54
ライルさんに聞かれた。
「はい。翌週の闇の日です。どうかしたんですか?」
「王家ご臨席って聞いたけど」
「そうみたいです。王族の方が楽しみにされていると聞きました」
「トキワ殿も知ってるんだよね」
「はい。どうかされたんですか?」
「父がね、聞いておいてくれって言ってね」
「何故?」
「当初は王太子殿下と婚約者殿だけだったんだけど、急に両陛下が『自分達も行く』と言い出したらしくてね」
急に?おかしいよね。
「急に、ですか?私達はこの月の始めにミメット部隊長様からお聞きしましたけど」
「部隊長……第2王子殿下経由か。分かった。父には言っておく」
「なにかあったんですか?」
「何、いつもの事だよ。サファ侯爵様に両陛下が叱られるだけの事だ」
「叱られるって……王様と王妃様が?」
「王宮名物よね」
「情報誌に載るもんね」
「お2人が抜け出された、とかもあったのう」
載るんだ。みんな知ってるんだ。なんだか衝撃の事実って感じが……。
「サクラちゃん、どうしたの?」
「ちょっと衝撃の事実を知ったって感じです」
「そういうの、無かったの?」
「元の国ではありませんでした。他国の王室ではありましたけど」
「親しみが湧くのにね」
私って何も知らなかったんだなぁ、って思う。歴史とか、もうちょっと勉強しとけば良かった。
お昼からも患者さんが少なかった。なので私と所長は症例纏めの続き、ライルさんは診察時々症例纏め、ローズさんとルビーさんは診察の担当。
5の鐘近くには文字を見すぎてくたくたになった。けどいろんな症例を知ることができた。
「お疲れ様じゃったの。まだ時間はあるが、そろそろ閉めようかの」
マルクスさんがいない。いつも5の鐘前には来てるのに。
「ルビーさん、マルクスさんがまだですが」
「いいの。今日はみんなでジェイド商会に行くんだから」
「みんなで?」
「ルビー、これって忘れてる感じ?」
「そうみたいね。好都合かもよ」
「あれ?本人が忘れてるの?」
「所長、と、言うことで、内緒でお願いします」
「了解じゃ」
みんながこそこそ話してる。何だろう?
「サクラちゃん、行きましょうか」
「大和さんがまだです」
「トキワ様なら朝言っておいたから、直接商会に来られるわよ」
「そういえば言ってましたね」
と、言うことでみんなでジェイド商会に行くことになった。んだけど……。
「サクラちゃん、ちょっと待って。忘れ物しちゃった」
「もう、ルビーったら。サクラちゃんと待っててあげるから早く取ってらっしゃい」
2人の台詞が不自然なのは何故でしょう。
「施療院って夜間も入れるようにしてあるんですか?」
「施術師だけは入れるようになってるわ。忘れ物とかの時、困るでしょ?」
「そうですね」
ジェイド商会に着いたら2階の別室に通された。私だけ。え?どうして?
「失礼しまぁす」
と入ってきたのは荷物を持ったお姉様達。
「これ着てね」
「次はこれね」
「はい。ここに座って」
「メイクするわよ」
「これ履いてね」
えぇっと、毛糸を買いに来ただけなんですけど。何これ?
素敵なワンピースに着替えさせられ、少しヒールのある靴を履かされ、ヘアメイクをされた。
コンコンコン。ノックの音がした。
「よろしいですか?」
大和さんの声?
「どうぞ」
お姉様達が答えて、大和さんが入ってきた。私を見てにっこり笑う。
「よく似合ってるね。はい仕上げ」
渡されたのはネックレスケース?一斉に退室するお姉様達。
「開けていいんですか?」
「開けてみて?」
そこにあったのはちょっとオレンジっぽいピンクの可愛い花のネックレスだった。
「付けてあげるね」
そう言って首に腕が回される。ひんやりとした感覚とネックレスの微かな重み。
「よく似合うね。行こうか」
「どこにですか?」
「みんなの所」
「ちょっと待ってください。何ですか?」
「下に行けば分かるよ。お姫様抱っこがいい?エスコートがいい?」
「エスコートでお願いします」
「残念。ではお姫様、参りましょうか」
ホントに何なの?
下に降りる階段は、ろうそくで照らされていた。下は暗い。
「足元に気を付けてね」
大和さんに手を引かれて階段を降りる。
下に着いたとたんにライトが付けられた。
「「「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」」」
の言葉と拍手。
「明日、誕生日でしょ?みんなが祝いたいって集まったんだよ」
大和さんが教えてくれた。
「誕生日?あ、すっかり忘れてました。え?みんなって?」
周りを見渡すと、神殿衣装部のコリンさん、ミュゲさん、リリアさんと施療院のみんな、プロクスさんとアルフォンスさん、ゴットハルトさん、ダニエルさん達がいた。
たくさんのお料理もある。
「知らなかったのって私だけですか?」
「昨日サプライズって単語が出たときには焦った」
大和さんが笑う。
「皆さん、ありがとうございます」
頭を下げると涙が溢れてきた。
「咲楽ちゃん?どうしたの?」
「嬉しくて……」
椅子に座って少し休ませてもらった。大和さんはずっと付いていてくれた。
涙が収まって、落ち着いた頃、アルフォンスさんが大和さんの所に来た。ライルさんと一緒に。
「トキワ殿、ちょっといいか?」
大和さんと一緒に別室に入っていく。
「別に宣戦布告しに行った訳じゃないから」
なんとなく心配でずっと閉まったドアを見ていたら、ライルさんに笑われた。
「サクラちゃん、楽しんでる?」
ローズさんが引っ付いてきたけど、お酒の臭いがする。
「ローズさん、お酒飲んでます?」
「えぇ。貴女も飲んでみない?」
「飲んだことないです」
「これとか、弱いし初めてにちょうどいいわよ」
「ローズ、無理強いはやめなさい」
「コリン、邪魔しないでよ」
「酔っていますね」
「酔ってるわね。回収員を連れてくるわ」
連れてこられたのは……誰?
「初めましてですね。ローズの上の兄でネリウム・ジェイドと申します。ローズがご迷惑をかけたみたいで申し訳ない」
そう言って差し出された小振りのフルートグラス。
「ありがとうございます」
綺麗なオレンジ色の液体って、これお酒?シュワシュワしてる。
一口飲んでみたら甘くて美味しかった。
「オランジュの果汁ですよ」
果汁なんだ。
コクコクと少しずつ飲んでいると、大和さんとアルフォンスさんが出てきた。
何だかフワフワして気持ちいい。
「大和しゃん」
大和さんに抱きついた。
「誰か飲ませました?」
大和さんの声が聞こえる。
「え?これかなり弱いわよ。子どもでも飲めるくらいの」
「もうやめとこう、ね」
「美味しーれす」
「そうだね。でももうやめとこう」
フルートグラスを取りあげられた。
「や、れす!!」
「弱すぎない?」
「初めてだったにしても弱いですね」
大和さん達の会話は聞こえてこない。
「オランジュの果汁のカクテル、といっても、ジュースと変わらないのですが……酔っておられるのですか?」
「どうもそのようです」
「馬車を出しましょう。申し訳ない」
「この状態は予想外ですね」
その事は覚えていない。どうやって帰ったかも知らない。
気が付いたら家のベッドに寝かされてた。目を開けたら大和さんが居た。
「あれ?大和さん?」
「起きた?」
「起きた?って……頭がフラフラします」
ベッドの上に起き上がる。
「はい。お水飲んで」
「私どうしたんですか?」
お水を貰って飲みながら聞いてみる。
「すごーく弱いお酒を飲んで、寝ちゃったね」
「お酒?」
「あのオレンジ色のね、お酒だったらしいよ」
お酒だったの?
「あ、着替えとメイク落とし」
「リリア嬢とミュゲ嬢が喜んでやってたよ。あの時の服は神殿衣装部からのプレゼントね。メイクとイヤリングはジェイド嬢とルビー嬢から、靴と料理はその他の皆からかな。で。俺からはこれね」
そう言って首元に手を伸ばされる。
「あの時のネックレス?」
「そう。よく似合ってる」
そう言って優しくキスをされた。
「そうそう、まだ6の鐘が鳴ってすぐだからね」
「お風呂、入りたいです」
「下まで連れてこうか?」
1人でも大丈夫と思うけど……甘えたいって思ってしまった。
「お願いします」
大和さんは笑って了承してくれた
「珍しいね。こっちは嬉しいけど」
「甘えたくなりました」
「畏まりました、お姫様」
そう言って大和さんがドアを開けると、リリアさんとミュゲさんとルビーさんと……どうして居るの?
