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熱の月、第5の光の日。
ライルさんに相談した結果、ワフシュ様の指の件はもう少ししっかりしたデータが出てからということになった。私の育てたドリュアスの木の葉だけでしか持続再生が確認されていないから、もしあの木のみの効果ならだったら迂闊に外部に洩らせない。あの時は私の育てたドリュアスの木の葉を使った薬湯に私がお祈りしちゃったから、どれがどう作用したかが分からない。辺境領の4人は「キラキラしている」って言っていたし。そんな事を言われたのも初めてだ。情報共有はしておいて、ここぞという時に公表する事になった。
今日は代休でお休みだ。大和さんもお休みでのんびりしようと言っていたんだけど、カークさんが花の迷路があると聞いてきて、一緒に行くことになった。リンゼさんも一緒だ。ユーゴ君は昨日がお仕事で今日は休みなんだけど、お友達とどこかに行くんだって。グラシアちゃんとタビーちゃんも一緒に行く。良いんですよ。2人とも可愛いし。グラシアちゃんとタビーちゃんが2人で「チャクと遊びたい」って言い張ったらしい。「おじちゃまとおじいちゃまは着いてこないで」って言われて、ヴォルフさんとアートルムさんがしょんぼりしていた。
そのヴォルフさんとアートルムさんも一緒に行く。馬車は別だけど。やっぱり保護者は必要だよね。
向かうのは西方面。コボルト族の集落とはまた違う方にその花の迷路はあるらしい。
「「よろしくおねがいします」」
グラシアちゃんとタビーちゃんがペコリとお辞儀をする。ちゃんとご挨拶が出来て偉いなぁ。
「はい。こちらこそよろしくね。あら、可愛いのを背負ってるわね」
「おじいちゃまが買ってくれたの」
2人の背中には売り出されたばかりのリュックサックが背負われていた。
「ハンカチとおきがえが入っているの」
「おやつのクッキーも」
「あのね、お友だちもつれてきたの」
「この子がミーちゃんでこの子がピーちゃんなの」
リュックの中から取り出されたのは、どこかで見たようなミエルピナエのぬいぐるみ。
「そうなんだ。可愛いね」
「一緒でも良い?」
「良いよ。でも、この子達は迷子になったら自分で帰れないから、気を付けてね」
「「はぁい」」
私とリンゼさん、グラシアちゃんとタビーちゃんが乗る馬車の馭者はカークさん。大和さんとヴォルフさんとアートルムさんが乗る馬車の馭者はアートルムさんが勤めるらしい。
「準備は良いですか?出発しますよ」
「「はぁい」」
グラシアちゃんとタビーちゃんが元気にお返事して、馬車は出発した。
「西門から出る事ってそんなに無いですよね」
「あぁ、サクラさんは無いかもね。私は冒険者活動で出てるけど」
「西門からだとどういう依頼ですか?」
「護衛依頼が多いかな。こっちには穀倉地帯に通じる街道があるのよ。そこに向かう人の護衛が多いわね。後は飼料を届けたりとかね」
「資料?」
「動物達の食事用よ。ガッジョーとヴァーブルの里に届けるの。王都からガッジョーとヴァーブルの里までは他の人が運ぶんだけどね」
「あぁ、飼料ですか。私、何も知らなかったです」
「それが普通だと思うけど?」
グラシアちゃんとタビーちゃんは仲良くお喋りしたり、カークさんに話しかけたりしている。
「チャク、おやつ食べて良い?」
「えっ?もう?」
「ダメ?」
「出発したばかりだからね。もう少し我慢しようか」
リンゼさんが言うと、ちゃんということを聞いてくれた。
「リンゼさんは花の迷路って知っていたんですか?」
「話には聞いていたわ。でも、行くのは初めてよ」
「お花の迷路ってどんな感じなんでしょうね?」
「どうかしらね?想像出来ないわ」
「大きな迷路って、板とかで囲ってあるんでしょうか?」
「心配なの?大丈夫よ。トキワ様と一緒だとすぐにゴールしちゃいそうね」
「たしかに」
「グラはおじちゃまにかたぐるましてもらうの」
「タビーはおじいちゃまにしてもらうの」
「良いわね。楽しそう」
「「チャクとリンちゃんもしてもらったら?」」
「えっ……」
「私達は、ねぇ」
「「どうして?」」
「私達は大きいからね、疲れちゃうと思うよ?」
「「そっかぁ」」
誰に肩車をしてもらえば良いと言ったのかは分からない。でも、グラシアちゃんとタビーちゃんは私と大和さん、リンゼさんとカークさんがカップルだと分かっていると思う。
西門を出て、森林の中を進んでいく。大きな木が道路の両側にあって、自分が小人になった気分だ。
「大きな木ですね」
「この街道も、コボルト族の皆さんが整備してくれているのよ」
「感謝ですね」
「えぇ。でもね、遮蔽物が多いから緊張するわ」
「あぁ、野盗とかですね?」
「そうね。弓は使いにくいし、大きな武器も振り回せないでしょ?」
「私は戦えませんから分かりませんけど。結界は張れますから、大人しくしています」
「うふふ。そうね」
ガサガサっと木の根本の草が動いて、クルーラパンが飛び出した。とたんにリンゼさんが身構える。
「リンゼ、大丈夫だ。馬車に驚いて飛び出しただけだと思うよ。野盗の気配は無い」
リンゼさんの緊張を察したのか、カークさんが言う。
「そう。良かった」
「もし野盗なら、トキワ様が戦闘体勢を取ってるよ」
前を走る大和さん達の馬車に変化は見られない。と、いう事は大丈夫って事だよね。
馬車は順調に進む。カポカポという馬の蹄の音が長閑だ。木漏れ日がエンジェルラダーのようだ。ティンダル現象の一種だけど、エンジェルラダーというのは主に日本での呼び名で海外ではジェイコブラダーやクリパスキュラーやレンブラント光線といわれる事もあるんだって。日本語だと光芒になるらしい。
そんな事をつらつらと考えていたら、いつの間にか着いていたらしい。
「ここですか?」
「思っていたより近いわね」
「街道から外れた場所ですから、目立たないそうですよ」
馬車から降りて、蔦のカーテンを見る。高いなぁ。4~5mあるんじゃないだろうか?
「チャク~、赤いお花が見えるよ」
いつの間にか、タビーちゃんが蔦のカーテンに頭を突っ込んでいた。慌ててアートルムさんがタビーちゃんを捕まえる。
「いらっしゃいませ」
「すごい蔦ですね」
「1番外は蔦の緑ですが、中にはいろんな花がありますよ。そちらのお嬢ちゃんが言っていたように赤い花もね」
入口でグラシアちゃんとタビーちゃんに何かの紙の束が渡された。
「この中は迷路になってますから、頑張って脱出してください。お嬢ちゃん達に渡したのはちょっとしたお楽しみカードです」
えっと?いろんな花の汁を紙に写してみよう?へぇぇ。叩き染めみたいだね。
グラシアちゃんとタビーちゃんが張り切って迷路の中に入っていく。ヴォルフさんとアートルムさんが慌てて後を追いかけていった。
「行こうか」
「はい。大和さん、索敵は使わないでくださいね」
「地形把握は索敵と関係ないけど?」
「そっ、それでもです」
「分かったよ。まぁ、行こうか」
大和さんと私、カークさんとリンゼさんのペアになって迷路を進んでいく。入口から赤、黄色、青と花色が変化していく。色の洪水で圧倒される。
「すごいな」
「全部背が高い訳じゃないんですね。ここなんか段になってるし」
「後続も先行も見えないね。2人きりだ」
カークさんとリンゼさんは違う角を曲がったらしい。
「ちょっと迷っていろんな花を見てみる?一直線にゴールまで行く?」
「お花を見たいです」
「そうしたら、同じ通路をなるべく通らないルートを考えようか」
「もしかしてルートを把握してるんですか?」
「1度も通った事の無いルートは把握できないよ。右から来たから次は左とかその程度。後は直感かな?」
「私は直感が1番アテにならないんですよ」
「ほら、こっち」
大和さんに手を引かれて歩き出す。角を曲がる度に変わる花の種類と色。スゴいなぁ。これの手入れだけでも大変だと思う。
きゃあっとグラシアちゃんのはしゃぐ声が聞こえる。笑うタビーちゃんの声も聞こえるんだけど、2人がどの方向に居るのかは分からない。どうやら金網でフェンスを作り蔦を絡ませて目隠しにし、その上でフラワーポットを隙間無く並べてあるようで、方向が分かりにくい。大和さんはこの状態でよく方向が分かるなぁ。
「物見台がある。登ってみる?」
「はい。自分がどこに居るのか分からなくなっちゃいました」
「中心部ってトコかな。登れば周りも見えるよ」
「周りを見てルートの確定って出来ますか?」
「もちろん」
物見台は6m位。上まで登ると全体が見渡せた。あれ?この形って?
