フルールの|御使者《みつかい》 ①
今日はフルールの御使者。物凄くいい天気だ。朝起きてパンを焼く。今日はミニパンを焼かずに朝食のパンだけだから焼く数は少ない。一応明日のお昼分も焼くけどね。今日のお昼は要るのかな?一応作っておこうかな。
昨日は慰労会には不参加だったから、王宮でどうなっていたのかは分からないし、お昼までの闘技場の様子も分からない。
起床して着替える。衣装は特に指定は無かったよね?何を着ていこうかな。シンプルなワンピースで良いかな。それとジャケット。
着替えてからキッチンに降りる。食料庫からパン種を出してガス抜きをしてベンチタイムを終えたら成型していく。今日は丸パン。大和さんがハンバーガーみたいにして食べたいって前に言っていたし。大きさを私に合わせているから、数は要るんだけどね。
パウンドケーキ型で食パンって焼けないかな?小さすぎる?試してみよう。試行錯誤って大切だよね。
この世界にタイマーは無い。大雑把にポッシュ時計で時間を見たら、後はこまめにオーブンの中を覗くしかない。電化製品って本当に便利だったんだね。無くなるとその価値が分かる。
今日のパンを焼き終わったら庭に出る。水やりをしていると、大和さん達が帰ってきた。
「ただいま、咲楽。早いね」
「ただいま帰りました、サクラ様」
「天使様、ただいま」
「おかえりなさい、大和さん、カークさん、ユーゴ君」
「今日はパンは焼かなかったの?」
「焼きましたよ。ミニパンは焼きませんでしたけど」
「無いの?」
ユーゴ君に聞かれた。ミニパン、気に入ってくれていたのかな?
「前に焼いた物なら有りますよ。気に入ったの?」
「僕じゃなくて、サ……。なんでもない」
「……。そう。それなら前に焼いた物だけど持っていく?あまり数はないけど」
「良いの?ありがとう」
大和さんとユーゴ君がストレッチを始める。
「サって誰だろう?」
「サが付く人物は何人か知っていますが、特定となると難しいですね」
「特定しないであげましょう?」
「そうですね。気にはなりますが」
「それに恋愛対象と決まった訳でもないですし」
「ですよね」
カークさんとこそこそ話ながら雑草を抜いていく。魔法でやっちゃえば早く綺麗に出来るけど、私もカークさんも魔法は使っていない。雑草抜きが目的じゃなくて雑談が目的だからね。
「カークさん、ドリュアスの木ってこんなに大きくなるんでしたっけ?」
「いいえ。高くなっても2m程のはずですが」
「でも、この子達、とっくに2mは越えていますよ」
「お調べしましょうか?」
「ん~。いいです。このまま育てましょう。あまり大きくなっても困りますけど、まだ元から植わっていた木達の方が高いですし」
「サクラ様の愛情を受けたからですかね」
「去年1年居なかったのに?」
「それでもですよ。この時期にこの木はこんなに成長しないんです。サクラ様達が帰ってきてから成長した気がしますし」
「そんな事は無いでしょう?」
「ねぇ、剣舞は見ないの?」
お喋りに夢中になっていたら、ユーゴ君に注意された。大和さんは舞台の上から見ている。
私達が舞台に目を移すと、大和さんが舞い始めた。『春の舞』だ。一面の花畑と乱れ散る花びら。空から花びらが降っている?今日の演出のようなそんな光景に息を飲む。
「サクラ様、大丈夫ですか?」
「はい。ちょっとこの光景が凄くて」
「どのような?」
「空から花びらが降ってくるんです」
「それは凄いですね」
カークさんは私の眼の事を知っている。だから気軽に話してしまう。
「トキワ様がお呼びですよ」
「はい」
舞い終わって舞台から降りた大和さんが私を見ていた。小走りで大和さんの元に行く。
「何かあったの?」
「今日だからでしょうか。『春の舞』の光景が凄いことになっていました。空から花びらが降っていて、1枚1枚がキラキラしてて」
「ずいぶん興奮してるね」
「だって、凄く綺麗だったんです。ブワーって花びらが舞い落ちてきて庭が花びらで埋まっちゃうくらい」
「それは見てみたいね」
大和さんの手で頬を挟まれて、いつものキスより長くて深いキスをされた。
「今日は帰還の挨拶があるからね」
「騎士任命式の前でしたっけ?」
「うん。プロクスが迎えに来てくれる。朝食だけ急いで食べるよ」
「はい」
いつもより早い時間だけど、少し急いで朝食の準備をする。カークさんとユーゴ君は聞いていたのか手伝いをしてくれた。
「カークさんとユーゴ君は今日はどうするんですか?」
「私は従者部屋で控えております」
「僕は今日は学門所の同級生と花巡りに付き合わされるんだよ。女の子達が付いてこいってさ」
「集団デート?」
「違うよ。女の子達の目当ては友達。僕はオマケ」
「花巡りは私も行くよ。ローズさんに誘われているから」
「じゃあ、一緒になるかもね。妹天使様は一緒じゃないの?」
「もしかして、リディー様のって妹天使様ですか?」
「はい。呼ばないって言っておきながら、ポロっと言うんですよ、あの連中は」
ハハハと乾いた笑いを溢すカークさん。あの連中って冒険者さん達だよね。お疲れ様です。
「天使様がターフェイアに行く頃には、みんなギルド内で言っていたよね」
「そんな前からですか」
大和さんがシャワーから出てきて、朝食にする。
「トキワさん、今日って花馬車と一緒?」
「花馬車と一緒……。そうだな。周囲の護衛だな」
笑いをこらえながら、大和さんが答える。
「僕も着いていくかも」
「ユーゴなら大丈夫だろうが、回りには十分に気を付けろよ」
「うん」
「それで?デートか?」
「違うよ。天使様にもカークさんにも言ったけど、女の子達の目当ては友達。僕はオマケだからね。どうしてみんなデートって言うかなぁ」
「そういう年頃だろう?」
「興味を持つ頃合いかと」
「思春期だから?」
「みんなそうだったの?」
「俺は違ったが、一般的には多いんじゃないか?」
「私も違いましたね」
「聞かないでください」
「なぁんだ。みんな違うじゃん」
大和さんは人に興味が持てなかったと言っていたし私はイジメられていたから、恋愛事はずっと避けていた。イジメられるかもって思うと、男子とか恋愛対象に見られなかったし。
カークさんはどうなんだろう?属性にコンプレックスがあったという事は聞いた。自分に自信が持てなかったって。
朝食を終えて、カークさんが食器を洗ってくれた。ユーゴ君は自分の家に帰っている。友達と待ち合わせがあるらしい。
大和さんが王宮騎士団の正装で降りてきた。肩マントが背を覆っている。襟には騎士爵を示すラペルピン。格好いい。
「大和さん、格好いいです」
「こういうのって堅苦しいからちょっと苦手なんだけど。咲楽が喜んでいるし、着て良かったかな」
ガラガラという馬車の音が家の前で停まった。ちょっとビクッとする。不意打ちの馬車の音はなかなか慣れないなぁ。
「咲楽、大丈夫?」
「大丈夫です。恐怖はほとんど無いんです」
カークさんがプロクスさんを案内してきた。プロクスさんは肩マント無しの神殿騎士団の正装。ラペルピンは無いけど、勲章が2つ左胸に付いている。
「勲章か」
「まぁ、騎士になって長いですからね。公爵様をお助けした、と頂いた物と、辺境に近い領に赴任した時にトレープールの群れから村を守ったと頂いたものですね。たまたま近くに居ただけなのですが」
「凄いな」
「トキワ殿も今日、受勲されると思いますよ。ターフェイア領でトレープールの群れを討伐したでしょう?」
「あれは冒険者の後始末のようなものだぞ。別に俺の手柄じゃない。それにターフェイア領の騎士団が居たからこそだ」
「今頃ターフェイア領でも騎士団が受勲されていますよ。冒険者のパーティーにも褒賞金が出ているはずです」
プロクスさんに促されて、大和さん、カークさんと共に馬車に乗る。
「プロクスさん、私はこの格好で良かったんでしょうか?」
「えぇ。不安でしたら貸し出し用の衣装も用意されていますよ」
「それって、ドレスじゃ?」
「平民の騎士もたくさん居ますし、ドレスを着たいと仰るご婦人はけっこういらっしゃいますから」
「帰還の挨拶って、何人位なんですか?」
「そうですね。今年は20名と聞いております」
「けっこうたくさん居るんですね」
「今年は多いですね。例年ですと10名程です」
「あぁ、新街門兵騎士の為ですか?」
「えぇ。そうですね」
王宮に着いて、大和さんにエスコートされて降りる。正装した大和さんはやっぱり注目を集めている。格好いいもんね。プロクスさんに案内されて控え室のような部屋に通された。そこにはたくさんの人がいて、お喋りしていたり何かの動きを繰り返したりしていた。プロクスさんに勧められて、空いていたソファーに座る。カークさんは大和さんの後ろに控えた。プロクスさんが大和さんに動きや文言を教えていく。といっても、聞いた限りだと名前と「帰還しました」というだけ。
何人かの女性がドレスを着せてもらって、戻ってきていた。私のように着替えずにワンピース姿の人も何人もいる。
説明が終わったのかプロクスさんは部屋を出ていった。
「咲楽、ドレスは良いの?」
「このままでも良いんですよね?」
「王妃様とヴィオレット様がお会いしたいそうだよ。着替えた方が良いんじゃない?」
「やけに勧めますね?」
「まぁ、依頼されたしね。俺も見たいし」
「私も見てみたいです」
カークさんにまで言われちゃって、周りを見渡すと、ニコニコ顔の王宮の侍女さん達の姿。逃げ場は無いって事ですか?
結局侍女さん達に連れていかれて、お着替えさせられた。オレンジ色のドレスが用意されていた。用意されていたってどういう事ですか?予定されていたって事?
ドレスはボリュームを抑えたAライン。ドレスを着付けてもらって、髪もセットされた。
「帰還の挨拶が終わりましたら、お髪にもお花を飾りましょうね。フルールの御使者ですし」
「えっ?」
「このワンピースに合うように致します。華美にはいたしませんわ。ご安心なさって?」
「アリガトウゴザイマス」
控え室に戻ると大和さんとカークさんに出迎えられた。
「よく似合うね。可愛い」
「サクラ様、お似合いです」
「帰還の挨拶が終わったら、髪の毛にも何か付けられるようです」
案内の人が呼びに来て、従者を残してみんなで部屋を出る。謁見の間に通された。サファ侯爵様の姿が見えた。フリカーナ伯爵様もいらっしゃる。どうやら上位貴族の皆様が勢揃いしているらしい。
順に名前が呼ばれて、騎士様達が王族方に挨拶をしていく。どういう順番なのかは分からないけど、大和さんは後の方だった。名前を呼ばれて、大和さんが片膝を付く。
「ヤマト・トキワ、ターフェイア領より帰還いたしました」
「騎士トキワに、ターフェイア領でのトレープールの群れ討伐の報奨と、多くの民の命を救った功績を称え、第三種武功章を授ける」
大和さんの左胸に勲章が付けられた。周りから拍手が起こる。勲章を貰ったのは5人。いずれも村や集落を魔物や自然災害から守った功績だそうだ。水害とかがけ崩れとか野盗集団とか。野盗って魔物?自然災害?
帰還の挨拶が終わると騎士任命式。今まで見習いとして頑張ってきた子達が正式に騎士として任命される。中途採用者も便宜上ここで正式に騎士として任命されるそうだ。どうやら大和さんは特殊だったらしく、そういう儀式をすっとばしての正式採用だったらしい。
今年の王宮新騎士採用者は4名。1名途中で脱落したんだって。神殿の新騎士採用者は3名。
ここから3の鐘までは自由歓談時間。用事があるのか帰っていく方もいる。私と大和さんはこの後のフルールの御使者での演出の手伝いがあるから、少しだけ歓談して、帰らせてもらうことにした。
王妃様とヴィオレット様が会いたがってるって話は、時間の都合で日時が延期されたらしい。それなら、私は着替えなくても良かったんじゃない?
衣装部屋でドレスを脱がせてもらって、椅子に座らされて、頭に何やら付けられた。たぶん花とかリボンかな?着てきたワンピースに着替えて控え室に戻る。大和さんの背を覆っていたマントは取り外されていた。
「また雰囲気が変わったね」
「サクラ様、お可愛らしいです」
「自分では何をされたか分かっていないんですが」
「リボンの編み込みに、花が配われてる」
「華やかではありますが、お召しになっておられるワンピースに、よく似合っております」
大和さんとカークさんに誉め倒されて、王宮を出る。プロクスさんが待っていてくれた。プロクスさんも例の演出の弓の一員らしい。
「ジェイド嬢がお待ちですよ」
「ローズさんが?」
ローズさんが王宮まで私を迎えに来てくれたのを、プロクスさんが見つけて馬車の中で待ってくれていたらしい。
「サクラちゃん、似合うわね」
「自分ではどうなっているのか、分からないんですよ」
「緑のリボンで編み込みを作って、白い花が飾られているわ。サクラちゃんの髪が黒いから、白い花が映えてるわね」