「ジェイド商会の人達とコリン嬢は酔いすぎて来てない。ナザル所長とライル殿とダニエル達も帰った。リビングにプロクスとゴットハルトが居るかな?」
「早く言ってください!!」
「トキワ様って貴族様だっけ?」
「違うはずよ」
「何て言うか、手慣れてるわね」
「お嬢様方、咲楽ちゃんは入浴を希望されてます。少し道を開けてください」
大和さんがそう言うと、リリアさん達はドアから離れてくれた。
大和さんが私を横抱きにして階段を降りると、後から着いてくる。
「後はお任せしても?」
「任せといて!!」
ミュゲさんが請け負ってくれた。
大和さんはリビングの方に行ってしまった。
「サクラちゃん、大丈夫?」
「お水を飲んだら頭がはっきりしました。お世話をお掛けしました」
「別に構わないわよ。男連中はリビングで飲んでるわ」
「ゴットハルトさん、明日引っ越しって言ってたのに」
シャワーを浴びながらそう言ったら、ルビーさんに聞かれた。
「そうなの?『明日もヤマトと一緒に走るんだ』って張り切っていたけど。なあに?走ってるの?どのくらい?」
「えっと、1時間位いつも走ってると思います」
「1時間って?」
あぁ、そうか。分かんないよね。
「1刻の1/3位の時間です」
シャワーが終わったら、椅子に座らされて、いい匂いのクリームを塗られた。
「保湿性のあるクリームよ。これもプレゼント」
ミュゲさんが教えてくれた。
シャツとワンピースを再び着せられて、リビングに連れていかれる。
大和さんが普通にお片付けをしていた。
「プロクスとゴットハルトはソファーで寝てます」
「ちょっと待って、リシア様ってかなりお酒が強いのよ。酔い潰したの?」
「明日休みだと言っていたし、問題ないでしょう」
「問題はないけど貴方、どれだけ強いのよ」
「あの火酒ってのならもう一本開けても普通に歩けるかな?」
そういえばテキーラとかウォッカがどうの、って言ってた気がする。
寝室に上がって毛布を持ってくる。
「掛けてあげてください」
「リシア様はもう少し寝かせたら、家に帰らせるわ。ヘリオドール様はどうするの?」
リリアさんが2人に毛布をかけながら言う。
「寝かせておきます。明日早朝から走ると言っていましたから、その時間に起こします」
「大和さん、私、ちゃんと聞いたことなかったんですけど、どれくらいの距離を走っているんですか?」
「大体17~8km位かな。20kmまではいってないと思う」
「17kmを1時間で走るって速くないですか?」
「そんなこと無いと思うけど」
前に聞いたことがある。マラソンランナーって時速20km位で走ってるって。それに比べたら速くない……。速いよっ!!
「それで皆さんはどうします?泊まっていかれますか?」
大和さんが聞く。
「私は帰るわ。リシア様と一緒に」
と、リリアさん。
「私達はどうしようかしらね」
「主寝室に泊まって頂いてもいいですよ」
「あら。いいの?」
2人の目が輝いた。
「サクラちゃん、お喋りしましょ」
「いいわね」
きゃあきゃあと盛り上がってる。
「大和さんはどうするんですか?」
「俺はどこででも寝れるから。客室も空いてるしね」
「でも……」
「お泊まり、初めてでしょ?楽しんだら?」
いいのかな?
「はい」
いまだにきゃあきゃあ言ってる2人に声をかける。
「お2人共、着替えはいいんですか?」
「持ってるわよ」
「魔空間に2着くらい入れてあるしね」
「サクラちゃん、シャワーだけ貸してね」
あ、明日のスープ、作っておきたい。
「明日のスープの仕込み、しておいていいですか?」
「えぇ。見てていい?」
と、ミュゲさん。
「私はシャワーを借りるわ」
と、ルビーさん。
「私は、する事無いわね。ミュゲと一緒に居るわ」
と、リリアさん。
大和さんはリビングに椅子を持っていった。
私がベーコン、キャベツ、玉ねぎ、ニンジンを粗みじん切りにしてる間にミュゲさんとリリアさんが何か話をしていた。
みじん切りにした野菜とベーコンを炒める。ベーコンから出た油が回って、野菜がしんなりしてきたら、お水を入れて、ひと煮立ち。
「そろそろリシア様を起こして帰るわ。トキワ様、起こしてくださる?なかなか起きないと思うけど」
「ちょっといたずらをしてみましょうか」
そんな大和さんとリリアさんの声が聞こえてミュゲさん、ルビーさんの3人でそぉっとリビングを覗く。
「良いところに。咲楽ちゃん、氷かなるべく冷たい水、貰っていい?」
氷か冷たい水?じゃあ氷水で。『ウォーター』じゃなくて、属性魔法の方がいいかな。
コップに氷が張ったくらいの水を作って大和さんに渡す。
「何するんですか?」
「プロクスを起こすの。ちょっといたずらしてね」
そう言うと。首に氷を入れ始めた。
「ひゃあぁ!!」
変な声をあげてプロクスさんが飛び起きた。
「目が覚めたか?」
笑いながら大和さんが尋ねる。
「あれ?トキワ殿?まさか私が負けたんですか?」
「リリア嬢が帰るそうだ。放っておいていいのか?」
「一緒に帰ります。そうか。負けたのか……」
「大丈夫ですか?」
『ウォーター』でお水を出して、項垂れてるプロクスさんに渡す。
「大丈夫そうです。帰ります」
プロクスさんはリリアさんと帰っていった。
「ゴットハルトをどうするか……。女性陣は主寝室でいいんですよね」
「えぇ。使わせてもらうわ。あそこなら3人で寝れるし」
「じゃあ客室に放り込むか」
そう言ってゴットハルトさんを担ぎ上げる。そのまま客室に入っていった。
「何かコツでもあるのかしら」
「正体無く寝てる人って結構持ちにくいですよね」
ルビーさんとそう言いながらキッチンに言ってお鍋を見る。大丈夫そう。味付けは明日かな。
3人で主寝室へ。いろんな話をした。主に恋バナだけど。と、言うか、私がいろいろ聞かれた。
7の鐘がなる頃には寝ちゃったけど。
ーーー異世界転移33日目終了ーーー