53
翌朝、起きて昨夜の事を思い出した。あれって大和さんの欲求不満とかの、現れだったりするのかな?
朝から考えることじゃないんだろうけど、考えてしまった。
多分私がまだそう言う準備ができてないって、大和さんは考えてるんだろうな。全然違うかもしれないけど、どうしても考えてしまう。
食料庫で野菜とパンとソーセージを出してスープを仕上げる。
あぁ、今日は大和さんは東市場の巡回だっけ?じゃあ、お昼は要らなかったんじゃ?忘れずに聞かないと。
準備を終えて、庭に出る。今日も、ゴットハルトさん達が居る。
私が庭に出ると、ゴットハルトさんが私から距離をとった。その代わり側に来てくれたのはブランさん。
「おはようございます、サクラ様」
「おはようございます」
「今日はお元気そうですね」
「昨日はご心配をお掛けしました」
「いいえ。お元気になられてよかったです。昨日、猫人族のミュリって方と一緒でした。天使様に足を治してもらったと、嬉しそうにお話しされていました」
「ミュリさんが……そうですか。お元気そうで良かったです」
大和さんの剣舞が始まった。
やっぱり広大な花畑と枝垂桜だ。ゴットハルトさんは昨日、枝垂桜がうっすらと見えたと言っていた。今日はどうなんだろう。
「サクラ様はピンクの大きな木が見えるって言ってましたよね」
「はい」
「今日は私にも見えてます。大きなピンクの木。幻の様にうっすらと、ですけど」
「え?」
「綺麗ですね。サクラ様はいつも見ていたのですね」
ブランさんはうっとりと大和さんの舞を見ている。
「あの木の前でトキワ様が舞っているのは、現実の物と思えませんね。神々の世界を感じます」
「そう見えるかもしれませんが、現実です。大和さんはあそこにいます」
ブランさんが私を見た。驚いた顔をしている。
「大和さんが戻ってこれなかった時には、私が連れ戻します」
「サクラ様……」
「と、言っても大したことはできませんけどね」
ブランさんを見て笑う。私にはたいした力はない。大和さんの様に大勢の心を動かす事もできない。ならせめて、大和さんが戻ってこれる場所になりたい。
大和さんはいつも私を気遣ってくれる。大和さんが少しでも安らげるような場所に、ホッとできる存在になりたい。
「サクラ様はお強いのですね」
「強い?」
「最初は、黒き狼様も、あの虎も、『天使様を守る』、そう思ってるからこそ天使様の側にいるんだと思ったんです。サクラ様は小柄で、折れてしまいそうでしたから。でも貴女はしなやかなんですね。助けは借りるけれど、しっかりと立ってみえる」
「買い被りすぎですよ」
「いいえ。貴女はお強い」
真剣に言われて困ってしまう。
大和さんの剣舞が終わった。
「咲楽ちゃん、どうだった?」
「昨日と同じです。花畑の中に立つ枝垂桜です。後、ブランさんもピンクの大木を見たって言ってました」
「そうか。多分仮説は合ってると思うけど、イメージは固定されるものなのかもしれないね」
大和さんはいろんな事を考えている。おかしいな。複数の物事を同時に考えるのが得意なのは女性だったはずなんだけど、私って出来てないよね。
「ゴットハルトはどうだった?」
「今日はフラーの花畑だけだった」
「なるほど。まぁ、中に入ろうか」
ゴットハルトさんがみんなを連れて、玄関に回る。私があの時『玄関に回ってほしい』って言ったから、ゴットハルトさんは気を使ってくれているんだと思う。
「大和さん、今日って東市場でしたっけ。じゃあお昼は要りませんか?」
「そうだね」
そんな会話をしながら家に入る。大和さんはシャワーに、私は朝食とお昼の用意っていうのはいつもと一緒。
今日もゴットハルトさんがダイニングに居てくれる。
「ゴットハルトさん、お家って決まったんですか?」
「えぇ。ここから騎獣屋の方向に少し行った所ですよ。明日は引っ越しです」
「お手伝いとか……」
「ダニエル達が手伝うと言ってくれましたから」
「でも大変ですよね」
「貴女方の世界では大変だったんですか?」
ゴットハルトさんが小声で言う。
「はい。荷物を運び入れるのに離れた場所だと大変ですよね……あ、魔空間」
「そうですね。私もヤマトと同じ位の魔力量はあるので、ベッドくらいなら入ります。ダニエルも同じくらいです」
「そうなんですか」
ちょっと残念。
「見たかったですか?私の家」
「正直に言うと見たいです」
「ヤマトに相談ですね。いいか?」
ゴットハルトさんがちょうど出てきた大和さんに確認をとる。
「咲楽ちゃんが行きたいって言ってるからな。別に咲楽ちゃんの行動にまで口出しする気はないぞ」
そう言ってニヤッと笑う。
「咲楽ちゃん、誰かに迎えに来てもらってね」
「あぁ、何があるかわからないしな。じゃあブランに来てもらう」
「でも真っ直ぐなんですよね?」
「そうですね」
微妙に噛み合ってないよね。大和さんは私の方向音痴に対してで、ゴットハルトさんは何かあったらって、そこを心配してくれてる。それが分かる大和さんはちょっと笑ってた。
あ、お昼のバーガー、余っちゃうな。どうしよう。
「ゴットハルトさん、お昼ってどうされてるんですか?」
「市場で、適当に、ですね」
「これ、食べていただけません?」
「これって、ヤマトのは?」
「俺は今日は東市場の巡回だから、昼はそこで食べる。他の騎士達も居るし、あんな所で咲楽ちゃんの作ったものを出したら、間違いなく騒ぎになって店に迷惑がかかる」
「争奪戦とか言ってたのって本当だったのか」
「最近は人数が増えてきて、物々交換みたいになってる」
「なるほど。ならシロヤマ嬢、頂きますが、いくつあります?」
「余ってるのは4個です」
「3個を半分に切っていただけませんか?」
「別に構いませんが」
「いい兄貴分だな」
大和さんが笑って言う。
「うるさい」
「あぁ、ダニエルさん達の分ですか」
3個を半分にして木皿にのせる。ゴットハルトさんの分は紙に包んだ。
「大和さん、コーヒーは?」
「淹れる。ゴットハルトも飲むか?」
「もらっていいか?」
大和さんがコーヒーを淹れ始める。やっぱり格好いいなぁ。カフェエプロンとかしてほしい。
「咲楽ちゃんから不穏な空気を感じる」
「不穏な空気って何ですか?」
「コスプレはしないからね」
「そんなこと言ったらさせたくなります」
「こすぷれってなんだ?」
「仮装だな。普段しない格好をして、その役になりきるんだ」
「ギャルソンとか、絶対に似合うのに」
「ギャルソンって元はウェイターだよ?」
「知ってます」
「面白い文化のある所だったんだな」
「興味、あります?」
「着せ替えとどう違うんですか?」
「その役になりきる、と言っただろ。着替えて終わりじゃないんだ」
大和さんが朝食プレートを運んでくれながら言う。
「ゴットハルト、コーヒーだ」
「あぁ、ありがとう。俺がやってもこうはならなかったんだが?」
「買ったのか?」
「なんと言うか癖になってな。奥まった店で店主に薦められるまま買った」
「淹れ方も知らずに買ったのか」
大和さんが頭を抱える。
「よし、分かった。光の日に教えてやる」
「闇の日は仕事か?」
「あぁ、後、大切な日だからその日は邪魔をされたくない」
「ハルト兄さん、朝食持ってきた。こっちで食べるでしょ?」
ダニエルさんがゴットハルトさんの朝食を持ってきた。
「ダニエル、これ、シロヤマ嬢から。昼に追加で食え」
「え?サク……シロヤマ嬢、ありがとうございます」
ダニエルさんは頭を下げてリビングに行った。
「言葉とか無理させなくてもいいんじゃないか?」
「一応あいつも貴族籍だ。言葉は大事だぞ」
「お前も貴族様だったな」
朝食を食べながら大和さんが笑って言う。
「一応な。礼儀作法は叩き込まれた。ヤマトもそんな気がするんだがな」
「家は神々相手だったからな。祭祀の際は決まった作法があったが、そこまで厳しくはなかったぞ」
「言葉遣いとか、レディに対する接し方とか、貴族になったとしても及第点だ」
