なのは双剣だ。ただ、2本なければ戦えないのでは意味がないから、1本でも戦えるようには精進している」
精進?あれで精進?十分以上に戦えているじゃないか。彼のような双剣使いばかりだったら、あんなことは最初に言わなかったのに。
「それを出来ない双剣使いがバカにしてきてね。1本より2本を操る方が難しい。だから自分の方が上だ、と。だから最初に突っかかってしまった。悪かった」
「そういう勘違いをする奴が居るから。双剣と言うのは1本を片手で操る分、両手剣よりパワーが無い。だからテクニックが必要なんだが、そのテクニックが難しいとされている。ただ「使える」のと「振り回せる」の違いが分からない奴が多い」
「ヘリオドール殿、何か話があったのでは?」
エスターが話を振ってくれた。そうだ、ダニエルの事を聞かないと。
「あぁ、そうだ。昨日街の外で知り合いが迷惑をかけたらしい。すまなかった」
「あの男達か?」
「正確に言うとリーダーとされていた男だけだがな。私の姉の夫の叔母の子と言う、関係があるのかどうか、まぁ、縁戚筋に当たる男だ。実りの月始めに家を飛び出して行方不明になってたが、見つかってよかった。その後どうしてたのかは知らないが何名かを助けて一緒に暮らしていたと言っていた。ただ、昨日黒き狼と天使様に迷惑をかけたと言っていて、それが何かは言わない。何があったんだ?」
「彼らが言わないのなら私が言うべき事じゃないと思う」
ほう。ダニエルの矜持を慮っての事か。
「自分から言い出すまで、か。黒……トキワ殿は優しいな」
「今、黒き狼と言いかけたな?」
ニヤリと笑うトキワ殿。
「慣れるまで時間がかかるな」
私も笑う。
「咲楽ちゃん、どうした?」
黒き狼……いや、トキワ殿が天使様に声をかける。よく見ている。
「2人が仲良しさんだなって思って。そしたら嬉しくなりました」
仲良しに見えるのか。可愛らしい発想だ。
「天使様は本当に天使様ですね」
「咲楽ちゃんは優しくて素直だから」
「惚気か?」
「本当の事だ」
「そろそろ衣装部に移動したいんですけど?よろしいですか」
あの女性が我々に聞いてくる。
「私達も、お伺いしてよろしいのでしょうか」
「あら、歓迎いたしますわ」
「お気の毒に。まぁ、頑張ってくれ」
気の毒?
「ん?何があるんだ?トキワ殿」
「あぁリリア嬢、私は採寸がすんだらエタンセルを管理場に戻しますので、失礼します。もちろん咲楽ちゃんも一緒に」
「「えぇぇ!!」」
天使様とトキワ殿の後ろに居た2人のブーイングが響く。
「衣装部に誘ったときからそのつもりだったのに~」
「もう用意もしてあるのに~」
衣装部?神殿のか?
「エタンセルとナイオンをいつまでもこちらに置いておくわけにはいかないんですよ。ナイオンはともかく、エタンセルは戻さないと」
トキワ殿は何かを回避しようと言い募る。
「4の鐘まで。お願いします」
「咲楽ちゃん、大丈夫そう?断りきれないんだけど」
トキワ殿が天使様に確認をとる。始終彼女を気にしているな。
「4の鐘までなら良いです」
「今、どのくらい?」
「あ、5割越えました。ほら」
天使様が嬉しそうに国民証をトキワ殿に見せる。
「ホントだ。良かったな」
頭を撫でられている。仲が良い。
「ねぇリリア……」
「言わないで。朝からこんな感じよ」
「朝からですか?」
朝からって……。
「この調子ですか?」
エスターも確認していた。
「そう。朝からこの調子。これ以上よ」
「ほら、行かないのか?」
トキワ殿だけがマイペースだ。
「そうね。行きましょうか。とりあえず4の鐘までね。ちゃんと付き合ってもらいますよ」
「お手柔らかに」
全員で衣装部に移動する。途中で妙齢の女性に会った。
「あらあら、大人数ね。こちらの方は?」
「眠りの月から神殿騎士団に異動になりますゴットハルト・ヘリオドールです」
「エスター・パイロープです」
「「よろしくお願いします」」
「ご丁寧にありがとうございます。この神殿の最高責任者であられるエリアリール様付をしておりますスティーリアと申します」
「スティーリア様、今からですが、どうされます?」
「あら残念。用事があるのよ。でもシロヤマ様も?大丈夫?」
「はい大丈夫です」
「そう。無理させないようにね」
あれがスティーリア様か。噂に違わぬ美人だったな。
衣装部に着くとトキワ殿だけ別室に行く。
「トキワ殿は?」
「採寸です。あぁ、お2人はこちらにどうぞ」
「シロヤマ様は無理させない様にって釘を刺されちゃったしね」
そう言う衣装部の女性に案内され、トキワ殿とは別の部屋に通される。
幾つかの服を渡された。これを着ろと?着せ替えか?トキワ殿の言葉はこれだったのか。
着替えるとお披露目させられた。私のは騎馬民族のような格好、エスターは貴族の服装。トキワ殿はなんと言うか、女性を手玉にとりそうだ。
「大和さん、格好いいです」
天使様の声が聞こえた。やはり天使様はトキワ殿を真っ先に見るのだな。
「こういう格好は慣れないけどね。チャラい感じだし」
「エスターさんってそういうの、似合いますね」
「そうかな?着られてる感が半端ないけど」
「ゴットハルトさん、何て言うか、ワイルドですね」
ワイルド?
