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絡んできたのは3人組だったらしい。カークさん達を執拗に尾行してきたらしく、相談して撒いたと言っていた。
「王都内なら大通りから路地まで、知らない道はありません」
「アイツら、詳しくなさそうだったもんな」
「今頃迷子になってるんじゃないか?」
ギャハハと笑い合う。
「カーク、あとで説教な?」
書き上げた似顔絵を職員さんに渡して、何かを指示していた大和さんが戻ってきて言った。
「これは不可抗力です」
「説教という名の対策会議だ、そう怯えるな」
「怯えておりません」
「一緒に行動していたのって、3人だったんですか?」
「そうですね。2組に別れていましたので」
「脅威は去ったとは言えないのよね?ここでしばらく居たら?」
「しかしご迷惑ではありませんか?」
コリンさんの提案にカークさん達が逡巡した。
「トキワ様、男性側の話し合いは終わりましたの?」
「終わっていますよ。あぁ、こちらに向かっていますね」
「相変わらずですのね」
索敵を使っているんですね。カークさんの事もあるし、この施設は結界具を使用していない。夜間には結界施錠するけど、昼間は誰でもスルーパスだ。その代わり、各部屋に結界具が設置されている。
「トキワ様、良いですか?」
男性が顔を覗かせた。
「はい。時間ですか?」
「そろそろ女性陣と協議しようかと」
「分かりました」
カークさん達にこの部屋に居るように言い置いて、それぞれの部屋に戻る。
「この部屋、こんなに広かったでしたっけ?」
「壁が動くようになっているのよ。少人数でも使えるように小さく出来るのよ」
よく見ると天井に目立たないレールが付いていた。壁はどこに行ったんだろう?見当たらないけど。
男性陣が入ってきた。大和さんが私の隣に座る。
「こちらで話し合った事は、演出と余興だ。そちらは?」
「料理と演出ね。そちらの演出ってどんなの?」
「2人が歩いてくる後ろで、子ども達が花を撒くんだ。子持ちが居るから出来るだろ?」
「子ども達には『幸せのお裾分け』もしてもらう」
「こちらは光の乱舞ね。天使様が居るから出来る事だけど」
話し合いをしている最中に、大和さんが席を立った。
「申し訳ない。少し席を外します」
「大和さん?」
「騎士団が来た。報告してくる」
「はい」
大和さんが出ていった。
「どうやって分かったんだ?騎士団が来たなんて」
「騎士様だから、何かあるんじゃないの?」
男性陣が騒いでる。索敵の事は言わない方がいいよね。少しして大和さんが戻ってきた。カークさんも居る。
「彼も一緒にいてもよろしいですか?」
「良いですが。何かありましたか?」
「こちらのカークが付け狙われましてね。1人にすると危険ですので」
「お邪魔をいたしまして、申し訳ございません」
カークさんが深々と頭を下げた。
「話を戻しましょ。余興って何をするの?」
「演奏。誰か演奏出来ない?男だけだと華がなくて」
「あの、私、コカリナなら吹けます」
「シロヤマさん、出来たわよね?」
「コリンさんもですよね?」
コリンさんはヴィオールを弾けると以前言っていた。
「咲楽、加わるの?」
「一緒に弾きましょ?」
「うぅぅ……。分かりました」
「それなら俺も加わろうかな?」
「大和さんも?」
「何の曲を演奏するんですか?」
大和さんがにこやかに聞く。
「それはこれから決めます」
演奏者が集まって、曲を決める。まず決まったのは『liebesträume』。知らない人もいるかもと、楽器を持った人が聞かせてくれた。
「愛の夢か」
「愛の夢?」
「フランツ・リストの曲だよ」
「あぁ、愛の夢でしたっけ。曲名を覚えていなかったんですよね。liebesträumeっていうんですね」
私は当然弾けないから、譜面を貰った。もう一曲は『愛の讃歌』。エディット・ピアフの曲ではない。聞かせて貰ったけど明るくて、恋愛の楽しさとその後に待ち受ける結婚生活の希望に満ちている感じの曲だった。ちなみにアンサーソングとでも言うべき『理想と現実』という曲もあるらしい。こっちは「あんなに望んでいたのに、どうして何もかも上手くいかないの?」という、どちらかというとコメディーソングらしい。
2曲の譜面を貰って、その日は解散。[マルガリテ]を出ると、アドバンさんが走ってくるのが見えた。
「ヤマト隊長、先程の1人と思われる男を確保しました」
「面通しは?」
「してもらいました。間違いないそうです」
「そうか。よくやった」
「ただ、その、『カークに会わせろ』と騒いでいまして」
「会わせろだ?」
「正確には『カークの無事を確認したい。会わせろ』です」
「無事を確認?分かった。行こう。カークはどうする?」
「行きます」
「咲楽は……。着いてくる気、満々だね」
「気になりますもん」
「直接会わせる訳にいかないから、別室待機だよ?」
「はい」
王宮の騎士団本部に行く。その男は本部内のカショーに居るらしい。私とカークさんは一室に通された。その部屋からは相手が見えるようになっている。大和さんは男の居る部屋に行った。早速覗いてみると、騎士様の質問に訥々と答える男性が見えた。あれ?闇属性を使ってる?
「カークさん、闇属性って奴隷みたいな扱いだって言っていましたよね?」
「はい。どうかなさいましたか?」
「あの人、闇属性を使っています」
「えっ?」
カークさんと場所を変わる。カークさんが男を見てうめき声を洩らした。
「ヴィック……」
「お知り合いですか?」
「スクラーヴの1人です。いけない。すぐに知らせないと」
その声を聞いた部屋に居てくれた女性騎士様が、急いで出ていった。やがて大和さんを連れて戻ってきた。
「カーク、仲間か?」
「はい。初期の頃からの。私より酷い扱いを受けていたはずです」
「分かった。カーク、来い」
「はい」
1人部屋に取り残された。女性騎士様は居るけど。それより、スクラーヴって暴力を受けていたって聞いたけど、怪我とかしていないんだろうか?
カークさんと大和さんが男性に肩を貸して部屋に入ってきた。
「咲楽、お願いして良い?」
男性をソファーに横たえながら、大和さんが言う。
「はい。大和さん、記録してください」
「分かった」
「今から貴方の処置を行います。怖ければソムヌスで眠っている事も出来ますが、いかがされますか?」
「ソムヌス?闇属性?カークですか。お願いします」
ボソボソと確認した男性に、カークさんがソムヌスを使う。穏やかな寝息が聞こえてきたところで、スキャンを開始した。
「側頭部と後頭部に3ヶ所の裂傷有り。右側頭部8cm、後頭部3cmと1.5cm。化膿しています。頚部、損傷なし。胸部左第5肋骨、第11肋骨骨折。左頬部、殴打された模様。内出血がみられる。左口腔内切傷有り。治します」
顔面の外傷は新しいもので治せたけど、頭部裂傷は化膿していた。浄化をかけながら施術する。
「腹部、左側腹部に打撲痕有り。色素沈着しており、古いものと思われます。直径10cm。右腕、上腕骨骨折、施術可能。治します」
これでよく動けていたと感心する。骨は骨折痕の無い物を探す方が難しい。
「右橈骨骨折。施術可能。治します。右尺骨骨折痕有り。左腕。上腕骨骨折痕有り。尺骨、橈骨、骨折痕有り」
診れば診るほど虐待されていたであろう痕跡が見つかる。ほとんどが過去に受けた物のようで、曲がってくっついていたりずれていたりする。
「右足大腿骨に2ヶ所骨折痕有り。下腿腓骨骨折有り。治します。脛骨骨折痕有り。アキレス腱……」
思わず息を飲む。
「咲楽?」
「アキレス腱、切断されたようです」
「なにっ」
「皮膚に切傷痕が見られます」
「おそらくそれは、10年程前のカマラードからの教育痕です。治療はされなかったと記憶しています。逃亡しようとしたから教育を行ったと言われた記憶があります」
カークさんが静かに言った。
「酷い……」
思わずスキャンの手が止まった。大和さんが気遣わしげに言う。
「咲楽、大丈夫?休憩する?」
「続けます。左足大腿骨に1ヶ所骨折痕有り。下腿腓骨2ヶ所骨折痕有り。脛骨骨折有り。治します」
後は背部。うつ伏せに寝かせてもらう。
「背部から腰部、臀部にかけて、線状の色素沈着多数有り。カークさん、これって……」
「ヴィックのカマラードは短鞭や木の鞭を使っていました。躾にはこれが一番だと」
「咲楽、ありがとう。休んでおいで」
「ここに居させてください」
「駄目。これから彼の処遇について話をするから」
「天使様、お送りします」
「えっ。でも……」
「こちらへ」
女性騎士様にほとんど無理矢理のように馬車に乗せられた。女性騎士様も一緒だ。馭者さんの声がして、馬車が動き出した。
「天使様、大丈夫ですか?」
「はい」
「申し訳ありません」
「職務なのでしょう?謝罪の必要はありません」
カマラードとかスクラーヴとか、間違っていると思う。人を階級分けして、何をしたいんだろう?でも、地球でもあった事だ。アパルトヘイトとかカースト制度とか有名だよね。
家に送ってもらって、夕食を作る。今日は何にしよう?スパイススープにしようかな?後はチャパティ?
スパイスはターフェイアで買ってきたものに加えて、王都でも買って揃えてある。スパイススープを作りながらチャパティを作る。今日はカークさんとユーゴ君は来るのかな?あっちで食べるのかな?
大和さんとカークさんが戻ってきた。すぐに大和さんだけが出ていってユーゴ君を連れてきた。
「いったいどうしたの?」
「ユーゴ、今月末に面会に行く予定だったな?」
「うん。そのつもりだけど?」
「悪いが延期してくれ」
「延期?どうして?」
「それはこれから説明する」
夕食を食べながら大和さんが説明する。カークさんが追跡された件、ヴィックさんの事、ヴィックさんからの聞き取りの結果。
「天使様に危険は無いの?」
「私の事よりカークさんの心配をしてあげてよ」
「してるよ。でも、カークさんは戦う力を持っているけど、天使様は持っていないでしょ?魔法属性が多いのに使おうとしないし」
「それを言わないでください」
「それでな、どうやらあの連中はカークを教育し直したいらしい。反吐が出る話だがな」
「それは連れ戻してって事?」
「それと同時にユーゴも連れていく計画だったんだと」
「どういう事?」
「若い内、出来れば子どもの頃から教えを説いて、ディリジャンを育て上げるんだと」
「はぁ?」
「聞き取りをしていた全員がそういう反応だったよ。まるで洗脳だ。ユーゴはそのテストケースだそうだ。元カマラードの養い児なら、教えの理解も容易だろうという事らしい」
「母さんの言う事って、根本的に間違っていたと思ってるんだけど。前も今でも」
「あの連中はそうは思っていないって事だ。元カマラードの養い児は考えを理解しているが反抗していたという考えなんだろう」
「何それ」
「さぁ?あの連中が何を考えているのかなんて、俺には分からない」
その日の話は終了となった。みんな疲れていたし、あの人達の事を考えたくなかった。お風呂に入って寝室に上がる。
「疲れた顔をしてるね」
「はい。大和さんも疲れてますよね?」
「精神的にね。こちらでこういう宗教絡みの洗脳なんかが行われようとしているなんて、信じたくなかった」
「地球でも聞いたことがあります」
「少年兵とかね。あれは悲惨だよ。子どもに玩具代わりに銃を与えるんだ。その分解、組み立てを遊びとして習得させる。その後は戦闘訓練。それも競争させるんだ。そうして繰り返せば、立派な少年兵の出来上がり。見ていられなかったよ。ニコニコしながら銃を向けるんだよ。そういう子でも俺達は対処しなきゃいけないんだ。かといって銃は向けたくないから防具を着けて格闘で無力化していた」
「辛いなら話さなくて良いです。聞いて欲しいなら聞きます。大和さん、無理しないで良いです」
辛そうに話す大和さんを見たくなくて、大和さんの頭を抱え込んだ。大和さんは弱いところを見せない。だからこういう大和さんを見る事はほとんど無い。
「ありがとう。落ち着いた」
「無理していませんか?」
「してないよ。情けない所を見せたね」
「情けなくなんてないです。私だったら壊れていると思いますもん」
「咲楽を壊したくないね。あの連中は潰すべきだと思う」
「私もそう思います」
しばらく沈黙が続いた。
「楽しい事を考えようか」
大和さんが吹っ切ったように笑って言う。
「今日の譜面、俺も貰ったよ。練習しなきゃね」
「そうですね。でも、愛の讃歌ってこっちにもあるんですね」
「あぁ、驚いた。エディット・ピアフじゃないと分かっていても興味はあるね。『liebesträume』は知っているけど」
「演奏した事は?」
「ギターでならね。横笛ではさすがに無いよ」
「そうしたら、一緒に練習ですね」
「合わせてみる?」
「今からは遅くないですか?」
「遅いね。仕方がない。寝るか」
「フフッ。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽」