wedding① ~大和&咲楽~
いよいよ結婚式です。
「天使様、何をぼぅっとなさっておりますの?苦しゅうございませんか?」
「はい。大丈夫です」
ぼぅっともしたくなります。今日は、私と大和さんの結婚式だ。神殿での宣誓の儀式は3の鐘から。お披露目会の会場には馬車での移動。3の鐘からだから、2の鐘に神殿に行けば良いよねって考えていたし、大和さんともそう話していた。そうしたら、1の鐘過ぎに家の前にやたらと大きな馬車が到着して、大和さんと乗せられて、神殿に到着。大和さんと離されて、お風呂に入れられて、磨きあげられて、ドレスを着付けられている。後はお化粧を施され、髪を結い上げられて終了らしい。
「説明が欲しいです」
「あら?何も聞いておられませんの?」
「はい」
「本日は天使様の結婚式でございます」
「はい。そうですね」
「そのおめでたい日に、王宮として何も関われないのは寂し……っと、着飾った天使様を見たいと王妃様が仰いまして」
「寂しいと聞こえたのは?」
「気の所為ですわ。それで、私共も、天使様を着飾らせ……っと、幸せのお手伝いをしたいとエリアリール様に申し上げまして、お部屋をお借りしました」
「……つまりは王妃様が私を飾り立ててこいと言ったから、貴女方は嬉々として腕を振るっていると、そういうわけですか?」
「あらやだ。違いますわよ」
「じゃあどうして、王宮の侍女さん達がここに居るんですか?」
「決して両陛下がサファ侯爵様公認で、こちらにお忍びになるからではございませんわよ」
「両陛下がお見えになるんですかっ!?」
思わず振り向いて侍女さん達を見てしまった私を、手慣れた様子で元の体勢に戻して、侍女さんが言う。
「私共は知りませんわ。お忍びなんて聞いておりませんもの」
言ってる言ってる。そっか。両陛下がいらっしゃるのか。しかもサファ侯爵様公認で。止めてくださいよ、侯爵様。侯爵様は知っていて当然だ。父親役をお願いしてあるから。お願いしたというか、日取りが決まった翌日に侯爵家の使いの方が家にいらっしゃって、決定事項として告げられた。お使者の方も、困っていらした。
「聞いておりませんの?」と侍女さん達は言ったけど、絶対に秘密裏に進められていた計画だよね?これって。今頃大和さんも聞いているんだろうな。
結婚式はシンプルにと言ったのは私と大和さんだ。その為にお披露目会も招待制にしてもらって、希望する出席者はリスト化して、主催者であるライルさんの元に出席の返事も戻ってきている。ライルさんが主催者なのは、貴族とも庶民とも付き合いがあって、1番きっちりしているから。女性側の主催者はコリンさん。主催者といっても、この2人に全てを任せている訳じゃないけどね。
なのに、両陛下がご臨席になるとか、どういう事ですか?
髪を結われた後、フワリとベールを被せられた。このベールには、おそれ多くも王妃様、ヴィオレット様のお二方と、エリザベート様、ジュリエッタ様、スサンナ様、エリー様まで刺繍をしてくださったと聞いている。その為に通常の物より広くて長い。背を覆うくらいあって、前も顔が隠れている。ロシャのベールだから透けて向こうが見える。
「お綺麗ですわ」
「このベールは流行りますわね」
「ジェイド商会のお嬢様のベールもこれでしたわよね。貴族の間で取り入れられていると聞きましたわ」
時間になって、スティーリア様が迎えに来てくださった。
「あらあら、まあまあ。お綺麗ですこと。さぁ、皆様おまちかねですわよ」
まずは参集所へ。お披露目会に来られなかった皆様に見ていただく為だ。エスコートはサファ侯爵様。後見人だからと立候補してくださった。
ドレスがトレーンを引いている為、ゆっくりと進む。参集所の反対側に大和さんが居た。白のイタリアンカラーのシャツに黒のスーツ。首もとは深い緑のアスコットタイ。格好いい。
参集所の神像様の前で、エリアリール様が祭祀を行う。本当の宣誓の儀式は真像の間でするから、これはパフォーマンスだ。日本式を取り入れさせてもらって、エリアリール様の祝福の言葉の後に誓いの言葉を述べる。
「新郎、ヤマト・トキワ。汝はサクラ・シロヤマを妻とし、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、これを愛し、共に支えあう事を誓うか」