「荒野とか草原で馬を駆ってるイメージだな」
トキワ殿に言われたから言い返してやった。
「トキワ殿は女の人を手玉にとりそうだ」
「あら、そうね。お嬢様方が貢いじゃいそうな感じ」
「俺は咲楽ちゃんだけ居れば良い。脱ぎますよ」
若干トキワ殿が不機嫌になる。彼女だけ居れば良い、か。トキワ殿が着替えに行き戻ってきて、しばらくリリアという女性と話していたと思ったら、天使様の大声が聞こえた。ただ、何を言っているのか意味を成していない。
「感情爆発か?」
トキワ殿がポツリと言う。何の事だ?そのままトキワ殿は天使様を落ち着かせると言って別室に2人で入っていった。何をするのか興味があった私達は即座にドアの前に集まった。聞こえてきたのは2人の会話。とにかく天使様が興奮して大声を出している。
「大和さん、私、変なこと聞いちゃいましたか?どうしてそんなに困った顔をしてるんですか?何を知って何を知らないか、それが分からないんです。聞いても答えてくれないじゃないですか」
「咲楽ちゃん」
「名前だけ呼んでないで教えてください。それとも教えたくない事ですか?教えても意味がないとかですか?」
「咲楽ちゃんは優しくて純粋で暖かい。そのままでいて欲しいってことだよ。無理に全てを知らなくて良い。そういうことは俺がゆっくり教えるから」
「だから「そういうこと」って何ですか?」
「こういうこと。分かった?」
いったい何をした?
「あのね、咲楽ちゃんはこういったことに嫌悪感と恐怖心があったでしょ?だからゆっくりで良いと思った。少しずつ知ってけば、俺が少しずつ教えてけば良いと思った。確かに分からない会話は淋しいよね。そこに思い至らなかったのは俺が悪かった。ごめんね」
「大和さん」
天使様の声が落ち着いていた。
「ん?どうした?」
「ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ。落ち着いた?」
「はい」
「さてと、ずいぶん多くの人たちが聞き耳を立てているみたいだけど、その中を出ていく勇気はある?」
気付いている?まさか。
「リリア嬢」
トキワ殿が呼ぶ声がした。
「えっと、なにかしら?」
リリア嬢がそっとドアを開けて部屋の中を覗く。
「ドアの外の人たち、散らしてください。そろそろエタンセルを戻しにいかないと」
「そうね、その通りだわ。ほら、解散よ」
「何故リリアが仕切るのよ」
「そうよ。私だってシロヤマ様を心配したいのよ」
ミュゲ嬢とコリン嬢が抗議の声をあげる。
「あの状態のトキワ様、怖いのよ。逆らっちゃダメって本能で分かるって言うか」
そぉっとミュゲ嬢とコリン嬢が部屋の中を覗いてそっとドアを閉めた。
「確かに」
「逆らっちゃダメね」
いったい何を見た?
「行こうか?」
「はい」
2人が出てきた。あの状態の女性をあっという間に落ち着かせるとは。トキワ殿に近付いて声をかけた。
「さすがだな」
「なにがです?」
笑顔のトキワ殿。笑顔なんだが、目が笑っていない。
「なにがって……いや、なんでもない」
「なんでもないなら良い。咲楽ちゃん、行こうか」
「失礼します」
天使様を見るときは一瞬にして穏やかな優しい目になっていた。
「なんと言うか……」
「あれが黒き狼ですか。2つ名が分かると言うか、妙な迫力がありますね」
「命令に慣れている感じですが、何者です?」
聞いてみたのだが誰も答えない。誰も知らないと言うことか?
