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「しばらくあそこの日陰で待とうか」
「はい」
木陰になっているベンチに座る。売店があってお昼に食べられるように色々売っていた。
「色々有るね。お腹空かない?」
「ちょっと空きました。もうお昼ですもんね」
マンドルジュース、キトルスジュース、アウランティジュース、シトロンジュースが売っている。どうやら生搾りらしい。他にもカンタロープ、パスティローネ、アナナスが積んであった。聞くと注文すればその場で食べやすくカットしてくれるらしい。
「何か食べる?」
「みんな戻ってくるまで待ちましょう?」
「フルーツ位なら良いんじゃない?」
大和さんがさっさとパスティローネをカットしてもらって買ってきた。どうやら青いパスティローネだったらしい。こんもりと盛られた青い果肉にちょっと怯みそうになる。何度も食べているから美味しいのは分かっているんだけどね。野外に置いてあったからちょっと生温いパスティローネを頂く。
「この色は慣れないね」
「美味しいのは分かっているんですけどね」
「そうなんだよね。視覚ってバカに出来ないよね」
2人でパスティローネを食べていると、最初にグラシアちゃんとヴォルフさんがゴールした。
「あー!!グラもたべた~い」
「グラシア、タビーは待たなくていいのか?」
「まつ~。でもたべたいの」
大和さんがちょいちょいとグラシアちゃんを手招きした。新しいピックを貰って1つグラシアちゃんに差し出す。あーんと口を大きく開けてパクッと食べて幸せそうな顔をするグラシアちゃん。
「咲楽もやっとく?」
「ここではちょっと。恥ずかしいです」
「何を今さら」
はいっとパスティローネを差し出された。グラシアちゃんが興味津々で見ている。見られるとよけいに恥ずかしいんですが。ヴォルフさんがさりげなくグラシアちゃんを目隠ししてくれる。お膳立てアリガトウゴザイマス。
差し出されたパスティローネをパクリと頂く。大和さんにお返しすると、嬉しそうに食べてくれた。
「あ~!!タビーもたべたい!!」
タビーちゃんとアートルムさんがゴールした。グラシアちゃんと同じ様に1つ食べさせてあげる。
しばらくしてカークさんとリンゼさんがゴールした。
「やっとたどり着いたぁ」
「遅くなってしまいました。迷ってしまいました」
「まぁいいさ。昼食にしようか」
ヴォルフさんと大和さんに宥められて、カークさんが昼食の注文を取りに来てくれた。サンドイッチとホットドックと中にお総菜を入れた惣菜パンしかないんだけどね。食前にパスティローネを食べちゃったからサンドイッチを頼んだ。飲み物はマンドルジュース。クラッシュアイスを入れて冷やしてみた。もちろん他の人に見えないようにね。みんなの飲み物にもクラッシュアイスを入れると飲みやすいと言ってくれた。もちろんカークさんには後で注意された。
昼食を食べ終わると、花畑を見に行った。子どもは両手で持てるだけ、大人は20本の持ち帰りが出来たからグラシアちゃんとタビーちゃん、私とリンゼさんがお花を摘んでいく。大和さんはスタッフさんと何かを話していた。
「リンゼさん、緑色の花の所、行きました?」
「行ったわ。2回も通ったわよ。あの真ん中の大きな葉っぱの背の高い花、凄かったわね」
「あの花達を管理するのも大変ですよね」
「そうね。大変でしょうね」
グラシアちゃんとタビーちゃんを見守りながら花を摘んでいく。この花は後で花束にしてもらえるらしい。その後押し花にしちゃおうかな。グラシアちゃんとタビーちゃんはスタッフさんに花冠にしてもらっていた。
「チャク、リンちゃん、あげる」
「え?花冠、くれるの?2人は?要らないの?」
「うん」
ポスンと抱き付かれて頭に花冠を乗せられる。私の貰った花冠は白とピンクが多くて、リンゼさんが貰った花冠は黄色と赤が多かった。
「よくお似合いですよ、サクラ様、リンゼ」
一緒に着いてきてくれていたカークさんが目を細める。
「咲楽、ちょっと隣に行ってくる」
大和さんが花畑から出た私達に言った。
「お隣ですか?何があるんですか?」
「さっきのアガヴェがたくさん有るんだって。ちょっとした岩場を越えなきゃ行けないらしいから、ヴォルフとアートルムさんの3人で行ってくる。カーク、女性陣を頼んだぞ」
「分かりました。いってらっしゃいませ」
大和さんとヴォルフさんとアートルムさんが行ってしまった。心なしかヴォルフさんとアートルムさんのしっぽが楽しそうに揺れているんですが。
「あれは他にも理由があるわね」
「リンゼさんもそう思いました?妙に楽しそうというか、ウキウキしてますね」
「私達はそこで居ましょ?」
おみやげ物売り場に入る。花から作られた化粧水やクリーム等のお化粧品、花の蜜を使ったお菓子やジェラートも売っていた。みんなで買って美味しく頂いた。
「あの大きな葉っぱの緑の花ってアガヴェっていうんですね」
近くに居たスタッフさんに聞いてみた。
「はい。アガヴェといいます。珍しい花でして、50年に1度開花します。今年がその50年目で、皆様に楽しんでいただいています」
「50年ですか」
「アガヴェを加工したシロップもございますよ?いかがですか?」
「シロップですか?」
味見させてもらった。アガヴェシロップはものすごく甘かった。アガヴェシロップを買った。お菓子やお料理に使おうと思う。たぶんこれは普通量入れちゃ駄目な物だと思うから気を付けないと。
大和さん達が帰ってきた。ヴォルフさんとアートルムさんが妙に嬉しそうだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。どうでした?」
「壮観だった」
「いい物はありましたか?」
「工場を見せてもらった。あぁ、ここにもある。このシロップだよ」
「これってすごく甘いんですよ」
「そうだろうね」
なにやらあちらでヴォルフさんとアートルムさんが、グラシアちゃんとタビーちゃんに叱られていた。どうしたんだろう?
「酒を買ったからだろうね。度数の高いヤツを」
「大和さんは買ったんですか?」
「んー。試飲させてもらったけど、熟成させてないからか舌に合わなくて。結局買ってないんだよね」
「アガヴェの方に行ったヴォルフさんとアートルムさんが妙にウキウキしていたのはそれでですか」
「たぶんね。あの2人も酒好きだし。結構強いらしいよ」
「買わなくてよかったんですか?」
「うん。ターフェイアで買った醸龍酒もまだあるし、カークにもらった樽のブランデーもまだあるでしょ?だから買わなかった」
「買ったお2人はああやって叱られているわけですね」
「俺は止めたんだけどね。量が量だったから」
「……量が量ってどれだけ買ったんですか?怖いんですけど」
「15本ずつは買ってた」
「それで子どもに叱られるって、駄目な大人の典型じゃないですか」
「助けを求められているね。どうしようかな?」
「助けないんですか?」
「助けようか。そろそろ帰る時間だし」
大和さんがグラシアちゃんとタビーちゃんに何かを言って、2人を抱き上げて私に預けた。
「おじちゃまとおじいちゃま、グラとタビーの言う事を聞いてくれないの」
クスンクスンと泣きながら、2人が私に抱き付く。
「買いすぎだよね。大和さんがちゃんと言ってくれるよ」
「うん」
帰りも馬車は2台。グラシアちゃんとタビーちゃんは疲れたのか寝てしまった。大和さんがヴォルフさんとアートルムさんにお話があると言うので、急遽カークさんがあちらの馭者をして、私達の馬車はリンゼさんが操っていた。
「緊張するわね」
「私もお手伝い出来たら良いんですけど」
「良いのよ。私は冒険者活動の中で何度もやってるし。グラシアちゃんとタビーちゃんが居るでしょ?サクラさんは2人を見てあげて」
「はい」
帰りも順調に馬車は走る。グラシアちゃんとタビーちゃんは幌を被せた日陰で寝ている。振動で起きなければいいけど。
もう少しで西街門という所で、前を走る大和さん達の馬車がスピードを落とした。大和さん達がこちらに歩いてくる。グラシアちゃんとタビーちゃんがヴォルフさんとアートルムさんに抱き上げられて目を覚ました。
「咲楽、リンゼ、こっちへ。静かにね」
「何があるんですか?」
「クルーラパンが群れで居る。着いてきて」
なるべく静かに歩いていく。カークさんが何か合図をした。それを受けて大和さんが急ぐ。何があったんだろう。
「カーク、何が?ってなんだこれ」
カークさんのみが残る馬車の荷台にクルーラパンが2匹乗っていた。真っ白な子とピンク色の子だ。グラシアちゃんとタビーちゃんが目を輝かせる。
「「さわっていい?」」
小さな声で2人が聞く。カークさんを見ると頷いてくれたから、グラシアちゃんとタビーちゃんに許可を出した。2匹は大人しく撫でられていた。
10分位経っただろうか。コボルト族の方が現れた。
「逃ゲタ方ガイイ。ウルージュヲ見カケタ。モウスグコチラニ来ル」
「戦えますか?」
大和さんがアートルムさんに聞く。ヴォルフさんは獰猛な笑みで拳を打ち付けていた。いつの間にかグローブを填めている。
「もちろん。作戦は任せますが」
「ここは年長者に作戦指揮をしていただきたい所ですが」
大和さんが苦笑いして、リンゼさんとカークさんを呼ぶ。何事かを指示してそれを聞いたカークさんは離れていった。
「咲楽、結界を頼む。グラシアちゃん、タビーちゃん、その子達を守ってやってくれるか?」
「「うん!!」」
2台の馬車が固められた。結界を張る。すぐにグォォォォっというウルージュの声が聞こえた。
初手はリンゼさん。弓を引き絞る。ヒュウっと飛んだ矢が、ウルージュの肩に刺さった。当たったと同時に大和さんとヴォルフさんとアートルムさんが駆けていく。ウルージュがめちゃくちゃに振り回す腕を避けながら、攻撃を加えていく。
アートルムさんにウルージュの爪が当たってしまった。パッと赤い血が吹き出す。
「おじいちゃま!!」
叫んで飛び出そうとするタビーちゃんを必死で抱き抱えた。グラシアちゃんは私を放すまいと抱き付いている。
「大丈夫。大丈夫よ。絶対に治すから。今は動かないで」
「だって、だって、おじいちゃま、血がいっぱいでてるの」
「大丈夫だからね。絶対に治すから」
「ホントに?おじいちゃま、だいじょうぶ?」
「うん。ほら、立ち上がった」
大和さんとヴォルフさんがウルージュを大木の側に追い詰める。その時、上からカークさんが飛び降りた。ギャアァァァっという声が辺りに響いてドゥっとウルージュが倒れた。
「アートルムさんっ」
急いで結界を解く。大和さんとヴォルフさんがいまだに警戒を続ける中、カークさんとリンゼさんに支えられたアートルムさんが馬車にたどり着いた。浄化をかけた荷台に寝てもらう。
「おじいちゃま、痛い?だいじょうぶ?」
泣きそうなタビーちゃんがアートルムさんの手を握る。グラシアちゃんも泣きそうになっている。
「大丈夫だよ、タビー、グラシア。チャクが治してくれるからね。チャクは凄い施術師さんだから」
傷の施術をしていく。グラシアちゃんとタビーちゃんが心配そうに見守っていた。
傷の施術を終えて、ウルージュを荷台に積み込む。西街門で手続きをして、カークさんとリンゼさんはウルージュを冒険者ギルドに売却に行った。
家に着いてホッと一息吐く。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした。ウルージュの所為でお花の迷路の印象が薄れちゃいました」
「そうだね。先に風呂に行ってくる。ウルージュの臭いが付いている気がする」
「どうぞ。いってらっしゃいませ」
カークさんの真似をして言ってみたら、コツンと頭を叩かれた。
「カークの真似はしないでよ」
「ふふっ。いってらっしゃい」
大和さんがお風呂に行っている間に、冷たい飲み物を用意して、グラシアちゃんから貰った花冠を丁寧に解体する。スライムさんにスライム液を出してもらって、乾燥させた花を丁寧に輪にして並べた。もう一度スライム液でコーティングして、乾燥させる。
お夕飯の支度をしなきゃ。今日は暑いし、冷製パスタにしよう。柑橘の果汁と塩やスパイスを合わせて、和えダレを作る。甘味の為にアガヴェシロップを使ったらホンの少しでいい味になった。パスタを茹でて氷魔法で締めて、異空間に入れておく。
「咲楽も風呂に行っておいで」
お風呂から出てきた大和さんに冷たい飲み物を渡す。
「はい」
大和さんがウルージュと戦っているのを初めて見た。あんなにメチャクチャに振り回されるウルージュの腕を避けながら戦うのって大変だよね。私だったら絶対に避けられない。アートルムさんとヴォルフさんに指示をしながら戦う大和さんは格好良かったけど、同時に怪我をしないか心配でハラハラした。
「おかえり」
「お待ちくださいね。すぐに仕上げます」
パスタを異空間から取り出して、氷水でもう一度締めたら和えダレと絡める。切っておいた野菜と茹でた薄切りポルポ肉を乗せて出来上がり。
「冷しゃぶパスタ?」
「そうですね。そうなっちゃいました。冷製パスタのはずだったんですけど」
「旨いよ」
「良かったです」
しばらく黙ったまま食べる。
「何か気にかかってる?」
「大和さんがウルージュと戦っているのを初めて見ました。怪我をしないか心配でハラハラしました」
「刺激が強かったかな?」
「大和さん達を信じていましたけどね。だから"怪我をしないか"だったんです」
「なるほど」
夕食後はすぐに寝室に上がる。大和さんに凭れて安心させるように頭を撫でられていたら、いつの間にか寝てしまった。