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水属性で冷やしながらシカトリーゼをかける。日焼けに水属性のラームはあまり効かないんだよね。冷やし続けて30分。赤みが引いて、綺麗な肌を取り戻した女の子は帰っていった。その子と入れ違いに入ってきた女の子も同じ様な症状だ。
「もしかして?」
「さっきの子ですか?この子の友達です。この季節に外で昼寝をするなんてバカですよね?」
お母さんが笑ってる。「バカですよね」と言いながらも娘さんを見る目は優しい。同じ様に水属性で冷やしながらシカトリーゼをかける。
「先生、水属性ってラームもあるよね?効かないの?」
「水属性のラームはシカトリーゼより効果が薄いの。それに今、お肌を冷やしているでしょ?同時に発動出来ればいいけど、難しいと思うよ」
「でも、先生は2属性を同時に使っているよね?」
「頑張って練習したからね」
「そっかぁ。練習しなきゃ出来ないよね」
聞けばこの子は水属性と地属性らしい。あれ?樹魔法も使える?
「頑張って樹魔法が使えるようになる。家具屋さんになりたいの」
「そう。頑張ってね。でも、無理はしないでね」
女の子は元気に帰っていった。
3の鐘になって、休憩する。昼食を食べた後、約束通りローズさんの飛行術の練習に付き合った。ライルさんも興味深げに見ている。
「まずは浮遊術からです」
ローズさんに順序を教えながら、私も浮いてみせる。
「サクラ先生の教え方は優しいよね。僕なんか筆頭様に屋上から突き落とされたのに。あ、サクラ先生も突き落とされていたよね」
「あの時ですね?」
「あの後、筆頭様が他の魔術師と事務方に反省させられていたらしいよ。父が教えてくれた」
「大和さんも文句を言ってくれたらしいです。笑顔で」
「笑顔で文句を。それってなかなか怖いよね」
私とライルさんが話している間にもローズさんはエルマースを大きくしようと必死だ。
「ローズ先生、自分でいつも言ってるでしょ?イメージだよ。具体的なイメージ。大きな板状の物って漠然と思うんじゃなくて、具体的に思い浮かべるんだよ」
「具体的に……」
「ジェイド商会で色々見せてもらったら?」
「そうね。今日は諦めるわ」
具体的なイメージが出来なかったらしい。ローズさんが今日は諦めた。
「ライル様は飛べるんですか?」
「筆頭様に何度も突き落とされたからね。なんとか飛べるようになったよ」
「サクラちゃんも突き落とされたって言っていたけど?」
「私はライルさんに比べたらかなり優しかったですよ。突き落とされたって言うのは私が飛行術をマスターしてからですね」
「筆頭様はサクラ先生には本当に優しいよね」
「何度も転ばされましたよ。エルマースで助けてくれましたけど、エルマースの硬さを変えて起き上がれないのを見て楽しんでました」
「そんな事が……」
「そのお陰で1日で飛べるようになりましたけど」
お昼から炎熱病の薬湯が少なくなってきたので、私だけ診察を遅らせて薬湯を作っていた。同時に経口補水液も作って補充する。冷やした物を各診察室に配った。
「サクラ先生、食欲はどう?」
マックス先生に聞かれた。
「戻りませんね。ホアになると食欲が落ちちゃって。暑さに慣れようと頑張ってます」
「暑さに慣れる?」
「暑熱順化って言うらしいです。汗をかく事で身体を暑さに慣らしていくって大和さんが言ってました」
「サクラ先生は肌が白いし、焼けると赤くなるんだっけ?外で運動って訳にいかないのが大変だよね」
「そうなんですよね」
地下室を借りて大和さんに教えてもらおうかな?