「リリア、行かなくて良いの?」
「行ってくるわ」
「頑張ってね」
謎の……いや当然の激励が送られた。
トキワ殿か。トキワ家というのは聞いたことがないが……。
まぁ、今はダニエルに事情を聴かなければ。一緒にいた男女も気になる。
その後ダニエル達に話を聞きに宿に戻る。
話を聞いて頭を抱えた。まさかダニエルが怪我をして天使様を拐うために、他の5人がトキワ殿を排除しようとしたとは。
とりあえず2人に謝らなければ。ダニエルに説教をし、神殿を訪れてリシア殿にトキワ殿の家に案内していただく。
呼び鈴を押す前にトキワ殿が顔を見せた。
「何故我々が来たのが分かるんですか!?」
「そんな感じがしたからだ」
そんな感じがした?普通は分からないだろう。トキワ殿の家に招き入れられて驚いた。白い虎がいる。虎って肉食獣だったよな。
ダニエルが勇気を振り絞った様子で2人に謝った。
「黒き狼様、天使様、昨日はすみませんでした」
そう言って頭を下げる。
「頭を上げてください。謝罪はもう受け取っています」
トキワ殿がそう言って頭をあげさせていた。
「まず名乗ってからだろう」
名乗りもせずに突然とか、あり得ないだろう。
「僕……私はダニエル・アジュールです。えっと、ハルト兄さん、後、何を言ったら……」
私に聞くか。
「年齢とか」
「年は18歳です……後は?」
後は?って……。
「自分で考えろ」
「ダニエルと言ったか?」
トキワ殿がダニエルに話しかける。
「そんなに緊張しなくてもいい。こう言ったことに慣れてないんだろ?ちゃんと謝罪は受け取った。今はどうしてるんだ?」
「アイツ等と冒険者になりました」
「良かったな。入門料を借りたんだろ?少しずつでも返せよ。無理しないように」
「はい。ありがとうございます」
「俺が怖かったか?」
「はい。あ、いえ、あの……」
「怖がらせた自覚はあるから。彼女を狙われて怒ってたしな。馬に乗って離れたら咲楽ちゃんに話しかけてたから、俺を怖がってるだろうと思っていたし」
「黒き狼様は……」
「悪い。トキワかヤマトで呼んでくれ。あぁ、こっちも名乗ってなかったな。ヤマト・トキワだ」
「サクラ・シロヤマです」
「どっちで呼んだら良いですか?」
「どっちでもいい。ゴットハルト、えらく純真なやつだな」
純真と言うか、慣れてないだけだ。
「慣れてないんだよ。元々ヘリオドール家は子爵だが貧乏領地だし、アジュール家は男爵だが爵位とか関係なくやってるような土地だから。黒き狼なんて有名な人間と話すだけで緊張するんだろう。トキワ殿は上に立つ者、という感じがするし」
「そうか?家でも……まぁそうかもな。上に立つ者かどうかは別にして」
「どんな家だったんだ?」
「少し長く続いてるだけの家だ。プロクス、ちょっと……」
話を中断してリシア殿と奥に消える。不味いことを言ったか?
「ご機嫌を損ねてしまったでしょうか」
ダニエルが泣きそうになってる。
「そんなこと無いです。気にしない方がいいですよ」
「でも、昨日は天使様を狙って、今日は押し掛けてって迷惑しかかけてません」
「私も天使様って止めて貰っていいですか?」
「お嫌ですか?僕にそう呼ばれるのは」
「えっと、貴方だけじゃないんです。みんなに呼ばないでって言ってて、でもみんな、止めてくれないんです」
天使様もそう呼ばれたくないのか。
「待たせた……どういう状況だ?」
トキワ殿が戻ってきた。
「トキワ殿が話を途中で止めてリシア殿と行ってしまっただろう。ダニエルが気にしたから天……シロヤマ嬢が気にしない様言ってくれたんだが、天使様って言ったら、そう呼ばないで欲しいって言われてダニエルが落ち込んだ」
「ダニエル、あのな、俺等は2人共、そう言った呼び方に慣れてないんだよ。特に咲楽ちゃんはな。俺は家が家だったから多少は免疫があるが、それでも慣れない」
「はい」
「想像してみろ。いきなり意図してない名前で呼ばれるんだぞ。それが望んだものなら受け入れるし、最近では少し慣れてはきたが、名乗った相手には名前で呼んで欲しい」
「分かりました」
「で?家が家だったってどう言うことだ?」
話に乗ったふうを装って聞いてみた。
「ゴットハルト、お前もしつこいな。さっき言っただろ。少し長く続いてるだけの家だって」
「そこではなんて呼ばれてたんだ?」
「……若」
「若?トキワ殿は嫡男か?」
