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「負傷者はどこですか?」
「こっちだ」
ゲオルグさんが声をかけてくれた。
「今日は朝からクーゲルセルが多いなと思っていたんだ。そうしたら2の鐘が鳴る直前にレギールスコルピオが出やがった。こっちは逃げるのと街門兵に知らせるのが精一杯だった」
歩きながら説明を聞く。案内された小屋には15人が横たわっていた。子どもからご老人まで年齢はまちまちだ。
レギールスコルピオの攻撃は、主に尻尾によるなぎ払いと麻痺毒の噴射。麻痺毒が全身に回っても死亡には至らないけど、しばらく動けない上に後遺症として麻痺が残る。少しでも傷が付いていればそこから麻痺毒が全身に回るし、噴射された麻痺毒を吸い込んでも麻痺毒は全身に回る。その上持続性があるから先に麻痺毒が付着したら必ず洗い流さなければならない。麻痺毒は少しずつではあるものの、皮膚からも浸透するとカークさんが教えてくれた。
一気に小屋の中を浄化する。浄化は一気に出来ても施術は一人ずつしか出来ない。麻痺毒にやられた人から取りかかる。パニックになっている人が何人もいた。
「サクラ様、何かお手伝い出来る事はありますか?」
カークさんが小屋に顔を出した。
「カークさん、広範囲にアマディムはかけられますか?」
「広範囲にアマディムを?」
「この方々を落ち着かせたいんです。私は施術をしますから、お願いできますか?」
「分かりました。やってみます」
ヴィクターさんも入ってきて、2人でアマディムをかけてもらう。だんだんパニックになっていた人が落ち着いてきた。
麻痺毒が付着した箇所の洗浄は、門外の人達と騎士様達に頼んで、施術していく。
「ゲオルグさん」
「どうした?」
「ゲオルグさんも要施術者ですよ。座ってください」
「オレは後でいい。先にコイツらを頼む」
「やっぱり。打撲はしていませんね?麻痺毒を吸い込みましたか?」
「あぁ。倒れた奴らを運ぶのにうっかり吸い込んじまった。けどまだ痺れは出ていないから、後でいい」
「駄目だよ。レギールスコルピオの麻痺毒は早く解毒するに限るんだ。サクラ先生、お疲れ様。僕とフォスも施術に加わるよ」
マックス先生とフォスさんが来てくれた。南門の方に用事があって、話を聞いて駆けつけてくれたらしい。
「マックス先生、ありがとうございます」
この小屋に居るのは主に重傷者だ。軽症と思われる人は小屋の外に居る。フォスさんが軽症者の施術をすると言って小屋を出ていった。
「ところで、みんなやけに落ち着いているね。こういう時って1人位はパニックになっているものだけど」
「パニックになっている人はいましたよ。カークさんとヴィクターさんのアマディムで落ち着いてくれました」
「へぇ。凄いね。これだけの人に効果が出るなんて」
「もったいないお言葉です」
カークさんとヴィクターさんが頭を下げた。
全員の施術が終わった頃には3の鐘を大幅に過ぎていた。
「咲楽、お疲れ様」
「大和さんもお疲れ様です。討伐に参加していたんですか?」
「参加はしたけど、サポートだけ。今日の当番に手柄は渡さないとね」
「何を言っているんですか、ヤマト隊長。あそこで地属性を使ったのは貴方でしょう?お陰で討伐出来ました」
近くに居た騎士様が大和さんに言う。
「皆さんお怪我はありませんか?」
「かすり傷程度ですよ」
かすり傷はあるんだ……。
「サクラ先生、僕達は引き上げるよ。お疲れ様」
「マックス先生、フォス先生、ありがとうございました」
レギールスコルピオの解体をしていると言うので見物させてもらった。大きい。1m以上ある。レギールスコルピオは2匹居たらしく、たぶん番だろうと聞いた。カークさんの説明によると普段は地下深くで生息していて、幼体を産む頃に地上に出てくるという生態らしい。
「あの体の赤い方がオスです。茶色い方がメスですね。尾の先の塊がレギールスコルピオの由来です」
「あれって石なんですか?」
「最初は岩石だと思われていたようですね。今では違うと分かっていますが」
「メスの方が大きいんですね」
「えぇ。オスはメスが幼体を産むと、幼体の最初の栄養として喰われます」
「えっ?」
「昆虫界ではよく聞くな」
大和さんが言う。よく聞くんだ。カマキリは聞いた事があるんだけど。
「あちらでもそうだったのですか?」
「あぁ。いくつか知っている」
「クーゲルセルは?居ないんですか?」
気になってカークさんに聞いてみた。
「クーゲルセルですか?あそこに転がっていますね」
居た。地球の物と姿は変わらない。大きさは激しく違うけど。丸くなっていて直径50cm位ある。
「あの状態で転がってくるのですよ」
「移動手段は回転なのか?」
「はい。岩や倒木にぶつかって止まるのです。移動線上に踏み込んでしまうと人にぶつかったりするんですけどね。痛いですよ。骨折したりします。防具に使われるほどですので」
「そんなに硬いのか?」
「冒険者の防具に使われます。接地部分だけしか使えませんから、作れるのは籠手位でしょうか。作るにも技術がいるようです」
「だろうな」
どうやって加工するんだろう?防具なんて全く分からない。武器の事も分からないけど。
「トキワ様、サクラ様。お送りいたします。馬車の方にどうぞ」
ヴィクターさんが私達に丁寧に礼をして言った。ヴィクターさんの後ろでゴットハルトさんが苦笑いしている。
「助かるが良いのか?ゴットハルト」
「団長から許可は出ている。というか、出来ればヤマトには神殿に戻ってきて試合を、とのことだったが」
「分かった。咲楽はどうする?昼食とか」
「一緒に行きたいです。渡したい物もありますし」
「渡したい物?」
案内されて一緒に馬車に乗る。カークさんはまた馭者席の隣に座ったようだ。
「何を誰に渡すの?」
「エリアリール様とスティーリア様にミニあんパンとミニクリームパンを。後は団長さんに渡そうかな?って思っていますけど」
「団長にって、騎士達には?」
「団長さんに渡したら、皆さんに行き渡りませんか?」
「どうだろう?」
「全部団長さんが食べてしまうとかありませんよね?」
「どうだろう?」
「どうだろう?って、あ、奥様に持って帰られるとか?けっこう数がありますよ?」
「どうだろうね?」
「大和さん、さっきからどうだろう?としか言っていませんよ?」
「団長の性格から推測すると、いくつか確保しておいて、残りはみんなで分けるかな?」
「それなら問題ないじゃないですか」
窓を開けたまま話をしていたから、ゴットハルトさんやカークさんやヴィクターさんに、聞こえているかもしれない。
馬車は順調に走って、神殿に着いた。大和さんに降ろしてもらうと、まずはエリアリール様とスティーリア様にミニあんパンとミニクリームパンを渡す為に、面会を申し込む。
「咲楽、お腹は空いてない?」
「そんなに空いてないですけど。先に食事の方が良かったですね。すみません」
「良いよ。カーク、頼んでいいか?」
「お任せください」
カークさんが走っていった。どこに行ったんだろう?
エリアリール様とスティーリア様にミニあんパンとミニクリームパンを無事に渡して、カークさんが持ってきてくれたサンドイッチを食べた後、団長さんの執務室にお邪魔をすることにした。
「カークさん、あのサンドイッチって?」
「食堂の方にお願いして作っていただきました」
「作ってもらったんですか?」
「ちゃんと対価はお支払しましたよ?」
「対価って?」
「サクラ様のレシピです。商業ギルドで売られている物をいくつか頼まれていましたので、それに私が見繕った物を上乗せしてお渡ししました」
団長さんは執務室に居た。入って良いのか気になったけど、団長さんが良いと言ってくれたから、中に入らせてもらう。執務室は雑然としていた。大和さんが大きなため息を吐く。
「団長、少しは片付けた状態を維持する努力をしてください」
「気が付いたらこうなっているんだ。俺だって努力はしている」
仕方がないから、ミニあんパンとミニクリームパンを渡してから整理整頓を手伝う。私に見せられない書類もあるから、大和さんが分別して、それを棚に仕舞っていく。
執務机が片付いたところで団長さんと大和さんは出ていった。今から試合らしい。
「シロヤマ嬢、お手伝いいただきまして申し訳ありません。助かりました」
「プロクスさん、お久しぶりです。リリアさんはお元気ですか?」
「ありがとうございます。元気ですよ」
床に散らばっていた紙を片付けて掃除をしてから、プロクスさんにミニあんパンとミニクリームパンを渡す。喜んで受け取ってくれた。練兵場に移動すると、団長さんと大和さんが剣を打ち合っていた。観客から歓声が聞こえる。
4の鐘まで交代しながら続けられた試合は、最後には団長さんと大和さんによる剣のデモンストレーションのようになっていた。
団長さんと大和さんがシャワーに行ってしまって、プロクスさんが騎士の皆さんにミニあんパンとミニクリームパンを配り始めた。今から食べるの?