自分の診察室に戻って診察を再開する。
「失礼します」
「エンヴィーさん、どうされましたか?」
「先生方が傷痕を消す術を試していると聞いたのですが」
「はい」
「この手も治してもらえませんか?」
「協力していただけると?」
「はい」
「少々お待ちください」
ライルさんに相談する。
「良いんじゃない?身元が……。フォーダイトか。でも彼に瑕疵はないんだよね?」
「はい。そう聞いています」
「サクラ先生のやりたいようにすればいいよ」
「ありがとうございます」
彼の事はローズさんも良い子だって言っていた。それなら治してあげたい。
「これ、今日使わなかった薬湯。置いておくのもなんだし、これを使って」
「はい」
エンヴィーさんの元に戻る。
「今から始めます。まず、この術は新しい術です。傷痕が治った後どうなるかが確定していません。少しでも身体に違和感を感じたらお知らせください」
注意事項を言う。エンヴィーさんは真剣な顔で聞いていた。薬湯を飲んでもらう。
「あ、あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「ずっと息苦しかったんだけど、この薬湯を飲んだら息苦しいのが治まった」
「本当ですか?」
集中してスキャンで確認する。肺が炎症を起こしているのが分かった。
「息苦しかったのはいつからですか?」
「うーん。3ヶ月位前から?風邪をひいてさ、薬師の所に行かなかったんだ。前の所ではフォーダイトの悪行は知られていたし、薬師も嫌だろうと思って。それからずっと熱が治まらなくて、咳も出て、息苦しかった」
肺炎の症状?ちょっと待って。この薬湯、内臓疾患にも効くの?
「傷痕も消えましたね」
「ありがとうございました」
「異状があればすぐに来てくださいね」
報告書を書いて、ライルさんにも口頭で報告する。
「内臓の傷にも効く?」
「さっきのエンヴィーさんなんですが、肺に炎症があったんです。でもそれも治ってしまって」
「報告書は書いたんだよね?」
「はい」
「薬師協会に連絡しておいた方がいいね。クルス経由で報告書を送るよ」
「お願いします」
ライルさんに報告書を渡して、診察室に戻る。報告書には薬師にかからなかった理由を「各地を転々としていて薬師にかかれなかった」と書いた。
5の鐘がなって、終業時間になった。みんなで施療院を出る。ローズさんに頼まれてジェイド商会に寄っていくことにした。
「エメリー様も着いていらしたんですね」
「ローズが楽しそうな事をしてるしね。僕もジェイド商会の倉庫なんて見た事は無いし。興味があるんだよ」
「倉庫って言ってもお店の在庫を置いているくらいよ?」
「それでもだよ」
大和さんも楽しみらしい。カークさんはなんだかソワソワしている。
「トキワ様、私は帰っていても良いでしょうか?」
「用事でもあったか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが」
「良いぞ。気を付けてな」
「はい。申し訳ありません。失礼いたします」
カークさんを見送って、大和さんが首を傾げる。
「予定でもあったのか?」
「追ってみれば?サクラちゃんなら送っていくわよ?」
「お願いできますか?」
「任せて」
大和さんがカークさんを追っていった。本当に何があったんだろう?
「珍しいわよね」
ローズさんが呟く。
ジェイド商会に着いて、倉庫を見せてもらった。凄い。上から下まできっちりと仕分けされた品物が積んである。ローズさんとエメリー様が板状の物を見せてもらっている間、私はダフネさんに倉庫内を案内されていた。
「トキワ様は?珍しいね。天使様に付いてないなんて」
「あぁ、カークさんが帰っちゃったんで追いかけていきました」
「ふぅん。カークさんも珍しいね」
いろんな物を見せてもらった。一般家庭用品から業務用?と思わせるような大型の物まで。スープボウル位あるおたまなんて、誰が買うの?剣のような物もあった。
「ジェイド商会は武器は売らないの。剣に見えるけど、それは飾りだよ。殴打は出来るだろうけど重くて持てないだろうね」
こんな物を飾る家ってどこ?
「サクラちゃん、付き合わせてごめんね。送るわ」
持ち手の無い小さめなスープボウルを買っていると、ローズさんの用事が済んだらしくローズさんに声をかけられた。
「ありがとうございます」
ジェイド商会の馬車に乗せてもらって帰路につく。家では大和さんが待ってくれていた。
「おかえり」
「ただいま帰りました」
「何か珍しい物はあった?」
「スープボウル位あるおたまとか、飾る為の大きな剣とかでしょうか」
キッチンに移動しながら話をする。
「カークさんは何だったんですか?」
「リンゼの母親が体調を崩したらしくて、見舞いに行く予定だったそうだよ。ジェイド商会に寄ると聞いて焦っていたらしい」
「言ってくれれば良かったのに」
「咲楽に心配させたくなかったんだってさ」
大和さんはカークさんに追い付いて事情を聞いて、ジェイド商会に戻ろうか迷ったけど、そのまま家に帰ってお風呂に行ったらしい。
夕食の準備をしておいて私もお風呂に行く。今日のメニューはスパイススープ。ライの実で食べようと思うから、スープカレー?