「いや、兄貴が居た」
「お家騒動か?」
「ずいぶん嬉しそうだな、ゴットハルト。違う。兄貴は次期様だったな。そう呼んでたのは周りの人間だけだったが」
「少し長くってどの位だ?」
「少し、だな」
「トキワ家って聞いたこと無いんだが」
「かもな」
「答えたくないのか、答えられないのか……」
「これ以上は神殿と王家に相談だな」
「訳ありか」
「訳ありって言っても後ろ暗いところはないぞ。知られても特に危険があるわけじゃない。ただ、話していいものか判断に迷うんだ」
「リシア殿は何故知ってる?」
「その場に居たからな」
虎がシロヤマ嬢の側に行った。
「咲楽ちゃん、大丈夫?」
トキワ殿がシロヤマ嬢に話しかける。顔色が悪い。
「大丈夫です」
「ナイオンが側にいて、撫でてるってことはストレスになってたんでしょ?会話が怖かった、とか?」
「大丈夫です」
「リリア嬢、申し訳ない。咲楽ちゃんを上に連れていってやって貰えないか?」
シロヤマ嬢が別室に行こうとするとナイオンと呼ばれた虎が付いていこうとした。
「ナイオン、お前はここにいろ」
トキワ殿がそういうと虎はシロヤマ嬢とトキワ殿を何回か見て、諦めたように部屋の隅で丸くなった。どうやら上はプライベートな部屋らしいが、シロヤマ嬢はそちらにいかず、奥に急いだ。
「上がっていかないか。何かあったか?」
トキワ殿が呟いて席を立つ。
「悪い。少し待っててくれ」
何かあったのか?もしかして私が聞きすぎたか?
「リシア殿、あれは私のせいだろうか」
「かもしれません、シロヤマ嬢は今弱ってる状態です。今はそっとしておいてやってください」
「しかし、それなら謝らなければ」
リシア殿の制止の声を聞きながら家の奥に向かった。小さくシロヤマ嬢の声とトキワ殿の声が聞こえた。
「私は迷惑しかかけられなくて……」
「そんなことはない。咲楽ちゃんが居てくれる。それだけで俺は救われてる。そんなに自分を追い詰めちゃダメだよ」
「今も何も出来てないです」
思わず話しかけた。
「天……シロヤマ嬢、大丈夫か?」
「ゴットハルト、何をしに来た」
低い声でトキワ殿が言う。かなり怒ってるよな。
「これってオレのせいだよな」
「だから?」
「リシア殿から今はそっとしておいてくれと、忠告を受けた。悪かった」
「悪いと思うなら向こうに行っていてくれ!!これ以上咲楽ちゃんを追い詰めるな!!」
恐怖が襲う。任務で危険なこともあったが、ここまでの恐怖を感じたのは初めてだ。肉食獣に目の前で吼えられた気がした。
「大和さん、大丈夫です」
シロヤマ嬢が私を気遣ったのか、トキワ殿に言う。
「大丈夫には見えない」
トキワ殿がにシロヤマ嬢を横抱きに抱き上げる。
「プロクス、少し任せる」
そのままリシア殿に声をかけ、2階に上がっていった。
「怒らせてしまった」
「だから言ったでしょう。そっとしておいてやってください、と」
「分かってます。あのような儚げな方だ。申し訳ないことをした」
「ハルト兄さん、天使様はどうされたのですか?」
「体調が優れないようだ。謝罪はまた改めてだな」
「はい」
しばらく無言の時間が流れる。トキワ殿が降りてきた。
「シロヤマ嬢は?」
「眠っている」
「申し訳ないことをした。私達はこれで失礼させていただきます」
ダニエルを促してトキワ殿の家をお暇する。トキワ殿が見送りに出てくれた。
「怒鳴って悪かった」
トキワ殿に謝られた。これでは何をしに来たのか分からない。
「こちらこそ申し訳ない」
謝罪をし、ダニエルと宿に帰る。
「ハルト兄さん……」
「あぁ。明日もう一度謝りにいこう」
「はい」
「多分トキワ殿はお前には怒っていないと思うぞ」
「そうでしょうか」
そのまま黙って歩く。
この時は、トキワ殿をヤマトと呼ぶようになるとは思わなかった。シロヤマ嬢が実は芯の強い、しっかりした考えを持った弱いだけの女性でないということにも気づいていなかった。
私は確かにシロヤマ嬢の事が好きだ。だが彼女はヤマトと居るときが一番イキイキとしている。この想いはこの先も伝えるつもりはない。
ゴットハルトは咲楽の事が好きですが、その想いを伝えることはしません。
大和の事を気に入ってるので、その関係を壊したくないからです。
咲楽の事は最初「守りたい」だったのが「大丈夫か?」になって「大和との今後を見守りたい」になってます。