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大和さんが飛行装置にバイクのようにまたがった。椅子には座らないらしい。そっちの方が大和さん的に安定するんだって。
魔力を流して、飛行装置がフワリと浮き上がる。サミュエル副ギルド長さんの時とは違って、滑らかに発進した。風と音は凄いんだけど、安定している気がする。
「空を飛びたいの?」
「飛んでみたい気はあるんですけどね」
飛行装置を操縦する大和さんを見ていたら、筆頭様に聞かれた。大和さんがテスト飛行を引き受けたから、飛行術を教えてくれるらしい。
「少し高い所から飛び降りて、同時に風属性を使うっていうのがもっとも早く習得できるんだけどね。シロヤマさんにそれをさせるのは、ちょっとね。地道にやっていこうか」
「はい」
「飛行するにはストラールの方向に気を付けないとね。あの飛行装置と同じだよ」
「はい。でも、浮き上がったらバランスを取るのが難しくて」
「そこは何度もやってみて、慣れていかないとね」
「そうですよね」
「ああいう飛行装置って元の世界にもあったの?」
「ああいうのは無かったですね。開発中だったか、有っても実用的な値段じゃなかったと思います」
「それにしては乗りこなしているね」
「バイクっていう機械の馬?に乗り方が似ています」
「ふぅん。彼の身体能力故の安定感かもね」
降りてきた大和さんはアーロンさんに何かを話している。
「やってみる?飛行術の前に浮遊術だけど」
「先に浮遊術だったんですね。お願いします」
「魔力循環は?」
「いつのまにか出来てたみたいで」
「それなら後は細かい調整だけかな?もしかしていきなり飛ぼうとしていた?」
「教えてくれる人が居なくて」
筆頭様に教えていただいたコツとしては、左右対称に意識を割きすぎないこと。そっちに意識を取られるとかえって安定しないらしい。浮遊術にはエルマースを使う。小さい空気の塊の上に乗るイメージだ。飛行するにはストラールをエルマースの下から出す感じらしい。イメージは出来る。後は私の身体能力?
浮遊術は成功したんだけど、やっぱりバランスが難しい。何度も転倒して、筆頭様のエルマース製エアマットに助けてもらった。
「楽しそうな事をしているね」
何度目かのエルマース製エアマットからの脱出中に、大和さんに声をかけられた。筆頭様ってば、エルマース製エアマットを解除してくれないんだもの。私にはエルマース製エアマットの薄い緑色が見えているけど、知らない人が見たら私が空中でジタバタしている、相当シュールな絵面だと思う。
「楽しくないです。大和さん、笑ってないで助けてください」
大和さんに手を引っ張ってもらってやっとの思いで立ち上がる。筆頭様はその間も大笑いしてるし、遠くからミエルピナエ達が見てるし、みんなも見てるし、散々な目に遭った。でも、浮遊術は出来るようになった。後は飛行術か。ストラールの出力を小さくしてみる。ゆっくりだけど前進した。私のエルマースのイメージは小さいサーフボード。だからストラールの方向さえ間違わなければ大丈夫だと思う。筆頭様は「靴の下に同じ位のエルマースを置いて」って言ったけど、小さくて怖いんだもん。筆頭様に説明したら、椅子形とか、ミエルピナエ形とか、色々出来るね」って笑っていた。でも、ミエルピナエの形にしても、他の人には見えないと思う。
次にマックス先生が飛行装置に乗ってみるらしい。大和さんからいくつかのアドバイスを受けて、マックス先生がフワリと浮き上がった。
「うわぁ。高いねぇ。でも楽しいね。この青色のボタンに魔力を流すの?うわっ動いた。凄い凄い」
大興奮だ。気持ちは分かります。
「ある程度のコツが掴めれば運用可能かな?重さと大きさは仕方がないのかな?」
3の鐘になったから、お昼を食べながら改良点や反省点を話し合う。良かった。お昼を作ってきて。
「大きさはもう少し小さく出来ます。が、そうすると乗りにくいのではないかと」
「でもこのままだと、ある程度の魔空間の大きさがないと持ち運べないよ?組立式は難しいよね?」
「そうですね。回線を繋ぐのに……。オスカーさん、あれを組立式でって難しいですか?」
「繋げる箇所の回線を太くすれば良い。後は差し込む感じか?」
「持ってきてるよね?魔導ペン」
「はい」
「じゃあ、ちょっと直してみようか」
筆頭様にチョイチョイと手招きされた。
「樹魔法、持ってたよね?ここの形状をこんな風に出来る?」
「はい」
どうやら一体型ではなくて、翼は外せるようになっていたらしい。差し込む先端を円筒形に、胴体部に円柱形の出っ張りを作った。アーロンさんがそこに魔法回路を刻み込んでいく。オスカーさんがそれを繋げた、らしい。オスカーさんの仕事は表から見えないんだよね。
サミュエル副ギルド長さんが胴体部を短くしていた。うん。風属性で切断したのね。魔法回路が無い所だからって大胆な。ついでに翼も一回り小さくして、切断していた。思いきりが良いですね、副ギルド長さん。
カークさんはミエルピナエの女王様をおもてなししていた。いつの間に?テーブルと椅子を作って説明している。
「もう一回飛んでみようか」
一回り小さくなった飛行装置に再び大和さんがまたがった。副ギルド長さんは最初ので懲りたらしい。
「椅子も取り外したけど、どうかな?」
「この胴体の内部って、どうなってます?」
「空洞だよ?」
「空洞部分をくりぬいて、そこに座れるように出来れば乗りやすくないですか?」
「それだと万が一の時に脱出しにくいよ」
「あぁ。そうですね」
大和さんがフワリと浮き上がる。滑らかに動き出した。
「回路に問題は無さそうだね。サミュエル副ギルド長、手配は?」
「木材集めと加工人員は依頼掲示済みです」
「後は魔導届けかな?」
「それは僕の方でやっておきます」
「その結果待ちだね。王宮の諸手続きは僕がやっておくよ」
無事にテスト飛行が済んで、みんなで王都に帰る。軍事転用は高さ制限を仕込むらしい。15m位までにしておけば軍事転用は出来ないという事だ。目立つし、音も五月蝿いからね。あの音はワザと大きくしているんだって。消そうと思ったら消せるけど、それだと不都合があるからって。
ホバークラフトの方は魔導届けも出して、承認済みでいくつかの工房で生産中なんだって。各騎士団と各施療院には設置予定だと、マックス先生と筆頭様が言っていた。
「オスカーさん、私に何か用だったんじゃないんですか?」
「ホバーとかいうのの事だよ。騎士のダンナに聞いたから、もう大丈夫だ」
「そうですか。ホバーの方は大和さんの方が詳しいと思います。元々は大和さんのアイデアですし」
「嬢ちゃんにも聞きたいんだがな。大きさはどの位を考えていた?」
「成人男性が横になった位ですね。そうでないと運べないので」
「冒険者連中はウルージュが運べる位とか無茶を言うんで、怒鳴ってやったんだが。そうかい。嬢ちゃんはその位で良いのかい」
「はい。施療院で使うならその位で十分です」
「マシーヌ・ドォフロワも各施療院に設置予定だから、安心しな」
「はい。ありがとうございます」
東門に着いたら解散。4の鐘前だったから、孤児院に寄っていくことにした。カークさんによれば、最近は子どもの面倒を見たいからと、孤児院に就職する人も増えてきているらしい。
「アートルム氏の家も知っていますが、どうされますか?」
「うーん。今日は孤児院のみで」
「承知いたしました」
南の孤児院にはルプス君とカミル君が居る。冒険者活動をしているかもしれないけど、闇の日だし居てくれるかな?
南の孤児院にはルプス君が居た。
「天使様、帰ってたんだ」
「うん。ただいま。カミル君は?」
「里親候補の家に行ってる。アイツ、商人さんに気に入られてさ。商人の勉強も兼ねて、たまに泊まりに行くんだ」
「ルプス君は?」
孤児院の中に入りながら尋ねる。ルプス君の顔が曇った。
「話は来てるんだけど、決心がつかなくて。他領に行くみたいなんだよね」
「それは不安だよね」
「天使様は?不安じゃ無かった?黒き狼様が一緒だったから、安心だよね」
「私も不安だったよ。あっちでやっていけるのかとか、色々とね」
「天使様の色々とっていうのが気になるけど。僕はね、自分からここに来たから、場所が変わる事には不安は無いんだよ。でもさ、孤児院出身だとさ……」
「偏見はあるかもね」
「それが怖いんだ。カミルは強いよ。オレは怖い。いい人なんだよ?里親にって言ってくれている人は。でもさ……」
「分かる気はする。言い切れないけどね。私はここに来るまでそうだったから」
「王都外から来たんだっけ?」
「うん。私は大和さんが居たからいろんな事から守ってもらっていた。それが情けなくて、自分も役に立ちたいってそればかりを考えてた」
「天使様でも?」
「私なんかってずっと思っていたから」
「行ってみないと分かんないかな?」
しばらく黙っていたルプス君がポツリと言った。
「うん。そう思う。無理だって思ったら帰ってくれば良いよ」
「それはやっちゃダメでしょ」
「そうだね」
2人で小さく笑い合う。
ルプス君に孤児院に居る人数を聞いて、ミニフリュイパンを渡した。ルプス君は喜んで受け取ってくれた。
孤児院の庭で子ども達と遊んでくれていた大和さんとカークさんと一緒に、孤児院を出る。
「ルプスの悩みは解決した?」
「どうでしょう?ルプス君も話しちゃったって感じでしたし、きっと私に相談なんてしなくても、解決はしていましたよ」
「かもね」
西のバザールで夕食の材料を買って、家に帰る。小麦粉の消費が多いから多めに買っていたら、粉もの屋さんに10kg位のを薦められた。パンに使うし、ピエロンとかにも使うし、お菓子にも使う。小麦粉の消費が多くて当然だよね。
今日はポワンシュを使ったパスタ。カークさんはユーゴ君と自宅で食べるっていうから、私と大和さんの分だけ。
「朝のパン焼きは続けるの?」
「もう少しは続けます。食パンの型も作ってもらいましたし」
「寝不足にならないようにね」
「大丈夫です。大和さんの方が心配なんですよ?」
「俺はショートスリーパーだから。それに6の鐘から8の鐘までは寝てるよ。4時間寝れば大丈夫でしょ」
「8の鐘前に起きてるくせに。短いです」
「そう言われてもね」
「食事は私が管理出来ますけど、睡眠は無理なんですよね」
「いつも感謝してます。今日のも旨いね」
夕食を食べたら、少し休んで大和さんはお風呂に行った。明日のスープとパンの仕込みをしておこう。
スープは丸ごと玉ねぎとベーコンのスープ。冷凍スープストックを異空間から出して玉ねぎを煮込んでいく。ベーコンは拍子木切りにして玉ねぎと一緒に煮ていく。パンの仕込みを終えた頃、大和さんがお風呂から出てきた。
「咲楽、風呂に行っておいで」
「はい」
今日は1日中飛行装置に付き合ったなぁ。大和さんが飛行装置に乗っているのがバイクに乗っているみたいで格好良かった。バイクの免許は持っていないって言っていたっけ。乗りたかったけど取らせて貰えなかったって言っていた気がする。
私はバイクに乗れない。乗ろうと思ったこともない。運転免許も無い。無くても不便は感じなかったし、たぶん取りたいって言っても取らせて貰えなかったと思う。費用は父に出してもらえたと思うけど、たぶん母と兄に家から出して貰えなかったと思う。もしくは運転手としてこき使われるか。
あの飛行装置に乗るならヘルメットは必要じゃないかな?そこまで思い付いて、急いでお風呂から出た。
「大和さんっ」
寝室のドアを開けて中に飛び込む。
「どうした?」
驚く大和さんの側に座って話をする。
「大和さん、飛行装置に乗るなら、ヘルメットは必要じゃないですか?」
「必要だろうね。筆頭様には言ってあるよ。落下時の危険回避の為に頭を守る物が必要だって」
「衝撃を吸収する素材ってあるんでしょうか?」
「何とかいう木の皮が、クッション性が有るって言っていたけど」
「木の皮?あ、ポリフェイラ」
「知ってたの?」
「義足の方に教えていただきました」
「義足の?あぁ、ガクロド村の人?」
「はい。義足を使っていたからつい見てしまって、教えていただきました」
「義足か」
「どうしたんですか?」
「傭兵団に1人居たよ。主に通信を受け持っていた」
「ハッカーさん?」
「違うよ。ハッカーの人は剣を振るのも好きな変わり者。本人は『オレには過去と現代が同居してる』って厨二病みたいな事を言っていた」
「大和さんってバイクは乗れたんですか?」
「海外で乗っていたからね。ちゃんと免許は取ったよ。日本では乗れなかったけど」
「何か訳があるんですか?」
「転倒して怪我をしたら、剣舞が舞えない」
「そちらが前に来ちゃうんですか?」
「来ちゃうんだよ。後は『本家の若がどこかに行かれるなら、車を出しますから』って言われた。自分で運転したかった」
「飛行装置が手に入ったら、操縦できますね」
「楽しみだ。咲楽も飛行術、頑張ってね」
「はい」
「寝ようか。疲れたでしょ?」
「そうですね。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽」