ダフネさんに髪飾りのお礼を言うのを忘れちゃったなぁ。今度会ったらちゃんと言わないと。
ローズさんの飛行術がこれで前進すれば良いけど。明日から練習するのかな?ちょっと楽しみだったりする。だけど何を参考にしたのかは教えてもらってない。明日からの練習で推理してみよう。
お風呂から出て、夕食の仕上げをする。ご飯を炊いて買ってきた小さめスープボウルに盛り付ける。
「良い匂いだね」
「時間促進はかけましたけど、煮込みが足りないかもです」
「旨いよ」
「良かった。ホアの野菜って色鮮やかですよね」
「咲楽のレタスとトマトのツナ和え、好きなんだよ」
「マヨネーズがあればサラダにするんですけど。今日は作る時間がなくて」
「それくらいならやれるよ?」
「でも……」
「じゃあ次の休みに作ろう。教えてくれる?咲楽の異空間に入れておけば大丈夫でしょ?」
「はい」
空き瓶はたくさん有るし、煮沸消毒をして異空間に入れておけば良いよね。卵にも浄化はかけるし。
「ターフェイアで咲楽が作ってくれた鳥ハムも旨かった」
「最近作ってませんね。また作っておきます」
夕食を食べ終えて、小部屋で寛ぐ。
「久しぶりに大和さんの膝に乗っけられました」
「俺はいつでもこうしたかったよ。最近、咲楽が忙しそうだから我慢していたけど」
「夜は薬湯用の薬草の処理をしてましたからね」
「あぁ、そうだ。缶詰が騎士団に納品されたよ。缶切りはテコ式だったね。大きさが大きさだけど」
「そんなに大きいんですか?」
「まずね。缶が大きいんだよ。1辺20cm位かな?」
「1辺20cm?角形ですか?大きいですね。中身は?」
「うん。スープを入れてあるって言っていた。一度試してみるんだって」
「雑菌の繁殖が心配です」
「光魔術師が関わっているからね。浄化をしたって言っていたよ」
「それなら安心です」
魔空間に入れておけば重さは感じないけど、一人用じゃないよね。
「とりあえずは多人数用。缶を改良して1人用の缶詰も作るんだって」
「缶切りは?テコ式ってギコギコするヤツですよね?」
「ギコギコ……。間違ってはないね。こちらも改良するって言っていたけど、見た目は板に直角にナイフが付いている感じ。凄く切りにくかった」
「あまりイメージが出来ないんですけど」
「ナイフの背側に刻みが付いていてね。金属板に対して垂直に刃が付いているんだ。ひっかける部分がないから大変だった」
う~ん?
「眉間にシワを寄せちゃって。そういう顔も可愛いけど。百聞は一見にしかずだよね。見れば分かるよ」
頭や額にキスを落としながら、大和さんが言う。
「でも、切れたんですよね?」
「うん。中に水を入れた物はね。スープ入りのは品質検査を兼ねてもう少ししてから開ける予定。水入りの缶詰は水漏れしないかの試作品だね」
「水漏れしないかの試作品って、アイビーさんのお父様が作っていたような?」
「たぶんそれだよ。今や缶詰は国家プロジェクトになってるからね。まだ極秘だけど」
「極秘?」
「軍事転用できるから。糧食の問題って馬鹿に出来ないんだ。温めればすぐに食べられるなんて、攻め手にとっちゃ垂涎ものだよ」
「その場で作れば良いじゃないですか」
「何言ってんだか。料理が出来ない人間もいるし、何より手間がかからない。スープの材料を持っていくより手軽だ。すでに調味済みなんだから失敗もないし、何より腐らない。野菜は腐敗するからね」
「冒険者さんの為の物として考えたのに」
「そこまで危惧出来るから極秘なんだよ。缶詰は地球でも軍事糧食として使われてたよ。缶切りが無いときにどうやって開けてたかって話したでしょ?」
「ナイフでこじ開けたり銃剣を使ったり……」
「戦地で利用されていたって証拠だよ」
思い付かなかった。大和さんはちゃんと言ってくれていたのに。落ち込んじゃった私を抱き上げて、大和さんが寝室に向かう。
「落ち込まなくて良いよ。それだけ平和だったって事なんだから」
私をベッドに横たえてその横に自らの身体を横たえた。
「おやすみ、咲楽」
「おやすみなさい、大和さん」
なんだか哀しくて、大和さんの胸に顔を寄せて眠った。