「はい」
「新婦、サクラ・シロヤマ。汝はヤマト・トキワを夫とし、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、これを愛し、共に支えあう事を誓うか」
「はい」
「それでは指輪の交換を」
ここで詰めかけていた人がざわつくのを感じた。通常はここで国民証の魔力交換を行う。指輪の交換はここではしない。
グラシアちゃんとタビーちゃんが箱に入った指輪を運んでくれた。リングガールだね。2人ともお揃いの衣装を着ている。とても可愛い。
指輪の交換をして、大和さんが私のベールを上げる。そっと唇を合わせた。
「ここに新たな夫婦の誕生を宣言いたします」
エリアリール様が仰って、私と大和さんは退場した。これから少し時間を置いてから真像の間に向かう。
真像の間には両陛下、サファ侯爵様ご夫婦、フリカーナ伯爵様ご夫婦が待っていらっしゃった。後はライルさんと所長とローズさんとルビーさん。
「これだけの立ち会いの宣誓の儀式は初めてですね。緊張します」
物凄くリラックスされた様子のエリアリール様が、微笑みながら仰った。
真像の間では特に決まった形式は無い。神像様の前で跪いて、それぞれの誓いの言葉を述べる。
「私、ヤマト・トキワは、サクラ・シロヤマを妻とし、慈しみ、守り、互いに手を取り合い、死が2人を別つとも愛し抜く事を7神様に誓います」
「私、サクラ・シロヤマは、ヤマト・トキワを夫とし、慈しみ、寄り添い、互いに手を取り合い、死が2人を別つとも愛し抜く事を7神様に誓います」
『死が2人を別つまで』じゃなくて、『死が2人を別つとも』なのは、大和さんと話し合って決めた事。来世でも夫婦になろうねって事じゃない。そんな狂信的な事じゃなくて、その位の覚悟でって事だ。
それぞれの国民証を外して重ね合わせ、少しの魔力を流す。国民証が光ると同時に辺りに7神様の光の粒が舞った。
「7神様の祝福も頂きました。晴れてお2人は夫婦ですわ」
「ありがとうございます」
「7神様の祝福の光の宣誓の儀式は久しぶりですわね。両陛下の時以来です」
真像の間を出ると、控え室に戻る。本来なら少し楽な衣装に着替えてからお披露目会場に向かうんだけど、私たちはこのままらしい。馬車はオープンな物ではないけれど、外からバッチリ見える。大和さんが手を握っていてくれた。
「綺麗だよ」
「大和さんも格好いいです」
「アスコットタイは久しぶりだったけど、なんとか巻けて良かったよ」
「自分で締めたんですか?」
「誰もやり方を知らないからね。クラバットを止めて本当に良かった」
「クラバットでも似合いそうですけど」
「止めてくれ。ただでさえアレクサンドラさんに短ズボンと靴下って言われたのに」
「アレクサンドラさん、大和さんの方に行っていたんですか?」
「アスコットタイを何度も締めさせられたよ。深紅とか黒もあった。その場に居た全員の多数決で緑に決まったけど」
「これって多数決だったんですね」
馬車がエスパスに到着した。大和さんが先に降りて、エスコートして降ろしてくれる。トレーンのドレスなんて着た事が無いし、足元が見えないからちょっと怖い。そのまま控え室に通された。大和さんと別々にされてドレスのチェックをされた後、会場まで行く。会場までは所長がエスコートしてくれた。
「ありがとうございます」
「娘の結婚式なんぞやれると思ってなかったわ」
「所長が父親になってくれて、嬉しいです」
「こりゃ、クォールに恨まれそうじゃな」
会場の入口に大和さんが待っていてくれた。ゴットハルトさんとヴェルーリャ様、ローズさんとダフネさんも居る。ゴットハルトさんとヴェルーリャ様はグルームズメン、ローズさんとダフネさんはブライズメイド。4人とも私達と色違いのドレスとタキシード姿だ。会場の扉が開くと、孤児院の子ども達がフラワーシャワーを撒いてくれた。メインテーブルに着いて、主賓としてアインスタイ騎士団長さんと所長が挨拶してくれた。
ここに招待された人には、私達が転移してきた事を知らない人がたくさん居る。そういった事を避けてのスピーチはさすがだった。食事を少し楽しんで、最初の余興が行われた。なんと孤児院の子ども達による合唱だ。みんな一生懸命歌っていて、見ているだけで暖かい気持ちになれた。