団長さんと大和さんが帰ってきて、団長さんがプロクスさんにミニあんパンを渡されてもっと欲しいと駄々をこねていた。
神殿を後にして、バザールに寄ってから家に帰る。ローズさんの所には行けなかった。
「また行けば良いよ。もしかしたら施療院に来るかもね」
「そうですね。施療院に近くなったんでしたよね」
「裏道を使うと本当にすぐだよ」
「また教えてくださいね」
「喜んで」
夕食の前にお風呂に行った大和さんが出てきたら、私も作った夕食を異空間に入れてお風呂に行った。今日のお夕食はハンバーグ。大和さんは丸パンに挟んでハンバーガーにして食べていた。
夕食の片付けをしたら小部屋で寛ぐ。
「レギールスコルピオって大きかったですね」
「そうだね。クーゲルセルも大きかった。レギールスコルピオはクーゲルセルの天敵らしいよ」
「でしょうね。でも、あのクーゲルセルをどうやって食べるんでしょう?」
「麻痺毒で動けなくしてから、レギールスコルピオ自身が自前のハサミで解体するんだって。レギールスコルピオの繁殖時期にクーゲルセルの外殻が見つかるらしいよ」
「お食事の残骸ですね」
「レギールスコルピオが王都の側で見つかるのは珍しいとカークが言っていた。地下で生活しているから、しばらくは地盤沈下が無いかの調査になるらしい。冒険者ギルドで確認してからになるけど、調査になれば俺の従者が出来ないってカークが落ち込んでいた」
「カークさん、頼りにされていますもんね」
「地属性を持った奴が育ってくれれば、こういう事も減るんだけどね。地属性はハズレ属性と言われていて、能力を伸ばそうとするのが少なかったらしいから」
「大和さんのソナーはカークさんに教えたんですか?」
「教えた。カークに言わせると、オーガ族がこういった使い方をしているらしい。オーガ族は岩盤の奥に向けて魔力を使っているみたいだね。鉱脈を見つけるのに使うんだって。俺みたいにレーダーとして広げるといった事はしていないらしい。カークはオーガ族に一点突破式の物を習っていたから、レーダー方式のソナーも簡単に覚えていた」
「やり方は違っても、考えは一緒なんですね」
「地属性の冒険者が増えないのは悩みだけどね。ゲオルグも冒険者には登録しているけど、調査員になる気は無いって言うし」
「ゲオルグさんは地属性を教えているんですよね?」
「今じゃ冒険者ギルドの地属性の指導員だよ。今日も指導で南門外に出ていたらしいし」
「じゃあ、あの場には地属性使いがたくさん居たんですか?」
「今のところ3人だね。俺がケッテ デア エールデを使った時は居なかったけど」
「ケッテ……?」
「Kette der Erde。地の縛鎖って感じかな?勝手に名付けてみた。ボーラをイメージしたんだけどね」
「ボーラって何ですか?」
「ロープの先端に球状のおもりを取り付けた投擲武器。動きを阻害するつもりだったんだけど、縫い付けられた形になったから、複数箇所で発動してみた。強度をワイヤーロープ並にしてね」
「イメージはなんとなく分かりました」
6の鐘近くになったから、寝室に移動する。
「さっきのケッテ……って何語ですか?」
「ドイツ語。Ketteが鎖、Erdeが大地だね」
「それで定着させるんですか?」
「地属性使いで検証してから報告を上げるよ。筆頭様は地属性を持っていないから他の魔術師に頼む事になりそうだけど」
「何か懸念が?」
「魔術師塔に居る地属性の魔術師はクセが強くてね。今まで地属性の検証を頼まれる事が少なかったからって、嬉々として参加してくれるのはいいんだけど、限界まで魔力を使っちゃうんだよ。で、毎回ぶっ倒れてる」
「毎回?」
「毎回。魔術師塔に運ぶのに騎士が数人拘束されるからね。で、少し回復するとまた検証しようとして魔術師塔の施術師に叱られている」
「紙一重の人が多いんですか?」
「そういうこと。運ぶ方はホバーが出来たから、楽になりそうだけどね」
こういう話は飽きない。
「そろそろ寝よう。話をしていると時間があっという間に過ぎるね」
「そうですね」
2人で横になる。
「おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽」