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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 花の月
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3の鐘が鳴ったから休憩室に移動する。あの人達(光神派)は騎士団に連れていかれたらしい。


「なんとも気分の悪くなる話じゃ。まったく……」


所長がお怒りだ。原因はいわずもがな。あの人達(光神派)だ。


「常連さんが教えてくれたけど、なりふり構わないというか、もう隠す気がないというか、だね」


「どういう話を聞いたんじゃ?」


「僕が聞いたのは所長が来る前の話として、『あのスクラーヴ(劣人)が現れたらすぐに捕らえて王都を出る』と言っていたと」


「もはや隠す気が無いのぉ」


ため息を吐きながら所長が言う。マックス先生は難しい顔をしていた。


「1人が一方的に命令されていたって聞いたよ。命令されていた方がスクラーヴ(劣人)って呼ばれている人じゃないかな?囮になれって言われてたらしいし」


「3人の内1人がスクラーヴ(劣人)だっけ?その人だと?マックス先生」


「分からないよ。ちょっと気になっただけだし」


「人を人だと思ってないんだろうね。光属性は至高とか言っておいて、人を救おうとは思ってないとか、どういう思考回路なんだろうね?」


「マトモな人間には分からない思考回路なんでしょうよ」


フォスさんが吐き捨てるように言った。


みんながそれに同意を示して、お昼休憩を終えて診察室に戻る。


「シロヤマちゃ……っと。サクラ先生、ちょっと良いかな?」


「マックス先生、どうなさいましたか?」


「傷痕を消す研究していたよね?」


「研究というか、ずっと考えてはいますが」


「これ、知り合いに送ってもらったんだけど、同じ事を研究している人が居るみたいだよ」


「ライルさんのご友人が同じ研究をしていると聞きました。薬師と組んで研究しているって」


「同一人物かな?ここに載っている人も薬師と組んでいるらしいよ」


「そうなんですか?」


10枚程の紙を綴じたその冊子には、色々な症例に対してのアプローチしたその方法や、結果が載っていた。その中に『体力活性薬と治癒魔法の併用で、過去の傷痕が一部消滅した』との文章があった。体力活性薬って、即効性はないけど、よく効くエナジードリンクみたいなアレだよね。去年の騎士団対抗武技魔闘技会の決勝の後で、騎士様みんなが飲まされていた薬湯。


「聞いていい?サクラ先生がそれをずっと考えているのは何故?」


「消してあげたいんです。元は2人の傷痕を知ったからなんですけど、今回のヴィクターさんの鞭の痕も知ってしまって、それがある事によって辛い思いをするなら、消してしまえば少しでも心の負担の軽減になるんじゃないかって思って」


「元の2人って、トキワ君も入ってる?」


「はい」


「そっか。薬師を紹介しようか?僕はいろんな所にいろんな知り合いが居るから、紹介できるよ」


「もう少し考えます」


「そうだね。おっと。診察に戻るよ」


貰った冊子を読んでいたら、オスカーさんがやって来た。後ろにはミゲールさん。その後ろにもう1人居る。


「嬢ちゃん、ちょっと良いかい?」


「はい。お怪我でもされましたか?」


「お怪我はしてねえんだがな、コイツの手首を診てやってくんな」


「手首ですか?」


スキャンしてみるけど、明らかな異状は見られない。ただ、ペンや小物を掴んだ時に親指側の痛みを訴えた。


「本人は痛みはあるけど、数日すれば治るってぇんだ。けどな、妙に気になるんで」


「親指って、よく使いますか?」


「物を押さえたり、ずれないようにする等でよく使うな」


フィンケルシュタインテストとアイヒホッフテストを行う。これはドケルバン病、通称スマホ指の診断にも使われるテストだ。


親指を握って小指側に手首を曲げ、手首の親指側や親指の付け根あたりに鋭い痛みが生じれば陽性。これがアイヒホッフテスト。


手首が小指側に曲がらないようまっすぐに固定した状態で、親指を反対の手で曲げる。手首の親指側や親指の付け根あたりに鋭い痛みが生じれば陽性。これがフィンケルシュタインテスト。この時に、伸ばされた手首に強い痛みがあれば、ドケルバン病が疑われる。もちろんこのテストだけでドケルバン病と診断は出来ない。目安にはなるから、診断は専門医でしてもらって欲しい。


集中して細かくスキャンしてみる。はっきりしないけど、腱鞘に腫れが診られる。ゆっくり時間をかけて腫れを正常な状態に戻していく。


「どうですか?」


「あれ?痛くない。ありがとうございました!!」


いきなり立ち上がってペコリと頭を下げてから飛び出していった。ミゲールさんが後を追いかける。それを見送って、オスカーさんが言った。


「嬢ちゃん、ちょいと聞きてぇんだがよ、騎士のダンナに付いている、カークだったか、アイツ何かしたのかい?」


「いいえ。何も。どうしたんですか?」


「昨日の6の鐘前なんだがな、カークという男を探していると訪ねてきたヤツが居たんで。夜遅かったしミゲールが対応したんだが、何やら『連れ戻さないと』だの『やはり教育が』だの言っていたらしくてな。どうも不穏だとアタシに相談してきたんでさ」


「絶対にカークさんの居場所は言わないでください。私を拐った人と同じ思想を持つ人です」


「つまりは嬢ちゃん達に仇なす奴等ってことだな。分かった。周りにも言っておきまさぁ」


「お願いします」


頼もしい笑顔を見せて、オスカーさんは帰っていった。遠くからバシッて音とオスカーさんの怒鳴り声が聞こえたけど、大丈夫かな?


次に来たのはチェーザレと名乗る男性。渋い顔をしたライルさんが同行している。


「天使様ですね?チェーザレと申します」


「どうかなさいましたか?」


「私はディリジャン(教導者)です」


「はい?」


「単刀直入に言います。カークに会わせてください」


「何の為にですか?」


「それは、その……ですね」


とたんにゴニョゴニョと口ごもる。


「こうやってはぐらかすんだよ。お話になりゃしない」


イライラしているライルさんが口を開いた。


「ライルさんの所に先に行ったんですか?」


「そうだね。まず僕の所に来た。天使様に会わせろって五月蝿いから、騎士団に連絡の上、一緒に着いてきたんだ。捕獲装置、用意しておいて」


「分かりました」


要するに脅しも兼ねてるんだよね。私の後ろには、いつの間にかマックス先生が居た。リュラ(竪琴)を机の上に置いておく。


やがて、チコさんとシモンさんが来てくれた。たいして広くもない診察室が人で一杯になった。


「その……ですね。カークに、その、恩があるんです」


チェーザレさんはモジモジしながら、ぎこちなく話し出した。


「恩ですか?」


「光神派に入る前に、カークと働いていたんです。同じ職場で。その時にミスを庇ってもらったんですよ。結構大きいミスでカークが庇ってくれなかったら私を含めた何人かが首を切られていたはずです。あの時の仲間達はカークがスクラーヴ(劣人)となったと聞いて、何度かコッソリと様子を見に行きました。カマラード(伝導者)様に見咎められて、それ以降は近付くのを禁止されましたけど、ずっと気にかかってて。王都に連れていかれたと聞いて、その後の事件も聞いて、光神派にほとんど未練はないんですけど、光神派に居ると光神派の情報というか、仲間達の行き先とかも分かりますので、離れられないんです。お願いします。カークに会わせてください」


切々と訴える。私にはそれが嘘かどうか分からない。


「チェーザレ……」


カークさんの声が聞こえた。入口からカークさんと大和さんが姿を見せた。


「カーク、無事だったか。良かった」


「今はこちらの方に仕えさせていただいています」


カークさんが固い声で言う。


「その……、済まなかった。何も出来なくて」


チェーザレさんが頭を下げた。


「してくれようとしたでしょう?何度も。カマラード(伝導者)に何度も掛け合って待遇改善を交渉してくれました。私のカマラード(伝導者)はあまり乱暴はしませんでしたが、他のカマラード(伝導者)()()は苛烈だった。その待遇を交渉してくれた。感謝しています」


「それでもあまり変わらなかった。セザルが死んだ時に後悔した。カークが王都に連れていかれたと聞いた時も」


ディリジャン(教導者)カマラード(伝導者)に意見する事は難しい。それでも意見をしてくれました」


「前のように話してくれ。頼む」


「それは無理です」


穏やかにカークさんが拒絶した。チェーザレさんはショックを受けた顔をしている。


チェーザレさんが項垂れて帰っていって、チコさんとシモンさんは大和さんの指示を受けてどこかに行った。大和さんとカークさんは騎士団に戻っていった。


5の鐘になって、施療院を出る。


「驚いたね」


「カークさんにとっては過去の事なのかしら」


「そうなんじゃないかな?トキワ殿に出会って、自分の居場所を見付けたんだろうね」


「サクラちゃん、大丈夫?なんだか考え込んでいるけど」


「チェーザレさんの事が気になって。あの言葉が本心かどうかは私には分かりません。でも、カークさんには通じたんじゃないかな?って。今朝、施療院に来ていた人達とは違うんですよね?」


「うん。あの連中とは別だと思うよ。あの時に居なかったし」


「本人に聞いてみれば?こちらに向かっているわよ」


前方に大和さんとカークさんが見えた。


「お疲れ様、咲楽」


「お疲れ様です、大和さん」


「今日は私の事で申し訳ありませんでした」


「カークさん、あの人の言った事って」


「チェーザレの事ですか?本当の事ですね。チェーザレと数人がスクラーヴ(劣人)の待遇改善を訴えてくれました。何度も何度も。その所為(せい)で、彼らはカマラード(伝導者)に睨まれていましたよ。ディリジャン(教導者)として領外に出る際も危険な地域に行かされたり、かなりの差別待遇を受けていたはずです。ディリジャン(教導者)にも格があるのですよ。火、風、水、地の順ですね。闇属性は問答無用でスクラーヴ(劣人)ですし、光属性は神のような扱いでした。チェーザレは火属性で本来は最高ディリジャン(教導者)として遇される立場だったのですが、スクラーヴ(劣人)の待遇改善を訴えてくれた所為(せい)で立場は下に追いやられていました」


「そういう人もいたんだね」


「えぇ。彼等には感謝しています」


ライルさん達と別れて、家に帰る。


「カークは彼等とは付き合いを続けても良いって言うんだ。チェーザレ達とも話をしたけど、スクラーヴ(劣人)全員の解放まではあの組織(光神派)に居るって言っていた。こちらにも協力してくれるそうだ。組織が壊滅してもそれは自業自得だし、そちらの方が良いでしょうと笑ってた」


「話したんですか?」


「一応、俺の従者だからね。話したよ。カークに危害を加える気ならきっちりカタを付けておきたかったし」


「脅してませんよね?」


「俺をなんだと思ってるの。まぁ、この体格だし、剣も持っていたし、あちらは結構怯えていたと思うよ」


「間違いなく怯えていましたね」


「間違いなく……。それは置いといて、今も冒険者達があの組織(光神派)に潜入してくれているけど、情報を流したりしてくれるってさ」


「連絡係ですか?」


「そういう事。俺が潜入出来れば早いんだけど、間違いなく警戒されるからね。狙撃するわけにいかないし」


「撃っちゃ駄目ですよ」


「やらないよ。石弾(ピエレバル)で銃の代用になるなとチラッと思ったけど」


「使ってないですよね?」


「対魔物戦の時は使ってる」


ウルージュ(赤熊)の時に仲間が驚いていました。『地属性で攻撃は出来ない』が一般の認識でしたから」


「地属性ほど攻守に優れた属性は無いと思うんだが」


カークさんと別れて家に入る。夕食の前に大和さんはお風呂に行った。夕食を作りながら考えていた。カークさんは肉体的な暴力はあまり無かったと言っていた。でも、精神的な暴力、暴言や人格を否定されていた。モラハラだよね。私もそうだった気がする。母や兄は私を家族とは思っていなかったと思う。父は……どうだろう?あの人とはあまり顔を合わさなかったからなぁ。


「咲楽先にお風呂に行っておいで」


「はい」


母の事を思い出しても嫌な気持ちにならないのは、母に関する記憶が封じられているからだ。兄は元から嫌いだったから、嫌な気持ちにもならない。というか、思い出さなくなった。


母の事も思い出さなくなっている。というか、地球の事を思い出す事が少ない。知識は記憶にあるし、葵ちゃんの事も思い出せる。顔も覚えている。勝ち気な笑顔に何度も勇気付けられた。


「大和さん、諒平さん達の顔って覚えていますか?」


「うん。急にどうしたの?」


「お風呂で考えていたんですけど、地球の事を思い出す事が少なくなってきているんですよね。知識は記憶にあるし、特に困らないんですけど、友人の顔が、覚えている人と覚えていない人がいて、不思議に思ったんです」


「あぁ、より身近にいた人は顔を思い出せるな。半分は外国人だけど」


「傭兵さんの仲間って事ですか?」


「うん。後は親父と兄貴、諒平と側仕えの数人、女子衆(おなごし)男子衆(おとこし)の数人……位かな?」


「結構居ますね」


「家業が家業だったし、一応真面目に本家の次男坊をやっていたからね」


「私は少ないんですよね。友人の数人だけです」


「その代わりこっちで友人もたくさん出来たでしょ?」


「はい。葵ちゃんが言っていたんですけど、友人は作るものじゃないんだそうです」


「じゃあ、なんなの?」


「友人は"なるもの"だそうです」


「確かにそうだね」


食べ終わったら、寝室に上がる。


「団長さんの気分転換はどうなったんですか?」


「片手剣で3戦、双剣で3戦して満足していたよ。他の団員とも戯れていた」


「戯れ……。毛並みの良い大型犬がワッフワッフしている図が頭に浮かんだんですけど」


「団長はボルゾイっぽいね」


「大和さんは何だろう?」


「考えなくて良いよ。疲れたでしょ?もう寝よう」


「や、ちょっと、大和さん、無理矢理は止めてください」


「無理矢理って人聞きの悪い。優しく寝かせたでしょ?」


「押し倒されました」


「お望みなら……」


「お望みじゃないです。おやすみなさい」


「そんなに慌てなくても。おやすみ、咲楽」


クックックって笑い声がしばらく聞こえていた。





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