「トキワ様、チャク先生、おめでとうございます」
グラシアちゃんとタビーちゃんがお花を持ってきてくれた。お礼を言って受け取る。私には小さなブーケ、大和さんにはブートニア。グラシアちゃんが大和さんの襟にブートニアを差せなくて、大和さんが抱き上げて差してもらっていた。
グラシアちゃんとタビーちゃんは実はもう、私をサクラ先生と呼んでいる。でも、今日は「チャク先生」になっちゃったらしい。恥ずかしそうにしていて、その場が和んだ。
お料理はダフネさんがせっせと取り分けてくれた。そんなに食べられないけどね。私がライの実が好きだからって、リゾットや私が教えたパエリアも有った。
ここでいったん退席する。お色直しの為だ。控え室に戻るとエスパスのスタッフさんが寄ってきた。大和さんも別室で着替えている。今度の衣装はクリーム色のドレス、ボレロ付き。これにティアラと太目のネックレスを付ける。ネックレスは木の葉と木の実のモチーフだ。
大和さんが着替えて部屋に入ってきた。大和さんはライトグレーのスリーピース。
「行こうか」
「はい」
大和さんの腕に手をかけて、通路を進んでいく。
「このドレスも似合ってるね」
「ありがとうございます。大和さんも雰囲気が変わりましたね」
「スリーピースのタキシードはこっちにもあるからね。ネクタイがあれば地球の準礼装だ」
「ネクタイが違いますね?」
「クロス・タイっていうんだよ」
「あ、徽章を着けてる」
「クロス・タイだからね。止めるのに使った」
「良いんですか?」
「使い方としては合ってるよ」
会場に着いて、扉が開けられた。眼に飛び込んできたのは、暗闇の中でフワフワと浮かぶたくさんの光球。まるでホタルだ。
拍手に迎えられて、メインテーブルに進む。足元に光の道が出来ていた。メインテーブルに着くと、光は消えた。徐々に闇が晴れていく。ライトを消していたんじゃなく、闇属性で会場を覆っていたの?
得意気なカークさんとヴィクターさんの顔が見えた。その隣に所長と筆頭様が居て微笑んでいた。
「カークとヴィクターの闇属性だな。見事だ」
「はい」
会場内に大きなケーキが運ばれてきた。高さのある物じゃなくて、平たい物だけど、フルーツがたくさん乗っている。今はアウトゥだから、こんなにたくさんのフルーツは集めるのが大変だったと思う。
「サクラちゃん、ファーストバイトよ」
「えっ?本当にやるんですか?」
ケーキの前に移動して、大和さんにケーキを食べさせられた。ちょうどいい量なのがちょっと悔しい。私的に大盛りにして、大和さんの口に運んだら、一口で食べられてしまった。
「ごちそうさま」
「もうちょっと大盛りにしておけば良かった」
「クリーム、付いてるよ」
口の側を指で拭われて、その指を大和さんがペロッと舐めた。きゃあぁぁっという悲鳴が上がる。
「トキワさん、やりすぎじゃない?」
「俺以外にやらせる訳にいかないからな」
「誰に向けての牽制なの?」
「ダフネ」
「私!?」
メインテーブルに戻る時に、大和さんとダフネさんがこそこそ話をしていた。ゴットハルトさんにも聞こえていたようで、ゴットハルトさんは呆れた顔をしている。
スタッフさんがケーキを切り分けている間に、女性達によるブーケプルズ。ブーケに結ばれたリボンとたくさんのリボンを持って、立ち上がる。未婚女性だけじゃなく、既婚者も、子どももリボンを持っているけど、良いよね。うん。見事にブーケに結ばれたリボンを引いたのはヴァネッサさん。「あらあら」なんて、目を丸くしていた。
ヴァネッサさん以外にも、リボンを引いた人達には1輪の花が渡された。この花はターフェイア領の布紙を使った造花だ。スラム街や南門外の人達が作ってくれた物らしい。主導はトリアさん。ダフネさんがターフェイアに行ったら、相談されたんだって。最初のフラワーシャワーも布紙製の造花だ。
ケーキを食べ終わったら、スタッフに先導されて子ども達が集まってきた。手に手に花を持っている。それを大和さんに手渡していった。会場のスタッフがそれを受け取って、手早くブーケにしていく。その間に私と大和さんはメインテーブルの前に立たされた。