「大和さん、この形ってあの地図の?」
「そうだよね。地図の形だ」
「いまだにあの地図って謎のままなんですよね?」
「プロクスの伯父さんも預かっただけだって言っていたらしい。あんな所に隠したのはプロクスの従弟らしいよ。小さい頃に宝物の地図だと思って隠したんだって」
「宝物の地図だと思っちゃいますよね。私も見つけた時にそう思いましたもん」
「咲楽、あのピンクの花、名前は?」
「ピンクの?ペチュニアだと思います」
「あっちの白いのもペチュニア?」
「そうですね」
「地図に書かれていたアルファベットの謎が解けたかも」
「地図のアルファベット?」
「P.P、P.W、S.Y、全部花と色の組み合わせだ」
「えっ?」
「P.Pがペチュニアピンク、P.Wがペチュニアホワイト、S.Yがサンフラワーイエローって感じじゃないかな?」
「言われてみれば」
「そしてここがbelvedere、BELか」
「ベルベデーレ?」
「展望台とかそんな意味。場所も大きくずれてないと思う」
肩車されたグラシアちゃんが見えた。こちらに気付いたようで、ブンブンと大きく手を振っている。
「カークとリンゼは迷っているね」
「あ、本当だ。入口の方に戻ってますね」
「チャク~」
グラシアちゃんとヴォルフさんが物見台に登ってきた。
「ここからよく見えるな」
「ここから見てルートを覚えてゴールでも良いが、咲楽は花を見たいらしい」
「グラシアはたくさん見つけたぞ。この子は目が良いから」
「叔父バカ全開だな」
「悪いか?」
「バカ叔父より良いんじゃないか?子どもは可愛いもんだろ?」
「あぁ、そうだな」
大和さんとヴォルフさんの会話が聞こえる。
「チャク、ほら見て。こんなに見つけたの」
「スゴい。たくさん見つけたね」
「タビーと競争なのよ」
「そうなんだ。あれ?ミーちゃんは?」
「ミーちゃんは疲れちゃったからグラのおせなかでお休みしてるの」
背中でお休み?リュックの中に入れているのね?
「チャク~」
タビーちゃんもやって来た。やっぱりピーちゃんが居ない。
「タビーちゃん、ピーちゃんは?」
「おせなかで寝てるのよ」
どちらもリュックに仕舞ったらしい。2人の叩き染め帳にはたくさんの色の花が残されていた。どちらかに無い花や同じ花が2個3個とあったりで、見ていて楽しい。
「咲楽、そろそろ行こうか」
「はい。グラシアちゃん、タビーちゃん、またゴールでね」
「「はぁい」」
2人の元気な声を聞きながら、物見台を降りる。
「どうする?ゴールにまっすぐ行く?」
「迷っているんですよね」
「じゃあ、ほどほどに迷いつつ、ゴールを目指そう」
「ほどほどに迷いつつですね」
笑って大和さんと手を繋ぐ。
「こっちに行ってみようか」
「大和さん、さっきので把握しちゃったんですか?」
「完璧じゃないけどね」
「スゴいです」
「咲楽、こっちだよ?」
「え?次はそっちですか?」
大和さんに導かれるまま角を曲がると、青い花が溢れていた。
「凄い……」
「圧巻だね」
濃い青、薄い青、緑っぽい花、紫っぽい花、この世に有る青がすべてここに集まったみたい。
「ゴールに向かおう」
その場を動けずに花を眺めていたら、大和さんに促された。
「気に入ったの?」
「はい。あんなに綺麗な青い花がたくさん集まっているのって見た事が無かったです」
「俺も見た事がない。咲楽も俺も同時に同じ体験をしたんだね」
「そうですね。嬉しいです」
「さぁて、お次はどこに行こうか?」
「何色があるんですか?」
「ゴールまでに有るのは緑と黄色」
「それって別々の方向ですか?」
「うん。ゴールに近いのが黄色、ちょっと離れてるのが緑色」
「じゃあ、緑色に行って黄色で」
「OK」
少し歩いた先に緑色の花があった。緑色の花って有るのね。広場のようになっていて、真ん中に背の高い花が咲いている。
「驚いたな。アガヴェだ」
「アガヴェ?」
「リュウゼツランの1種だよ。地球では花が咲くのが50年に1度とか100年に1度とか言われていた」
「珍しいんですね」
アガヴェの周りにはアルストロメリア、アナベル、カラー等、こちらもいろんな緑色の花が咲き誇っている。
続いて黄色の花ゾーン。
「一気に明るくなりますね」
「黄色も色々有るね」
「マルガリテ、ピサンリ、トゥリパーノ。黄色い花って元気一杯って感じです」
「途中の白い花ゾーンも綺麗だったね。咲楽に似合ってた」
ゴールに着いた。誰も居ない。一番乗り?