「あぁ、接し方なぁ……」
大和さんが微妙な表情になる。
「聞かれたくない話か?」
「出勤時でいいか?」
お皿を下げながら大和さんが言う。
「ハルト兄さん、行ってきます」
「あぁ、行ってこい」
「気を付けてくださいね」
そう言ってダニエルさん達を送り出す。
「咲楽ちゃん、着替えてきたら?」
「はい。失礼します」
ゴットハルトさんにも挨拶をして自室で着替える。
いつものように準備をして、リビングに行くと、大和さんがまだだった。珍しい。
「今日はシロヤマ嬢の方が先でしたね」
「いつも大和さんが先なんですけど」
「咲楽ちゃん、早かったね」
大和さんはそう言うと持ってたコートを羽織った。
「じゃあ行こうか」
結界具の設定を変えて家を出る。
「で?レディへの接し方で、あのとき話さなかったのは?」
大和さんは少し逡巡してたけど、ため息を1つ吐いて話し出した。
「傭兵部隊にいたって言ったよな。そこの交渉担当者がああ言うのが得意だった。女性への接し方や貴族的な礼儀作法、言葉遣いも。あの当時は貴族とか居なかった筈なんだが、多分あの人はこの世界でも貴族としてやっていけると思う」
「そんな人がいたのか。で?」
「その人と一緒に5年居たんだよ。言葉や態度はその時に教えられた。交渉術とかも教えてもらったが、使う場面はないな」
「何故だ?」
「命のやり取りの交渉術を使う場面があると思うか?」
「無いな。なるほど」
「ゴットハルト、お前、咲楽ちゃんには追求するつもりはないとか言っておいて、俺には容赦ないよな」
「シロヤマ嬢に対してそんなことしてみろ。守ってる狼が牙を剥くだろうが」
「ははぁ、あの時の事か。なんだ?怖かったのか?」
大和さんがニヤッと笑う。
「目の前に肉食獣がいるかと思った」
「そこまでか?あの時は咲楽ちゃんが弱ってたから必死だったんだよ」
「弱ってた?具合は悪そうだったが」
「ストレスだな。俺は医者じゃないから分からないが」
「すとれす?いしゃ?」
「咲楽ちゃんの方が詳しい気がする」
大和さんに振られて答える。
「ストレスって言うのは、外部からのさまざまな刺激によって自分の身体や心に負荷がかかり、「歪み」が生じることをいいます。悪い方に働くと様々な身体への不調を引き起こします。あの時は『自分達の事を言えない』って心的ストレス状態に加えて、魔力量が減っていて不調になりやすかったみたいです」
「それは……すみませんでした」
「いいえ。ストレスって悪いことばかりじゃないんですよ。ある刺激を目標にすることも一種のストレスですし」
「いしゃと言うのは?」
「この世界で言う施術師のようなものです」
「なるほど」
王宮への分かれ道まで来たらいつもの3人に加えて、クリストフさんがいた。大和さんが一歩前に出る。
「おはようございます」
「おはよう、シロヤマさん。今日は兄が一緒なんだけどいいかな?」
「別に構いませんが」
「迷惑だったら遠慮なく言ってくださいね」
私達が話をしている間、大和さんはローズさんと話をしていた。
「咲楽ちゃん、今日、ジェイド商会に寄って行くってことでいいの?」
「あ、言うの忘れてました。ローズさん、今日でいいですか?」
「準備はできているわよ」
「じゃあ、お邪魔します」
「ジェイド商会に用事?」
クリストフさんが聞いてきた。
「はい。毛糸が欲しくて」
「へぇ。編み物とかするんだ」
「はい」
「兄さん、そろそろ行くよ」
「ジェイド商会に行くならあの化け物に気を付けなよ」
「化け物?」
「男女がいるだろう。気持ち悪いのが」
「アレクサンドラさんですか?化け物ではないですよ」
「ボクには理解できないけどね」
プチっとなにかが切れた気がした。
「あなたは魔道具を作っているのですよね」
「そうだよ。崇高な仕事だ」
「使う人がアレクサンドラさんだとしたら、その魔道具を売りますか?」
「ボクのは使ってほしくないね」
「なら、私はあなたの作る魔道具は買いません」
「ボクのは性能がいいんだよ」
「性能が良くても偏見を持つ人の魔道具は歪んでます。自分が理解できないからとその人を全否定するんですか?その為人も知らずに?貴方は魔道具を作りたいと言ったときに、否定した人はいないんですか?」
「居たよ。居たけどそれが?貴族家の者が魔道具作りなんて、って言われたけど、両親が認めてくれたからね。そいつは難癖をつけたかっただけなんだよ」
「その人と同じことをして満足ですか?」
「は?」
「姿形が違う。見た目が自分には理解できない。身分に合う仕事じゃない。すべて同じです。だけどそれだけで、すべてを否定しますか?」
「……」
「サクラちゃん、もういいわ。行きましょう。少しはクリストフ様も分かったでしょう」
ローズさんにそう言われて、いつの間にか来ていたルビーさんと一緒に施療院に向かう。
ライルさんが追い付いてきた。
「シロヤマさん、ありがとう」
「いえ、お気を悪くされてませんか?」
「あれくらい言ってやらないとね。本当は僕達が言わなきゃいけなかったのに、言ってくれて助かった。僕は兄を送ってくるよ。少し遅れると言っておいてくれるかい?」
「はい」
ライルさんと別れて、しばらく無言で歩く。
「サクラちゃん、どうしたの?何を考えてるの?」
ルビーさんに聞かれた。
「私の眼ってどう思いますか?」
「緑がかった綺麗な色だと思うけど」
「あちらでは異質なんです。ほとんどの人が黒髪黒目です」
「そうなの?トキワ様って髪は濃い茶色よね」
「大和さんはある事情で色が抜けたって言ってました。髪は比較的簡単に色が変えられるんですけど、眼の色は簡単に変えられません。私はその所為でずっと虐められていました。偏見って自分に理解できないと起こることが多いんです。ずっと考えていたので、言葉が止まらなくなっちゃって。すみません」
「じゃあ、サクラちゃんはこっちに来て良かった?」
「一概にはいえません。あちらにも理解してくれる友人はいましたし。ただ、施療院の皆さんや神殿の皆さんと出会えたことは嬉しいです」
「あら?トキワ様が抜けているわよ」
「大和さんは同郷の人ですし……」
「大切な人だもんね」
「ローズ、からかっちゃダメよ。本当の事だからって」
「2人共、からかわないでください」
「真っ赤になっちゃって。可愛いんだから」
更衣室でもずっと大和さんの事を言われて、困ってしまった。
ナザル所長にライルさんが少し遅れることを伝えて、診察を始める。
と、言っても今日は何故か患者さんが少ない。なので症例纏めのお手伝いをすることにした。
ルビーさんとローズさんはいつもの診察。少し遅れてきたライルさんもたまに症例纏めを手伝ってくれて、あっという間に時間が過ぎた。
症例集の中に気になる文字を見つけた。
『魔力過剰症』と『魔力減少症』
「所長、この症例って何ですか?」
「あぁこの2人か。この時はまだ幼かった双子だったんじゃがな。兄が『魔力過剰症』妹が『魔力減少症』でな。兄の方は魔力を使うと過剰に回復する。100の魔力を使って150回復するような感じじゃな。妹の方は回復がとにかく遅い。その上ある程度回復するとそれ以上回復しない。100使って回復は90止まり。結局妹の方は亡くなったよ。兄の方も健康とは言いがたいな。常に魔力を減らさなければならないし、回復量にいつも気を配る生活だと聞いた」
「どちらも辛いですね。ご両親も……」
「そうじゃな。これは離れた所の施療院からの報告じゃったから、直接は知らんが、お母上はかなり自分を責められて、体調を崩して未だに療養中らしいの」
ちょっとしんみりしたところで3の鐘が鳴った。ルビーさんとローズさんの明るい声が響く。
「サクラちゃ~ん、お昼行きましょ」
「2人はいつも元気じゃの。シロヤマ嬢も行ってきなさい」
「はい。行ってきます」
ルビーさんとローズさんと一緒に休憩室に行く。
少し遅れてナザル所長とライルさんも休憩室に来た。
「シロヤマさん、奉納舞って明日じゃなかったよね」




